集合
早く行かなければリュートが危ない。
そう考えれば考える程に焦燥感は募り、剣筋は乱れる。
操る炎は不安定さを増して揺らめき、周囲の仲間まで巻き込みそうになる。
「チッ、こうもままならない……」
舌打ちと共に剣を振り下ろすけど、グリオンの大盾に防がれ、更には飛んできたリジーの風魔法に後退させられる。
こんな奴らに苦戦してるようじゃあ、あの汚いハーフエルフには勝てない。
「……はぁ、情けない姿」
それは私が自分に対して思った事……だけど私の言葉じゃない。
周囲に舞い上がっていた私の炎が急速に消えていって、温度の冷えた地面は凍りつく。
その場にいた全員が驚きに目を見張る。
また新たな闖入者が現れた。
「貴女は……深雪の魔術師、シフティだな」
シフティを見るなり武器を収めるレガリス。シフティとは戦いたくない、話し合いで解決したい、そんな意思を強く感じるわね。
……私もあの幼女とは戦いたくない。
「こんばんは、不毛な争いを繰り広げる皆さん」
対するシフティは、挑発するような言葉と共に私達に微笑みを向ける。
「不毛、ねぇ。確かにそうよねぇ。先生がリュートちゃんの元に行ったなら、もう未来は変わらない。貴方達がここで頑張ってもどうにもならないのよぉ?」
私達の戦意を削ぐためか、リジーが同調する――けど、シフティはそれに嘲笑で返した。
「はいはい、そうだといいですね」
まるで子供をあやす様な言い方にリジーはムッとした様子だけど、それより私はシフティの立ち位置が気になった。
「貴女、ここに何しに来たの? まるで今起きてる全ての事を知ってるかの様な余裕さだけど」
そんな事はないだろうと思いながら問い掛けると、アッサリ肯定されてしまう。
「全てとは言いませんが、知っていますよ? 少なくともあなた方よりは多くの事を把握しているつもりです。そして何しに来たのか、という問いに関しては、こう答えましょう」
レガリスやリジー達に背を向け完全に私達の方に向き直ったシフティは、幼い見た目にそぐわない性悪な笑みを浮かべて言った。
「情けない泡沫の夢の皆さんを迎えに来たのですよ」
と。
⭐︎
シフティの挑発的な物言いに苛立ちつつも、実際私達は情けない姿を晒していた。それが悔しくもある。
アランとマナも同じようで、迷宮から帰還する道中は空気が重かった。
けど、打ちひしがれてる暇はない。
たとえ嘲笑されても罵られても、知るべき事を聞かなくちゃいけない。
「シフティ。貴女はリュートが今どこにいるかわかるの? それにミーシャも先に彼の所に向かっている。二人とも無事よね?」
「まぁ、フィオナが向かったし、心配は要らないんじゃないですか? 彼女に勝てる人が現代に生きているとは思えませんし」
「フィオナって……リュートが会おうとしてる人か! よかった、その人はリュートの助けになってくれるんですね」
アランはフィオナという人をリュートから聞いた事があるのかしら? 彼が安心してるという事は、きっと頼れる人なのね。シフティの評価が正しいかはわからないけど、彼女がそこまで言うからにはあのハーフエルフよりも強いんでしょう。
よかった。
本当は私たちが向かいたかったけど、助けが間に合ったならひとまず安心ね。
帰還用岩盤を使って一階層に戻って来た所で、マナが漸く口を開いた。
「邪神って、なんなの? 悪い人なの? 本当にししょうの中にいるの? ししょうはどうなるの?」
シフティもリュートみたいに子供に甘いらしく、優しく微笑みながらマナの頭を撫でた。
「安心して下さい、とは言えませんが、私達がどうにかします。それと一応言っておきますが、邪神と呼ばれてはいますがあの子は平凡な少女でした。彼女が闇に堕ちたのは、彼女だけの責任ではありません」
邪神が平凡な少女?
あまり意味がわからないけど、シフティの言葉にマナは少しだけ不安を拭えたみたい。
「いやぁ、なんや。気まずいな。ウチらクビになるんか? やめた方がええか?」
騒がしい後方を見ると、私達と別の岩盤に乗って帰還した太古の黄金樹が歩いて来る。
「ま、リーダー達がやめろってんならそれでいい。オレもアンタらの行動には不満があッからな」
「…………いや、今回の件は僕とリジーの問題に君達を巻き込んでしまったに過ぎない。パーティを抜けろとは言わない。寧ろ僕に幻滅したのなら、もう暫く残って欲しい。そして側で見ていてくれ。僕は英雄ではないが、人々を守る為に動いているのだと知って欲しい。その後で、やはり僕のやり方が気に入らないと思ったなら、見限ってくれて構わない」
立ち止まり頭を下げるレガリスとリジー。
その様子を見る三人は――
「俺は元々お前達を信じている」
「なんや、アンタさんらに頭下げられたら断れんやんか」
「……まぁリーダーから学ぶ事はまだまだ尽きねェ。アンタがそう言うなら、アンタの側で見張ってやらぁ」
一時は敵対していた彼らも、結局は元通りのようね。
……いえ、完全な元通りというわけではないわね。特にギムルはレガリスに対して不信感を抱いたままだし。
そんな状態にしてしまったのは私達にも責任があるし、助けてくれた二人にはお礼くらい言うべきね。
「ギムル、ミーゼ。あなた達は自分の正義を貫いただけなんでしょうけど、それで私達は助かったわ。迷惑かけたわね」
「…………」
「…………」
二人とも呆然と私を見ている。
変な事言ったかしら?
「な、なんなのよ」
「孤高のレイラって二つ名、今のアンタにゃあってねぇらしいな」
「せやな、そもそもウチらの名前すら覚えてないやろって思ってたわ」
…………喧嘩を売られているのかしら?
「私だって礼くらい言うわよ……大切な仲間の事なんだし」
何が面白かったのか、二人はニヤニヤ笑いながら「レイラはんの新しい二つ名考えよか!」と話出す。
バカにされてる気がして睨むと、私達を追い抜いて逃げるように迷宮から出て行った。
そして彼らに続く様にレガリス達三人ともすれ違う。
ギムル達よりも強く睨むけど――
「君達にも謝罪する。僕らはもうこの件から手を引くつもりだ」
迷宮内での執着が嘘のようなあっさりした幕引きに困惑した。
「先生が関わり、シフティが尊敬する人が向かったんだ。もう僕らに出来る事はない。君らも、彼の事は忘れるべきだ」
「別にフィオナの事は尊敬してません。気持ち悪い事言わないで貰えます?」
レガリスの言葉に返事はしなかった。
リュートの事を忘れるなんて出来るはずないし、私はこの件から手を引くつもりもない。
けどそれをコイツに言っても、また「現実を見ろ」みたいな事を言うんでしょうね。
だからこれからは、言葉じゃなくて行動で示す。
絶対にアイツを救ってやるわ。
その後私達は太古の黄金樹と別れて直ぐに馬車でシャミスタに向かった。シフティが用意しておいてくれたらしい。
ただ、こんな夜中に慌てて街の外へ向かう私達が不審だったらしく、すれ違う冒険者達は何かを話しながらこっちを見ていた。
「私が来る時も皆さんの事を噂してましたよ。黒髪のリーダーが攻略を諦めて逃げたとか、獣人の子もそれに続いたとか」
「アイツら! 戻って叩き潰してくるわ!」
こっちの事情も知らないで勝手な事を言いやがって! もしもあんな事がなければ、私達は攻略出来ていた筈よ!
そう思って立ち上がると馬車が揺れ、慌てたマナに止められる。
「お姉ちゃん、いまは他の人にかまってる場合じゃないよ!」
「ふふ、妹さんの方がよっぽど自制心がある様ですね」
マナの言葉に少し冷静になるけど、シフティの挑発にカチンときた。
「貴女、やけに私に喧嘩売ってくるけどなんのつもり?」
「さて? 私はただ、竜殺しの片割れであるレイラさんが思ったより情けない方でガッカリしてるだけですよ? それが態度に出ていたのなら謝罪します」
言い返したい。
けど、自分の情けなさは自分でも痛いくらいに自覚している。
もっと強くなりたい。
じゃないとリュートを助けられない。
「……ま、弱さを自覚してるなら成長の見込みはアリですね」
⭐︎
馬車に乗ってから三日目の昼、シャミスタの街が見えて来た。
想定よりも早かったのはシフティが用意した馬が有能だったのだろう。
でもシフティはどうやってあんなに早く迷宮に来たのかしら。
それを聞いてみた所、「馬は後から知人に用意して貰ったもので、グランタールには走って来た」と言っていた。馬より速く走るのは私にも出来るけど、その後も高速で迷宮の五十四階層まで到達する程の体力は凄まじいと思った。
「……ん? あれは――」
御者をしていたシフティが何かに気付き、驚いたような表情に変わる。
同じ方向を見ると街の外、森の隣に宙を舞う沢山の武器が見えた。
「ミーシャ!」
馬車から飛び降り、急いでミーシャの元に向かう。
遠くからでよく見えなかったけど、ミーシャの隣には銀髪の人がいて、何かを話しながら魔法を使ってるみたい。
走り寄る私に気付いたミーシャが魔法を操る手を止め、こちらに駆けて来る。
「よかった、貴女は無事ね! リュートはどうしたの!?」
ミーシャの小さな肩を掴み無事を確認する。
そして付近にいるであろうリュートの姿を探し――
「ごめん…………」
「――え?」
悲しむミーシャの顔を見て、謝罪を聞いて、まさかという最悪の想像が浮かぶ。
ありえない。
あいつが死ぬわけない。
信じられない。
信じたくない。
「――ミーシャ。君の言い方では彼女に勘違いを与える」
ミーシャと共にいた銀髪の女性が歩いて来て、私を見る。
「君はレイラだな? 安心していい状態ではないが、リュートは生きている。絶望するにはまだ早い」
その言葉を聞いて、心に僅かな余裕が生まれる。
「貴女は……? その言葉は信用していいの?」
「レイラ、この人は信頼出来る協力者だよ」
私の疑念に返事をしたミーシャに続いて、後ろから近付く馬車の音。
「フィオナ、弟子を取ったのですか? 貴女が?」
「弟子ではない。彼女の固有魔法の力を引き出す訓練を行いつつ、私の研究に協力して貰っているのだ……とりあえず場所を移そう。皆が揃った所で話すべき事を話さなければならない」
そして私達はようやくシャミスタに入る事となる。
旅の中間目的地であるにも関わらず、本来ここに来ようとしていた彼がいない事に、寂しさを感じずにはいられなかった。