凡人の決意
特級冒険者パーティの泡沫の夢と連絡が付かなくなった。
迷宮都市グランタールの深痕の迷宮に潜っていたアイツらだが、五日目に突然リュートが出て来たと、ギルド職員から聞いた。
その後の足取りが掴めない。
「クソ! フィオナのばーさんにも連絡つかねぇし、やっぱアイツが何かしやがったのか!? じゃなきゃリュートが一人で逃げ出すなんて考えられねぇ」
ギルド長室で机を叩くと、フィオナと繋がらない通信用水晶が飛び跳ねた。
「リュートとミーシャ以外のメンバーはシフティと一緒に出て来たって話もある。なら一番怪しいのはフィオナだ! くそ、シフティもなんであんな奴の味方すんだよ!」
「ガイストさん、落ち着いて下さい。きっと皆さん無事ですから……」
冷たいお茶を運んでくれたシェリーに感謝しつつ、もう一度フィオナへの連絡を試みる。
だが、いつまでも鳴り続ける呼び出し音に腹が立ち、水晶を叩き割ろうとした所で――
「ガイストさん、お客様です!」
受付嬢のミリーナが扉のノックもなしに入って来た。
「はぁ……。ミリーナ、いくらガイストさんとは言え、ノックくらいするべきでしょう」
いくら俺でも、ってどういう意味だよ。
「あ、すみません。でもすぐにお伝えしたくて……あの、ミーシャちゃんが帰って来たんです!」
「なんだと!?」
俺は急いで部屋を出て、ギルド内に顔を出す。
扉を乱暴に開けて出て来た俺を冒険者達は驚いた顔で見る。悪いが今は構ってられない。
ミーシャの姿を探して――
「久しぶり、ガイスト」
受付の前に立ったローブを被った二人組。
その小さい方がフードを少し持ち上げて顔を見せる。認識阻害魔術ですぐには気付けなかったが、間違いなくミーシャだ。
「お前、無事……いや、とにかく奥に来い」
姿を隠しているという事は、他人に知られたくない事をしているんだろう。
それが何かはわからないが、とりあえず防音魔術の掛かったギルド長室で話そう。
周囲の冒険者の視線を意識的に無視して部屋に戻ると、シェリーがローブのデカい方を見て顔を輝かせた。
「フィオナ先生!? どうしてここに?」
「な、なんだと!?」
気付かなかった。ミーシャの連れがフィオナだと? というかシェリーはなんで気付いたんだ?
「久しいな――」
「テメェ、よくも俺の前に顔を出せたなフィオナ! 何をした、何が目的だ、なんでリュート達を――」
フードを取ったフィオナに掴み掛かろうと大股で迫るが、俺たちの間に立ったのはミーシャだ。
「やめてガイスト。フィオナは味方だよ」
その言葉に少し悩む。
そして結論を出す。
「テメェ、ミーシャを騙してまで――」
「君が想像している事は察しがつく。君が私の前に立ち塞がる事も予想通りだ。だから私は誠意を持って協力を申し出よう。ガイスト、手を貸して欲しい。私達はリュートを助けたいんだ」
「――――!」
やっぱりリュートに何かあったのか、という驚きも勿論あった。
だけどそれ以上に、フィオナが自分の目的を語り、更には助けを求めるなんて信じられなかった。
「お前、本当にフィオナか……?」
「それはこれからする話で判明するだろう。シェリー、席を外してくれ。それと、暫くガイストを借りる。君が代理でギルド長を勤めろ」
「おい、俺はまだお前を信じたわけじゃ――」
「わかりました、フィオナ先生。それでは失礼します」
言われた通りに出ていくシェリーを見送ってから、ミーシャに視線を向ける。
「ミーシャ、リュートに何かあったのは察したが、他の奴らはどうした?」
「みんな旅に出たよ。アランとマナは、エモと一緒にエルフの集落に。レイラは、シフティと喧嘩しながらどこかに訓練しに行ったよ」
そういえばエモがリュート達を借りたいとか言ってたが、どうやらちゃんと会えたみたいだな。
そしてシフティは……フィオナが本当にリュートを助けようとしてんのなら、シフティもレイラの嬢ちゃんを悪いようにはしないだろう。
「そうか……みんな元気なら良いんだ。それで、フィオナ。話を聞かせろ」
「簡単な話だ。リュートの中で目覚めたリュドミラを、ミーシャの魔法で時空の狭間に閉じ込める。恐らく大いなる意志も私達を飲み込もうとするだろうが……それも私とミーシャで対応するつもりだ。しかしミーシャはまだ時空魔法を扱えない。それを解決する為に暗黒大陸に行くつもりだ。君には護衛と、現地人とのコミュニケーションを頼みたい」
「…………お前、やっぱフィオナだな。わけのわからねぇ事ばっか言いやがって……」
「待って、現地人って言った? 暗黒大陸に、人が住んでるの? あそこは強い魔物が沢山住む迷宮みたいな所だって聞いた事があるけど……」
ミーシャの認識が大勢に知られている常識だ。
けど俺達は真実を知っている。
「あそこはな、確かに魔素が濃くて強い魔物が多いし、真っ暗闇で何も見えない地域があったり、酷い場所だ。けどな、そこを越えると俺たちみたいに文明的な生活を送ってる人が沢山住んでるんだ。姿形は違えど、色んな種族が共に生活している良い場所……だと思う」
俺だって十年前、暗黒大陸の調査中にあの国を見つけた時はたまげたさ。
魔物みたいな見た目の奴も多かったし、警戒もした。
けど、俺達を見つけて近寄って来た蜥蜴人があまりにもフレンドリーだったから毒気を抜かれたんだっけな。
「……フィオナ。もしかして、この前あそこにいた黒くて大きい人って」
「あぁ。ヴェリタスは暗黒大陸出身だ――私もな」
「そう…………え?」「は?」
あまりの驚きに、俺とミーシャが固まる。
「えっと、今、お前が暗黒大陸の人間だって……?」
「ああ、そう言った」
おいおいおい、マジかよ。
確かにあそこには人間っぽい奴もいたし、だからこそ人間である俺達が来ても誰も不審に思わなかったわけだが、フィオナもあっちの人間なのかよ。
ってことはもしかして……。
「フィオナ、俺達が暗黒大陸から戻って来た時、お前は突然俺達の前に現れた。そして一言、あの大陸で見たものは他言するなと、そう言ったよな」
あの時は理由も教えてくれず、一方的な物言いだった。だからこそ俺達はこいつに不信感を抱いたんだ。
まぁ、結局の所フィオナの言う通りにする事が決まったんだけどな。何せ、六百年前は暗黒大陸に魔物を統べる邪神が住んでるとか言って勇者パーティを送り込んでるんだ。だが実際には普通に生活する人々がいただけ。当時の勇者パーティが誰を邪神と定めて殺したのかは知らないが、英雄譚の真実が異国の民を殺しただけ、となると様々な問題が浮上するだろう。少なくとも勇者パーティを送り込んだこの国に対する不信感は爆増する。
だから俺達はこの国の為に真実に蓋をしたが――
「フィオナ、お前は自分の故郷の為に真実を伏せるように言ったのか? 何処にも属していない暗黒大陸の地や人は、言わば隠された宝物庫だ。そこに攻め入り自国の物にしたがる国もあるだろう。そうなれば異形の人々は奴隷に落とされ、彼らが築き上げてきた文化は研究材料とされ、広大な土地も占領される」
「君の言う通りだ。私は戦争を避ける為に情報操作を行っていた――尤も、暗黒大陸に住む者が簡単に倒れはしない事は知っているがな」
…………はぁ。
「それならそうと、あの時言ってくれれば俺達はお前の事もう少し信用出来たのによぉ」
俺が悪態を吐くと、意外にもフィオナは頷いた。
「私ももっと君たちを信用するべきだったのかもな」
「……お前、変わったな」
俺がギルドマスターになってからもフィオナは一方的な命令ばかりしてきて、俺に何かを頼る事も教えてくれる事もなかった。先代のギルマスから「フィオナさんの指示には絶対従え」と言われたからそうしてきたが、代わりに不信感だけは募り続けていた。
しかしそれも今、少しずつ払われていく。
「フィオナ、現地人とのコミュニケーションをガイストに任せるって、どうして? 貴女の故郷なら、貴女が話せばいいんじゃない?」
「私の様な長生種は外見が殆ど変わらない。向こうには私を覚えている者もいるだろう、それなりの立場だったからな。だが私は彼らに恨まれている。記憶されている事は、寧ろ都合が悪いのだ」
「恨まれているって、何をしたの? それなりの立場って、貴族って事?」
どんどん質問を重ねていくミーシャを止める為に思い切り立ち上がる。
そしてフィオナに頭を下げた。
「今までの非礼は詫びねぇ。お前にも説明不足な所があっからな。だから、対等な立場で頼みたい。リュートが危ねぇってんなら、お前がアイツを救うってんなら、協力させてくれ。俺はお前を信じる」
「それは私からも頼みたい事だ。だが、詳しい話も聞かずに判断して良いのか?」
「どうせ長い旅路だ、その最中に話は聞かせてもらう。だから一刻も早く出発しよう」
どれくらい残されてるかはわからねぇが、時間は有限だ。
俺と同じ考えなのか、フィオナとミーシャも立ち上がり扉に向かう。
「今日はもう遅い。準備をしてから一晩休み、明朝出発しよう。ギルドマスターの仕事はシェリーにきちんと引き継いでおけ」
「ああ、わかったぜ」
それだけ交わして、二人は出て行った。
入れ替わるようにしてシェリーが入って来る。
「よかったですね、ガイストさん。このギルドは暫く任せてくれて大丈夫ですから、ちゃんとリュートさんを助けてあげて下さいよ」
「ああ。迷惑かけるが、よろしく頼む」
さて、旅立ちの準備を始めよう。
この世界でデカい何かが起ころうとしているのは感じるが、俺には関係ない。
大人が子供を救う。
そんな単純な目的で、当然の責務を果たす為に、俺は旅立つんだ。
次回、四章『オリジン』
主人公視点(?)に戻ります




