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巻き込まれただけの高校生、冒険者になる  作者: 木下美月
第三・五章 泡沫の夢の如し
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約束

3.5章では他者視点で物語が進行します。

 

 隠し事が多い人だとはずっと思ってた。

 嘘もつくし、誤魔化しも多い。だから改めて考えてみると、わたしはあの人の事をあまり知らない。

 でも、信じられる。

 初めて迷宮で会った時も、今までの冒険でも、あの人はずっとわたし達を大切にしてくれたから。




 迷宮から出たわたしは受付の人に「怪我したから出て来た」と嘘をついてギルドを飛び出しリューを追った。受付の人は「アナタもですか!?」って驚いてたから、リューも同じこと言って出て来たんだと思った。


 街を出てからは盾に乗って、それを空間魔法で動かして移動した。

 自分の魔法が空間魔法だと知ってから扱いは上達している。

 凄く疲れるけど、この移動方法はとても速い。速いから向かい風が強いけど、それは前方向に氷盾を空間固定する事で解決出来た。


 リューの所に向かいながら考えるのは、レガリスが言っていた邪神の話。

 リューも認めていたし、本当に邪神がいるのかもしれない。

 昔お母さんに読み聞かせてもらったお話では、邪神は多くの人を、この世界を滅ぼそうとしたって聞いた。けどそれを勇者フィンが阻止した。

 もしもリューの身体を乗っ取って邪神が現れたら、あの汚いハーフエルフが勇者の代わりをやるのかな? リューを、殺すのかな?

 ……そんな事は絶対にさせない。邪神を追い出して、リューを助けるんだ。




 考えてる内に日を跨いで、夕暮れ時。

 前の方に三人が集まってるのを見つけて、盾から降りて駆け寄った。

 一人は銀髪の凄く綺麗な人……だけど、なんだか少し怖い。

 もう一人は跪いていて……なにあれ、魔物なの? 黒い肌と凄い筋肉の大きな人型の……魔物? 頭には角が生えていて、強そうで、怖い。あんな種族見た事ない。

 そしてもう一人が――


「――リュー! 酷い怪我……ううん、今はそれどころじゃない。この人達は誰? 早く逃げないと…………」


 よかった、無事……いや、左腕がないしボロボロだけど、でも生きていてくれた。

 今すぐここを離れようと彼の腕を掴もうとして――身体が硬直した。


 彼の特徴的な、黒いはずの瞳が……今は紅くなっている。

 それに、わたしを見た彼の微笑みに寒気がする。

 いつもの優しさを感じない、冷たい表情だ。


「…………貴方、リューじゃない。誰? 本当に邪神なの?」


 わたしが聞いてもこの人は答えない。冷たい笑みを浮かべたまま。


 その時、森の方から汚いハーフエルフが飛ぶように走って来た。

 彼の顔も服も血塗れで、色んなところの骨が折れてるみたい。まるで巨人に思い切り殴り飛ばされたみたいな怪我だ。

 リューでもこんな事は出来ないと思う……って事は、やっぱり邪神なの?


 汚いハーフエルフは銀髪の人を見て「勇者フィン」って呟いてたけど意味がわからない。勇者フィンって男の人じゃないの? それに三百年前に生きてた人族なら、もう死んでる筈。


 戸惑っていると、更に意味がわからない会話が繰り広げられていた。


 邪神がわたしの命を救ったと。


 何故? 邪神は敵じゃないの? それにわたしの命を救ったって、わたしは知らない間に死に掛けていたの? いつ?


 悩んで、考えて、理解を試みる。

 けどそれを中断させられる程の強い、悍ましい気配を感じて慌てて飛び退いた。


 邪神は笑っていた。

 笑って語るのは、全く意味のわからない話――いや、一つだけ重要な話を拾えた。


 ――リューがこの世界の人間ではないという事。


 その言葉を聞いて、なんだか納得してしまった。

 邪神が嘘を、適当な事を言ってる可能性はあるんだけど、リューが異世界から来たという話は本当の事だと確信した。


 だって迷宮の中で、リューは遠い所から来たって誤魔化した。帰る方法はわからないけど必ず見つけ出すって悲壮な表情をしていた。

 迷宮を出てからも、わたしより常識がなかったり、頭が良いのに文字が書けなかったり、東方の事を知らないのに東方人を名乗ったりしていて変だな、とは思っていた。

 それらの疑問が、リューが違う世界から来た人だと聞いて全部納得出来てしまった。



 それから何度か言葉のやり取りをした二人は、急に険悪な雰囲気になって――雷が落ちた。

 綺麗な紫色の雷を見て、勇者フィンも雷魔法を使うんだっけ、と絵本の話を思い出してた。

 もし、もしもこの銀髪の人が勇者なら――邪神を、リューを殺せるんだ。


 黒い穴から逃げようとする邪神を狙って紫電が飛ぶ。

 殆ど何も考えずに、わたしは盾で防いでいた。

 二人が目を丸くしてわたしを見る。

 わたしはわたし達から離れて行こうとするリューを見る。


「運命は自分の手で掴み取るものです。力を磨けば、貴女は彼と再会する事が出来る」


 その言葉を残して、邪神は消えた。

 わたし達の大切な仲間が、手の届かない場所へ行ってしまった。

 でも――



「わたしは、彼と再会する事が出来る……」


 邪神が言った言葉を繰り返してみて、希望が残っている事を確認する。

 リューと再会出来るって事は、リューは生きてる。それに、暫くは殺すつもりもないって事だよね?

 なら、助けられる――



「――キサっ、キサマキサマ貴様ぁあぁ! よくもリュドミラを逃したな薄汚い獣人風情がぁぁぁ!」


 急に豹変したハーフエルフに怒鳴られて忘れていた恐怖心が蘇る。

 汚いのは貴方の方だよって言ってあげたいのに、怖くてその余裕がない。

 殺される。

 そう思った――けど。



「見苦しいぞ、レント」


 銀髪の……多分勇者フィンが止めてくれた。

 彼女が声を掛けただけで、汚いハーフエルフは持っていた剣を納めてわたしから数歩離れた。

 勇者にお礼を言おうと思ったけど――彼女の話はまだ終わってなかった。


「君に彼女を責める権利はない――それどころか、今回の件で最も非があるのは君だ。君さえいなければ、これ程切迫した状況に陥る事はなかったんだ」


「そ、んなっ、しかし、俺は! 邪神を討伐する為に――」


「戯言はよせ。君は自らの復讐の為にリュドミラを呼び醒ました。君は君自身が忌み嫌っているリュドミラと同じ様に、復讐心で動いていたんだ。それでいて自分の正当性を説こうとするなど、リュドミラより余程悪辣だ」


「あ、いゃ……」


「去れ。そして二度と、復讐心に塗れたその醜悪な感情を見せるな。次はない」



 もう、恐怖で済むような怖さではなかった。

 この人に言われた事は思考が働く前に、感情が動く前に実行しなくちゃいけない。

 そう思うほどに空気が重くて、汚いハーフエルフもそう思ったのか、すぐにいなくなった。


 そして、二人だけになった。


「…………」


 さっきまで色んな人が集まっていた。その誰もが想像もつかないほどの強者だった。

 その中でも、邪神と勇者だけはやっぱり別格だと思った。

 実際、わたし達が手も足も出なかったハーフエルフが、勇者に対してはずっと下手に出てたし。


 そんな勇者が今目の前にいて、わたしと二人きりだ。

 わたしはリューを助けたい。

 勇者は邪神を殺す人だ。

 じゃあ今ここにいる人は?

 この人は、敵なの? 味方なの?

 ううん、そんな単純な話じゃない。

 誰が何の目的を持ってどうやってそれを実行するつもりなのか。

 それが、大事だ。


「わたしはミーシャ。邪神を追い出してわたし達の大切な仲間を……リューを助けるつもりの、冒険者だよ。貴女は?」


 もしもこの人が邪神を殺すつもりの人なら、敵だ。

 リューを救おうとするわたしを殺すかもしれない。

 でも……もしそうじゃなかったら。

 もしもこの人がわたし達の味方なら……ここで出会えた縁を無駄にしちゃいけない。


「君の事は知っている。私はフィオナ・ローズヴェルトだ。今はそう名乗っている」


 フィオナ……そうか、この人が!

 リューとアランが夜中コッソリ話してた、頼るべき人の名前だ。


「じゃあ、リューがシャミスタで会いたがっていたのは貴女なんだね」

「ああ」

「貴女は勇者フィンなの?」

「……」

「貴女はリューの味方なの?」

「彼を助けたいとは思っている。だが、事はそう簡単ではない」


 よかった。少なくともリューを助ける意思はあるんだ。


「なら、わたしにも手伝わせて……ううん、わたしだけじゃなくて、きっと皆んなもリューを助けに行くって言うよ。でもわたし達は弱くて、今頼れるのは貴女しかいない、だから……」


 何としても、この人を協力者にしなくちゃいけない。

 じゃないとわたし達は部外者のままだ。


「お願いします。力を、貸して下さい」


 頭を下げて人にお願いしたのは初めて。

 わたしに差し出せる物なんて何もないから、誠意を込める事しか出来ない。



「リュドミラの話は全て事実だ」


「……?」


 何を話し出すのかわからなくて、思わず顔を上げた。

 無表情の冷たい瞳がわたしを見下ろしている。


「彼が異世界から訪れ、帰還を望み冒険している事を、君も聞いただろう? そして長く行動を共にしていた君にはその事実に思い当たる節がある筈だ」


「……うん」


「そしてリュドミラは、彼を異世界に帰す方法があると話した。それはリュートの目的が叶うという事。君らが割って入る余地などない、彼の望み通りの結末だ。……それで、君は彼に何をしてやりたいんだ?」


 フィオナの言いたい事はわかった。

 リューが元の世界に帰れるなら、それはリューにとって幸せな事だと思う。助ける、なんてお節介な言葉でリューをこの世界にとどめるのは、よくない事。

 でも――


「邪神はリューの中に住んだままだよ。アイツがいたらリューは自由に生きられない。それに、何より――」


 どんな言葉を並べても、リューの本当の気持ちはわからない。もしかしたら邪神と一緒でもリューは元の世界で幸せに暮らすかもしれない。


 だからわたしは、彼との約束を果たすために動く。


「わたし達は必ず生きて再会するって約束したんだよ。だからわたし達がリューを助けに行くのはもう決まってる事」


 冷たい金色の瞳を真っ直ぐ見つめ返す。

 フィオナは暫く黙っていたけど、息を吐くように小さく笑った。


「野暮な確認だったらしい。君の協力を歓迎しよう、ミーシャ」


 そう言って踵を返し、街に向かって歩くフィオナ。

 わたしは慌ててついて行き、歩きながら質問する。


「貴女と邪神が話してる時、わたしの命を救ったって言ってたけど、わたしはいつ救われたの?」


「気にする事はない、君の死の記憶があるのはリュートとリュドミラと私、それにヴェリタスだけだ。四人を除いた世界の全ては時が巻き戻り、君の死はなかった事になっている」


 わたしが、死んだ……?

 急にとんでもない事を言われて混乱してると、フィオナは「後で説明するから今は思考を整理しろ」と言った。

 彼女の言う通り、今は今日起きた事を振り返りながら考えを整理しよう。


「そうだ、仲間の皆んなも今ここに向かってると思う。無事だよね?」

「さあな。だが、シャミスタに来るのであればこちらから見つけて接触しよう」

「皆んなにもちゃんと説明しないと……貴女も手伝ってくれる?」

「話すべき事は話すつもりだ」

「あと、さっきいた黒くて大きい人型の魔物みたいなのは……あれは何?」

「見た目は魔物に近いが、人並に知性があり、文化的生活を営んでいる。種族の違う人間だと思って欲しい。詳細は君の仲間が来てから話そう」

「わかった。それで、貴女は勇者フィンなの?」

「……」

「シャミスタに着いたらわたしはどうしたらいい?」

「適当な宿で休息を取りながら仲間を待て。全員集まったら今後の事を話す」


 初めは怖い人だと思ってたけど、少し話してみたら良い人だとわかって安心した。

 強くて沢山の事を知っているみたいだし、この人は頼りになる。




「……約束、絶対果たすから」


 だから待っててね、わたしの英雄。


 一度だけ振り向いて、もうそこにはいない彼に別れを告げてから、わたしはフィオナを追いかけた。



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