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祝勝会

 

 謎が謎を呼び、疑心が不安を募らせる。

 だけどいくら考えても仕方がない。

 今俺がやるべきは、目を覚まして起き上がり、勝手な行動を取った事を謝る事だ。

 周囲に沢山の気配を感じ、目を覚ますのも億劫になりかけるが――思い切って起き上がった。


「リュー! 無事でよかった!」「リュート! 君って人はどこまでも心配を……」「ししょうー!」


 最初に視界に飛び込んで来たのは見慣れた仲間三人の姿で、次はその奥、テントの外から覗く沢山の顔が笑みを浮かべた。


「竜殺しの英雄が目を覚ましたぞ!」「宴だ!」「酒を持って来い!」


 騒ぎ始める冒険者や村人を掻き分けてロームがテントに入って来る。


「まったく、大変な事をしてくれたわねぇ」


 少し疲れた様子のロームを正面に、俺はその場で頭を下げた。


「勝手な事してすまなかった。冷静になった今考え直すと、竜を倒せなかった場合、激昂した竜が村を襲う可能性だってあったのに、そこまで頭が回らなかった」


 本当に迂闊だったと思う。

 あの時俺は、全てがどうでもよくて、自分が死ねればそれでいいと思って村を出た。

 だけどあのまま死んでたら、興奮した竜が村まで襲ったかもしれない。

 そう考えると、今回の件は結果が良かったから救われただけであって、そうじゃなかったら大変な事になっていた。


「……あらぁ、湖に落ちて頭が冷えたのかしらぁ。反省してるならそれでいいのよぉ。勝てたんだからそれでよし……とは言えないけど、繰り返さなければいいわぁ」


 ロームはクスクスと笑いながら許してくれ、仲間達も「しょうがないな」と苦笑している。


「怪我は大丈夫かい? 君の腕はたった一日でかなり回復した様子だけど……問題なく動くのかな?」


 一日?

 今は日中……という事は、竜を倒したのは昨日の早朝という事か。

 一日と数時間しか経っていない割には、腕の傷はかなり塞がっている。肉が削げて凹んだ跡はあるものの、骨はもう見えてないし、血も出てない。

 氷を溶かして動かしてみると、痛みこそ感じるが、ほとんど問題ない。


「うーん、これは人外」


「よかった、冗談が言えるくらいには元気になったみたいだ」


「それよりレイラは無事なのか?」


 近くに見当たらない仲間を探していると、アランが「彼女なら」と居場所を教えてくれた。

 早速会いに行こうと立ち上がり、まだ重い身体をリハビリがてらゆっくりと動かした。




 ⭐︎




 村外れの小高い丘に向かう途中、沢山の人々に言葉をかけられた。

 それは村人達の感謝であったり、冒険者達の感動であったり、子ども達の憧憬であったりした。

 どれも慣れないもので、照れ臭くなった俺は早足で目的地へ向かった。



 丘の上、一本の木に背中を預けて座っている少女を見つけて、歩み寄る。

 俺に気付いたレイラは「起きたのね」と微笑んだ。

 俺はポーチから預かっていた紅水晶のペンダントを取り出してレイラに返す。



「調子は良いの?」


「あぁ、お陰様で。そっちは?」


「万全よ。貴方が心配していたあの気配も……もう完全に私の一部になったみたい」


 自分の手を見つめて物思いに耽るレイラの隣に腰を下ろす。

 ギータの事を話すべきだろうか。

 そう悩んだのも束の間。


「いつだったか、先祖返りの話をした事、覚えてる? あれね、私自身の事なの」


 まさに俺が話そうか悩んだ話題を、レイラ自ら口にした。


「私の遠いご先祖様はね、巫術っていう不思議な術を使う一族だったんだって。時を重ねるごとに薄れていった巫術師の血が、私には色濃く現れた……とは言っても、特別な術を使えるわけじゃないんだけどね」


 獄炎鬼ライラは先祖返りで巫術を使えたが、レイラにはそこまでの力はないらしい。


「ただ、この才能を持ってるせいで、ご先祖様がかつて自分の魂に封じた魔物……黒炎竜の力を受け継いでしまったのよ」


 レイラはこの話を親か、あるいはその親にでも聞いたのだろうか。

 どうやら、黒炎竜の正体が怨恨によって生まれた魔物だとは知らないらしい。


「竜の力は膨大で、私には到底扱えなかった。貴方も知っている通り、身体を乗っ取られる事も多かった。幼い頃の私はこの力のせいで一度死にかけてね、その時にお婆ちゃんがこのペンダントをくれたのよ。特別な魔術が込められてる御守りなの」


 左手の中でペンダントを転がす彼女の横顔に、切なさを垣間見た様な気がした。


「……ごめんなさい、なんだか暗い話になっちゃったわね。とにかく、私は黒炎竜の力を私のものにした。貴方には心配をかけた様だけど、もう平気よ」


 レイラはペンダントをつけずにポーチへしまった。もうつける必要はないのだ。


「リュート、私に弱さを見せてくれてありがとう。この力は、貴方を救うと決めた事で使い熟せるようになったの」


 気恥ずかしくて、「お前の努力が実を結んだんだ」と言い目を逸らす。

 それと同時に、俺がさっきまで見ていた夢の事は黙っておこうと決めた。

 ギータの恨みも怒りも、アイツがそうしたのと同じ様に俺も隠そうと思う。

 レイラに復讐をさせる必要もなければ、怨念を引き継ぐ必要もない。

 俺が全部覚えていればいい。

 全部抱えて、フィオナに会おう。

 会ってどうなるかはわからない。

 それでも、会って真実を知らなければと思う。



「さ、仲間達の元へ戻るわよ。そうそう、今夜は宴をやるとか言ってたから、お昼はあんまり食べすぎない方がいいわよ」


 ただ、今は全部忘れて喧騒に身を任せよう。

 沢山の人たちが陽気で待っているから。




 ⭐︎




 陽が傾いてきた頃には、村中に美味しそうな香りが漂っていた。

 手当てを終えて解放された俺は、宿の部屋の窓から外を覗く。


「楽しみだね!」


 隣で外を覗くマナは、純粋な笑顔を浮かべている。

 二日前にはリオンの死に涙を流していたが、何があったのか、すっかり元気を取り戻している。


「しかし、本当に良かったのかい? 上位竜の肉ならかなりの値段で売れる。味はもちろん、その希少性は多くの美食家を惹きつけるからね。それを全部、今夜の宴で振る舞うなんて……」


「素材はちゃんともらってるんだし、いいんだよ」


 擬似隕石に潰された竜の亡骸は、ロームが数人の冒険者を引き連れて回収してくれていた。その上で解体まで済んでおり、俺とレイラは大量の素材を渡された。

 潰されてグチャグチャになった死骸とはいえ、希少な竜の素材は余すとこなく使用用途がある。

 俺とレイラは全ての稼ぎをパーティ資金にする事を決め、後日仲間の装備を整える計画を立てた。

 そして美食家からの人気が高い竜肉に関しては、鮮度が落ちない内に食べたいので、どうせなら今夜の内にみんなに振る舞おうと決めたのだ。


 そんなこんなで宴の準備が進み、宿屋の女将さんからお呼びがかかる。


 夕暮れに照らされた村は紅く染まり、宿屋や酒場がある村の中心から少し歩くと、既に大勢が集まっていた。


「おっ、主役が来たぜ!」


 そう囃し立てる冒険者につられて、一斉にこちらを向く人々。

 皆が明るい表情をしているのは良いのだが、こういう状況には慣れていない。俺はクラスの同窓会すら欠席する様な男なのだ。

 だと言うのに、村長は俺とレイラに頭を下げ、


「どうかこちらでお言葉を頂戴出来ますか」


 と、木を組んで作った簡易ステージに誘って来た。

 幸いにも、俺だけじゃなくレイラも人前に立つのは嫌いなはずだ。

 二人で断れば村長もひくだろう――と考えたのが甘かった。


「宴を盛り上げる様な口上を期待してるわよ、リーダー」


 そう言いながら俺の背中を押したレイラはほくそ笑んでいた。

 まさかの裏切り行為に何も言えずにいると、村長に手を引かれて連行されてしまう。


 登壇して前を見下ろすと、沢山のテーブルとそれを埋め尽くす料理の数々、そしてジャッキを持って座る冒険者の目がこちらを向いて笑っていた。


「それでは、今回の防衛戦での活躍はもちろん、その後はレイラ様と共に暴風竜の討伐に赴いて下さったリュート様からのご挨拶を頂きたく思います」


 そう言って頭を下げた村長は、ステージの隅に移動していく。

 あまりの無茶振りに何を言うべきかわからない。

 そんな中、ステージ下から冒険者の声が聞こえた。


「そもそもなんで急に竜殺し始めたんだぁ?」


 彼の声に同調するように疑問の目を向ける人々。

 確かに、彼らからすれば突然竜が暴れ出して死んだ、という認識なのだろう。俺は報連相の一つも行わずに戦い始めたのだから。


「まずは皆んなに謝らなくちゃいけないな。正直に話すと、俺が暴風竜と戦いに行ったのはただの癇癪だ。レイラにはそれに付き合わせた形になる。俺の癇癪のせいで村に大変な被害を及ぼす可能性があった。すまなかった」


 その場で頭を下げると、「癇癪で竜を殺すのかよ」と笑い声が響いた。


「知っての通り、俺は新人冒険者だ。人の死に慣れていないし、今後慣れるつもりもない。生物が皆等しく死ぬ定めにあるとしても、それに抗う権利は持っていていい筈だ。そう考えているからこそ、失う事に対して強い忌避感を抱いている」


 端にある丸テーブルに頬杖をつくリックを見つけた。彼とは気まずいまま、未だ話せていない。

 だから今この場で、俺の決意を話す。


「今回の戦いで失ったものは多い。左腕を喰われたマーカス、片目を斬られて失明したノット、腹に穴が空いて未だ起き上がれないリーン。そして――仲間を庇って命を落とした戦士、リオン」


 今日聞いた、戦後の被害状況。

 冒険者を続けるのも難しいと言われていた彼らの名を呼ぶと、本人とその仲間達は驚いた様に目を見開いた。


「俺は決して忘れない。守れる可能性があったのに失ったものの数々。後悔もしている。あの時違う選択、行動をしていれば未来は変わったかもしれないと」


 リックが顔を歪めたのが見えた。当然だ、彼が嫌った言葉を再び口にしているのだから。


「――でも、ただ一つ。暴風竜と戦った事だけは後悔していない」


 初めに謝っておいて何を言ってるんだ、と思った人も多いだろう。けど、相談なしに行動した事は反省してるが、戦った事に関しては正しかったと思っている。


「きっと俺は何度同じ場面に遭遇しても同じ選択をする。被害を増やさない為には元凶を断たなきゃいけないから。これは俺の決意だ。世界を平和にする、なんて大それた事は言えないけど、目の前に降りかかる災いは意地でも振り払ってやる。それが俺の、この残酷な世界との向き合い方だ」


 家族の元に帰るという変えられない目的はあるが、その道中で災と遭遇したなら、俺は罪なき人々を守る為に戦う。

 死ぬべきではない人々が死ぬ定めにあると言うなら、俺が全力で抗ってやる。この残酷な世界に牙を剥いてやる。


「――話が長くなるといけないから、ここまでにしておく。せっかくテルシェ村の人達が美味しい料理を用意してくれたんだ、そろそろ楽しませてもらおう」


 エプロンを着た女性が、手にしたお盆をステージの下から持ち上げている。

 二つのコップの内、果物のジュースっぽい方を選んで受け取った。選ばなかった方はビールだった。


「今宵は騒ごう! 飲んで歌って、暴れてもいい! 俺たちが平和を勝ち取ったのだと、この世界に、残酷な運命に、見せつけてやる為に!」


 手にしたコップを高々と持ち上げ、叫ぶ。


「勝利を祝して!」


 冒険者も村人も、皆一緒になって立ち上がり、同時に声を上げた。


「乾杯!」


 霊や魂というものが本当に存在するのかはわからない。

 けど、リオンはどこかで見てくれているだろうか。

 お前と皆んなで一緒にこの村を守った事、決して忘れないからな。




 ⭐︎




 俺が降りた後のステージ上では、様々な催しが行われた。

 曲を奏でる人達がいたり、それに合わせて踊る女性がいたり。

 個人的に凄いと思ったのは、沢山のリンゴをジャグリングした村人と、その時宙に舞ったリンゴを連続で矢で射抜いてみせたイケメン弓使いだ。

 尚、穴の空いたリンゴは村の子供達が美味しく頂きました。


 凄いのはステージだけではなく、料理も格別だ。

 まず一番の目玉はやはり竜の肉だ。

 防御力の高い竜肉など固くて不味いだろうと思っていたが、良い意味で裏切られた。


「そちらは竜の腹部の肉を直火で焼いたものです。竜肉を扱ったのは初めての事で、詳しい事は言えませんが、恐らく全部位の中で最も柔らかく、脂が乗った部位かと思います」


 漫画の様な骨付き肉にかぶり付けば、調理担当のオジサマの言う通り、柔らかい肉からジューシーな脂が口に広がる。

 獣臭さやクセなどは一切なく、それでいて他の肉では味わえない独特な食感と香ばしさ。脂はどことなく甘味を含んでる様な気がして、適度に振られた塩がその旨みを引き立たせている。

 また、脂にしつこさは一切なく、サラサラしていてあっという間に完食出来てしまう。


 それでも口直しがしたいと言うなら、やはり野菜だ。

 元からこの村の野菜は美味しいと思っていたが、今日の料理はより一層手が込んでいる。

 柑橘系の果実が混ざった葉物野菜のサラダは爽やかで、色鮮やかなトマトを噛めば僅かな青臭さと豊潤な果肉が溢れ出す。


「こちらは竜すね肉のシチューです。繊維の多い肉ですが、煮込むことによって美味しくなる部位の様でして。竜肉の調理を任されて直ぐ下拵えに取り掛かった料理でもあります」


 見た目はビーフシチュー。味は――なんだこの濃厚さ。

 よく煮込まれて柔らかくなった野菜と、それ以上に柔らかく、いや、スプーンでつつけばホロホロと崩れてしまう程に脆くなった竜肉。

 慎重に口に運べば、濃厚な旨味が溶け出したシチューと、バラバラに砕けて口の中に広がり、存在感を主張した後に自然と消えていく力強い肉の味。


 あぁ、なんて贅沢。

 これはいけない。

 竜肉無しでは生きられない身体になりそうだ。




「――おい、おいって! 聞いてるのか特級の!」


 至高の贅沢を楽しんでいると、俺とシェフの間に割って入る不埒者が現れた。


「ん? お前も座って食べるといい。マジで美味いぞ」


「お、おう、ありがとな。俺も初めて竜肉食ったけど、これはヤバい――じゃなくて!」


 ノリの良い男は立ち上がり、そのまま深く頭を下げた。


「すまねぇ。最初はお前のこと傲慢なガキだと思って嫌ってたんだ。正直言うとレゼルブのギルドで何人かと愚痴ってた。でも、お前は強いだけじゃなくて、俺の仲間のリーンの事も、他の傷付いた冒険者の事も、ちゃんと気にかけてくれて……あぁ、クソ、ありがとな」


 根が真面目なのか、態々愚痴ってた事を自白して謝罪に来た男に戸惑う。

 被害者達のことは今日の日中にレミーネに聞いて、遠くから様子を窺いに歩いたくらいだ。

 それに礼を述べるなんて誠実な男だ。


「シェフ、さっき竜肉を燻製してるって言ったよな。後で彼に分けてやってくれ。腹に穴が空いたリーンが元気になったら食べさせてやる為に」


 宿の部屋で眠ってる女冒険者にご馳走を残しておくように頼むと、シェフは微笑んで頷いた。

 リーンの仲間の男は何度も礼を言ってから去って行った。


 その後も冒険者が続け様に俺たちのテーブルに訪れ、何かしら喋って行く。

 大半の者は暴風竜との戦闘について多くの質問を投げかけて来たが、中には酔っ払ってダル絡みをしてくる奴もおり、俺のドリンクが酒ではない事を揶揄う奴もいた。だが、そういうのも含めて良い時間と言えた。



「でもししょうは人気だけど、お姉ちゃんには誰も近付かないね!」


 そんな無神経な発言をしたのは、無邪気な悪魔――ではなく、マナだった。

 おまけに、ミーシャとアランも同じ事を思ったのか、あからさまに目を逸らしている。

 ただ――


「……いいのよ、別に」


 葡萄酒を飲みながら、レイラは本当に気にしていなさそうに微笑んだ。

 それは孤高のレイラと呼ばれて怖がられて来たBランク冒険者とは思えないほど穏やかな笑みだった。


「一つ大切な居場所があれば、それでいいのよ」


 呟く彼女を見ながら、今朝まで見ていた夢を思い出す。

 もしかして、彼女が不自然なまでに怖がられているのは、怨念の成れ果てであるギータを取り込んだからなのだろうか。

 ――それとも夢の中で見た、レイラの中にある闇が影響しているのか? いや、もしそうだとしたら同じ闇のある俺も怖がられるか。



 考え込んでると、周囲に少し緊迫した空気が流れた。

 顔を上げると、そこにはリックが立っていた。


「……キミは今も悔いているんだね」


 当然だ。

 俺の選択一つでリオンの命は救えたのかもしれないんだ。


「一生後悔し続けるだろうな……けど、それが悪い事だとは思わない。悔いる事で俺は自らの過ちを憶えていられる。その記憶が、俺を正しい方へ導いてくれる。そう信じてる」


「そしてキミの言う正しさの中には、暴風竜を倒す事も含まれていたと、そう言うのかい? あんな災いに立ち向かう事すら、正しかったと?」


 リックの視線が、俺の腕に巻かれた包帯に移動した。彼の目は痛々しいものを見つめるように細められた。


「確かにあの戦いは辛く、痛く、苦しいものだった。それでも、戦ったおかげで守れた今がある。ならばあの戦いは俺が通るべき道だったんだ」


 俺は化物が跋扈するこの世界に落とされた事を嘆いたし、恨みもした。

 けどこの世界の人に罪はなく、彼らと共に過ごすのは存外に楽しい。

 今だって色んな人達と関わり合って、この時間を守れて良かったと思っている。


「……茨の道を歩む覚悟は、出来ているんだね」


 リックは呟くと、深く頭を下げた。


「すまなかった。ボクはキミに自分の価値観を押し付けていたに過ぎなかった様だ。キミにはキミの向き合い方があり、あの場で悔いていたのは必要な事だったのかもしれないね」


「……何が必要か、どうするのが正しいのかなんて今もわからないままだ。ただ、それでも歩き続ける覚悟は出来た。それだけだ」


 横目でレイラを見る。

 今になって振り返ると小っ恥ずかしいが、彼女に励まされた部分も大きい。

 俺はいつまでも仲間の死を引き摺るだろうが、それでも歩いて行ける。


 和解の雰囲気が出来たからだろうか、周囲で見てた冒険者達がホッとしたように一息つき、それにつられてリックも笑った。


「さて、あの時ボクはキミを殴ってしまった。ならばキミもボクを殴らないとフェアじゃない。それが済んでから仲直りがなされるのだとボクは思う。一発、思う存分やってくれ」


「律儀な奴だな、別に恨んでないって。でも――」


 もうこの話はおしまい、という雰囲気が出ていたけど、リックの願いだ。


「お前がそう言うなら、遠慮なくいくぜっ!」


「――ぶべるぁっ!?」


 テントの中で殴られて外まで吹っ飛ばされたのを思い出し、同じくらいの反撃は許されるだろうと思った。

 暴風竜を倒してから操作の上達した風魔法を用いてリックの頬を思い切り殴り飛ばした。

 体格のいい大男は無様に回転しながら宙を飛び、離れて食事をしていたシークの足元に突っ込む。

 良かった、テーブルの料理は無事だ。ただ、椅子を倒されてテーブルに顔をぶつけたシークは立ち上がり激怒した。


「おい、リック……貴様、戯れが過ぎるんじゃないか?」


「い、いやいや! 今の流れで本当に殴られるとは思わないじゃんっ!? あれは普通握手して和解する流れでしょーが!」


「貴様の普通を他人に押し付けるな! 何も反省していないじゃないか筋肉ダルマ!」


「ええっ!? シークはリュートの味方なのか!?」


「当然だ! オレが貴様の味方だった事などあるものか!」


 俺のせいでSランクパーティが喧嘩を始めてしまったが、周囲の冒険者は盛り上がっているのでよしとしよう。


 そうやってバカみたいに騒がしい夜が更けて行く。


 やがて朝陽が昇るまで、穏やかさを取り戻したこの村には人々の笑い声が響いていた。



二章終

幕間を数話挟んでから三章本編に入ります

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