リュドミラ
私達の世界では人より優れた力を持って生まれた子を祝子と呼びます。天から祝福を授かった子という意味です。
反対に、人にとって害となる力や呪いを受けて生まれた子を忌み子と呼びます。彼らは当然、人から恐れられ疎まれます。
では、人より優れた力を持って生まれ、それによって他者を害した私は何者なのでしょうか?
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これといって特別な事などない、小さな村。強いて言えば、辺境から王都に向かう途中にある為、偶に旅人が立ち寄る休憩所。
そんな平凡な村で生まれた赤子が、誕生と同時に発火した。
赤子というのは魔力量が少なく、魔力回路も未発達であり、魔法の発動など出来るはずがない。それがこの世界の常識だった筈なのに、それを覆す子がこの日生まれてしまった。
発火した赤子は無傷だったが、赤子が産み落とされた小屋は炭となった。その場にいた母も、母を助けようとした父も、跡形もなく燃え尽きた。
村人は赤子に恐怖した。
忌み子だと罵った。
一人の村人が鉈を持ち赤子を殺そうと迫った。
しかし、赤子の泣き声と共に地面から突き出た石の槍が村人を貫き殺した。
村人たちはこの世の終わりだと絶望した。
赤子も険悪な雰囲気を感じて更に泣き喚いた。
そんな中で一人の女が前に出て、赤子を優しく抱いた。
女は穏やかな笑みで赤子に接した。
赤子は笑った。
女は生きていた。
彼女の名前はイザベラ。
イザベラは赤子の両親と親しい仲であり、赤子の名前も知っていた。
「貴女はリュドミラって言うのよ。忌み子でも祝子でもない、ただの女の子。ルーシーと同い年の、平凡で可愛い女の子」
イザベラにはルーシーという娘と、モーガンという名の夫がいた。
平穏で幸福な暮らしの真っ只中にいる三人家族だ。
彼女らに引き取られたリュドミラは、誕生の日以降魔法を暴走させる事はなかった。
――暴走こそさせなかったが、感情の起伏につられてリュドミラの周囲に炎や水が飛び散るのはご愛嬌だろう。
「ごめんねリュドミラ、村の人は貴女を怖がっているけど、貴女は決して恐ろしい存在なんかじゃないわ。だって、こんなに可愛いんだもの。だから貴女はルーシーの可愛いお友達で、可愛い妹になるのよ」
イザベラはリュドミラを平凡な子に育てたかった。
リュドミラの親である二人がそれを望んでいたし、もう魔法を暴走させて欲しくなかったからだ。
だから彼女はいつもリュドミラに言い聞かせた。
貴女は平凡な女の子だと。ルーシーと何も変わらない人の子だ、と。
ここまでの話は後にイザベラやモーガンから聞いた話。
いくら四属性の固有魔法を持って生まれた異質な人間であっても、海馬が発達する以前の、赤子の頃の記憶などありませんからね。
それから数年経ち、私は八歳になっていました。
私はこの頃には自分が異質な存在だと自覚していました。
「うわぁ、親殺しのバケモノだ! 逃げるぞ!」
村の子供達は私を見れば指を差してバケモノと呼びますし、大人達は怖い顔をして私を避けました。
そして私は、自分が何故そこまで疎まれるのか、この時にはもうしっかりわかっていたのです。
何故ならイザベラが何も隠さず話してくれたから。
私が何もわからない幼い頃から、イザベラとモーガンは実の親ではない事も、実の親は私の魔法が暴走した事によって死んだ事も、教えてくれていました。
幼い頃の私は当然言葉の意味をちゃんと理解していなかった。だからこそ成長するにつれて「あぁ、私はみんなとは違うんだ」と少しずつ、自然に受け入れる事が出来ました。
そうやって自分の異質さをしっかり理解したのが八歳の頃であり、自分が幸運だったと知れたのも同時期でした。
「もぉー! リューちゃんはバケモノじゃないじゃん! バケモノごっこがしたいならアタシがバケモノ役やってやるんだから!」
そう言って木の棒を振り回して村の子供達を叩き回すのが、私の唯一の友人であり、幼少の頃から共に過ごした姉であるルーシーです。
彼女は気性が荒く、村の子供達が私を指差す度に、私の代わりに怒ってくれます。
そんなルーシーを、私は心から愛していました。
イザベラおばさんとモーガンおじさんについても、ルーシーの次くらいに好いていました。
「ルーシー、リュドミラ、おかえり。暇なら夕飯作るの手伝ってちょーだい」
「暇じゃないもん! 忙しいもん!」
「はいはい、じゃあこのお皿をテーブルまで運んでね」
イザベラおばさんはいつもニコニコしてて、私達だけじゃなくて村の人達からも人気でした。だから異質な私を引き取ったイザベラおばさんを村の人は心配するばかりで、村八分にしたりはしませんでした。
人気なのはモーガンおじさんも一緒で、この人は少しお酒を飲んだだけで顔を真っ赤にして、ずっと笑ってるような人でした。
「はっはっは! ルーシーお前、また子供達を叩き回していたんだってな? ジミー君のお母さんが俺に文句を言ってきたぞ」
「アタシ悪くないもん! あいつらがリューちゃんの事悪く言ったからだもん!」
「はっはっは、ならば良し! 妹を守れて偉いぞ!」
「えへへ」
この家にいる限り、私は幸せでした。
この三人を心の底から大切に思っていました。
――けど、三人には言えない秘密が私にはありました。
「はぁ、はぁ……なんで、なんで私だけ、こんな辛い思いを……」
夜中、同じ部屋で眠るルーシーが目を覚まさない様に静かに部屋を抜け外に出て、誰もいない森の奥に潜る。
暗い森の中で聞こえるのは獣の鳴き声と、カサカサ揺れる木の葉の音。
こんな怖い所に来たくはない。けど人のいない場所を探して辿り着くのはいつもここでした。
「苦しいよ……」
身体の内部に感じる痛み、呼吸を荒げる程の苦しみ。
言いようのない不快感に涙を流すと、それが落ちた地面が急速に冷え、霜が走り、少しずつ凍り付いていく。
固有魔法の暴走。
生まれた日に起こしたそれを、私は成長してからも頻繁に起こしていました。
魔力の扱いが上達したのか、人がいる場では抑えられています。
でも抑えれば抑えるほど後の苦しみは増して行き、こうして夜な夜な涙を流すのです。
これは後で知った事なのですが、私の固有魔法は四属性だけでなく、もう一つ持っていたのです。
それは超回復。
人は魔力を使わなければ常時少しずつ回復し、上限値で止まります。
しかし制御の効かない超回復は常人よりも速く魔力を回復させ、上限を超えてもまだ魔力を取り込もうとします。
上限を超えた魔力は肉体を苦しめ、発散させようと魔法の行使を迫ります。
だから私は誰にも見つからないように、夜中魔法を使う為に家を抜け出すのです。
ルーシーにもイザベラにもモーガンにも、相談出来ませんでした。
三人とも私が平凡な女の子でいる事を望みましたし、村人も私を恐れていますから。
だから私にとって魔法を使うのは禁忌に等しかったのです。
魔法を使っている所を見られれば、この幸福な生活が壊れてしまう。
それを恐れて、私はただ一人でこの苦しみと戦っていました。
――その戦いを第三者に見られているなんて、当時の私は思いもしませんでした。
⭐︎
私が十四歳になった頃、ソレは訪れました。
「クロムウェル王国宮廷魔術師、ローウェン・ウィリアムズと申します。こちらに白髪赤瞳の少女がいますね?」
その時家にいた私とルーシーは「外が騒がしいね」なんて話していたけれど、金色の髪を背中まで伸ばした綺麗なおじさんがこの家に訪ねてきて、悟りました。幸福な夢の終わりを。
「おやまあ、こんな田舎のこんな汚い家に、お偉いさんが来て下さるなんて驚きましたよ。どういったご用件で?」
イザベラおばさんは気丈に対応していましたが、怖かったはずです。何せローウェンの後ろには、全身を甲冑で覆った騎士が何人もいたのですから。
「少女に会わせて下さい。悪いようにはしません」
「えっと、ウィリアムズ様? あの子はですね、私達の大切な娘なんです。なんにも悪い所なんてない、寧ろ可愛すぎるくらい可愛い良い子なんです。一体どうして貴方様みたいなお偉いさんの目に留まったのか――」
イザベラおばさんが私を庇う為に言葉を重ねる度、ローウェンの表情は険しくなりました。
私は、以前剣士ごっこをしていたルーシーが壁に空けた穴からローウェン達を見ていましたが、もう見ていられないと思って部屋を飛び出しました。
「私は、リュドミラ……です。おじさ……貴方は、私を、探していた。ですよね?」
目上の人と話すなんて初めてでしたから、失礼にならないように必死に言葉を選びましたよ。
その甲斐あってか、ローウェンは優しく微笑みました。その笑みは私にとってもイザベラおばさんにとっても意外で、警戒心を和らげるには充分でした。
「初めまして、ローウェンと呼んでくれ。今日は君と話をしに来たんだ」
その言葉を信じて私はローウェンについて家を出て、森に向かいました。彼が他人に聞かれたくない話をすると言ったからです。
家にいたイザベラおばさんとルーシーは心配そうな顔で私を見ていましたが、「大丈夫」と言って手を振って別れました。
沢山の騎士に囲まれて怖い気持ちはありました。
でも、私は知っていたのです。宮廷魔術師というのは偉くて凄い魔法使いだって。
彼らなら私の異質な固有魔法を抑えられるかもしれない、そう考えたのです。
私は未だに超回復の暴走で苦しんでいました。もう一人じゃ耐えられなくて、誰かに助けを求めたくてしょうがなかったのです。
だから私はローウェンを頼ろうとしました。
頼ろうとしてしまいました。
それが最初の誤ちだとも知らずに。