調べもの
レガリス達との話を終えた俺は、一緒に出て来たレイラと別れてグランタール冒険者ギルドに向かった。
都市の中心にある大きな建物で、この都市近辺の迷宮を紹介してくれたり、街の外での討伐依頼、護衛依頼なども受注出来る。迷宮紹介に関してはこの都市ならではのサービスだな。
「おっ、竜殺しじゃねーか。もう初心者迷宮攻略したのか? 早くね?」
「そりゃそうだろ。アイツらの実力なら最初っから高難度の迷宮に入るべきだって俺は思ってたぜ」
迷宮都市と言うだけあって冒険者の数は多く、頻繁にすれ違う。その度に声を掛けられるのは、上位竜を討伐した俺たちの話題が彼らの中で広まっているからだろう。
一方的に自分の事を知られている事に居心地の悪さを感じるが、仲間達の事を考えれば、名が売れるのは悪い事じゃないのかもしれない。
今のうちに有名になっておけば、泡沫の夢が解散した後でも自分の居場所は容易く見つかるだろうから。太古の黄金樹に勧誘されたのが良い例だ。
特に、まだ幼いミーシャとマナには沢山の選択肢を用意しておいてあげたい。
「リュート様。お待ちしておりました」
開け放たれている冒険者ギルドの扉を通ると、ギルド職員の制服を着こなす老紳士が側に立ってお辞儀をしてくれる。
彼はこのギルドで迷宮内の情報をまとめる仕事をしており、俺達がこの都市に来て最初の日に、ある事をお願いしていた人だ。
「グラベルさん、依頼してた件が完了しているなら報告を聞きたいんだけど」
「えぇ、リュート様が迷宮攻略に勤しんでいる間に調べておきました。どうぞこちらへ」
ギルド内は常に冒険者達が出入りしており、忙しい様子だ。そんな中で僅か四日で調べ上げてくれた老紳士に感謝しながら応接室へ向かう。
外の音が遮断された室内に入り、向かい合ったソファに座る。
「まずは依頼内容の確認を。リュート様がお求めになったのは、フィオナ・カールマインについての凡ゆる情報。それから、巫術という謎の技術に関する情報。お間違いありませんね?」
そうだ、俺は夢の中でギータと話した時に多くの未知を叩きつけられた。
その中で最も気になった二つの事を知る為に、ギルドに依頼を出したのだ。
そこで紹介されたのがギルド職員のグラベルさん。過去何度も調査系の依頼をこなして来たという実績のある仕事人だ。
「間違いない。抽象的な頼みですまなかった。けど、自分で調べてみても全く出て来ない情報だったから些細な事でも見つけて欲しかったんだ」
「そうでしょうな。どちらも文献を漁っても見つからなかった情報です」
「苦労をかけたようだな……」
労いの言葉をかけると、グラベルさんは「お気になさらず」と柔和な笑みを浮かべる。が、そのすぐ後で表情を真剣なものへと変えた。
「ところでリュート様。出過ぎた真似だという事は重々承知しておりますが、それでも言わせて頂きたい……貴方は関わるべきではない事に関わろうとしてはいませんかな? もしその自覚がお有りなら、直ぐにでも手を引くべきです。今依頼を取り下げて下されば、四日前に話した事を全て無かった事にしても構いません。当然依頼料金も不要です」
予想はしていたが、危険な事を調べさせてしまった様だ。
本音を言えば、俺だって無関係でいたい。
けど、無知な俺でもいい加減理解してるんだ――この世界で起ころうとしている大きな何かに巻き込まれているって事に。
だから、いつまでも逃げていないで、向き合わなくちゃいけない。
「グラベルさんに危ない事を調べさせたのは悪いと思っている。そして、忠告にも感謝する。けど、俺は知らなくちゃいけないんだ。覚悟は出来ているから聞かせて欲しい」
老紳士の鋭い視線に真っ直ぐ向き合って数秒。
グラベルさんは再び柔和な笑みを浮かべて謝罪を口にした。
「大変失礼致しました、どうやら爺のお節介だったようですね……では、報告に入るとしましょう」
彼はお節介と言うが、こちらの心配をしてくれた上に、詮索等もして来ない事に内心で感謝する。
「とは言え、私が知り得た情報はあまり多くはなく、全て人から聞いた話になってしまいます……ですがその人は非常に信頼出来る友人ですので、これから語る話に嘘や間違いはないかと」
文献に残っていないとなれば、人伝に聞くしかないのは仕方がない。
それに、この人が信頼している情報なら恐らく間違ってはいないんじゃないだろうか。そんな安心感を抱いた俺は、了承の意を伝える為に頷き話を促す。
「二百八十年前、ここから北東に位置するウユウ谷に集落がありまして。そこに住む民は巫術という禁忌の術を用いて非人道的な実験を数多く行っていたそうです」
巫術。
ギータが言うにはそれが俺の固有魔法と同系統のものらしいが……禁忌と言うからには、この術はそれ程までに危険なのか。
「禁忌とか非人道的とかって、具体的には……?」
「流石に内容は不明ですが、恐らく魔術探究者が守るべき三原則のいずれか……或いは全てを犯しているのでしょうね。だからこそ断罪された。そして、当時手を下した者こそが、フィオナ・カールマインというわけです」
この世界に来て一ヶ月以上経つのだ、俺も魔法や魔術に関する初歩の知識くらいは身に付けた。
魔法というのは精霊魔法や固有魔法の事を言い、生まれ持った資質で扱えるか否かが決まるものだ。また、発動には自身の魔力さえあれば可能で、感覚で扱えるものが多い。
一方で魔術は学術的な側面が強く、基本的には才能がなくても学習すれば扱えるものだ。ただ、発動には媒体が必要であり、それは魔法陣や特殊言語が刻まれた杖であったり、スクロールであったり。
また、この世界の凡ゆる場所で使用されている魔道具は、例外なく魔術を利用して動いている。
つまり、魔術というのはこの世界で最も基本的でありふれた技術であり、それでいて奥が深い学問なのだ。
そんな魔術を学ぶ時、一番最初に教えられる事がある。それこそが『魔術学の三原則』。
一、魂の抽出に類する術を行使してはならない。
二、術の発動に魔力以外のモノを支払ってはならない。
三、上述の原則を破る事を前提とした術を生み出してはならない。
グラベルさんが調べた情報を聞く限り、ギータが話した内容――フィオナ・カールマインが集落を滅ぼしたという話は事実の様だ。少なからずギータを疑っていた俺にとっては衝撃的な話だ。
じゃあ奴の言っていた事は全部真実だったのか?
ギータの話を全て信じるのだとすれば……巫術は魂の抽出に類する術だ。それを無意識下で常に発動している俺は、一つ目の原則を犯している事になる。これじゃあ大罪人じゃないか。フィオナはやはり俺を殺す為に誘き出そうとしているのか?
「いや、でも、原則を破ったとは言え、原則ってのは例外が認められるからこそそう呼ばれてる筈だ。絶対に破ってはならない決まりなら、鉄則とか、他に言い方がある……つまり俺が聞きたいのは、その集落の人間は殺されるべきと言える程の罪を、本当に犯していたのか? って事だ」
「リュート様の疑問はわかります。しかし、三原則と呼ばれてはいますが、実際の所これは決して破ってはならない秩序なのです。原則と呼ばざるを得なかったのは、誰もが知る物語に例外が適用されているからこそなのです」
誰もが知る物語?
悩む俺に、「ヒントは六百年前の勇者譚です」とグラベルさんは口にした。
そこで数日前にアランに借りて読んだ本の内容を思い出す。
「そうか……勇者パーティのリュドミラは、魔力で賄えない程強大な術を、自身の生命力……つまり命を支払う事で行使した。言われてみれば、これは二つ目の原則を犯していたんだな」
勇者パーティのリュドミラは邪神という凶悪な敵を倒して人類を守る為に禁忌に触れたのだ、この自己犠牲を罪と呼ぶのはあまりにも非情過ぎる。
「その通り。魔術学の三原則は英雄リュドミラ様の名誉を守る為に例外を認めざるを得なかったのです。ですが逆に言えば認められた例外はその一件のみで、禁忌を犯した者は皆処分されております」
「そうか……」
「……ただ、リュート様が疑問視された様に、この件には不可解な点が多いのも事実です」
処理しきれない悩みの種を抱えながらも、グラベルさんの報告について行く為必死に頭を切り替える。
「普通、集落が一つ失くなる程の事件なら、多くの資料が残されます。ですが最初に申し上げた通り、私はこの件を調べるのに非常に苦労しました。公的な機関ではこの事件に関する書類が全て削除されていたからです」
「削除された……? それって、情報を操作出来るくらいの権力者が、圧力で何かを隠蔽しようとしたって事か?」
「えぇ。特に巫術に関する情報は顕著です。例えば、様々な魔術が紹介されている、グレゴリー著の『奇異な魔術』という本は有名ですが、このシリーズには一巻と三巻しかありません。当時はまだ製本技術も連絡手段も今ほど発達してませんでしたから、何らかのミスで二巻の表紙部分に三巻と記載してしまったのだろうと思われていました」
「全二巻の本なのに、一巻と三巻を作ってしまったって事か……? まあ、人の手で作ってるならそれくらいのミスはしょうがないんじゃないか?」
この世界の文明レベルが遅れてるとは言わないが、地球の高度文明社会でも落丁などのトラブルがあるのだ、それくらい気にする事でもないだろう。
「えぇ、多くの読者もそう考えたでしょう」
しかし、とグラベルさんは声を潜めてから続けた。
「実際の所、この本は全三巻で間違い無かったのです」
「……じゃあ、二巻は存在したけど世に出回っていない、って事か?」
「仰る通り。厳密に言えば、僅か数冊だけ世に出たそうですが、殆どはすぐに回収されたそうです」
なるほど、それがさっきの話に繋がってくるわけか。
「つまり、『奇異な魔術』の二巻には、巫術に関する内容が書かれていた。故にそれを隠したい権力者が回収し、存在を抹消したって事か」
「えぇ、仰る通りです。巫術と言うのは当時最も危険視されていた術らしく、それを行使するのは勿論、知る事すら危うい事だと言われていたそうです」
「予想以上に危険な事を調べさせてしまったみたいだな……申し訳ない」
「いえいえ、リュート様の依頼をきっかけに旧友と話す機会が出来たのです。お気になさらないでください」
優しく微笑む老紳士に感謝しつつ、ダメ元で質問してみる。
「ところで、その旧友という人を紹介してくれたりは……」
「申し訳ありません、そう仰ると思って事前に確認をとったのですが、彼女は他人に会いたくないと……おっと、勿論依頼主の情報は伏せておりましたから、リュート様に会う事を拒絶されたわけではありませんので悪しからず」
絶妙なフォローをしてくれるグラベルさんに苦笑いしつつ、「仕方ないか」と納得する。
結局わかったことと言えば、巫術という魔術が極めて危険で、権力者が必死になって隠蔽しようとする程のものだという事。
そして危険であるからこそフィオナ・カールマインはウユウ谷の集落を滅ぼした。そう考えるとギータの怨念は逆恨みでしかないが……それはいい。問題は、集落の人々が巫術を用いて何を成そうとしていたのか、だ。
クソ、ギータに聞いておくべきだったな……でも、今となってはどうしようもない。
とにかく、俺の固有魔法が巫術に類するものかもしれない、という事は絶対に隠しておくべきだ。レイラが巫術を扱う一族の末裔という事も。
そして、もしもフィオナが俺を殺す事を目的としているなら……戦う覚悟をしておかなくてはならない。
全ての報告を受けた俺は、依頼料に色をつけてグラベルさんに渡した。
パーティ資金とは別に、個人の財産として貰っている金銭は、他に使い道がないのでそこそこ貯まっている。こういう時にしか使わないだろうから、躊躇わずに支払いが出来る。
「ところで、まだこの都市には滞在なさるのでしょう? 次の目標はもうお決まりで?」
「あぁ、仲間と相談してからになるだろうけど、深痕の迷宮に潜るつもりだ」
言いながら応接室の外、大扉があるギルド奥に視線を移す。
迷宮都市グランタールの中心にあるC級以上指定の大型迷宮。
未だ完全攻略者が出ていない迷宮の入口は、このギルドの地下に存在している。
「おぉ、それは楽しみですね。現在最高到達層である八十層を超えて下さる事を期待しております」
「はは、それは流石に……まぁ、無理のない範囲で潜ってみるよ」
グラベルさんの期待を受け流しつつ退室する。
今の自分がどこまでやれるのか気にはなるが、油断して潜って怪我でもしたら目も当てられない。
まずは帰って、仲間たちとしっかり相談して決めるとしよう。