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夢の中で闇の中で

 

 光が見えた。

 俺やミーシャにアラン、マナ、そして――リオンの中に。

 色や形は曖昧で、光としか表現出来ない、暖かいものだ。


 闇が見えた。

 俺と、レイラの中に。

 暗く禍々しく、闇としか表現出来ない、悍ましいものだ。


 だけどどちらも俺と密接に関わっていて、なくては生きていけないものだ。



 それを理解した時、レイラの闇の中に、遥か遠い過去が見えた。




 姿形は暴風竜に似てるけど、鱗の色が漆黒で、黒い炎を纏った禍々しい竜。

 それに対峙するのは、紅の髪と紫色の瞳をもった、どことなくレイラに似た大人の女性。

 戦いは決着寸前。

 どちらもボロボロで、どちらが死んでもおかしくない。

 それでも女性は快活に笑った。


「ねぇキミ! 気付いちゃったんだけどさ、もしかして殺しても死なない系の奴じゃない?」


 女性の言葉に、竜は笑った――ように見えたが、厳つい表情は動いていない。

 そして、同じく口を動かさないまま、竜は言葉を発した。いや、或いは脳に直接語りかけているのかもしれない。


「正確ではないな。我の魂が別の器に乗り移る、そうして死を避ける事が出来るというのが事実だ。しかして、それを理解した所で貴様に何が出来よう」


「うげーっ、不死とかヤバいね」


「我の問に対する答えは持ち合わせておらぬか」


「えっ? ううん。答え忘れてただけ! で、私の答えは、巫術でキミの魂を私の中に留めて、私が寿命で死ぬ時に一緒に死んでもらう、でしたー!」


「……戯言はよせ。あの術は失伝している。フィオナ・カールマインがあの集落を滅ぼした時に、全ての術師が命を絶たれた。生き残りなど――」


「いたんだなぁ、それが! 先祖返りって知ってる? 集落の外に出てった巫術の才能が無い平凡な女の子がいたのよ! その子のおばあちゃんが優秀な術師だったんだー! で、その人の血が私の代で色濃く出たってわけ!」


「……血の影響を受けやすい巫術の才能、それが先祖帰りで再び芽吹くか……あり得ぬ話ではない、か」


「ところでさ、キミの不死の秘密も巫術に近いものがあると思うんだけど、どうかな?」


「……詳細を語るつもりはない」


「じゃ、いーや。では改めて――」


「愚かな。人間風情の肉体に我の魂を留めおけると思うな」


「獄炎鬼ライラ・シュナイダーが命ずる。黒炎竜ギータの魂を――」


「たとえ術が成功したとして、我の魂が潰えることはありえん。貴様の子孫の代でその肉体を乗っ取り――」


「無理だね! 私の子孫は強いに決まってるから!」


「――――」


「それじゃ、サヨナラ。なんとか式封魂術、なんとかかんとか!」




 女性の間抜けな声が響いて、視界が暗転する。



「巫山戯た話であろう、我は詠唱すら覚えられぬような痴呆に二百年も封じ込められていたのだ」


 暗闇が晴れて、目の前に現れたのは先程見た漆黒の竜。聞こえたのも先程と同じ声。それが、今度は俺に語りかけていた。


「彼奴の言った通り、我は誰の肉体も奪えずにここで消失するようだ。まさか我の力を自らの力へ変換してしまう者が現れるとはな」


 レイラの事だ。彼女が力を使いこなした事には俺も驚いたが、ギータも高く評価してるらしい。


「お前は消えるのか?」


 疑問を疑問のまま口にすると、黒炎竜ギータは意外そうに笑った。


「汝は彼奴の子孫……名をレイラと言ったか。あの娘を心配していたはずだ。なのに何故、我を案ずる様な声を出す」


 確かに、この黒炎竜こそがレイラの力を暴走させていた原因だ。肉体を奪う気すらあったと言う。ならばコイツが消えるのは万々歳のはずだが――


「暴風竜との戦いで、お前は俺とレイラを助けてくれた。悪い奴には思えない」


 あの戦いの序盤では、レイラは力を使いこなせていなかった。故にギータが彼女の身体を動かしていたわけだが、ギータは俺達を守る様に動いてくれた。そうする必要などない筈なのに、ギータが力を貸してくれたからこそ勝利出来たのだ。


「そうか。ならば我に恩を返す気はあるか?」


「……俺に出来ることなら」


 怪しい匂いがして一歩下がる。

 それが正解だったと証明する様に、ギータから恐ろしい気配が伝わって来る。


「――フィオナ・カールマインを殺してくれ」


 激しい憎悪の念。

 その悍ましい怒りの感情だけで人を殺せるのではないかという程の冷たい殺気。


「過去を見たならば想像はつくだろう。フィオナ・カールマインは我らの集落を滅ぼした。巫術を危険視し、術師を根絶やしにする為に。我、ギータの正体は集落の民の怨恨の魂が集まって生まれた死霊系の魔物だ。それが火炎竜に取り憑いた事で黒炎竜となった」


「ま、待て待て。なんで俺にそんな事頼むんだ。頼むなら、獄炎鬼ライラに頼むべきだっただろ? 一応お前の子孫って事になるんだろうし」


「……集落の外へ出た娘の子ども故、彼奴は無関係よ。それに、我の子孫と言うならば汝も同じであろう」


 やはりと言うか、ギータはライラとその子孫達――つまり、レイラの代まで、丸ごと大事にしてる様に見える。

 一族の魂が怨念の魔物になったという悲劇を隠している事からも窺えるように。

 しかし、俺を子孫と勘違いする理由はなんだ?

 疑問を浮かべた俺を見て、ギータは話し続けた。


「汝の本当の固有魔法を知ればわかる事よ。死者の魂の欠片を内に取り込む術。その原点が巫術である事に気付かぬ程耄碌したつもりはない。巫術に関する固有魔法を持っているならば、我らの血が混じっているのは当然」


 死者の魂を……取り込む?

 なんだよそれ、死人から魂を奪うって……俺は、そんな冒涜を犯していたのか?


「違う……俺の魔法は受け継ぐ力だって……そうだ! シフティから氷の魔法を受け継いだのを見てたか? シフティは死んだわけじゃないのに俺の固有魔法は彼女の氷を受け継いだ――」


「雪人族の女か。奴は巫術を用いて自らの魂を削り、汝に吸わせた。何が目的かは知らぬが、奴の背後にはフィオナ・カールマインがいる。何を企んでいてもおかしくはない」


 フィオナ・カールマイン。

 それが、俺が探していたフィオナなのか?

 フィオナは、集落を丸ごと滅ぼす様な悪人なのか?


「いや、でも、お前達が殺されたのは、何百年も前の話だろ? その時のフィオナが今のフィオナだなんて……」


「あの化物を人の尺度で測るな。我が子孫よ、我らの恨みを――」


「――そもそも俺はお前らの子孫じゃない!」


 一気に色んなことを言われて、頭がパンクしそうだった。

 ゴブ太が尊敬していたフィオナが殺人鬼の化物で、レイラは滅ぼされた集落の末裔で、俺の固有魔法が魂を取り込む巫術に似たもので。


 ギータが嘘を言っている様子はないし、そもそも嘘をつくメリットもない。

 かと言って素直に信じられる様な話でもない。


「…………何故、そう言い切れる?」


 余裕のない俺の心に入ってくる黒いモヤと共に、ギータは声を発した。


「俺がこの世界の人間じゃないから――」


 しまった、と思ったのは口にし終えてからだ。

 ずっと隠していた事実を、こうもあっけなく口を滑らせてしまうなんて……待て、違う。


「お前……俺に何をした? 精神に干渉する魔法か?」


 俺が睨むと、ギータは嗤った。


「勘が良い。しかし気付いた所で遅い。まさか別世界が存在したとはな。生前に知れていれば愉快だっただろうが……まぁ良い。貴様が頑なに我との関係を否定したのはそれが理由か」


「ふざけんな! 人が考えてる事覗き見る様な真似しやがって!」


「憤る理由がわからんな。我は間も無く消失する。貴様が隠した事を喧伝するなど出来ぬ故、秘密が広まる事もない。なんの不都合がある?」


「…………」


「小さき事に固執するより、貴様の狭い見識に学びがあった事を喜べ。フィオナ・カールマインとの対峙を前に黒魔法の存在を知れた事を僥倖と思え」


 黒魔法……それが精神干渉魔法の正体なのだろうか。

 そういえば暴風竜と戦ってる時も感情を揺さぶられた気がする。


「……ふん。貴様が子孫ではないなら頼みをする道理もない。しかし覚えておくといい」


 暗闇に波紋が広がった。

 徐々に明るさを取り戻そうとする世界を見上げて、夢から目覚める時間だと悟った。


「フィオナ・カールマインは貴様の敵となる」


 朧げになりつつある夢の世界で、最後に耳にしたのがその言葉だった。







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