表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
63/144

太古の黄金樹

 

「……ふぅ。君達と一緒なら、どんな困難でも乗り越えられそうだ」


 金髪碧眼の美男子、アランはそう言ってから剣についた汚れを振り払い、鞘にしまった。

 その姿があまりにも様になっており、俺も真似をして――氷剣を振った際に地面に擦ってしまった。

 抉れた迷宮の床を見て付近にいたレイラはギョッとして、


「危ないじゃない! 貴女の氷剣はどうせ使い捨てなんだから汚れを払う必要なんてないでしょ!」


 と憤った。ど正論だ。


 そんな俺たちの後方で周囲を警戒しているミーシャは「これで終わり……?」と戸惑っている。

 俺とミーシャが知っているのは災禍の迷宮だけだから、初心者用と呼ばれるこの迷宮のあっけなさに戸惑っているのだろう。

 尚、初めての迷宮攻略を終えたマナは「やりきった」みたいな満足げな表情を浮かべている。


「ドロップ品も拾ったし、外に出ようか」

「四日ぶりの外ね……日光が恋しいわ」

「全部売ったらいくらになるのかな!」


 俺たちが先ほど倒した二十階層のボス――巨大馬の頭が竜の頭にすり替わった様な歪な化物、グリバーンが落としたのは拳大の魔石と生肉だった。

 宝箱が出る事も稀にあるそうだが、初心者用迷宮ではかなりの低確率らしい。


「なんか……違うね」


 前を歩く三人に聞こえない様に、隣を歩くミーシャが呟く。

 彼女が言いたい事はわかる。この迷宮はお行儀が良すぎるんだ。

 魔物の強さは階層を降りる毎に段々と強くなっていくし、ちゃんと全ての敵がドロップ品を落とす。

 固有魔法を使う魔物はいないし、飛び込むとワープする様な黒穴もない。

 おまけに、ボス部屋の奥には常に上に上がり続ける岩があり、これに乗れば一階層まで容易く戻れるのだ。俺はこれを片道エレベーターと名付けた。

 因みに、一階層まで戻れるということは、一階層から最終階層まで貫通している穴があるという事なので、そこから一気に最深部まで戻れないのかと考えたのだが、不可能だった。

 この岩はかなり短い周期で連続して上に上がってくるので、下に降りようとしても直ぐに戻って来てしまう。

 そして、岩は迷宮の天井にぶつかると一体化して消える。人が最後まで乗ってた場合、人は潰れて死ぬらしい。ゾッとする話だ。降りるタイミングに気を付けなければ。


「……何もかも違う。けどだからと言ってこの常識になれる必要はない。俺が目指しているのは災禍の迷宮なんだから」


 帰る方法を見つける為にはあの迷宮に戻る事になると、俺はそう考えている。

 それは俺が落ちて来た始まりの場所であり、転移を体験した唯一の場所だからだ。



「あれ? ししょうとミーちゃんは?」

「あ、しまった! おぉい二人とも! 先に上がってるよ!」


 考え込んでいた俺たちに気付かず、三人は先にエレベーターに乗っていたらしい。


「まったく……帰るまでが遠足だぞ」


 一足先に上がって行った彼らを見上げて呟きながら、俺とミーシャも片道エレベーターに乗り込んだ。




 ⭐︎




 迷宮都市グランタール。それがレゼルブの次に訪れた地だ。

 迷宮都市というだけあって、この都市の近辺には合計五つの迷宮が存在している。

 俺たちが先ほどまで潜っていた迷宮も含めて、三箇所が攻略済の迷宮だ。攻略済という事は内部の情報が広く伝わっており、地図や出現する魔物、その他注意点などが事前にわかるのだ。

 故に迷宮初心者でもこの都市に訪れる事は多い。俺たちも――アランとレイラは違う様だが――その中の一人というわけだ。

 とは言え、いつまでも初心者ではいられない。


「次は未攻略の所に入るの?」


「そうだな……ガイストは気が済むまで迷宮潜ってろって言ってくれたし、難易度の高い場所で慣れておく必要があるよな」


 暴風竜を倒した後にガイストと連絡をとった際、暫くは迷宮攻略しながら力を付けろと言われた。

 尚、連絡した際に暴風竜と戦った事に関して沢山のお叱りを受けたわけだが、それについてはいいだろう。

 ともかく、特級冒険者としての依頼は暫くないそうなので、まとまった時間をここで過ごせる。

 多分ガイストの気遣いで、本番の災禍の迷宮を見据えての予行練習をさせてくれているのだろう。この機会、無駄には出来ない。


 話している間に一階層に辿り着き、片道エレベーターから飛び降りる。


「あれ……? 皆んながいないね」


 降りた先で待ってるだろうと思っていたが、三人の姿がない。

 迷宮の出口はすぐそこだ、外で待っているのだろう。

 薄暗い洞窟に差し込む日差しの様な白い出入口を通ると、明らかに空気が変わる感覚を抱く。

 入った時も感じたが、大気中の魔素量が全く違う。この世界の街など人が暮らしてる場所を百だとしたら、今潜っていた迷宮の一階層は百五十だ。最深部なら二百はあったかもしれない。


 そんな空気の変化を感じつつ外に出て、最初に視界に入るのは高い壁と一軒の建物だ。そもそも、壁に囲われたこの場所には迷宮の入口と冒険者ギルド出張所しかない。

 迷宮の入口は巨岩に竪穴が空いたようなものになっており、正式名称はその外見から、巨岩の迷宮というらしい。冒険者が集まる事や都市の景観などの理由から迷宮の周囲は高い壁で囲われている。迷宮から魔物が出てくる事はないが、無知な住民の中にはそれを不安がる人もいるらしい。

 冒険者ギルド出張所は迷宮の入場手続きや仲間の募集が行え、併設された休憩スペースでは簡単な食事が提供されている。都市の中心にあるグランタール冒険者ギルドよりも小規模なのは、この出張所では初心者用迷宮に関する手続きしか行っていないからだろう。

 この壁の外に出れば直ぐに街の中だ。つまりこの迷宮に限って言えば、迷宮の外に出れば魔物が出ない安全地帯なわけだ。

 だと言うのに――


「気持ち悪いわね。茂みの奥の狼に睨め付けられているような気分よ」


 先に出た三人の仲間は周囲を警戒しながら俺たちを待っていた。

 レイラの勘を信じて魔力を感知してみるが、特に異常な動きはない。人や魔物の気配すらない。

 他の冒険者達は皆んなギルド出張所の建物内にいるらしく、窓の中には食事をする者や仲間を探している者達の姿が見える――その中から、幾つかの視線を感じた。

 こちらを見ている者はいない。しかし観察されている。この状況には、レイラの言う通り気持ち悪さを感じてしまう。


「一体何が起きて――」


 最後まで言い切る事は出来なかった。

 突然感じた悪寒。背中に走る緊張感。

 真っ直ぐ向けられた強い殺気。

 危機感知に任せて振り向きざまに氷盾を展開すると、強い衝撃が盾にぶつかった。


「ケッ! 間抜けなツラして初心者用迷宮から出て来たと思ったが、勘だけはいいじゃねェかっ!」


 そこにいたのは灰色の髪と目、それに同色の狼の様な耳をもった青年だ。

 凶悪な笑みと同時に見える牙に、鋭い瞳。本当に狼の獣人なのかもしれない。

 鋭い爪撃を防がれた獣人に、レイラが横から斬りかかる。


「ふん、そんなトロっちぃ攻撃が当たるかッてんだ」


 氷盾を蹴ってバク宙しながら剣を避けた獣人は、地面に足がつくと同時に再び俺に迫った。


「ちょっと待って下さい! 貴方はなんですか! どんな理由があって僕らのリーダーを害そうと――」


 俺と獣人の間に瞬時に移動したアランが、大盾で獣人の蹴りを受け止めながら会話を試みる。

 しかし直後に放たれた右ストレートによって大きく吹き飛ばされてしまう。盾で防いでいたからダメージはないだろうが、拳に纏った風がアランを強制移動させた。


「好き勝手しないで」

「ウォーターアロー!」


 拳を振り切った獣人を狙うのは、ミーシャが操る氷槍と、マナの魔法である水の矢。

 攻撃の合間を縫うように俊敏に躱した獣人は焦れたように舌打ちした。


「かったりぃ! 部外者に用はねェ!」


 その言葉通りつまらない物を薙ぎ払うような手の動きで風を放ち、暴風をぶつける事で身体の小さい二人を吹き飛ばそうとする――が、そうはさせない。風魔法の扱いなら暴風竜を殺してから上達したんだ。

 獣人が放った暴風に横から干渉する事で方向を変え、ついでに圧縮して風の弾丸に創り替える。

 風弾は獣人の腹に直撃し、彼は身体をくの字に曲げながら壁に叩き付けられた。

 相当な勢いで背中を打ちつけた男は、僅かに怯んで――それだけだった。

 すぐに立ち上がり、怒りと共に吠える。


「くっ……この、程度かよ、クソがァァア!」


 その怒りは理解不能だった。

 攻撃を受けた事ではなく、攻撃の弱さに怒っているのだから。


「クソ、クソ、クソクソクソ! この程度の雑魚が、雑魚どもが、英雄を騙ってんじゃねぇ! 何が竜殺しだ! テメェらなんかにゃ無理だ! 無理に決まってる! 何も救えねぇ雑魚が! 救えねぇクセに偽りの功績ばっか積み上げるペテン師が! テメェらが、テメェらみてぇのがいるから……!」


 獣人の青年の感情は、間違いなく怒りに染まっていたはずだ。

 だけど言葉を重ねる毎に彼が見ているものが変わっていくかのように、悲哀の色が強くなっていく。


 過去に何かあったのだろうか――そう同情しなくもないが、冷たい事を言ってしまえば俺たちとは無関係な話だ。

 竜を殺したのは事実だし、ついでに言うと自分達を英雄だなどと言ったこともなければ、功績を自慢した事もない。

 この男が勝手にキレ散らかしてるだけで、突然襲われた俺たちは単なる被害者だ。衛兵を呼んでもいいかもしれない。

 けど――


「証明してみろよ! 自分達なら竜を殺せるって! 誰だって救えるって! 口だけじゃなく行動で示してみろよ雑魚がァっ!」


 地を蹴って再度俺に迫る獣人を見てアランとレイラが動き出そうとするが、俺は二人を手で制した。

 衛兵を呼んだところでコイツの怒りは増すだけだろう。釈放された後で再び襲いに来るかもしれない。ならば今蹴りをつけるべきだ。


「雑魚のクセに格好付けてんじゃねぇ! テメェ一人なんか瞬殺だクソが!」


「お前に三つ言いたい事がある」


 そうは言ってみても、彼が止まる事はない。

 突き出された拳を避け、地面から土棘を放つ。

 後方に避けた獣人の頭部にすかさず氷弾を撃ちこむ。直撃した額から血を流しながらも獣人は愚直に迫って来る。


「まず、俺は英雄じゃない。自分の事で手一杯なんだから何かを期待されても応えられない。だから英雄呼ばわりされるのも嫌いだ」


 不可視の爪が振り下ろされる。けど、魔力の流れとこの獣人の固有魔法を見ればこの爪の正体は風だとわかる。

 ならば暴風竜にやられたのと同じように風の主導権を奪えば無効化できる。


「――っ!?」


 自らの技が消された事で狼狽える獣人の腹を蹴り飛ばす。

 咄嗟に出した両腕にガードされるも、再び俺たちの距離は離れた。


「二つ目、俺は全てを救えた事なんてない。失ったものの数々は今もずっと覚えている。どこでどんな話を聞いたのか知らないけど、勝手な勘違いするな」


 聞いているのかいないのか、獣人は相変わらず飛び掛かって来る。

 拳も蹴りも早い。力も乗っている。

 きっと俺とは違って長い年月鍛錬と実践を繰り返して強くなったのだろう。

 なのに最近戦いを始めたようなど素人の俺が竜殺しをしたと聞いて疑念と共に腹を立てたのかもしれない。

 でもそれがどうした。

 俺には関係の無い事だ。


「三つ目。最初に言った通り俺は優しい英雄様なんかじゃない。自分の弱さも知ってるし、お前みたいに感情の制御が出来なくなるような凡人なんだ。だから――」


 獣人の拳が迫ると同時に、思いっ切り威圧を放った。この固有魔法を使うのは久々だが効果はあったようで、獣人は拳を引っ込めて直ぐに距離を取った。


「――だから、殺意を向けられれば怒りもする。被害者ヅラで八つ当たりしてれば許されるなんて思うなよ」


 今もなお感情を抑えられなくなる程辛い事が、過去にあったのだろう。

 けどコイツがやってる事は結局の所八つ当たりだ。

 取り返しのつかない過去の感情を他者への恨みに変換させ、それを制裁という形でボコボコにして解消しようとしている。

 八つ当たりに付き合ってやる暇はないし、普通に腹立たしい。


 飛び退いた獣人に右手を向けて今日一番の魔力を練る。

 風の固有魔法の使い手という事なら、風魔法に対してある程度耐性があるだろう。

 故に手加減は不要だ。

 思い描くのは暴風竜のブレス。

 風刃が集合し、球体の中を荒れ狂うような恐ろしい殺傷能力を持った攻撃。

 それを右手から放った。


「――――っ!!」


 風の色が鮮血で赤く染まる。目も口も開けられずに刃を全身に受けるしかない獣人は痛みに悶えるようなうめき声を発する。

 俺が竜にやられたような肉を抉る程の力は無いが、無数の傷が次々と刻まれていき、そこかしこから絶えず出血が続く。


 獣人から向けられていた殺気が完全に消え去った所で模倣ブレスに手を触れて魔法を消滅させる。

 風の支えを失い、ボロ雑巾のようになった獣人がドサリと地面に倒れる。


「コろ、す……コロして、やる……」


 ヒューヒューと死にそうな呼吸音と共に吐き出される呪詛の言葉を聞いて驚いた。

 まだそんな事をいう力があるのか。


 ボロボロになった男の胸ぐらを掴み無理矢理立ち上がらせる。


「お前、そんなに俺を殺したいのか? お前がただの八つ当たりで人を殺したがるようなクズなら、俺は今ここでお前を――」


 その時、パン、と手を叩く大きな音が響いて、それと同時に後方から大声が届いた。


「ハイ、そこまでや! いやぁ坊ちゃんホンマ強いんな、ギムルが一方的にやられるんは予想外やったわ」


 振り向くと四人の男女が歩いて来る。

 最初に喋ったのは茶髪の槍を背負った女だ。彼女も含め、全員の気配が感じられなかった。誰かのスキルか魔法だろうか。そういう小細工が向いてそうなのは、一人だけ一歩後ろにいる金髪緑目のエルフの女だ。


「あらぁ、勘の良い子ねぇ。隠れて観戦してた事は、謝るわぁ。だからねぇ、その子、ギムルちゃんを離して貰いたいのよぉ」


 掴んだままのギムルというらしい獣人に目を向ける。

 今までも絡んでくる冒険者は多かったが、返り討ちにすれば二度と喧嘩を売っては来なかった。

 しかしこの男は瀕死の状態にあっても「ころすころす」とうわ言のように呟いている。


「コイツ、お前らの仲間なのか? お前らは仲間が人を殺そうとしてんのを黙ってみてたのか? お前らが面倒見れないならコイツはここで殺す。回復したらまた俺の所に来そうだからな」


 そう言うと、真ん中にいるリーダーらしき風格の黄髪のエルフが応えた。


「君には元から彼を殺すつもりなどなかっただろう。彼には風魔法に耐性がある事を知っていながら風の攻撃を主に使っていたのだからな。それで終わりにならなかったから殺気と威圧感を放って脅しているに過ぎない。そういう面倒な駆け引きはやめにして、一言で済まそう。今後ギムルが君に手出しをする事はない。君はそれを信じればいいだけの話――」


「待て、レガリス。最初に言うべき事があるだろう」


 リーダーらしき男、レガリスの言葉を遮って前に出て来たのは銀髪青目の大男。見た目だけは最年長で、四十歳は超えていそうだ。

 彼は一歩前に出ると、深々と頭を下げた。


「すまなかった。我々はギムルが暴走する事を知っていながらそれを黙認し、戦いの行く末を見守っていた。増長したギムルに己の弱さを再確認させ、自己成長を促す事が目的だったのだ。貴方を利用するような真似をして申し訳なかった」


 自分より遥かに歳上の人に丁寧な謝罪を受けると、逆にこちらが申し訳なくなってくる不思議。

 それを隠して怒りを未だ持ち続けている風にギムルを投げ捨てる。


「次何かあったらソイツは殺す。覚えておけ」


 獣人は自分を抑える事の出来ない暴走列車みたいな奴だったが、この大男がいれば止めてくれるだろう。彼の方が圧倒的に強そうだし、常識もわきまえている。


 これで一件落着と思い立ち去ろうとすると、離れて見ていた仲間達が駆け寄って来て、その中でアランが小声で囁いた。


「リュート、彼らは――」


 しかしアランの言葉よりも先に投げかけられたのは、一歩前に出た向こうのリーダーっぽい黄髪エルフの言葉。


「ではこれにて一件落着という事で、本題に入ろう。僕は太古の黄金樹のパーティリーダー、レガリス。君達を勧誘する為にここに来た」


 なるほど、彼は印象最悪な状態でも平気で勧誘してくるトチ狂った男の様だ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ