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巻き込まれただけの高校生、冒険者になる  作者: 木下美月
第三・五章 泡沫の夢の如し
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雷を扱う者

 

 街の中心、富裕層が住む住宅地にフィオナの家はあった。

 門をくぐり高い壁の中に入ると、街の喧騒が急に遠くに感じられた。この土地には何かしらの魔術が――少なくとも防音の魔術はかかっているのでしょうね。


 家の中は貴族の屋敷よりは劣るけど、結構広くて綺麗。

 金持ちが好む様な趣味の悪い調度品とかもないし、シンプルなデザインだからその辺は好感が持てる。


 家に招かれたのだから、リビングなんかに案内されると思ったけど、フィオナは地下の階段を降り始めた。

 不審に思いながらミーシャを見ると、大丈夫と言わんばかりに頷いている。

 彼女を信じてフィオナについて行くと、ギルドの訓練場くらい広い、白い空間に出た。

 壁も床も天井も白。

 私達が入って来た扉と、もう一つ奥にある扉の他には何もない場所。


「ここは……ここで何をするの?」


「勿論君達が知りたがる事を説明するのだ」


「戦闘をするって言われた方がしっくり来る様な場所ね」


 探るように呟くと、素直に肯定された。


「既にミーシャから質問責めにされていたのだ、私の正体についてな。それを伝えるには私の固有魔法を見せるのが手っ取り早い」


 フィオナはそう言って私達から少し離れた所まで歩き、壁に向けて手を伸ばし――その手から紫色の雷を放った。

 空間を一瞬で走り抜ける様にして壁まで到達した雷は、轟音と共に霧散した。

 壁には傷一つないが、それは雷の威力が弱かったわけじゃない。壁に施された防御魔術が優秀な上に、フィオナが手加減して魔法を放っていたからだ。

 いや、そんな事はいい。

 雷魔法。

 物語でしか聞いた事がないけど、それって――


「やっぱり貴女は勇者フィンなんだね」


「ああ、改めて自己紹介しよう。現在はフィオナ・ローズヴェルトを名乗っているが、君達が知る勇者フィンとは私の事だ」


 その自己紹介に驚愕し、暫くは思考が停止したままだった。




 ⭐︎




 私達を落ち着かせる為か、シフティが氷で背の高いテーブルを作り、紅茶を淹れてくれた。

 私達は立ったままそれを飲み、話を続ける。


「ミーシャはこの人が勇者フィンだと知っていたの?」


「あの汚いハーフエルフがフィオナを見てそう言ってたから。それに、汚いハーフエルフはフィオナに逆らえないみたいだったよ」


 あの化物が……そうか、レガリス達の話では先生は邪神と対峙し、勇者に助けられたと言っていた。ならば勇者フィンを知っているのも頷ける。

 それにしても三百年前の人物がまだ生きてるなんてね。彼女は人族じゃないのかもしれない。


「……あら? フィンって男だったんでしょ? 貴女、もしかして女装でもしてるの?」


 私の質問に、横で聞いていたシフティが吹き出す。フィオナはそれを無視して無表情のまま答える。


「逆だ。リュドミラ――君達の言う邪神が襲撃に来る時期は男装をして冒険者をやっていた。当時は女性軽視が酷く、栄誉を立てた後の報酬を考えると男装した方が都合が良かったのだ」


「報酬……冒険者ギルド本部の設立、そしてその統括者になる事ですね」


「ああ。当時の冒険者ギルドは無秩序だった。あのままでは大きな勢力から潰されていただろう。それを惜しく感じた私はギルドのトップに立ち彼らをまとめ上げた」


 私も冒険者に関する昔話は色々読んだ事がある。

 どの本でも三百年前に冒険者ギルドが生まれ変わったと書かれていたけど、それを行ったのが目の前の女性なんて……。

 まだ受け入れ難いけど、誰も扱えない雷魔法を放った点と、目の前に立って感じる『普通じゃない何か』が、彼女の言葉を嘘じゃないと思わせる。


「貴女はさっき、邪神の事をリュドミラと呼びましたが……」


 アランの問いは私も気になった所だ。

 しかしフィオナは首を振る。


「それを今話しても混乱に陥るだけだ。後で自分達で調べるといい。それよりも聞きたい事があるんじゃないか?」


 そうよ、一番大事な事をまだ聞いていない。

 フィオナの正体を知り、彼女の言葉なら信じられると私は判断した。

 多分みんな同じ様に思ってる。

 なら今聞くべきだ。


「リュートはどこにいるの? どうすれば会えるの?」


「――彼は異世界の住民だ。今頃リュドミラの力で家族の元へ帰っているのだろう」


 一瞬の間を置いてから告げられた言葉に、私達は再び動揺した。


「は? 異世界、って、何よそれ? 世界が違う? 迷宮みたいな所に住んでるって事? 彼の出身は東方じゃなかったの?」


「君の認識は間違っている。迷宮はこの世界の魔素を使って成り立っており、空間転移で移動出来る。故に迷宮は異世界とは呼べない。だが、リュートが住んでいた世界は違う。彼の世界には魔力すら存在しないらしいから、世界の成り立ちからして違うのだ。となると空間転移で辿り着ける場所ではなく、時空を超える必要がある。それは異世界と呼んで相違ないだろう」


「……えっと、待って下さい。そもそも空間転移魔術すらまだ解明されていないというのに……」


「空間転移魔術なら私が使える。まだ世間に発表はしていないがな。それにヴェリタス――リュドミラの崇拝者は空間系固有魔法を扱える為、転移はそれほど重要視する事柄ではない。問題は、彼が転移ですら辿り着けない場所へ帰る方法だ」


「え? 来れたのなら帰れるんじゃないの?」


「そもそも来れてしまったのが異常なのだ。彼は災禍の迷宮に落ちたと言っていたが、恐らくあの迷宮内では時空が歪んでいるのだろうな……リュドミラの魔術実験によって」


 私とアランでフィオナを質問責めにしてしまったけど、彼女は私たちにもわかるように答えてくれた。

 それでも難しい話ではあったけど、少しずつリュートが隠した真実が見えてきた。


「彼が異世界から来た事は理解した。でもなんでそれくらいの事を私達に教えてくれなかったの? どうして一人で全部背負おうと……」


「はぁ、貴女にはこの情報がどれ程危険かわからないのですか?」


 フィオナの言葉より先に、シフティのため息が吐かれた。


「例えば最果ての地に隣接した国、ガルレア王国。あの国の土地では作物が育ちにくく、周辺国の援助がなければ民はすぐに飢えるでしょう。しかし助けを貰う程の弱小国である故、戦争を仕掛ければ負けるのは明らか。そんな彼らが異世界の存在を知れば、間違いなく攻め入るでしょう。何せ異世界には魔力がないのですから、負ける不安は殆どない。物資は奪い放題です」


「でも、異世界って簡単には行けないんでしょ? なら他の人に知られても問題ないんじゃ……」


「そういう問題ではない。知られれば探られる。探られ、研究されれば異世界に渡る方法も見つかるかもしれない。可能性としてはかなり低いが、だからと言って無闇に故郷を危険に晒すマネを彼がすると思うか?」


「……私の考えが浅かったわ」


 聞かれるまでもなかった。リュートはいつも私達を守ろうとしていた。それと同じように、故郷を守る為に隠し事をしているのなら、彼らしいわ。


「話を進めよう。リュドミラは現在時空魔法を扱える。それを発動してリュートの故郷へ戻ろうとしているのだが――」


「――待って! それじゃあ二度と会えないって事!?」


「……はぁ、少しは落ち着いて話を聞いたらどうです? 今の貴女にはそれしか出来ないんですから」


「…………」


 悔しいし、真相を待てない気持ちはある……けど、シフティの言う通り。

 前のめりになっていた姿勢を正して、視線で続きを促す。


「シフティ、君もいちいち挑発をするな。……さて、先にレイラの不安に答えるならば、リュートと再会するチャンスはあると言える」


 よかった、また会えるのね……。

 安心する私達にミーシャが言う。


「これはリュドミラが自分で言ってた事だよ。力を磨けばわたし達は彼と再会する事が出来るって」


「それにリュドミラは時空魔法を二回は使う、と言っていた。つまり彼女はリュートの世界へ行き、その後こちらの世界へ帰ることまで予定しているんだ」


「……でも相手は邪神、ですよね? 嘘を言ってる可能性はないんですか?」


「ないとは思うが、例え嘘だとしてもミーシャが努力すればこちらからリュートの世界に渡る事も可能だ――この方法は使いたくないがな」


「――!!!」


 私には何を言ってるのかわからなかったけど、シフティは何かに気付いたのか驚愕の表情に変わった。どうやら彼女も全てを知っていたわけではないみたいで、横から口を挟んだ。


「フィオナ、まさかとは思いますが……ミーシャさんは一度死んではいませんか?」


「は? 何を言って――」


「――その世界の記憶は数人にしか存在しないがな。しかし君の言う通りミーシャは一度死んだ。だからこそリュドミラは時空魔法を扱えるのだ」


「……つまりミーシャさんの固有魔法は時空魔法だ、と」


 あまりにも荒唐無稽な話。

 だけどミーシャは既にフィオナから聞いていたのか、全部受け入れてここに立っている。


「本当、何が起こってるのよ……」


 最早私達の理解が及ばない次元の話に、頭が痛くなりそう。

 それは皆んな同じだろうけど、アランは必死に理解を試みて質問を重ねる。


「先程、こちらからリュートの世界へ向かいたくないと言いましたが、それは何故ですか? 時空魔法を扱うとミーシャの身体に負担がかかる、という事なんでしょうか?」


「いや、術者の肉体に負担が掛かる事は殆どない。時空魔法と言えど、支払うのは魔力だけだからな。だが、時空に干渉するのは世界の理を捻じ曲げる行為だ。この世界の調和、或いは均衡を保とうとする『大いなる意思』はそれを許さない。人の身でありながら神の如き身勝手を行えば、その不届者も、その者に干渉された世界も、排除しようとする。虚無によってな」


「大いなる意思って、神みたいなもの?」


「君達の想像する神とは、宗教信仰の対象として崇拝されるものだろう。だが大いなる意志はそういったものではない。自然の摂理と言った方が近いな」


「じゃあ、世界の理ってなんですか? 魔術学の三原則みたいなものですか?」


「いや、あれは人が定めた人の道を外れない為のルールだ。破ったとしても人の裁きが下るだけだ。対して、世界の理は人には変えられない絶対的な法則。時空、輪廻、夢境。これらに干渉する事は、本来人には不可能なのだ。しかしごく稀に、理を捻じ曲げてしまう才能を持った子が生まれてしまう」


「それがミーシャさんや、リュートさんというわけです」


 ミーシャが時空魔法。

 リュートが巫術……つまり輪廻に干渉出来るって事よね。


「でも二人とも固有魔法を使ってるけど、それは問題ないの?」


「さっきも言った通り、時空も輪廻も干渉出来ない、人には使えない魔法なのだ。だから彼らが発動している魔法は本来の力を発揮していない。ミーシャは空間を操る事しか出来ないし、リュートも死者の固有魔法を受け継ぐ事しか出来ない」


「……でも邪神は蘇り、時空を超えたんですよね?」


「ああ。神官のみが回復魔法を扱える事からわかるように、信仰というのは力を齎す。それは信仰される対象にも、だ」


「まさか、信仰する人が多いから邪神は強大な力を得た、とでも?」


「いや、リュドミラを信仰している者は実はそれ程多くない。しかし人々が彼女の事を神と呼ぶから、リュドミラはその呼び名に見合う力を付けてしまったのだ」


「……だから貴女は邪神ではなくリュドミラと呼ぶんですね」


 何度か話が逸れたり戻ったりしながら、大体の事情を知ることが出来た。

 頭を整理して大事な事だけ纏めると――


「邪神……じゃなくてリュドミラはリュートの世界に行くけど、また戻って来る。ミーシャが頑張ればこっちからリュートの所に行く事が出来るけど、時空魔法を使い過ぎると世界が滅びるから使いたくないと」


「概ね合っているな」


「なら、リュートが帰ってくるまで私達が何をすべきか、よね」


「マナは、もっと強くならないと……」


「それは僕も同じだ。でもそれだけじゃなくて、リュートをリュドミラから解放してあげないとダメだ」


 そういえば、リュドミラは神に匹敵する力を付けたから時空魔法を使えたけど、ミーシャはどうやって時空魔法を使うのかしら? 頑張ればって言ってたけど、努力で解決出来る問題ではないわよね。

 考え込んでいると、フィオナの声に意識を奪われる。


「君達がリュートを救う為に行動するつもりなのはわかった。しかしそれは地獄への道だ。死を選びたくなる程の恐怖や苦痛を味わう事になるだろう。それでも助けに行くというのなら、明日またここに来い」


 私の……いえ、私達の決意は変わらない。

 必ずアイツを助けて、生きて再会する。

 今すぐに返事してやりたかったけど、フィオナが言いたいのはきっと「冷静な頭で考え直せ」って事なんでしょう。

 だから今日はフィオナの言う通りここまでにしましょう。


「ではまた明日会いましょう」


 そう言って部屋を出るアランに続いて、私達も退室する。


「そうそう、わかってるとは思いますが今日の話は他言無用でお願いしますよ」


 シフティのその言葉を背に私達は外に出た。




 シャミスタに着いたのは昼頃だったけど、フィオナの家を出ると既に日が落ちていた。

「宿を取ってある」と言うミーシャに感謝しながら案内に従って歩いていると、不意に足を止めた。

 ミーシャの視線につられて前を見ると、ローブを被った怪しい女性。

 不審に思う私達だけど、彼女の正体にいち早く気付いたマナの言葉に目を丸くする。


「あ、エモお姉ちゃん!」


 それはリベルタの街で活動していたソロ冒険者で、エルフの魔法使いの名。

 マナの声に応える様にフードを取った女は確かにエモで――


「久しぶり。この街であなた達を待っていたんだけど……魔力が見えるあの子の姿がないね。どこにいるの?」


 そう言いながらリュートを探すエモに、どう答えるべきかわからなかった。



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