真実と誤解と
迷宮攻略五日目、五十四階層。
昨夜アランと打ち合わせた件について、他の仲間には相談出来ていない。俺の近くには常に太古の黄金樹の誰かがいる為、迂闊に相談出来ないのだ。
「五日目……迷宮内の生活に慣れて来た頃だ。おまけに、最高到達層にはまだ遠い。何が言いたいかと言うと、つい気を抜いてしまう条件が揃っているんだ。こういう時に予想外の罠にかかったり、奇襲で怪我を負ったりするものだ」
レガリスはそう言って警戒を促すが、このくらいの階層ならまだ余裕がある。ハッキリ言って、気を抜いていても大怪我には至らなそうなくらいだ。
しかしそうなると、怪我をして脱出するという企みが実行出来ない。仮病を使うしかないか。
そんな事を思案している時、事件が起きた。
「なぁ、そこの大部屋で休まへん? おやつの時間や」
そう言って通路奥の脇にある部屋を指差すミーゼ。
彼女の提案に、レガリスは頷く。
「そうだな、適度な休息は大事だ。しかしミーゼ、食べ過ぎるなよ? 大量に買い込んだとは言え、食糧は無限にはない」
「わぁーってるわ。ウチを食いしん坊キャラみたいに言わんといてな」
軽口を叩きながら部屋に入っていく一行。
魔物の気配はしなかったが、天井を見上げたグリオンが立ち止まる。
「出現部屋だ。休憩は魔物を倒してからだ」
彼につられて見上げると、天井に足掻かれた魔法陣が光出す。
ゴブ太と探索してた時も見かけた、魔物がリポップする部屋だ。
おまけに、俺たちが入って来た入口に半透明の壁が現れる。
「これは……結界です。閉じ込められました」
壁を叩きながら報告するアラン。
それを聞いたレガリスは地図を広げて唸る。
「ふむ……ギルドで購入した地図にはそんな情報は記載されていない。これは製作者、あるいは探索者の怠慢だな」
地図に新たな情報を書き加えているレガリス。迷宮から出た際に報告するんだろう。
そうしている間に魔法陣から巨大な蛇が落ちて来て――
――その姿を見て言葉を失った。
「ふぅん? タイラントスネーク一匹か。ま、ウチのせいで閉じ込められたみたいなもんやし、ちょちょっとやってくるわ。ミーシャちゃん、ウチのカッコええ姿、見といてな!」
「……頑張って」
「うおお!? デレた! ついにツンデレ猫ちゃんがデレたで! こりゃやる気マックス元気千倍や!」
「…………」
アイツだ。
災禍の迷宮でゴブ太と共に倒したあの大蛇。
そして、毒の血でゴブ太を殺した大蛇。
これは憎しみなのだろうか?
ゴブ太を殺した個体はもういないのに、あの蛇を見ると胸がざわつく。
身体が勝手に動く。
あの蛇を殺そうと右手を上げ――
「おい、タイマン張ってんだ。邪魔してやんなや」
その手をギムルに掴まれ止められる。
「でも、一人じゃ――」
「――テメェ舐めてんのか? ミーゼだって雑魚じゃねェ。あんくらいの蛇、ソロで十分だ」
怒りを孕んだ言葉を浴びせられ、少し冷静になる。
確かに、俺があの蛇と戦ったのは、まだゴブ太がいた頃。今ほど戦いに慣れていたわけじゃない。
あの頃の俺からしたら強敵だったが、S級パーティのメンバーからすれば大した脅威ではないのかもしれない。
それに、ミーゼがやる気なら水をさしてはいけない。
「今のウチは無敵や! ライラック式流槍術――」
ミーゼが槍を一振りすると、そこに水の膜が出来る。
「――雨ノ穿!」
ただ浮かんでいるだけの水に、ミーゼの槍が何度も刺さる。
それによって指向性を得た水は、拡散弾の様に散りながら前方へ突き刺さる。
蛇の巨体では全てを避けられず、硬い鱗の所々から血が弾ける。
近接武器でありながらも遠距離攻撃を用いたのは、毒の血を警戒しての事だろうか。
そう思ったのも束の間、ミーゼは瞬時に跳び上がり、天井に足を付けて膝を曲げる。
「ライラック式流槍術――天ノ瀑布!」
膝を伸ばして天井を蹴り、弾ける様に飛び出した方向には蛇の後頭部。
槍に纏った膨大な量の水はミーゼすらも包み込む。その水流が真っ直ぐ落ちていく様はまさに滝だ。
一瞬にして地面に落ちた滝が途切れると、そこには首から先を失った大蛇の姿。
「ミーシャちゃん見てくれたか!? カッコよかった――」
呑気にピースサインを向けてくるミーゼに驚愕する。
迷宮内の魔物は死ねば消えるが、そこにはタイムラグがある。
今、首を失った大蛇の身体は血を吹き出しながら倒れようとしており、そのすぐ下でミーゼは立ち止まっている。
――あの血に僅かでも触れれば、皮膚が溶けてしまうというのに。
「馬鹿野郎――っ!」
「――ほげぇっ!?」
風を纏い、全力で走ってミーゼを抱える。半ば突進の様になってしまったが構ってられない。勢いを殺さずその場から離脱した所でミーゼを降ろす。
「ちょ、いきなり何すんねん! ウチがハグしたくなるほど可愛いんはしゃーないけど、時と場所と力加減ってもんが……」
冗談を言ってるミーゼに若干苛立ちながら後方を指差す。
「毒だよ! アイツの血を浴びたら溶けちまうだろ! なんでボサッとしてたんだよ――」
言いながら振り向き、大蛇の血液で溶けたであろう床を見て呆然とする。
「――え?」
今まさに光になって消えて行く魔物の亡骸だが、その下の地面が溶けた様子はない。ミーゼの最後の攻撃で抉れているが、それだけだ。
「はぁあ? なんでタイラントスネークの血が毒になるんや! 血が毒になんのはポイズントードやろ! どうやったら蛇と蛙を間違えるんやアホ!」
あの大蛇はゴブ太を殺した大蛇と同種だ。
黒と紫の鱗、黄色の三白眼、真っ赤な舌。どれも記憶の中の蛇と同じ。
なのに、今の大蛇には毒がなかった。
それどころか、タイラントスネークと呼ばれたあの蛇を皆んなは知ってるらしく、毒があると主張する俺を仲間達は不思議そうに見ている。
そんな中、三人だけ違う表情をしているのに気付いた。
レガリス、リジー、グリオンの三人は顔を見合わせ、深刻な表情でこちらに歩いて来る。
もしかして、彼らは毒があるタイラントスネークを知っているのだろうか。そうだとしたら、説明が欲しい。
だけど口を開いたレガリスは予想だにしない問いを突き付けてきた。
「君は……災禍の迷宮に潜った事があるんだな?」
いや、それは問いではなく確認だったのかもしれない。
ほぼ確信した様に放たれた言葉に対し、俺は沈黙を選んだ。
何故バレた?
今の流れでどうしてその結論に至る?
「僕ら三人は災禍の迷宮に潜った事があり、そこで毒の血を流すタイラントスネークに会った事がある。君の疑問に答えた所でもう一度問おう。君は災禍の迷宮に潜った事があるんだな?」
疑問を見透かしたレガリスに教えられて納得した。災禍の迷宮が出来た当初、調査に入った冒険者がいたと聞いた事はあるが、それはレガリス達だったらしい。
納得と同時に、誤魔化しが効く状況じゃない事を悟る。
「そうだ……俺は災禍の迷宮にいた事がある」
せめてもの抵抗として、ミーシャが共にいた事を隠した。けど、それしか出来なかった。
仲間達の驚いた顔が俺を見る。
怖い顔したリジーが俺を見る。
哀しそうに笑ったレガリスが俺に言う。
「そうか……その一言で全てに納得が出来た。話をしようか、少年」
「数日前にリジーが君にした質問を覚えているか?」
レガリスは最初、そう質問した。
俺は素直に、覚えてると答えた。その後で、邪神がどうやって復活するのかだよな、と付け足した。
レガリスは頷いてから言った。
「その答えはわかったか?」
俺は首を振った。
だけどレガリスは、今度は頷かなかった。
「わからないフリはよせ。君は向き合わなくちゃならない。もう見えている答えから目を逸らすな」
強い言葉に対して何も言えなかった。
ただただ沈黙が流れる。
誰も口を開かずに俺たちを見ている。
その様子はさながら裁きの瞬間を見届ける傍聴人の様で。
俺が隠し続けていた秘密が暴かれようとしている。
それは避けられない未来。
目を逸らし続けていた真実に向き合わされようとしている。
それは逃れられない現実。
口を開くしかなかった。
「……巫術だ。巫術を用いて他者の魂に……乗り移るとか、そんな感じだろ」
後半は自信がなくて曖昧な言い方になってしまったけど、レガリスは再び頷いた。
「その解釈で凡そ間違っていない。だから、巫術の事を調べ回る君は、邪神の復活を目論む信者の一人だと僕は予想した」
これまでのレガリスの話は信憑性のあるものだったが、それが急に失われて困惑した。
「信者……?」
「……そうか、君はそれすら知らずに実験体にされていたのか」
「実験体?」
再び疑問を浮かべると、同情の視線を向けられる。
「初めからおかしいと思っていたんだ。一つの魂で複数の固有魔法を持つ君が。四属性だけでなく、危機感知能力もスキルではなく固有魔法なのだろう? スキルというものは長年の鍛錬で身に付けるものだ。だというのに君は、あまりにも戦いに慣れていない。力を振り回すだけの暴力者に、スキルは身に付けられない」
仲間の為になると思って打ち明けていた危機感知能力までもが、疑いを深めさせていたらしい。
「固有魔法というのは魂に刻まれた能力だ。つまり君は巫術を扱い固有魔法を受け継いでいる……いや、君の無知さを見るに、扱えもしていないのか? 無意識で発動させているのだろうな」
そうだ、レガリスの予想は殆ど正しい。
だけどどこかに食い違った所があるように感じる。
「どちらにせよ、君が邪教徒の手によって生み出された器という事に間違いはない筈だ」
「器……?」
「あぁそうだ、復活した邪神の魂を眠らせておく為の器だ。災禍の迷宮は邪教徒達の実験場なのだろう? 毒を持つタイラントスネークも、固有魔法を扱うオークも、巫術の実験によって魂の移植が行われたからこそ生み出されたものなんだと、今気付いたよ――実験の成功体である君を見て、ね。君が災禍の迷宮に戻りたがるのは、邪教徒達に復讐をする為か? だとしたらそれは僕が代わりに果たしてやる」
あぁ、そこが食い違いの箇所だ。
レガリス達は俺の固有魔法が巫術である事までは予想出来ず、この能力が第三者の手で埋め込まれたものだと考えているんだ。
…………。
でもそこが誤解だとして、一体何の弁明が出来る?
俺が巫術を発動しているのは事実だし、それによって邪神の器になり得るのも納得出来る。
……。
なら……。
それなら、俺は……。
「君の強大な力を見るに、既に邪神は君の中にいるのだろう? 心当たりはあるか?」
「…………真っ白な髪と、血のように赤い目をした少女。そいつが俺の中で、俺に語りかけて来た事が……あると思う」
夢の様に朧げな記憶。
だけど確かに俺はあの少女を知っている。
最も強く感じたのは……テルシェ村の防衛戦で自我を失いかけた時だ。
あの時俺は、自分が何者かと混ざる様な感覚を抱いていた。
もしもそれが邪神だったのなら、直後に湧いて来た超越感にも納得出来る。あれは凄まじい力だった。
「……間違いないな。恐らく覚醒の時は近い。そうなれば君の意識は完全に消え去り、君の魂も肉体も邪神のものとなる……リュート。僕らが邪神を復活前に殺すと言った事、覚えてるか?」
あぁ、覚えているとも。
だから怖かったんだ。
薄々勘付いていた。
だから目を逸らし続けていたんだ。
でももうどうしようもない。
自分の妄想ならよかったのに、
全てを知っている奴に言われてしまえば認めるしかないだろう。
俺の中には邪神がいるんだ。
恐らく災禍の迷宮内で四属性魔法を使える様になった時、あそこで俺の魂に干渉して来たんだ。
「俺が死ねば……邪神も死ぬのか?」
「すぐには無理だ。あと何度か別の巫術師に乗り移るくらいは出来ると僕らは考えている。けど魂を傷付ける事は出来る。それを続けていけば、邪神を完全に殺す事も可能だ」
この世界に来て最初にゴブ太に出会った。
怖いと思った。殺されると思った。
でもゴブ太は俺を助けてくれた。
そんなゴブ太が死んで絶望している所でミーシャに出会った。
暗い目をして世界を恨む少女を見て、どうにかしてあげなきゃと思った。そうやって必死になれたお陰で、俺は自らの命を諦めずにいれた。
迷宮を出てからはコーネルに助けられて、ギルドではガイストと出会い、アランやレイラ、マナが仲間に加わり、皆んな俺の秘密を詮索する事もなく旅に同行してくれて、そうやって沢山の人に助けられながら俺は今日まで生きて来て――――
――――そんな彼らを守れるなら、邪神と共に死を迎えてもいいじゃないか。
俺はもう十分生きた。本来なら迷宮に落とされた時点で死んでいてもおかしくなかったんだから。
生きて帰れない事を、家族には申し訳なく思う。
けど仕方ないじゃないか。
唐突に起こった天災に巻き込まれてしまって、そのまま命を失うのは一人の人間にはどうしようもない事だ。
寧ろここで俺の命と引き換えに邪神の命を削る事が出来るなら、それは栄誉ある行いだ。
「レガリス……頼んでもいいか?」
「……もちろんだ。邪神を殺すと決めたのは僕自身だからな」
全てを言わずとも、彼はわかってくれた。
悲痛な表情をするレガリスには悪いけど、震えたままの俺の手じゃ自ら命を絶つのは難しい。
「リジー、皆を連れて先に進んでおいてくれ――」
レガリスの気遣いをありがたく思った。
自分の死に際なんて誰にも見せたくない。
それに俺が死ぬ事を、俺の中の邪神が許さずに暴れるかもしれない。その心配を晴らす為にもレガリスという強者に頼るのは必然だった。
だけど、俺が目を逸らし続けて来た傍聴人はそれを許さなかった。
「――ふざ、けるなぁっ!」
迫る爆炎に吹き飛ばされた俺は壁に打ち付けられる。
前方を見れば、赤い大剣を振り下ろしたレイラがレガリスと鍔迫り合いしている。
「お前も! アンタも! 自分達だけで納得した気になって! 全部決まり事だったみたいに勝手に終わらせようとしている!」
彼女の怒りに共鳴する様に炎が燃え盛る。
「君の理解を超えた問題に直面しているんだ、真実を受け入れられないのは仕方がない。感情が追い付かないのもわかっている。しかし僕は君達にも納得して欲しくてこの場での問答を行ったんだ。世界の為を思うなら退いてくれ」
「何が、世界だ! そんなものどうでもいい! 今ここにいるリュートは邪神なんかじゃない! 妄言を吐くなァ!」
迸る火炎がレガリスを飲み込もうとし、苦しそうにその場を離脱したレガリスは、俺の方に向けてチャクラムを投擲した。
回転しながら真っ直ぐ迫る刃。
それをただ見つめる。
見つめていたら、視界に影が割り込んだ。
甲高い音でチャクラムが盾に弾かれ、回転しながら持ち主の元へ戻る。
「リュート、君は逃げろ! 昨日言った人を頼れ!」
……どうして死なせてくれない?
「お前ら、話を聞いてなかったのか……? 俺の中には邪神がいる。それはレガリスの妄言じゃなくて、俺自身わかっていた事なんだ」
声が震える。
悲しみか、恐怖か、悔しさか。
正体不明の感情が込み上げて来て視界を滲ませる。
「たとえその話が本当だとしても、リューがわたしを助けてくれた事実は変わらないよ」
「精霊さんは今も、ししょうはいい人だって思ってるみたいだよ!」
俺の前に立つアランが、隣に立つミーシャとマナが、ただ立ち尽くすしか出来ない俺を守ろうとレガリスを睨む。
「……リジー。想定した中で最悪の状況だ。先生を呼べ」
レガリスの言葉に返事もせず、険しい顔でポーチから水晶玉を出したリジーは、それに向けて一方的に話す。
「先生、器を見つけました。場所は――」
突如、切り裂かれた様に水晶が割れる。
「ケッ、リーダー達の想定も大した事ねェな。オレはこっち側だ」
風の爪で水晶を割ったギムルはその場から飛び退きつつアランの側に立った。
「あらぁ、裏切りなんてギムルちゃんらしくないわねぇ」
「裏切り? バカ言え、アンタらがまともな事やってりゃ今まで通りだったさ。でもな、アンタらは無抵抗のガキを殺そうとしている。こんな事がまかり通っていい筈がねェ」
「うぅん、レガりんの説明、貴方には難しかったかしら? リュートちゃんは世界の為に必要な犠牲で――」
「――それが気に食わねェんだよリジー。必要な犠牲って言葉は、救う力がねェ無能を隠す為の言葉だ。本物の英雄ってのは、どんなに危ねぇ状況でもまるっと全員救っちまうモンなんだぜ」
「……はぁ。少しは成長したと思ってたけど、大言壮語する癖は変わらないのね」
「勘違いすんなよ。自分を英雄と言ったワケじゃねェ。コイツら全員で、この一番哀れな被害者を助けてやんだ」
そう言って俺を見るギムルに、なんて言えばいいのかわからない。
「ハッ、しけたツラだな。そろそろ正直な気持ち話したらどうだよ、嘘吐き小僧が」
今まで嘘ばかり吐いてきた俺が、今更本当の感情を吐露する事なんて――
「私は! リュートと出会えて変われた! 今日まで楽しかった! マナの事も感謝してるし、気に食わないと思っていたアランの事もそんなに悪い奴じゃないって知れた! それにミーシャっていう友達も出来た! アンタがいたからこのパーティが出来て、これからも一緒に冒険したいと思ってる! アンタはどうなのよ、リュート!」
この世界に来て出会った様々な人、風景、出来事、色んな場面が呼び起こされる。
蓋をしてしまっておいた感情が溢れ出てくる。
俺の目的は家に帰る事だけだと自分に言い聞かせて、ずっと見ないフリをして来た想いと向かい合う。
今、この瞬間だけは目的も真実も未来も忘れて願望を口にした。
それは無意識に紡がれた紛れもない本心。
「俺だって……お前らと一緒に生きたいよ……」
一人ぼっちで災禍の迷宮にいた時は助けなど求めても誰もいなかったし、来なかった。
けど今は違う。
一人じゃない。
「ようやく君の本心が聞けたよ。僕はもう力不足を言い訳にして退いたりしない。どんな無謀でも、君を助ける為に立ち向かう」
「わたし達に任せて、リューは行って」
「修行のせいか、見せるよ!」
俺の願いをレイラが、アランが、ミーシャが、マナが叶えてくれる。
俺が世界の為に死ぬべき人間だと知っても尚、仲間でいてくれる。
「行け、リュート! 振り返らず走れ!」
リジーの魔法が迫る。
アランの怒声が飛ぶ。
弾かれた様に俺は走り出した。
「悪いけど、君は大勢の為に死ななきゃならないんだ」
地面を蹴ったレガリスが風魔法と共に俺に迫るが、間に割り込んだギムルが嘲る様に笑う。
「ハッ! リーダーも犠牲だなんだと言ってアイツの――助けを求めるガキの声を無視するんだな! アンタがその程度の男だと知ってがっかりだぜ!」
風の爪を前へ突き出しレガリスを穿とうとするギムルだが、それは大盾に阻まれてしまう。
「グリオン……テメェもそっちなのかよ」
「確かにレガリスの話は荒唐無稽で信じ難いものだった。しかし俺はレガリスを信頼している。彼があの少年を殺さねばならないと判断したのなら、他に方法はないのだろう」
あちらのパーティでは内部分裂が起こり、その中で残された槍使いは――
「あぁもう! 考えんのやめた! よくわからんからウチはこっちや!」
ギムルの前に立ちはだかるグリオンに横から襲い掛かる。
「ミーゼ……お前がギムルの味方をするのは予想の内ではあったが」
「バカ言わんといてな! ウチはミーシャちゃんの味方してんねん!」
「……」
理由はともあれ、ここには真実を知って尚俺を助けてくれる仲間がこんなにいる。
彼らの行動が俺に「生きていいんだ」と言ってる様で、力が湧いてくる。
「リュート、行きなさい! そして約束して――また必ず会うって」
その言葉に一度だけ振り向き、仲間達の顔を見て――
「……約束だ。俺たちは必ず生きて再会する」
そう誓ってから部屋を飛び出す。
追って来ようとする気配は、沢山の仲間が止めてくれる。
もう振り返らない。
前だけ向いて走り続けた。