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幕間 天才達の休息1

 

 雪人族という種族は、例外なく寒さに抵抗があります。

 どんなに幼くとも、年老いていても、病気を患っていても。

 だから私達に凍死はあり得ません。

 雪山で肌寒さを感じる程度の事はありますが、それで死ぬとは考えられないものです。


 だと言うのに、私は寒さに身を震わせ、凍えに死を垣間見ました。

 いえ、あれは寒さとは違うのでしょうね。

 ですが他に言い表せない複雑な感覚――ただ一つはっきり言えるのは、最低な気分だった、という事。




「……ですが、その最低な気分も、今この瞬間の不快感には敵わないでしょうね」


 ベッドの上で目を覚ました私を見下ろしているのは、金色の冷たい瞳でした。

 昏睡状態から覚醒して初めに目にするのがこの女の顔だなんて、どんな悪夢よりも厭うべき状況です。


「それが巫術で己の魂を切り離した際の虚脱感についての感想なら、君はよほど私に対してストレスを感じているのだな」


「あら、今まで気付かなかったのでしょうか? まさか自分が他人に好かれる様な人間だとでもお思いなの、フィオナ・ローズヴェルト」


「……幸いにも今日は君の軽口に付き合う時間があるのだが、その前に体調の確認と、術を行使した理由を聞かせてくれ」


 あぁ、少しずつ思い出して来ました。


 あの日、リベルタの冒険者ギルドでガイストとリュートさんとお話をした時。

 私はリュートさんと握手する際、三つの事を同時に行ったのでした。

 一つは、彼の手を凍らせる事。これは後に行う二つの行為を隠すためのカモフラージュでした。

 その隠した行為の一つが、フィオナに頼まれていた術式――盗聴の魔法を彼の手に刻み込む事。

 もう一つが、巫術を用いて自らの魂の欠片を切り離し、彼の固有魔法に吸わせた事。ただし、これはフィオナに命令された事ではありません。だから彼女はこの行為の理由を問うているのでしょう。


「貴女と話す時間を幸いとは言えませんが、私も貴女に問いただしたい事があります。貴女の頼みを聞いた対価として、答えてもらいますよ」


 そう言いながら起き上がり、床に足をつけてゆっくりと立ち上がる。

 やはり力が入りませんね。

 倒れそうになった私は反射的に氷の固有魔法を発動して杖を作成。それを利用する事でようやく自分の力だけで立てました。


「思考能力、身体機能、魔力操作にも影響はないな。しかし、ひと月眠り続けたせいでエネルギー不足に陥っているな。身体も凝り固まっているだろう」


 自分の足で歩いて部屋から出ると、フィオナは私の後ろをついて来ました。

 意外にも、ゆっくり歩く私のペースに合わせて歩いてくれているようです。


「病人扱いはやめて下さい。どれも私にとっては問題にもなりません……ですが食事くらいは用意してくれているんでしょうね?」


「君が目覚める時間は予測出来たからな。リビングに向かうといい」


 後ろから聞こえる声に従い、通い慣れたフィオナの家を歩く。

 彼女は色んな街に別荘を持っていますが、ここは彼女がよくいるシャミスタの街のようです。


「リベルタのギルドで倒れた君を、シェリーが知人に頼んで私の元まで運んでくれたんだ。後で礼を言うといい」


 そうでしたね、ギルドの応接室で巫術を使った途端に気分が悪くなり、それを隠して隣の部屋に逃げ込んだのを思い出しました。

 そこにはシェリーがいましたから、彼女がフィオナに取り継いでくれると考えたのです。


 一人暮らしにしては広いリビングに入ると、彼女の言った通り二人分の料理が並んでいました。

 彼女に促されて席につき、料理を口へ運ぶ。

 久々に食事を摂る私でも食べやすい薄い味付けで、比較的柔らかく消化の良いものばかりでした。

 一見すると体調を気遣ってくれた様にも見えますが、彼女に心遣いは出来ません。ただ最も適した物を選んだに過ぎないのです。

 もちろん、そのお陰で助かっていることは事実なのですが、もう少し人間らしいところがあっても良いのではないでしょうか。


「どうした、口に合わないか?」


「……いえ、私の体調を考えれば最も適したメニューと言えるでしょう。ですが、今ここに並んでいるのが油っこいピッツァと泡の多いシャンパンだったのなら、それを用意した貴女のお茶目さを、私は好ましく思ったかもしれません」


「君の好悪の感情よりも体調を気にかけたのだ。そもそも、その様な悪戯で君を苦しめるくらいなら、初めから助けたりはしない」


「……あぁ、そうですか」


 予想通りのつまらない返答に冷めた返事をしながら、彼女の言葉に引っ掛かりを覚えました。


「……助けたと仰いましたか? 私はリベルタで気を失った後、それほど酷い状態だったのでしょうか。まさか巫術が正しく発動しなかったなど――」


 私の感覚では、巫術を発動した影響で意識を失っていたに過ぎないのですが、まさか上手くいかなかったのでしょうか。


「発動はした。君の目論見は恐らくリュートに自らの固有魔法を受け継がせる事だろう。それなら成功している。だが、君の術は不完全だった。かつて獄炎鬼ライラが黒炎竜ギータの魂を自らに移した巫術――それの応用で、自らの魂の欠片をリュートに渡そうとしたのだろう。その際に、キミは触れるべきではない魂の本体にまで干渉してしまった。そのせいで一時的に仮死状態だったのだ。私の処置が遅れていれば死んでいた。重ねて言うが、迅速に対応したシェリーに感謝するべきだ」


 よかった、術が発動したなら苦しい思いをした甲斐があるものです。

 それと同時に、自分が予想以上に危ない状況にあった事に驚きです。


「……心から感謝しています。シェリーにも、貴女にも」


 フィオナの事は嫌いですが、彼女は何度か私を助けてくれています。今回の事を含めて、彼女にしか解決できない状況もありました。恩があることは間違いありません。フィオナの事は嫌いですが。


「そうか。ならばそろそろ話してくれるか? 君が自らを危険に晒してまで、新人冒険者リュートに肩入れした理由を」


 いくら賢くても、フィオナには私の感情はわからないでしょうね。彼女に共感能力など無いのでしょうから。

 でも、私を助けた彼女に謝意を伝える為にも、出来るだけ言語化しようと思います。

 ……ですが、その前に少し揶揄ってみるとしましょう。


「貴女が私に教えてくれた巫術を、試しに使ってみたくなったのです。どうです? 自らが教えた術によって予想外の事態に陥った感想は」


 そう、私の巫術は過去にフィオナに教わったものです。

 フィオナが危険視する巫術というものが気になり、私は彼女に教えを請いました。

 何を企んでいたのかは知りませんが、意外にもフィオナは素直に教えてくれたのでしたっけ。


「君が好奇心で身を滅ぼす様な人種なら、今頃生きてはいない。軽口を叩くのは構わないが、この話が終わってからにしてくれ」


 冗談は通じませんか。

 真面目に話す事にします。


「雪人族の寿命は長い。私の父は二百八十年生きました。母は二百六十年です。そして今、私は二百五十年生きています。貴女にはわからないでしょうが、人には誰しも寿命があり、それが近づいて来ている事を年々肉体で感じ続けているのです」


「君の健康状態を見るに、両親より長生きしそうだがな」


「……そうだとしても、終わりが近付いてきている事に変わりはありません。人が終わりを迎える間際に思う事がなんだか、貴女にはわかりますか?」


「恨みや怒り。成し遂げられなかった事に対する後悔を呟きながら死んで行く者もいたな」


「……それは貴女が殺して来た人々の感情でしょう。本当に碌でもない人ですね。それに、私はまだ死にません」


「では何が言いたい?」


 やはり、最も死から遠い生命にはわからないのでしょう。

 彼女が語るのは、自分が目撃して来た事実や、学術的根拠のある言葉ばかり。人の感情に寄り添った考えなど出来ないのです。


「私という存在を残していきたい」


 フィオナは相変わらずの無表情で私の目を見ています。


「年老いた人間が突然執筆活動を始める事や、武芸に秀でた者が武術の師範となって弟子達に技を教える事も、似た様な感情が行動を決意させたのだと私は考えています」


「その主張は理解出来る。だが、後世に自らの技や知識を残してゆく者達とは違い、君が魂を削った事は誰にも知られなければ理解もされない。人々に認知されない功績は、この世に自らの存在を残したいと考える者にとって不適当だ」


「これは自己満足を得るための行為です。有象無象の記憶や歴史書に残る様な功績は必要ありません。私の魂の一部が、私のこの力が、あの少年の中で生き続ける。この事実に魅力を感じました」


 以前フィオナに聞いた話によると、死んだ者の魂は例外なく同じ道を辿るそうです。

 曰く、魂の半分以上が輪廻転生し、悠久の時を進み続ける。

 だが、一部の溢れた魂の欠片は世界に溶け出し、魔素に分解されて軈て消え行く。

 ならば消えて失くなる予定の魂の欠片を先んじてリュートさんに渡しておこうと私は考えたのです。彼の固有魔法なら、私の魂を吸収して力を得られますから。

 無駄になるくらいなら、誰かに役立ててもらった方が良いに決まってます。


「……そうか。あの少年に特別肩入れしたわけではないのだな」


「いいえ? 彼を助けたいという気持ちも私の行動に起因していますよ」


 僅かに興味を失った様子のフィオナに即答すると、再び鋭い瞳が私を見つめました。


「だって、哀れじゃないですか」


 意識を失う前に観戦した戦いを思い出す。


「彼は強い。けどその強さは洗練されたものではありませんでした。剣を振っても充分に力が伝わっておらず、身体強化魔法に至っては自らの魔力量と肉体の強度が釣り合わないせいで身体を崩壊させる寸前だったのを覚えています。綺麗な肌に刻まれた傷痕はどれも新しいものばかりですし、リュートさんが戦いを始めたのはつい最近だという事が見て取れましたよ。少なくとも一年前は戦いとは無縁の環境で暮らしていたのでしょうね」


 私もフィオナの目を見つめ、真剣に伝えます。


「だから、哀れなんです。ある日気付いた固有魔法のせいで残酷な運命を辿る事が決定付けられてしまった彼の境遇が――いえ、この際それはいいでしょう。彼の一番の不幸は――」


 言ったところで無駄かもしれません。

 私がフィオナに何を言ったところで、彼女は自分を曲げない。

 それでも、私は言います。


「フィオナ・ローズヴェルト――いえ、フィオナ・カールマインと呼ぶべきでしょうね。ウユウ谷の集落を滅ぼした大罪人、貴女に目を付けられた事こそが、リュートさんの最大の不幸です」





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