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幕間 浮浪者

 

 レガリスさんの話はあまりにも現実味がなくて、簡単には信じられないものだった。

 出来るだけ噛み砕いて、リュートは邪神教徒の実験体であり、その身に邪神の魂を宿しているのだと理解した。

 確かに邪神復活の時期はまもなくだと言われていたけど、それが僕らのリーダーの中で眠ってるなんて……。


 リュートは全てを知っている様子ではなかった。

 自分の身に起こっている災だというのに、レガリスさんの方が詳しいくらいだった。


 そして全ての話を終えた時、まるで最初から決まっていた事のように、リュートはレガリスさんに自分を殺すように頼んだ。

 それを聞いて僕は――怒りが湧いた。

 誰に向けた怒りなのかはわからない。

 勝手に自分を諦めてしまったリュートに対するものなのか、真実を突き付けて合理的な答えを出したレガリスさんなのか、蚊帳の外で何も出来ない自分なのか。


 怒りで目の前が真っ赤になり思考が鈍る。

 そんな僕の前を爆炎が通り過ぎて、リュートを退避させると同時にレガリスさんを襲った。

 それを行ったレイラが僕以上に怒っていた為、かえって冷静になれた僕は頭を動かす。


 どうすればいい?

 決まっている、リュートを助けるんだ。

 彼の中に邪神がいるとしても、彼自身は巻き込まれた被害者でしかないんだから。

 どうやって助ける?

 それがわからない。

 レガリスさんとリュートの会話で出て来た『巫術』という言葉がキーワードだ。

 そんな魔術は聞いた事ない。

 誰なら知ってる?

 誰なら頼れる?

 悩む最中、昨夜リュートと話した内容を思い出した。

 そうだ、最初から頼るべき人は決まっていた。

 リュートがフィオナさんに会おうとするのは、きっと巫術に関する事が理由なんだろう。

 彼が隠した秘密が巫術の事であるならば、彼が語りたがらなかった「シャミスタで会いたい人」が巫術を知っている可能性が高い。

 今のリュートは抜け殻のように呆然としている。

 僕は彼を動かすために声を張る。


 ――シャミスタまで逃げろ。


 そう言おうとして、慌てて言葉を変えた。

「昨日言った人を頼れ」と。

 目的地をレガリスさん達に知られるのはまずい。彼らにリュートを追わせるつもりはないが、万が一ということもある。


 レイラもミーシャもマナちゃんもリュートを逃す事に賛成のようで、共にレガリスさん達と対峙してくれている。

 どんな真実を知っても彼女らは変わらずリュートの味方だ。だからこそ僕はこのパーティが好きだ。みんなが同じ方向を向いて、どんな強敵からも仲間を守ろうとする。


 このパーティを、失いたくない。


 邪神の事は後で考える。

 フィオナさんにどうにか出来ないなら、僕らで方法を探す。

 今はとにかく、リュートを逃すことだけ考える。




 僕に助言をくれたギムルさんと、ミーシャを気に入ってるミーゼさんも僕らの味方をしてくれて、お陰でリュートを逃すことが出来た。

 問題はここからだ。


「ここから先には通しませんよ……」


 大部屋の入口を背にして僕らはレガリスさん達三人と向かい合う。

 彼らはまだ追いつけると考えているらしく、ここを突破しようと猛攻を仕掛けてくる。


「何故わからない! どんな知恵者であっても彼を殺す以外に救う方法は考えつかない! 死こそが彼にとっての救済である事を、どうしてわからない!」


「でもリュートは生きたいと言った! ならば僕らは、意地でも彼を守り抜く!」


 レガリスさんのチャクラムは風を纏って飛んでくる。

 それを盾で防ごうとするも、盾の上を回転しながら移動して、籠手に覆われていない肌を切り裂かれる。


「現実を見ろ! この場の誰が覚醒した邪神に勝てると言うんだ!? いま討たねば犠牲者が出るんだ、それも途方もない数の!」


 方法は後で考える。無責任と罵られても仕方がない。けど何を言われても、僕らはリュートを失いたくない。



「ライラック式流槍術……水ノ息吹」


 僕とレガリスさんが対峙する横で、ミーゼさんを中心に水の渦が生まれる。

 離れている僕らはともかく、間近にいるグリオンさんは膝まで水に浸かっている。

 目を閉じた術者が槍を振るうと、突如として渦は蠢き、まるで蛇のような形を持ってグリオンさんに襲い掛かる。

 彼は盾を傾けて水蛇を受け流す――が、受け流された蛇は勢いを殺さず僕の目の前にいたレガリスさんに襲い掛かった。


「ウチの力じゃグリオンを相手にしても無駄や。ハナっから盾以外に狙い定めてんの、気付かへんかった?」


 ほくそ笑むミーゼさんだけど、目の前にいた僕にはわかった。レガリスさんはこの程度なんともない。


「つまりミーゼは僕になら技が通用すると思ったのか……侮られたものだ!」


 水蛇の中から無傷で飛び出て来たレガリスさんはチャクラムに水を纏い、それを水刃としてミーゼさんに放ちつつ高速で迫る。

 水刃は槍で打ち消したものの,迫るレガリスさんの対応は無理だ。

 即座に助けに向かおうとするが――


「行かせぬぞ。一人ずつ確実に戦闘不能にし、脆くなった箇所を突いて突破する。初めはミーゼからだ」


 目の前に立ち塞がったグリオンさんに止められる。

 どうやって彼の堅固な守りを撃ち抜くか悩む――いや、悩む必要もなかったみたいだ。


「全てが思い通りになると、思わないで頂戴!」


 上段に構えられた大剣が爆炎と共に振り下ろされる。

 咄嗟に盾で防ぐグリオンさんだけど、力に耐えきれなかった地面はひび割れ、彼の足は僅かに陥没する。

 その隙に僕は彼らを回り込み、ミーゼさんの前に躍り出てレガリスさんのチャクラムを盾で防ぐ。


「助かったわイケメン君! ついでに利用させてもらうで!」


 リュートみたいに変な呼び方で僕を呼んだミーゼさんは、僕の肩に手を着き、そこを支点として飛び上がり、半回転しながら水を纏った槍をレガリスさんに叩きつける。

 彼は横に躱したが、鞭のようにしなった水は、離れた場所にいるリジーさんにまで襲い掛かる。



「んもぅ、ちゃっかりした子ねぇ。ホント、目が離せないわぁ」


 軽口を叩きながら土の壁を生成して攻撃を防ぐリジーさんだけど、そこにマナちゃんが放つ火炎が迫る。

 横からは水の鞭、前からは火炎放射。

 リジーさんは必然的に後方に飛んで避けるが、そこには狙ったかのように振り下ろされる氷の槍。ミーシャが操るその槍の数は十本にも及ぶ。


「……凶悪ねぇ。でも、防ぐ手段なら沢山あるの」


 言いながらポケットから紙を取り出し、それを宙に放る。

 すると見えない壁がミーシャの槍を悉く弾き飛ばした。

 あれは結界の魔法陣が書かれたスクロール、か。

 一度使えば消えてしまう消耗品だけど、躊躇う素振りも見せずに使用した辺り、同じ物を複数持っている可能性が高い。厄介だ。



「余所見してんじゃねぇ!」


 意識を目の前に戻してくれたギムルさんの声に振り向くと、後方でレガリスさんに風の爪を、拳を、蹴りを放ち続けるギムルさんの姿。

 ただ避けるだけのレガリスさんを見てギムルさんが押してるようにも見えるけど、実際はそうじゃない。

 レガリスさんは完全に見切って躱し、あろうことか入口の方を気にする余裕すら見せている。


「まだ追いつけると、本気で思ってるんですか?」


 挑発するように問い掛ける。

 レガリスさんは暫し悩んだあと、首を振った。


「技術の未熟さはともかく、彼の力は強大だ。今頃風と共に大地を駆けているとしたら、僕は彼に追いつけない」


 予想に反して素直な答えだった。

 追いつく事を諦めたのなら、このまま手を引いて欲しいけど……。


「ハッキリ言ってねぇ、私は貴方達に対して、すっごい怒ってるの。貴方達は取り返しのつかない事をしてくれた。私達がリュートちゃんを殺せれば、彼だって先生だって苦しむ事はなかったのに……」


 一時的な休戦状態の中、リジーさんに続いてレガリスさんも暗い表情に変わる。


「彼女の言う通りだ。先生がリュートと対峙する事になったら……間違いなく彼は地獄を見る事になる」


 彼らが本気でリュートを思って行動している事が伝わって来た。

 レガリスさんは自分がリュートを殺すのが最善の道だと、本気で信じている様だ。


 先生とはそれほど恐ろしい人なのか?


 僕がそれを問おうとした時、饐えた匂いを感じた。

 匂いだけじゃない。

 大部屋内の空気が一気に低下したみたいに寒くなり――


「リジー。器はどこだ」


 ――掠れて聞き取りづらい、だけどイヤに響く声が聞こえた。


「――っ!?」


 音も気配もなく部屋の中心にいた男の異様さに、全身に鳥肌が立つ。

 見た目だけならまるで浮浪者だ。全身薄汚れていて、黄色の髪は黒ずんだまま何日も洗っていない様子。

 赤い瞳は澱んだ暗い色で、ギョロギョロと部屋内を見回している。まるで飢えた獣が獲物を探すかの如くギラついた視線に背筋が寒くなる。


「ごめんなさい先生、逃げられてしまいました」


 あれが先生だって?

 彼ら程の人が尊敬しているのが……あんな悍ましい姿なのか?

 いや待て。リジーさんが連絡してからそんなに時間は経っていない筈だし、場所も伝わっていない筈だ。どうやってここまで来たんだ?

 疑う気持ちこそあれど彼を観察してみれば、右目が開いておらず、僅かに尖った耳はハーフエルフの特徴だ。事前の話通りの先生の姿だ。


「どこへ逃げた?」


 再び掠れた声。

 それに返事するレガリスさんは首を振る。


「わかりません。それと、彼らは無知な部外者なので先生が関わる必要はありません」


 無知な部外者、という言葉にレイラが反応したけど、近くにいたミーシャが慌ててレイラを止めた。

 良い判断だと思った。

 レガリスさんの言葉は間違いなく僕らを守る為の言葉だ。

 僕らが邪神と関わりがない事を代弁してくれているんだ。

 僕としてもこの人とは関わりたくない……けど、この人がリュートを追うつもりなら止めなくちゃいけない。

 やれるのか?

 出来なくても、やるんだ。


「器はどこへ逃げた?」


 先生の問い掛けは、今度はレイラに向いていた。

 それと同時にレガリスさんが腰を落としたのを見て不審に思った。


「ハッ、器なんて知らないわよ――」


 嘲笑を含んだレイラの返答と同時に、先生の姿が消えて――


 ――鋭い音が響いた。



 一瞬何が起きたのかわからなかった。

 けど、錆びた剣を振り下ろした格好で停止している先生と、その剣を両手のチャクラムで挟む様に受け止めているレガリスさん、そしてその背後に戸惑った表情のレイラを見て漸く理解した。


 ――レイラを殺そうとした先生を、レガリスさんが庇ったんだ。

 彼は先生の動きを予測していたからあんなに早く動けたのか。


「先生、彼らは本当に部外者なんです……! 殺す必要は――」


 さっきまで敵対していたレガリスさんが僕らを庇ってくれている。

 戦いの中でも感じていたけど、彼らは僕らに殺気を向けていなかった。最初から殺すつもりはなかったんだ。

 目標はリュートだけ。



「殺すつもりはない。しかし話を聞く過程で相手が死んでしまう事はあるかもな」


 そしてまた、先生も僕らに殺意を持っていない。

 殺意を持たずに剣を振り下ろした。

 まるで脅しだ。

 話せば助かる。話さなければ振るわれた剣に斬られて死ぬ。



「頼む、話してくれ……僕は君達を死なせたくない……!」


 先生の剣を受け止めたままカタカタと震えているレガリスさんは、額に汗を浮かべながら僕らに懇願した。

 剣を振り下ろしている先生は涼しい顔をしているけど、その手はレガリスさんを圧倒する程の力を発揮しているのだろう。


「頼む……」


 選択を迫られているのは、僕だ。

 昨夜リュートと相談したのは僕で、僕だけが彼の行き先を知っている。


 今すぐに決断しなければいけない。


 僕が黙秘し続ければ先生は一人ずつ殺して行って情報を引き出そうとするだろう。


 でも僕がリュートの逃亡先を話せば、先生は想像を絶する程の速さでリュートを追うのだろう。先生が僅か数時間でここに辿り着いた事を考えれば、リュートに追い付くのは容易いはずだ。


 どうする。

 どうすればいい。

 唇を噛み締める。

 早く決めなければ取り返しがつかなくなる。

 僕は今ここにいる仲間を守るのか、リュートを守るのか。

 選ばなかった方は殺される。

 こんな化物に勝つのは到底不可能だ。

 僕が出会った人達の中で最も強い事は、剣の一振りで理解させられた。

 抵抗は、全滅を意味する。

 早く。

 早く選べ。


 僕は誰を生かして、誰を殺すんだ?











「リューはシャミスタに行ったよ」




 呟くようなその言葉に、頭が真っ白になった。

 浮浪者の様なハーフエルフはその目をミーシャに向けた。

 幼き少女は真っ直ぐに化物と見つめ合う。

 凍りついたような時間の中、僕はただ困惑していた。


 何故ミーシャが知っている?

 いや、それはいい。人族より耳の良い彼女なら昨夜聞いていた可能性もあるし、もっと前からリュートから聞いていた可能性もある。

 問題は、何故彼女が話したのか、だ。

 ミーシャにとってリュートは最も大切な人の筈だ。それこそ、ここにいる仲間よりも優先して救うべき人だ。

 そんなミーシャがどうして?




 気が付けば緊迫した空気は消失し、安堵の雰囲気が漂っていた。

 それを感じて辺りを見回せば、先生がいない事に気付いた。


 あの化物は、シャミスタに向かったんだ。


 なんで、どうして……。




「アラン。絶望するのは早いよ」


 ミーシャの声に顔を上げる。

 君がリュートを売ったんじゃないか、と責めそうになるけど、元はと言えば決断出来なかった僕が悪いんだ。

 それを自覚して、酷く情けない気持ちになる。


「確かにわたし達じゃ勝てない相手だった。リューでもダメかもしれない。でも、わたし達とリューが力を合わせれば、きっと勝てる。だから、追うよ」


 そう言って部屋から飛び出したミーシャを見て、僕は自分の両頬を思い切り叩いた。


 僕は馬鹿だ。

 まだ何も終わっちゃいない。

 泡沫の夢は全員が助け合って成り立つ、最も強いパーティだ。

 決して諦めてはいけない。


「君の言う通りだ!」


 既に部屋から出た少女に大声で返事をしてから、僕も走り出す。

 同時に走り出したレイラとマナちゃんと入口に向かうが――


「一人逃したのは迂闊だったが――」

「もう誰も通さない」


 立ちはだかるグリオンさんとレガリスさんに阻まれ――


「これも貴方達の為なの、理解して欲しいわぁ」


 リジーさんが放つ魔法を避ける為に再び部屋の奥へ退避する事になる。


「チッ……攻守交代ってわけね」


 僕らが部屋を出ようとし、レガリスさん達がそれを阻止しようとする。


「先生と戦う気ならここを出さない。命を粗末にするな」


 その言葉はやはり僕らを案じるものだ。

 だけど――


「そーゆうの、お節介って言うんだよ!」


 マナちゃんの言う通りだ。僕らじゃ先生に勝てないと決め付けて、戦いの場に行かせないようにしている。そんなの迷惑だ。


「本当に僕らの事を考えてくれているのなら、寧ろここを通して下さい。相手がどれほど強力だとしても、知らない場所で仲間を死なせる事の方が辛い」


「……気持ちはわかるさ。だけど、僕らの決断は変わらない。君達には死んで欲しくないし……先生の手を煩わせたくもないんだ」


「チッ、先生先生ってうるせぇな……そもそもあの化物はナニモンなんだよ。リジーが通信してすぐに来やがったぞ。場所を教える前に壊してやったってのに」


 僕も気になっていた事を、ギムルさんは悪態を吐きながら問う。

 あの化物さえ来なければ僕らはリュートを逃す事が出来たんだ、悪態を吐きたい気持ちにも共感出来る。


「位置情報の発信も同時に出来る魔道具だったのよぉ」


 クスクスと笑うリジーさんだけど、その目は怒りに満ちている。隣に立つレガリスさんも同じだ。


「君たちは僕らに怒りを抱いているようだが、それはこちらも同じだ。そもそも最初は先生を呼ぶつもりはなかったんだ。なのに君達が分からず屋なせいで呼ばざるを得なくなった。先生をリュートと会わせるのは、二人にとって最悪の結末となる」


 確かにレガリスさんは、先生が邪神を見つける前に殺したい、と言っていた。

 けどそれは何故?

 彼らが手を下す事と、先生が手を下す事に何の違いがあるんだ?

 僕の疑問に答えるように、レガリスさんは言った。


「何故なら、先生が邪神を殺す理由は復讐だからだ。先生はリュートの中の邪神を目覚めさせてから嬲り殺すつもりだ」


 その言葉を聞いて、僕はあの男を本気で敵だと認識した。



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