将来の事
太古の黄金樹のパーティリーダー、レガリスは俺たちを勧誘しに来たと言った――
――が、それについて考える前に太古の黄金樹について知っている事を思い出してみよう。
まず一つ。二年前、彼らが複数のパーティを率いて豪水竜を討伐したS級パーティだという事。
これは暴風竜の脅威度を教えようとレイラが聞かせてくれた話だ。
二つ目。テルシェ村からレゼルブに戻って暫く過ごしていたのだが、レゼルブを発つ時にギルバートにチラッと言われていた事。
「そーいや太古の黄金樹も暴風竜を狙ってたって話したっけ? ま、正式な依頼を通したわけじゃないから気にしなくていいけどよ、もし会ったら文句の一つくらい言われるかもな」
なんて言ってたっけ。
まさかこんなに早く会う事になるとは思わなかった。
「アンタらが太古の黄金樹なのか……暴風竜の件は悪かったな」
冒険者同士の獲物の取り合いは御法度だ。今回の事は依頼が出される前の出来事なので問題にはならないが、文句を言われる前に謝っておく。すると、レガリス以外全員目を丸くした。
「ちょいと待ってや。暴風竜の件ってなんの話なん?」
「あらぁ、レガりん、私にも話してない事があるみたいねぇ?」
「……リュート殿、聞かせてもらえるか?」
なんだ? もしかしてパーティメンバーは知らない事なのか?
レガリスは諦めた様な表情をしているので、素直に吐かせてもらう。
「レゼルブのギルドマスターが言うには、太古の黄金樹も暴風竜を倒そうとしていたらしいんだけど……まぁ正式な依頼が出される前の話だからそんなに重要じゃないのか?」
言った途端、三人から表情が消えた。尚、ギムルは気を失って地面で寝ている。あのまま放置なのだろうか。
「レガリスはん! アンタまた勝手に大事なこと決めはったんか!」
「昔からそうだけどねぇ、何か思いついたら、まず相談からするべきだと、私は思うのよぉ」
「……流石にフォロー出来んぞ」
どうやら重要なことだったらしい。
対してレガリスは然程気にした様子もなく。
「やれやれ、細かい連中だ」
「はぁ!? また思ったことそのまま口に出てんねんけど!?」
胸ぐらを掴まれて前後に揺すられるレガリスを見て、S級パーティっぽくない間抜けな光景だと思った――が、蛸焼組も似たようなものだったな。
「さて。本題に戻るが、どうだ、君たち」
揺れながらこちらに問いかけるレガリス。
俺は振り返って仲間達を見る。
「えっと、そもそも太古の黄金樹は最近徐々にメンバーを増やしているそうですが、それにはどういった理由があるんですか? あまり大人数で依頼をこなしても報酬の分配が少なくなったり、そもそも大人数が向かない仕事もあります。貴方達が何を目指しているのか、教えて頂けますか?」
アランの質問に「さすが新星だ」と頷くレガリス。前から思っていたが、S級冒険者に知られるくらいだから、アランの知名度もかなり高いらしい。
「なぁ、話すんはいいんやけど、てか話す為に来たんやけど、場所くらい変えへん?」
槍使いの女のその一言で、俺たちは場所を移動することになった。
太古の黄金樹は現代の冒険者の中ではかなり有名らしく、実力も高いと聞く。俺の答えはもう決まっているが、仲間達の将来の為に話を聞きに行くとしよう。
⭐︎
場所は変わって都市の中心部にある個室居酒屋の一室。
合計九人の大所帯だが、まだ昼過ぎという事で広い部屋が空いていた。
大盾の男――グリオンに背負われていたギムルはここに来る途中で目を覚まして、悔しそうな顔で俺を睨んだ後一人どこかへ消えて行った。
「そう言えば冒険者同士の争いは禁止って言われてたけど、ギルドの人に何も言われなかったな」
「僕たちが事前に訓練を行うと伝えておいたからな。ギルド出張所には訓練場がないからあの場で戦う事を許された」
「いや、許されたって言えるんか? 強引に押し切ってただけやんか」
そんな雑談をしてる内に酒と料理が運ばれて来て、本題に入る。俺とミーシャとマナだけはジュースだ。それを見て槍使いの女――ミーゼが何か言いたそうにニヤニヤしていたが、隣のグリオンに小突かれて大人しくなった。
「さて、先ほど新星に言われた事に答えよう。僕たちは沢山の冒険者を仲間に引き入れるつもりだが、毎回全ての仲間と共に行動するわけではない。皆それぞれパーティ内の好きなメンバーと組めばいいし、人手が足りなければパーティ内の誰にでも声をかけていい。武器を買う金がないならパーティ内の誰かが貸してくれるし、装備を試す機会を与えてもいい。そうやって皆が助け合う事で効率良く仕事をこなしていける集団にしたいんだ」
「なるほど、パーティって言うよりクランを設立しようとしてるんだな」
オンラインゲームでもよくあるシステムだ。
プレイヤー同士のコミュニティをクランと呼び、そこに所属する事でイベントに参加出来たり、冒険の仲間を募集出来たりする。
ただ、ここはゲームじゃなくてリアルな為、システムに囚われる必要はない。故にクラン内で出来ることは無限大だ。同じクランに所属している、という仲間意識がクラン内のコミュニケーションを円滑にする事だろう。
レガリスが言った様に武器の貸し借りをしたり、低ランク冒険者は同じクランに所属する高ランク冒険者に教えを請う事も出来る。
もしかしたら大型の魔物をクランメンバー全員で討伐しに行く、なんて事もあるかもしれない。
「良いじゃないか。低ランク冒険者の学びの場にもなるし、高ランク冒険者は同じくらいの仲間を探しやすくなる。今まで手を出せなかった仕事にも行けるようになるかもしれないな」
素直に感心していると、向こうのパーティから驚いた様な雰囲気を感じた。
「……君は僕の思考を覗けるのか? クランという名もそのメリットも、僕が考えたものと同じだ」
そうだったのか。
ゲームで得た知識だぜ、なんて言えるわけないので適当に誤魔化す。
「そうなのか、凄い偶然だな。俺もクランというコミュニティを作れたら冒険者の生存率が上がるんじゃないかと考えた事があるんだ。まぁ、俺にそんな人脈は無いから設立なんてやろうともしなかったけどな」
「なんや、もしかして予想に反してスカウト上手くいくんか? オタクのリーダーさんとウチのリーダーは気が合うさかい、クランの運営も上手くいくんと違うか?」
ミーゼの言葉には応えず、隣で黙って聞いていた仲間達に視線を向ける。
「アランはどう思うのよ」
自分ではなくアランに振る辺り、レイラも答えは決まっているのだろう。
「泡沫の夢がその、クラン? に所属するって話なら僕は賛成だよ。いざという時に仲間になってくれる人が多いのは心強い事だからね。ミーシャとマナちゃんは?」
話を振られたミーシャは「リューについてく」と言い、マナもそれに頷いた。
「ふむ、決定権は君にあるようだな。なら決まりだ、これからよろしく頼む」
手を差し出すレガリスを見て「ちょっと待て」と慌てて答える。
「俺はアンタらのクランに所属するつもりはない。目的を達成したら冒険者はやめるつもりだ――」
「――はぁ!? やめ、やめるって、何言うとんの!? 竜殺しの英雄が災禍の迷宮潜ったら引退ってわけわからんわ! 歳とって伝説になるまで冒険したらええんに! てかするやろ普通!」
……災禍の迷宮が目的って事は知られてるのか。その話はリベルタでしかしてなかったのに、情報ってのは広まるのが早いな。人前で迂闊な事を口にしない方がいいかもしれない。
「うぅん、私も流石に戸惑っちゃうんだけどねぇ、それについては置いておくわよぉ? 本題に戻るけどねぇ、リュートちゃんはどうして、断るつもりなのに話を聞いてくれたのかしらぁ?」
エルフの魔法使いリジーの質問に、もう一度仲間達に視線を向けてから答えた。
「俺がいなくなった後、このパーティがどうなるのかは残ったメンバーが決める事だ。その時に選択肢は多いほど良い。なんなら、今この場で太古の黄金樹に移動してくれても構わない。災禍の迷宮を目指すより、彼らと共に冒険をした方が安全で、順調に強くなれるだろうから」
向かい側に座ったレガリス達は唖然とした表情を向け、こちら側に座った仲間達は呆れたようにため息を吐く。
「確かに僕は賛成したけど、君の冒険には最後まで付き合うよ」
「ホント、次そういう事言ったら灰にするわよ」
灰にはなりたくないが、これは将来を決める大事な話だと思う。
有名冒険者からのスカウト。助け合いの為にクランの設立を考えているあたり、悪い人間ではないはずだ。彼らの仲間になれば食いっぱぐれる事はないだろう。
「それなら……レガリス、俺たちの冒険が終わったらまた誘ってくれないか? その時なら違う答えが出せるかもしれない。ミーシャとマナも少しずつでいいから、将来の事を考えておいてくれ」
もうずっと決まっていた事だし、最初に伝えておいた事ではあるが、俺はいずれこのパーティからいなくなる。
その後泡沫の夢がどうなるかは、彼ら自身で決める事だ。選択肢は多いに越した事はない。
「……わかった。そうさせてもらう。ただ、一つ聞いてもいいか?」
質問の内容は予想がつく。
「嫌だ」
「どうして災禍の迷宮に執着するんだ? 君の最大の目標であり、その為に冒険者になったようだが、あそこに何かあるのか?」
「嫌だって言ったよな俺?」
「答えなければ一生付きまとうぞ」
「ストーカーかよ……」
地味に怖い脅しを言うレガリスにドン引きしながら考える。
災禍の迷宮には何もない。それでいて危険度が高い。
これは冒険者ギルドが発表した事実であり、迷宮探索を生業にする冒険者達に深く浸透している情報である。
そもそも入場制限がかけられており、S級パーティ以外は入れないので、あの迷宮に潜った人間は少ない。誰が潜って誰が生還したのかは知らないが、それは重要ではない。俺にとって大切なのは、転移の黒穴は発見されていない、という事だ。あれは発見されてはならない。真実はこのまま隠し続けなければならない。
あの黒穴こそが俺が地球に帰るための手がかりなのだ、よからぬ事を企む者達に余計な事をされたくないし、そんな危険人物が黒穴で地球に転移してしまったりしたら大問題だ。
だから俺は、何度目になるかわからない程重ねた嘘を更に上塗りする。
「……実は、今迷宮がある場所辺りに、大切な物を落としたんだ。ずっと迷宮の周辺を探し回っていたんだけど見つからなくて。そんな時に、迷宮が出来た瞬間にその場にいた者は、迷宮の内部に落ちてしまうって話を聞いたんだ。だから俺の探し物も迷宮にあるかもしれない。それを取り戻しに行くんだ」
言いながら、この嘘は仲間達すらも騙せる事に気付いた。
同じ様に迷宮にいたミーシャですら、俺があそこにいた理由を知らないのだ。探し物をしていたと言ったら信じてくれそうだ。
そして、そんな不義理な考えをしている自分に嫌気がさしてくる。
「……そうか、何か貴重な宝でも眠っているのかと思ったが、そういうわけではないのか」
頷いてみせたレガリスに少しの罪悪感を抱きつつ、席を立つ。
「俺は先にホテルに戻る。皆んなはもう少し太古の黄金樹の話を聞いておくといい。将来の為にも」
「僕らも暫くグランタールに滞在するつもりだ、また会う事になるだろう」
片手をあげて挨拶を済ませ、仲間三人を置いて居酒屋を出る。
「お前は残らなくていいのかよ?」
俺と共に出て来たレイラに問いかける。彼女にとっても太古の黄金樹からのスカウトは悪い話じゃないはずだが。
「私を悩ませていたあの力はもう使いこなせる。けど、だからと言って私の協調性が高まるわけではないのよ。大人数で助け合う様な集団の中で上手くやれるとは思わないわ」
「自分で言うのかそれ……」
まぁ、客観的に自分を見る事は大事ではあるが。
「そんなことよりも」
レイラはそう前置きしてから寂しそうに呟いた。
「貴方が嘘を重ねる度に、私は不安になる。いつか何も言わずに貴方がいなくなる日が来るんじゃないかってね。きっと、皆んなそう思ってるわ」
俺が重ねた嘘程度、仲間達にはお見通しらしい。
だけど仲間達を不安にさせているとしても、災禍の迷宮が異世界に繋がっている可能性は話せない。これは俺だけの問題じゃない、仕方がないんだ。
そう言い訳した所で気が晴れるわけでもなく、ただ黙り込むしか出来なかった。