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巻き込まれただけの高校生、冒険者になる  作者: 木下美月
第三・五章 泡沫の夢の如し
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旅立ち

 

 リュートを探すエモに「とりあえず宿で話そう」とアランが応え、狭い部屋に五人が集まった。


「ミーシャ……もう少し良い部屋をとってもよかったんじゃない?」


「……わたし一人で綺麗なホテルに行くのは、気が引けるから」


 そう言われて、失言だったと思った。

 この国では亜人差別は少ないとはいえ、獣人の子供が一人で高級店に行けば嫌な視線を向けられる。

 だからこういう小さい宿屋を選んだのね。このパーティにいるとそういう差別と無縁だったから失念していたわ。


「それで、あの子は?」


 エモの質問に暗くなる室内。

 その中で取り繕う様にアランが応える。


「リュートは今、別行動中でして……」


「そういうすぐにバレるウソをつかない方がいい。それから、隠すつもりがあるならもっとシャキッとして。あなた達のドンヨリ顔を見たら、死んだか行方不明かってすぐわかる」


 そうは言われても、私達だってまだ全部を受け入れられたわけじゃない。さっき話を聞いたばかりなんだから、気持ちと情報をゆっくりと処理したいのよ。


「……はぁ、深くは聞かないでおくよ。でもね、しっかりと考えた方がいい。あなた達のリーダーはあの子で、あの子は目立つ。君たちがリーダー不在のまま活動すれば周囲の人々は不審に思って、色々探ってくると思うよ。そしたらまた今みたいにオロオロするの? そんな君達を見れば根も葉もない噂が広がってあの子を侮辱する人も出て来るかもしれないね」


「……!」


 言われて気付くなんて遅過ぎた。

 私達がしっかりしないと、リュートの評判まで下がってしまう。それは、許せない。


「でも話せない事を隠すのは難しいだろうね。だから提案してあげる。みんなで一緒に姿を隠すって案を。みんなエルフの集落に来ない?」


 唐突な提案に、私達は目を丸くする。

 そもそもエモってこんなに饒舌だったかしら?

 いつも一人で活動して、姿も殆ど見せないから不思議な気分。


「あの子には話した事があるんだけど、伝わってなかった? この近くにエルフの集落があって、そこに招待したんだけど」


 お互いの顔を見ながら、誰もそんな話を聞いた事がないと確認しあう。


「えっと、エルフの集落って、隠れた場所にあって他人種と交流しないって本で読んだ事があるんですが……」


「うん、そうだよ。でもあなた達は特別」


 特別、ね。

 まだ関わった事もないエルフ達にとって、私達はただの他人。

 それでも特別と言うのは――


「貴女、何か面倒な事に私達を巻き込もうとしてないかしら?」


 エモを睨んで問い詰めようとした所、彼女はアッサリと頷いた。


「バレたならしょうがないね。ちょっと助けて欲しいんだけど、エルフってプライド高いのばかりだからさ、頼れるのがあなた達だけなんだよね」


「助ける? 一体何から?」


「簡単に言えば、魔物だよ。数年前から森が騒がしいって言われてたんだけど、最近特に悪い気配がするって手紙が来ててね。百年くらい前にも似たような事があったらしいんだけど、死傷者多数だったらしい」


 放っておけない、とは思う。

 けど、今の私達に人助けをしている余裕があるのかしら?

 一番助けたい人を差し置いて、見ず知らずのエルフ達の為に時間を割くのは……。ハッキリ言って別の人を頼って欲しい。


「そもそも僕たちに頼む意味がわかりません。冒険者ギルドに依頼を出せば、報酬に応じて高い実力者を派遣してくれるでしょう」


「言ったでしょ、エルフは隠れて住んでいて、プライドが高い。自分達の棲家を他人に晒して助けを乞うなんて彼らのプライドが許さない。でも、あなた達……いや、その子がいれば話は別」


 そう言って指差した先にはキョトンとした顔のマナ。


「精霊に愛されている子は、精霊と近しいエルフにとって好ましい存在。集落に招いて手厚くもてなすと思う。で、それに感謝しエルフを気に入ったあなた達が集落の力になってくれる。そういう筋書きなら問題なし」


「……面倒な種族ね」

「ほんとにね」


 私の失礼な呟きにも頷くエモを見て、アランが違和感を指摘した。


「……さっきから気になっていたんですが、エモさんは自分の集落の話なのに、随分他人事ですね?」


「まあね。私は昔から他種族……というか冒険に、広い世界に興味があった。だから集落に引きこもってるクセに他種族を見下す老人達が好きじゃなかったんだ。旅に出る時も、親と喧嘩別れみたいな感じで出て来たし」


 そう言ってから、少し寂しげな表情でエモは続けた。


「お母さんもプライドが高い人だから、喧嘩した娘に手紙を書くなんて、普段ならしない筈なんだ。そんなお母さんが『森の悪い気配が強まってきてる』って手紙を寄越したんだから、事態は結構深刻なのかもって思ってる」


 室内の空気は再び重くなる。

 きっと皆んな助けたいと思ってる。

 特に、私とアランはエモが普段無口なのを知っている。そんな彼女がここまで話して協力を願っているのだから、その必死さに応えたい気持ちはある。

 ……けど、手が足りない。


「……ごめんね、エモお姉ちゃん。マナ達はししょうを助けに行かないといけないから……どうにか他の人にお願い出来ないかな?」


「……やっぱりあの子はいないんだね」


 マナの失言に反応したエモ。今更隠しても遅い。寧ろ彼女が誠意を見せてくれた分、私達も応えなければならない。


「黙っててごめんなさい。詳しい事は言えないけど、私達はリュートを助けに行かないといけないの……でも、貴女の頼みを断るのも悪いわね。明日私達の協力者に相談してみるから、少し待ってて貰える? 私達が行けなくても、何か案があるかもしれないし」


 フィオナならもしかしたら。そんな希望を抱かせてくれるのは、彼女が勇者だからかしら。


「わかった、あまり期待しないで待っておくから、もし無理でも気にしなくていいよ」


 そう言って部屋から出て行くエモの背中を見送り、大きく息を吐く。

 考えなければならない事が多過ぎる。

 明日から何をするべきか、何が必要か……。


 でもそれらを考える前に、姉としてやらなければならない事がある。


 アランとミーシャが一階の食堂に降りて行ったのを見送り、マナと二人部屋に残る。


「……マナ、私は――」


「お姉ちゃん! いまさら何を言われても、マナの決意は変わらないよ。だって、夢を諦めるお姉ちゃんと、何も出来ないマナを救ってくれたのはししょうなんだから、今度はマナ達が――」


「――わかった。わかったから落ち着きなさい」


 この子は自分が家に帰されるとでも思ったのかしら?

 そういえばこの子はいつも人の話を最後まで聞かずに先走って……。

 それで私たちの気持ちがすれ違っていた時、話し合う機会を与えてくれたのはリュートだったのよね。

 そんな彼を、マナは救いたいと望んだ。


「確かに私は貴女に危険な目にあって欲しくない。けど、これまでの旅でよくわかったわ。貴女の強さも、頑固な所も」


 今までは保護すべき妹だった。

 けどこの子は私が思っていた以上に強く賢く、自分の意思で行動出来る立派な子だ。


「マナ、貴女も来るのね?」


「え、いいの? ……ううん、行くよ! 皆んなでししょうを救って、また一緒に冒険するために!」


 この子はもうただの子供じゃない。

 マナがやりたい事は私が一緒に叶えて行けばいい。

 危険な事なら助け合えばいい。

 私達は姉妹なんだから。



 ⭐︎




 そして翌日。

 私たち四人、誰も欠ける事なくフィオナの家に集まった。

 玄関で私達を迎えたフィオナは特に驚いた様子もなくリビングへ案内してくれた。そこでは既にシフティが紅茶を飲んで寛いでいる。

 家主より偉そうなシフティに促されてソファに座ると、鉄の箱で出来た人形みたいのが紅茶を運んできた。凄い魔道具ね、初めて見たわ。


「ここに来たという事は、地獄へ赴く覚悟が出来たという事だな」


「そんなの元々出来ていた。それが変わらないから、ここにいるのよ」

「僕も同じです。停滞する日々から抜け出せたのは、リュートのお陰だ。彼を助ける為ならなんだってやり遂げてみせます」

「マナも、弟子としてししょうを迎えに行くのは当たり前だよね!」


 それぞれが答えるとフィオナは頷き、ミーシャを見る。


「何度も言ってる通り、わたしはどこにだって行くよ、リューを助ける為なら」


「わかった。ならばまず、ミーシャは暫く私と行動を共にして貰う」


「そしてレイラさんは、私が預かりますね」


「……え? 私達バラバラで行動するの?」


 思わず目を丸くした私に、シフティは呆れたように言った。


「貴女、今のまま邪神と対峙してどれくらい生き残る自信がありますか? 間違いなく一瞬で命を絶たれるでしょう。だから私が鍛えて差し上げるんですよ」


「彼女の言う通りだ。幸いにもリュート達は暫くこの世界には戻らないだろう。その時間で君達は彼と同等以上の力を付けなければならない」


 直ぐには会えない事を幸いとは言えないけど……私達の実力不足は事実ね。


「そしてアラン、マナ。君達は北西の森に行ってエルフと協力し、迷宮の暴走を沈めてきてくれ」


「え? それって、エモさんが言っていた……?」


「既に知人から依頼を受けていたのか? ならば話は早い。その依頼主に従って集落に行くといい。そこでの経験はきっと君達の力となる」


 偶然にも、昨日断ったエモの話を受ける事になる。


「まだわからない事、悩み、迷い、色々あるだろう。しかし君達に立ち止まっている時間はない。それぞれ直ぐにでも出発してくれ」




 ⭐︎




 門から出て、街から少し離れた所までミーシャは見送りに来てくれた。

 この場には私を待ってるシフティと、エルフの集落に案内してくれるエモ、そしてリュートを除いた泡沫の夢が揃っている。


「それじゃあ、ここでお別れだね」


 少し寂しげなミーシャの顔を覗き込むように、私はしゃがんで彼女と目を合わせた。


「ミーシャ。貴女がリュートを大事に思ってる気持ちはよくわかる。ここにいる皆んなそうだもの。でも、貴女だって私達の大事な仲間よ。私たちは全員で生きて再会しなくちゃいけない。だから、無茶はしないで」


 多分、ミーシャの時空魔法は邪神に対抗する為の貴重な手札になるんだと思う。だから勇者――フィオナが直々に訓練をつけるんでしょう。

 でも、だからと言ってこの子に無理をさせたくはない。


「……心配してくれてありがとう。でも、無茶しないではこっちのセリフだよ」


 ミーシャは薄く微笑みながらそう返してくれた。この子の笑顔は珍しい。それだけに、彼女が私達を信頼してくれているのだと嬉しく思う。


「マナとアランも、気を付けて」


「そうね……マナ、いざとなったらアランを盾にして逃げなさい」


「そんなことしないよ!!」


「あ、あはは……僕はそういう役割だから全然構わないんだけどね」


 怒るマナと苦笑するアランに、私もつい笑みが漏れる。


「冗談よ。あなた達なら大丈夫だと思うけど、二人とも必ず無事でいてね」


「うん、皆んなもね」


「お姉ちゃんとミーちゃんも、怪我しないようにね!」


 別れを惜しんでいると、後ろからため息で急かされる。


「……後ろの年増雪女がうるさいから、もう行くわね」

「おや、教官を侮辱するなんて、自虐趣味でもお持ちなのでしょうか?」


 シフティを無視して、私達はそれぞれの目的地に向かって歩き出す。

 さよならは言わない。


「また、会いましょう」


 それだけ言って手を振ると、仲間達も同じように返してくれる。

 それがなんだか心強くて、私達なら大丈夫と、根拠のない自信が湧き上がってくる。




 こうして、特級冒険者パーティ『泡沫の夢』は一時的に解散した。



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