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飛べない

 

 事前に聞いていた通り、山の頂には広大な湖があり、暴風竜はその隣で静かに眠っていた。


 凄まじい存在感だ。


 頭部だけで俺の身体の大きさと等しく、全身を広げれば今まで見た全ての魔物を凌駕するほどの巨体だろう。

 また、そんな巨体を覆う深緑色の鱗は見るからに硬そうで、竜に傷を付ける事すら難儀しそうだ。唯一の救いは、腹部など、鱗に覆われていない部位が一部存在する事だろう。




「私達なんて取るに足らないって雰囲気で寝てるように見えるけど、慎重にこっちを窺っているわね」


 木々を抜けて視界が開けた場所にいる俺とレイラ。

 当然暴風竜もこちらに気付いている筈だが、双方動かず様子を見ている状況だ。


「本当に取るに足らない存在なら近付いて来た時点で殺してる。それをしないって事は警戒しているのよ」


 要するに寝たふりしたままこちらの出方を窺っているという事だ。

 確かに竜から感じる膨大な魔力はいつでも放てるようによく練られている。

 俺達が攻撃しても、即座に迎撃される事だろう。



「私が言った事、覚えてる?」


 ここに来るまでにしつこく言われた事を思い出す。


『もうあの丸薬は使わないで。貴方の中にいる別の何かに身体を乗っ取られるんじゃないかって思うの』



 レイラが言った事は、俺がレイラに思う事と同じだった。

 しかし彼女は自分の力の源をよくわかってるから、何もわかってない俺とは違うと言い切った。

 また、仮にレイラの力が暴走しても、俺がいるなら問題無いとも。


 故に今回の戦いでは、レイラはペンダントを外す。



「これ、貴方が預かってて。そして、必ず生きて返してね」


 紅水晶のペンダントを受け取り、ポーチにしまう。

 隣にいるレイラから感じる魔力が急激に膨れ上がる様子は、凪の海に突如として荒波が生まれた様な激しさだ。



「――わかってる。お前を死なせない為に、俺も生きる」



 決意を口にすると同時に走り出した。

 言葉とは裏腹に、自信はない。

 今度はレイラを失うかもしれないと考えると、引き摺ってでも村に帰すべきだとさえ思えた。

 それでもここに来てしまった。

 ここに来た以上、戦うしかない。



 走り出した俺を警戒する様に暴風竜は顔を上げた。

 しかし俺が竜を通り過ぎて湖に飛び込むと、暴風竜は困惑した様に硬直した。


 その隙を狙うのはレイラの大剣。

 彼女は既に狂化している様で、身体には炎を纏い、普段は両手で持っている大剣を右手だけで振り回す。

 上段から振り下ろした剣で竜の首を狙い、硬い鱗に弾かれるも、同じ場所にもう一度振り下ろす。


「――――――!」


 竜の咆哮。

 それに伴い狂風が吹き荒れる。

 水の中にいるお陰で俺に影響はないが、間近にいたレイラは身体に纏った炎ごと吹き飛ばされる。


 翼を広げ立ち上がった竜の巨体から、魔力の動きを感知する。


 風だ。

 風が大きな翼に集まって、放たれようとしている。


 それを阻止する為に俺は水中で魔力を練る。

 固有魔法は手足から放つのが一般的だが、地属性魔法なら地面につけた足から土棘を放つ事が可能だ。

 これは地面の魔力伝導効率が高いから行える魔法であり、同じ事が水中でも行える。


 水属性の魔力で水中の魔素を掌握し、制御を可能にする。

 湖全体を操る事は出来ないが、自分の周囲の水を凍らせ、射出するくらいなら容易い。


 普段の数倍の効率で無数の氷棘を作り、俺の身体と同じ大きさで作った三角錐形の氷棘を一斉に放つ。


 幾つかは硬い鱗に弾かれて落ち、幾つかは鱗の無い分厚い皮膚に傷を付け、幾つかは広げたクリーム色の翼膜を貫いた。


 あの巨体からすれば出血は少量だったろう。

 それでも竜は怒った様にこちらを向いた。


 息継ぎの為に水面から顔を出していた俺はその鋭い三白眼と目が合い、魂を握られる様な威圧感に萎縮した。



 直後、竜の巨体が空中で半回転した。

 驚くべき速さ。

 肉体の力だけでなく、纏った風を操って自身の動きを加速しているんだ。


 回転に伴って高速で振り下ろされたのは、硬い鱗に覆われた長い尻尾。

 慌てて水中に潜り逃げるが、竜の尾は水面を割り、湖を両断した。


 直撃こそ避けたが、割られた水面が平らに戻ろうとする波の動きに飲まれて、俺の肉体は中心に向かって流される。

 そこに狙いを定めて、鋭い竜の爪が突き刺さる――その直前、眩い炎で夜闇が照らされ、その猛々しい炎を纏った剣が竜の前足に叩き付けられる。


 硬いもの同士がぶつかる鈍い音。


 火の明かりを反射して光ったのは、スパンコールの様に弾け飛んだ数枚の竜鱗。

 ダメージを通す事は不可能と思われた鱗を飛ばして見せたレイラの火力に、俺も竜も驚きを隠せない。

 そこに畳み掛けられる暴力的な剣技。

 熱。力。殺意。

 それだけが込められた獣の様な剣技。


 それを恐れたのか警戒したのか、暴風竜は風と共に飛び上がり、空中で吠える。


 陸地に退避した時、隣に立ったレイラがチラリとこちらを見た。

 その紫色の瞳は、魔力の強さを表す様に輝いており、しかしその美しさとは対照的に、内に秘めた狂気が目を鋭く細めさせている。

 レイラに理性が残っているのかはわからない。

 しかし事前に聞いていた通り、今の彼女は俺と協力関係を結べている。それどころか、さっきは竜の爪から助けられた。


 レイラが俺を守ってくれてるように、俺もレイラを守らなくてはいけない。


 空で吠えた竜は、地面に向けて無数の風刃を放って来た。

 辺りが暗いこともあり、目視が難しい風の刃だが、レイラは勘だけでヒラヒラ舞う様に避ける。

 そして俺は魔力の動きを感じて軌道を読み、先んじて刃が来ない場所に移動し続ける。


 翼を動かす度に追加で放たれる刃は、俺達には当たらず地面を抉り続けるだけ。

 しかし避けているだけでは何も終わらない。


 この戦いを終わらせる為に俺は足に風魔法を纏い飛び上がる。

 風刃の軌道は感じられる。

 足に纏った風で攻撃に当たらないよう避けながら暴風竜に近付き――


「――え?」



 今まで何度も俺を助けてくれた魔法が、突如として消失した。

 翼を持たない人の肉体を空まで運んでくれた固有魔法の風は消えて、俺は無防備なまま宙に投げ出される獲物と化した。


 竜がそんな獲物を見逃す筈はない。


「――――!」


 間近で浴びせられる咆哮。

 それと同時に開いた暴風竜の口に魔力が収束していく。


 息吹(ブレス)だ。

 事前に聞いていた、属性竜の強力な攻撃の一つ。

 それが来る事がわかったのに、避ける術がなくて。



「うあぁぁぁ!」


 何も出来ない恐怖に打ちのめされてパニックに陥り、身を守る事だけを考えて我武者羅に魔力を練る。

 すると、消えたと思った魔法は発動し、氷と石の盾が目の前に展開される。

 ただし、風魔法は出せないまま。


 避ける術は失ったが、防ぐ手段は失くしておらず、必死に作り上げた盾に身を隠した所で息吹が放たれる。




 硬いものが割れる音がした。


 容易く砕かれた盾に目を見開いたまま、歯を食いしばり、身体を硬くする。


 強大なエネルギーがぶつかった。


 球体に圧縮された息吹の正体は、無数に吹き荒れる風刃の集合体。


 咄嗟に身体を守ろうと前に出した腕から、鮮血が舞う。



「――――――!」


 あまりの痛みに悶絶。

 生存本能が尋常ではない痛みを危険視し、感覚が鋭敏になり、思考が加速する。

 早くなんとかしろ。

 本能という獣に急かされる様に、世界がスローに見えて来る。


 痛み。

 傷。

 皮膚を破って肉に到達し、血管を断裂させて血液を噴出させる風刃の凶悪さ。


 感覚が鋭敏になったせいで余計に痛みを強く感じる様で、発狂しそうだ。


 刃の一つ一つすらも目視出来そうな程研ぎ澄まされた神経だが、現状を打破する策など一つもなく、ただ痛みを強く、じっくりと感じさせる事しか出来ずに。


 球体の息吹は俺を飲み込もうとどんどん迫ってくる。


 腕で庇いきれない胸に、腹に風刃が届いて、腕と同じ様に少しずつミンチにされていく自分の肉を眺めるしか出来なくて。


 痛い。

 痛い痛い痛い痛い熱い痛い。


 ただひたすらに痛くて痛くてもう死んだ方がマシというか寧ろはやく死なせてくれ俺はいつまで生きているんだまだ死なないのかもう死ぬか後何秒後だせめて意識を落としてくれもう何も感じたくない辛い苦しい痛い痛い痛い腕の肉が裂かれて骨まで見えてあああああ――






「――気を保てッ!」



 全身を斬り刻まれてそのまま終わるかに思えた地獄は、今暫く続くらしい。


 胴体に巻き付いた炎の鞭が血まみれの肉体を引っ張り、俺の身体は地面に高速で落ちて行く。

 それを受け止めたのは、普段とは口調が違うレイラだ。

 彼女は地面に寝かせた俺に緑色の粘度の高い液体――回復薬(ポーション)をかけて「傷口を凍らせろ!」と命令する。


 ただ痛みから逃れたくて、言われた通りにして起き上がる。

 暴風竜は翼を動かし、再び風刃を放とうとしていた。


 避けなきゃ。

 あの痛いのはもう嫌だ、

 逃げなきゃ。


 しかし、立ち上がろうとした俺の頬を両手で挟み込むようにレイラが――いや、レイラの中にいる何かが押さえ付けた。

 強制的に見つめ合わされる黒の瞳と紫の瞳。

 彼女の輝いた瞳の奥から、何かが伝わってくる。



「運命に抗いし愚者よ! 恐怖に精神を支配されるな! (いか)れ! 己を傷付ける害獣に! この世を取り巻く不条理に!」』



 腹の底から何かが、どす黒い何かが湧き上がってくる。



 なんで俺が逃げなきゃならない。

 なんで俺ばかり痛い思いをしなきゃならない。

 勝手にやって来て好き放題に暴れたのはこの竜だ。

 コイツのせいで多くの魔物が暴れ、その犠牲になった者は多い。

 竜には生まれ持った強さがあるからこれ程の暴挙が許されているわけだが、弱き人間達はされるがままで我慢しろと、諦めろと、そう言うのか?

 そんな理不尽、世界が許しても俺が許さない。

 報いを受けさせてやる。

 命を蹂躙し続ける害獣を、ここで終わらせる。




「このっ、クソがぁぁッ!」



 殺戮を許すな。

 破壊を許すな。

 攻撃を許すな。


 これ以上の暴挙は許さない。


 殺す。

 今すぐに殺す。

 この場で殺す。

 絶対に殺す。




「……効き過ぎたか」



 隣で呟く少女と俺に、再び風刃が迫る。


 それを躱しながら思考する。

 さっき俺の風魔法が消えたのは、感覚に基づいた予想だが、魔法が無効化されたわけではない筈だ。魔法の具現化までは出来ていた。

 しかし、体外に風を放出した瞬間に、その風の制御権が暴風竜に奪われたのだ。

 故に暴風竜の近くでは風魔法は使えない。使った所で、自分よりも圧倒的に強い力を持つ者に奪われるから。


 なら空に上がる手段はないのか。


 暴風竜がいる限り風で飛ぶ事は出来ない。


 しかし、跳ぶ事なら可能だ。



「レイラ、あのクソッタレを地面に引き摺り降ろせるか?」


 右足で地面を叩きながら幾本もの土柱を出して見せると、彼女は凶悪な笑みを浮かべた。



「漸くやる気になったか。汝の望み、叶えよう」



 正体不明な人格だが、協力的な言葉を聞いて安堵する。


 彼女がやると言ったなら、それは必ず成される。そんな気がした。


「じゃあ、飛ばすぞ!」



 右足を地面に叩きつけ、一度に複数の土柱を射出した。

 それらは全て高速で天高くに打ち上げられ、レイラはその柱の一本に立ったまま飛ばされて行く。


 自身に迫る魔法を、それに乗ってやって来る敵を、当然の様に打ち砕こうとする暴風竜。

 風弾が飛び、レイラが乗った柱は砕かれると同時に地面に落ちて行く――が、直前に別の柱に跳び移っていたレイラは無事だ。

 しかしその柱もすぐ竜に砕かれ、また跳び移り、それを何度か繰り返してる内に、とうとう全ての柱が砕かれた。


 まだ竜の元には届いていない。

 足場を失くしたレイラは無防備に宙へ投げ出されている。


 さっきと同じ状況。

 同じ様に竜が息吹を吐こうと口を開けるが――



「いっけえぇぇっ!」



 周囲への配慮も、自身の残存体力も、何も考えずにただ思いっきりぶっ放した火炎魔法。

 それは竜に向けて放った火炎放射ではあるが、軌道上にいたレイラをも巻き込んで天高くに昇る。


 息吹を吐こうとしていた竜は即座に口を閉じ、翼を動かして移動する。

 当たりはしなかったが、火力の高さを脅威と感じたのだろう、暴風竜は琥珀色の三白眼で俺を見下ろした。



 あぁ、なんて愚かな。

 炎に飲まれたレイラを死んだとでも思ったのか?




「――――竜爪、一閃っ!」



 夜空に響いた声は遥か上空、竜よりも高い位置から聞こえて。

 そこが空に昇った炎が消失した位置であり、つまり、声の主が火炎魔法で燃やされずに吹き飛ばされたレイラのものだと気付くのに、竜はどれ程の時間を要したのだろうか。




 夜空に赤い線が走った。

 それは大剣が振り切られた後の炎の残滓。

 僅かに明るくなった空に、炎とは違う赤が舞い散った。

 それは片翼を断ち切られた事で噴き出た竜の血。




「――――――――!」


 今までの強気な咆哮とは違い、今度のそれはまるで苦悶の絶叫だった。


 肉体と離れた竜の左翼が落下してくる。

 それと一緒に、右翼だけで飛ぼうと足掻いてる竜も少しずつ高度を下げていく。


 俺は直ぐに自分の足元の魔力を練り、土柱を作り出した。

 それは地面に根付いたまま、俺を乗せたままどんどん高くまで登っていき、途中で落下する最中の暴風竜とすれ違う。

 鋭い眼で睨まれるが、重力に抗おうとしている竜には俺を攻撃する余裕がない様でそのまますれ違った。


 高度三百メートル程まで上がって来た俺は、柱を伸ばす事をやめ、攻撃を終えて無防備に落下して来たレイラを受け止める。



「空を駆ける事の出来ぬ肉体とは、難儀なものよ」



 呟いた彼女の言葉を聞き、その正体について思考が移りそうになるが、今はやるべき事がある。


 柱の上に立ったまま右手を挙げ、その手のひらの上で地属性魔力を練る。

 作り出すのは岩石。

 硬く。大きく。

 その為にありったけの魔力を込める。

 竜の身体と同じ程度の大きさまで巨大化した岩石に、更に魔力を込めて硬くする。


 今まで使った事がない程の力を使っている自覚がある。

 頭はガンガン痛み、鼻血が止まらない。

 それでも、レイラが作ったこのチャンスを逃すわけにはいかない。




「映画のワンシーンでさ、よく隕石が燃えてたりするけど、実際には隕石って発火しないんだってな。高温になって発光してるのが燃えてる様に見えるだけらしい」


「……?」


「でも、折角お前がいるんだ。思いっきり燃やしてくれ」


 自分で炎を放つには、もう魔力が残っていない。

 俺がありったけの魔力を注ぎ込んで作った岩石に、レイラは大剣を触れさせて、


「相変わらず何言ってるかわからないけど、任せなさい」


 と笑った。

 その笑顔を見て、レイラが自身の内にある膨大な魔力を自分で制御出来る様になったのだと悟った。




 岩石が燃える。

 見惚れるほど鮮やかな赤。

 夜闇を祓う美しき光。

 全てを燃やし尽くすほど強力な熱量。



 直後、地鳴りが聞こえた。

 重力に抗おうと、片翼で飛ぼうとしていた暴風竜の巨体が、遂に地面に落ちた音だ。

 必死に羽ばたいたお陰で落下死する様な事はなかったが、それでもかなりの衝撃だ。

 舞い上がった土煙の中に、痛みに怯んだ竜の影が見える。


 ここだ。


 今しかない。





「落ちろぉぉっ!」


 右手で掲げた岩石――いや、擬似隕石を、地面に向かって投げる様にして落とす。

 直径五十メートル近いその巨大な隕石は、レイラの炎を纏ったまま、夜闇を照らしながら地面に迫る。

 落ちるにつれて加速していく隕石を、暴風竜が見上げた。


 最期の瞬間、高い知能を持つ竜は何を思ったのだろうか。


 その鋭い瞳は諦念に染まったわけでもなければ、かと言って足掻く素振りも見せず。

 ただ隕石が直撃する事と、それによって死ぬ事を悟った様な、納得した様な目つきだった。




 そして、大地が揺れた。

 硬いものが割れる後、肉が潰れる音、地面が割れる音、沢山の物が燃える音。

 様々な音が響いて、振動が伝わって来て――俺達の足場が砕けた。



「――っ!」



 宙に投げ出されたレイラを引き寄せ抱きしめる。

 竜は死んだ。

 今なら風魔法が使えるはず。

 せっかく成し遂げたんだ、地面に叩きつけられてミンチにはなりたくない。

 急いで風属性の魔力を練る――



「ぐっ、がぁぁっ!?」



 痛い。

 なんだこれ。

 猛烈な痛みが、全身を、体の内と外を、脳内を、痛みが、痛みが俺の全てを蹂躙しに来た。



「リュートっ!?」



 レイラの焦燥する声が耳に入ると、耳の奥まで痛みを発している様で。

 傷の痛みが遅れてやって来た?

 それもあるけど、それだけじゃない。

 体中が熱くて、意識が――意識が遠退きそうだ。


 思い返せば前にも一度こんな事が――そうだ、迷宮で初めて魔物を倒した時だ。

 魔法を受け継ぐ力が、魔力に慣れていない俺の身体で発動した時、その負荷に耐えられず意識を失くした。

 今回も同じだ。

 竜の強大な力が入って来ようとして、脆弱な体が悲鳴をあげている。

 クソ、耐えろ。耐えてくれ。

 どうにか、せめて着陸の瞬間だけでも、魔力を使わせてくれ。


 痛みに悶えている間にも、落下速度は増していく。

 このまま行くと落下先は湖だ。

 水に落ちれば死なない、なんて表現がゲームやアニメによくあるけど、あれは大嘘だ。

 俺達は三百メートル以上の高さから落ちている。水の上だろうが地上だろうが間違いなく死ぬ。魔力で肉体が強化されていたとしても直感で死ぬとわかる。そもそも身体強化する程の魔力すら、俺にもレイラにも残っていない。


 畜生、どうしたらいい。


 せめて、せめてレイラだけでもどうにか――






「――ウォータークッションッッ!!」




 その時、悲鳴のような詠唱が聞こえた。

 湖の上に大きな魔法陣が展開され、水面が変質するのがわかった。

 まるでスライムのような、或いはクッションのような。

 それを理解し声がした方を向けば、頼りになる三人の仲間達の姿。


 彼らが来てくれたことに安堵し、漸く重たい意識を手放す事が出来た。




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