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幕間 埒外の者達

 

 スクオロ魔法学園の一年目では、魔法や魔術を行使するのに最も重要な『魔力』について学ぶ時間が多い。

 だから学園で一年以上学んだ者なら知っている。魔力は自然回復以外では殆ど回復しない事を。

 魔力回復薬なんて物が売っているけど、あれで回復するのは初級魔法二、三発分程度。主な目的は自然回復力を高める事であって、即座に魔力を全回復させる物ではない。


 だから私は、坊やの戦闘を見て戦慄した。


 魔力欠乏の症状――鼻血や吐血をしていた状態から、魔物を蹂躙する程の力を即座に回復させた事に、恐れすら抱いた。







「ロームさん、防衛壁の補修は完了しました。怪我人の手当ても滞りなく」


 思考に耽っていた私の元に、手伝いを頼んでいた冒険者達が戻って来る。


「にしても、凄い成果だよな。あんな大規模な戦闘で、死者は一名だけって。これは語り草になるぜ」


「流石に怪我人は多いけどな……何人かは冒険者を続けるのも厳しそうだ」


 確かに今回の防衛戦の結果は素晴らしいものだと思う。

 けど、だからと言って一名の死者を許容出来るわけではないのよね。



「……あれ、リックさんじゃないか? あの人があんなに落ち込んでるの初めて見たな」


 一人が遠くを指差すと、そこには肩を落としたリックちゃんの姿。

 彼の背中を目で追っていると、背後から別の冒険者達が歩いて来る。この四人組は、シルバーバングルのメンバーね。


「若い冒険者を失い、ここ数日間で親しくなったリュートと喧嘩し、色々思うところがあるんじゃないか?」


「……リュートちゃんと喧嘩?」


 訳知り顔な彼の発言に気になる所があって、つい口を挟んじゃった。でも皆も気になるみたいで、食い入る様に彼を見つめてる。


「いや、まぁ喧嘩っていうか、リックさんが一方的に怒鳴ってただけなんだけどな……俺らはテントの外にいたから詳しい事はわからないけど、リオンの死について、考えの違いみたいなものがあったのかな」



「……こんな事言うべきではないけど、私は自分が死んだ時、リュートくんみたいに悲しんでくれる人が側にいたら嬉しいかも?」


「言いたい事はわかるけど、死んじまったもんは悔やんでも仕方ねぇだろ。後で酒と一緒に思い出話を咲かせりゃそれでいいんだ」


 横で話を聞いていた冒険者達が各々の意見を口にするけど……これは難しい問題ね。

 仲間の死を哀しむのは皆んな同じ。だけどその後どう立ち直るのかは、人によって違う。

 何度も仲間の死を見届けて来たリックちゃんは、死というものに慣れてしまっている。そんな彼を、リュートちゃんは理解出来なかったのかしら。

 ……あれだけの強さを持っていても、仲間の死に心を痛めるものなのね。



「さぁさ、皆んな今日はお疲れ様。村の人達が食事を用意してくれてるから、ご厚意に甘えて沢山食べて、ゆっくり休みましょう」


 話が白熱する前に、手を叩いて解散するよう伝える。

 すると皆んな疲れてたのね、あくびをしながら散って行ったわ。

 もう夜も遅いわけだし、私も早く寝たいわね。

 でも、山頂の暴風竜の動きに警戒しないといけないわ。

 今はレミィちゃんが物見櫓で見張ってるから、交代してあの子を休ませてあげなきゃ。


 そう考えて村外れに向かう途中、肌がざわつくような風が吹いて、遅れて竜の咆哮が聞こえてきた。

 今まで静かだと思ってたけど、また動き始めたの?

 次の目的は一体何?


 私は慌ててレミィちゃんがいる物見櫓に走った。







「姉さん!」


 音を立てて走り寄ると、私に気付いたレミィちゃんが真剣な目で私を見下ろした。

 私もすぐに櫓に登って、望遠鏡で山頂を見る。


「暴風竜は山頂で暴れているようだ。高ランクの魔物は皆降りて来たと思ったのだが、まだ残っていたのか? だとしたらどうして今更戦い始めたんだ……?」


 レミィちゃんの話を聞きながら、山頂の木々が揺れているのを確認した。

 けど、流石にこの魔道具でも細部は見えない。

 巨大な竜が動き回ってることはわかるけど、何と戦っているのかは見えない。


「ひとまずは、ここで様子を見るしか――」


「――ロームさん!」


 走り寄って来たアランちゃんが声をあげた事で、私が言いかけた言葉は遮られた。

 レミィちゃんに引き続き見張りを頼んで、私は一旦櫓から降りる。


「あらぁ、どうしたのアランちゃん……それに、ミーシャちゃんとマナちゃんも一緒なのね」


 アランちゃんの後ろからトボトボと歩いて来るちびっ子二人を見つけて、名前を付け足す。

 泡沫の夢のみんなが揃ってどうしたの、と思ったけど、二人ほど足りてないことに気付いた。

 そしてどうやら、アランちゃんの言いたい事はまさにそれだったみたい。



「リュートとレイラの姿が見えないんです。山頂の方が騒がしくなってきたから、二人とも村に戻って来てると思ったんですけど、何処を探しても見つからなくて……」


 確かに、私も防衛戦の後から一度も見てないわね。

 まさかとは思うけど――


「今更戦い始めた竜。リオンを失って哀しんでるリュート。そして、彼の力になろうと必死なレイラ。なんだか、胸騒ぎがするんです」


 アランちゃんも私と同じ考えに至ったみたい。

 でも、まさかよね。

 上位竜に喧嘩を売りに行くなんて馬鹿げてるもの。



「……万が一、という事もあります。二人がすぐに戻って来ればいいですが、僕は念の為に山頂へ様子を見に行こうと思います」


「アランちゃん! それはいくらなんでも――」


 危険すぎる。僅かでもテリトリーに入れば命はない。

 でも、私の言葉を、アランちゃんの大声が遮った。


「――もう、後悔したくないんです!」


 彼の悲痛な叫びに、後ろにいたミーシャちゃんとマナちゃんも驚いている。


「あの時すぐに動けばよかった、なんて思いたくない。行って何が出来るかはわからない。被害を増やすだけかもしれない。それでも! 行かない後悔だけは、もうしたくないんです」


 ……アランちゃんは冷静じゃない。

 私はこの村を任されている者として、この子を止めるべきよね。

 でも、だけど――一人の大人として、子供の決意を否定したくない。


「レミィちゃん、今からこの村の事は貴女に全て任せるわ。場合によってはレゼルブに避難する事も考えておいてね」


「――姉さんっ!?」


「アランちゃん、行きましょう。もし本当にあの二人が竜と戦っているなら、お仕置きしてあげないとね」


 アランちゃんは驚いた表情の後、力強く頷いた。

 そんな彼の後ろで――



「わたしも行くけど、マナはどうするの?」


 覚悟の決まっているミーシャちゃんと、そうではないマナちゃん。


「ま、マナは……」


 二人はリオンちゃんの死を目の前で見ているはず。平然としているミーシャちゃんが強いのであって、マナちゃんの恐怖は当然のもの。


「……もういいよ。あなたはこの旅に同行する覚悟がなかった。現実が見えてなかった。夢から覚めて怖くなってしまったなら、着いてこなくていいよ。リューもレイラも、わたし達が助けるから」


 普段無口なミーシャちゃんの辛辣な言葉に目を丸くした。

 でも、この子が言ってる事は正しい。

 覚悟がないマナちゃんは、行くべきではない。


「お姉ちゃん……ししょう……」


「行こう、アラン」


 ミーシャちゃんはマナちゃんに背を向けた。アランちゃんは少し迷った後、「そうだね」と頷いた。

 私も二人の背中についていく。


「怖いよ、怖いけど……」


 背後から聞こえた声に足を止めて、耳だけ傾けるミーシャちゃん。


「だいじな人を、何もできないで失うほうが、もっと怖いもん!」


 風が吹いた。

 それは暴風竜が放つ悪意の風ではなく、優しくて暖かい、柔らかな風だった。


 その風に乗って走り出したマナちゃんは、重力を忘れ去ったかのような速度で私たちを追い抜き、山頂に向かった。


「わたし達も急ごう」


 そう言って走り出したミーシャちゃんの横顔は、微笑んでいる様に見えた。







 目も暗闇に慣れて来て、魔物達が木々を薙ぎ倒してくれたお陰で、視界は良好だった。

 私たちは倒木に足を取られないように気を付けてさえいれば、走ったまま最速で山頂に辿り着ける。

 とは言え、後衛職の私は三人を追うのに必死。情けない話だけど、皆んな凄く速くて、正直しんどいわぁ。


 そんな私に、数秒の休息が与えられた。

 空が突然明るくなって、皆んなそれを見上げて足を止めた。

 天高くまで昇っているのは、巨大な火柱。


「あれは……レイラか? リュートか? ……どちらにせよ、二人が戦っている事に間違いはないんだね」



 アランちゃんの言う通り、あの炎は明らかに二人のうちのどちらかのもの。あんな火柱を上げられる魔物なんてこの山に生息していないものね。


「急ごう!」


 それだけ言って速度を上げる三人は、どんどん私を引き離して進んでいく。

 若い子との差を感じるなんて、私もそろそろ歳かしら……。


 だけど必死に食らいついて、ようやく戦場が見えて来た時、再び空が明るくなった。

 見上げると、そこには太陽と見紛うほどの熱量を持った大岩。


 畏怖すら抱いた。


 あれほどの物質を作るのがどれほど難しい事か、同じ地属性魔法使いとして理解出来る。

 いえ、難しいなんて話じゃないわね。

 私には出来ない。

 圧倒的に魔力が足りていない。

 魔力の操作能力だって並のものではない。上手く操作しなければ、岩石に伝わるはずの魔力は霧散して、無駄になってしまう。


「――――」


 言葉が出ない。

 ただただ見惚れていた。

 私も、前にいる三人も、太陽の様な魔法を見上げて呆然としていた。


 だけど静止していたのは私たちだけであって、あの魔法の創造主は、遂に手を下した。


 地震。

 轟音。

 焦土の香りと、強大な気配の消失。


 暴風竜は死んだ。


 その事実を理解して、思考が停止した。




「――ウォータークッションッッ!!」


 唐突な詠唱を聞いて我に帰る。


 そうよ、あれだけの魔法を放ったんだもの、着地の余裕なんてないわよね。

 そんな事にも気付かなかった自分を恥じると同時に、咄嗟に二人を助ける最善手を選んだマナちゃんを賞賛する。



「リュート! レイラ!」


 荒れた地面を走って二人の元に向かうアランちゃんは、そのまま湖に飛び込んだ。

 二人を受け止めた時点で、既に水質変化の魔法は解けている。流石に長時間維持するだけの力はなかったみたい。


 見事な泳ぎで二人を抱えて戻って来たアランちゃんは、救出に成功したのに深刻な表情のままだった。


「二人とも魔力欠乏症で意識を失っているみたいです……いや、それはまだいいんですけど、リュートの傷が……!」


 慌てて近寄って二人を引き上げる。

 ……なるほど、アランちゃんが慌てるのも頷けるくらいひどい傷ね。

 両腕は肉を切断されて骨まで見えているし、腹部や胸部も……グチャグチャね。内蔵に届いてないのは不幸中の幸いと言うべきかしら。

 それに、ポーションをかけて凍らせているのは適切な応急処置ね。この氷は温度が低くないから凍傷の心配もいらない。


「とにかく、急いで村まで降りましょう。ここでは出来る事も限られているわ」


 私は体重の軽いレイラちゃんを背負って、アランちゃんがリュートちゃんをお姫様抱っこする。傷口に触れない様に配慮する必要があるから大変だけど、アランちゃんは疲れの一つも見せずに歩き出した。

 彼の後を,心配そうな表情のちびっ子達が追う。

 私もついて行こうと歩き始めるけど――


「…………」


 横を向くと、割れて陥没した地面に、首や尻尾がはみ出た竜の死骸、そして骸を押しつぶす様にそこにある巨岩。

 硬い鱗は砕け散り、そこからはみ出る真っ赤な肉と大量の血。

 それらは沈んだ地面の底に溜まって、今もなお血溜まりの水位は増し続けている。


 人間にこんな事が可能なのかしら。


 私が背負っているレイラちゃんも凄まじい力の持ち主よ。けど、彼女の力は理解の範疇にある。

 でも、リュートちゃんは……。

 防衛戦の疲労を抱えたまま竜を殺すなんて、彼は一体――


「ロームさん! 急いでください!」


 前を歩くアランちゃんに叱責されて、慌てて歩き出す。

 そうよ、リュートちゃんがどんなに強大な力を持っていたとしても、村を救い、その偉業を成す為に瀕死になるくらい怪我を負っている。

 正しい力の使い方をした彼を、私は救わなければいけないわ。

 私は急いで三人の後を追った。






 ⭐︎






『どうした、追加報告か? 暴風竜に動きでもあったか?』


 村に戻った私達は、直ぐにリュートちゃん達の手当てをした。

 とはいえ、彼の傷は驚くべき事に自然治癒で回復しそうで、私たちに出来るのは血塗れの身体を拭いたり、薬を塗って包帯を巻くくらいしかなかった。


 その後、私はすぐにギルに連絡をした。


 何を言い出そうか迷ってる私に焦れた様に、ギルは喋り続ける。


『おいおい、お前らしくないぜ。事態が深刻なら黙ってないで報告をだな……』


「暴風竜は、死んだわ」


『………………は?』


 私の言い方もよくなかったかもしれないけど、ギルが驚くのも当然よね。冗談を言ってると勘違いされない様に言葉を続ける。


「その、なんて言えばいいのかわからないけど、本当に倒されたのよ」


『……わかった。本当なのはわかった。わかったから、いつもみたいに要領よく話してくれ。誰が、何故戦いに行った? 被害状況は?」


「あ、そうね……ごめんなさい。私も未だに困惑してるみたい。えぇと……リュートちゃんとレイラちゃんが二人で戦いに行ったわ。理由はわからない。気付いたらいなくなってたの。二人とも意識を失っているけど、生きてはいるわ……リュートちゃんは怪我が酷いけどね」


『………………たった、二人で?』


 私の報告に疑念を抱いてるのね。

 何か説得できる話はないかと考えてみると、『獄炎鬼ライラ』の逸話を思い出した。


「二百年前、たった一人で黒炎竜……火炎竜の突然変異体を討伐した女傑、獄炎鬼ライラ。彼女が実在した事を考えれば、少しは納得出来るかしら?」


 信じられないような功績の信憑性を高める為に、前例があった事を話題にあげる。

 そうよ、確かに二人で上位竜を倒しちゃうなんてあり得ない話だけど、過去の英雄には一人で上位竜以上の強敵を倒した人もいるのよ。

 ……ただ、それでも、リュートちゃんの異常性を恐れる気持ちは薄れない。


『はぁ……わかった、信じ難いが全部飲み込んで仕事に戻るわ。暴風竜討伐達成の情報は直ぐに公開する。実は太古の黄金樹のパーティが、上位竜の討伐隊を編成したいって言ってたんだけどな、まさか準備が始まる前に終わるとは思わなかったぜ』


 あ、そう言えば私は、村に戻って来たのに皆んなに竜が倒された事を話していなかったわね。二人の手当てでいっぱいいっぱいになってたわ。


『竜の死骸は回収したか? 俺も一目見てみたいぜ』


「あー、それは……まぁ、後で山頂に回収しに行くわぁ。残念ながら、大部分はグチャグチャに潰れてて、綺麗なのは頭と尻尾……それと、翼くらいなものだけどね」


『……どんな戦闘があったんだよ』


 魔道具の向こうでギルが身震いする気配が伝わって来て、思わず苦笑する。


『とにかく、各所への話はつけておくから、ロームはテルシェ村の事を頼んだ』


 ギルに返事をしてから通話を切る。


 竜が死んだ。


 改めて考えてみると、とんでもない事よね。

 色んな事態を想定してその対策を考えていたのに、全部要らなくなっちゃった。

 それ自体はとても良い事なんだけど……。


「素直に喜べないのは、やっぱりあの子に対する恐怖かしら」


 そもそも、誰も突っ込まないみたいだけど四属性の固有魔法を有している時点で異端よね。

 かつてそんな人がいたなんて聞いた事ない。

 初代勇者パーティのリュドミラは四属性使ったけど、それは精霊魔法だって話だし。


「……はぁ、考えても仕方ないわね」


 現状ではリュートちゃんは村の皆んなの為に頑張ってくれてる。

 強大な力を正しく使っているのよ。

 だから、一先ずそれで納得しましょう。


「さて、レミィちゃんや皆んなに、暴風竜が討伐された事を報告しに行かないとね」


 僅かに残った不安を紛らわすように呟いて、私は部屋を出た。




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