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巻き込まれただけの高校生

 

 魔物達に蹂躙された後の森は、恐怖の余韻から気配を隠すように静まり返っていた。

 深夜という時間帯も相まって、人気のないこの獣道は不気味だ。

 ところで、獣道というのは本来、野生動物が往来する事によって自然と出来た道の事を言うのだが、魔物の大行進のせいで草木が薙ぎ倒された事によって出来たこの道は、果たして獣道と呼んでいいのだろうか。

 多分間違ってるだろうなぁ。


 ま、いっか。


 そんな事より、この山の高さはどれくらいなんだろう?

 山頂までだいぶ遠いなぁ。

 あれ、そういえばなんでこんなに静かなんだろ。

 少し前までは暴風竜のせいで風が強かったり、うるさかったりしたんだけど、暴れ疲れちゃったのかな。


 ま、いっか。


 全部どうでもいいや。


 ただ歩こう。


 重い身体を引き摺って。


 苦しい呼吸を繰り返しながら。


 歩いて、登って、その先で――――






「――――どこにいくつもりなのよ」




 あれ?

 つけられていたのか。

 気付かなかったな。


「注意散漫、即ち怠慢。蔓延る欺瞞に俺たちゃ憤懣」



「……気でも狂ったの?」



「散歩してんだよ。ついてくんな」



「――――。暴風竜がいる山頂に向かって、散歩してるの?」



「そうだよ。文句ある?」



「――ッ! 貴方、本当に気が狂ったの!? 何を考えて……」



「気が、狂った、ね。狂ってるのは俺か? お前たちの方か?」




 言ってもわからないか。わからないよなぁ。

 あぁ、メンドクサイ。

 訝しげな表情に変わったレイラに右手を向ける。

 少し眠っていて貰おう。




「――! させない、わ!」



 勘付いたレイラは、俺が射出した氷弾を炎の鞭で絡み取り、遠くへ放り投げた。



「いきなり何なのよ! リオンの事は聞いたわ! 貴方がショックを受けてるって、ミーシャにも聞いた。辛いのはわかるけど、話くらい聞かせてくれたっていいでしょう!?」



 ミーシャが話したのか。

 あの子は少しずつ色んな人間と話せるようになってきたな。

 もう俺がいなくても大丈夫そうだ。





「ちょっと、聞いてるの――」







「――うるせぇな」




 反射的に口をついて出た言葉は、ひどく乱暴なものだった。


 それがきっかけになったのか、ボロボロと何かが剥がれ落ちる音がした。





「話すって一体何を? 話してどうなるって言うんだよ。わかり合えるとお思いか? 笑わせんな。お前、俺に気が狂ったのか、って言ったよな。お前達からしたら狂ってると思うくらいに俺のこと理解出来ないんだろうよ。けどな、それは俺も同じだ――」



 言うべきではないこと。

 言ってもしょうがないこと。

 それが口をついて止まらない。



「――どいつもこいつも、頭イカれてんじゃねぇの?」




 理解出来ない死生観を嫌悪し、

 それを持った異世界人を軽蔑する。




「なにが――何が覚悟だよ! 覚悟を持って死んだら偉いのか!? 何が名誉の死だよ! 生きて何かを成し遂げる方が立派だとは思わないのか!? 冒涜してんのはお前らの方だろうがッ! 死は死なんだよ! 生き残った奴が勝手に美化して納得してんじゃねぇ!」




 黄髪の男に対する反論を、目の前の少女に浴びせるのはお門違い。

 わかってる。

 でも構わない。

 どうせ彼女も同じ死生観を持っている。

 だからリオンが死んでも平然としていられるんだ。

 この世界の人間、皆んなそうだ。




「わからないのかって、そんな悔しそうな顔で聞くなよ……! わかるわけないだろ! 俺はお前らとは違うんだよ!」



 過ごしてきた世界が違う。

 生に対する考え方が違う。

 死を見届ける頻度が違う。



「わかってないのはお前らだろうが……! どうして受け入れられる!? 死んだら二度と会えないんだぞ!? 話すことも、笑い合うことも叶わない! 声を忘れて、思い出を忘れて、そうやって少しずつ消失して完全にいなくなる……そんなの、耐えられるわけないだろうがっ!」



 ボロボロボロと。

 剥がれ落ちてく。

 欺瞞で彩った仮面が。

 この世界で生きる為に作った偽りの強さが。




「何が英雄だ……!」


 ミーシャやアランは俺をそう呼んだ。けど俺はそれを否定した。


「何が師匠だ……!」


 マナはその呼び名で俺を慕った。けど俺はそれを否定した。


「何が戦士だ……」


 ガイストは俺をそう認めた。けど俺はそれを否定した。


「何が、冒険者だよ…………」


 そして自ら冒険者になった俺は、それすらも否定した。




 そうして剥がれ落ちた仮面の下にいるのは――



「俺はただ、巻き込まれただけの高校生なんだよ……」



 きっと、それが一番正しい答えだ。


 義務教育の延長で学校に通うだけで学ぶ意欲など微塵もない、怠惰な学生。

 その甘えた生活が恵まれたものだと気付けないまま無為に過ごしてきた愚かな学生。

 何かの責任を取る必要もなく、多くの大人達に庇護されていた弱き高校生。


 それが、本当の俺なんだ。




「使命があるわけでもないし、誰かに呼ばれてここにいるわけでもない。何に巻き込まれたのかさえわかっていない、無知な部外者でしかないんだよ……」



 ただの高校生である俺が、この世界の人の真似をして冒険者という仮面を被り、仲間を引き連れて特別扱いされながら冒険を開始した。

 けれど早くもその仮面は剥がれ落ちて。

 或いは、迷宮にいた時からずっとボロボロだったのかもしれない。


 弱音を吐きたかった。


 ただ家族の元に帰りたくて、たったそれだけしか望んでないのに、それすら叶わなくて。

 こんな理不尽に対して大声で罵詈雑言を浴びせてやりたかった。


 だけど、そんな事をしても無駄だと分かってるから歩き続けた。


 資格が必要ならばと冒険者になり、実力が必要ならばと特級を受け入れた。

 そうやってひたむきに歩いて来たのに、この世界は俺に屍ばかりを送りつける。


 もう散々だ。

 うんざりだ。

 誰かの死を目の当たりにするばかりの日常なんて、過ごしたくない。



 ならばいっそ、終わらせてしまおう。




「……俺は竜の元へ行く。勝てるとは思ってないけど、別にそれでいい。皆んなには俺は死んだと伝えておいてくれ。お前らお得意の『名誉の死』とでも言っておけばいいさ」



 最後の最後で出て来た皮肉の性格の悪さに、自分でもイヤになる。


 所詮俺はこの程度の人間なんだ。


 耐えられない事があれば恩人や友人にすら暴言を吐き、相手を傷付ける。

 弱くて浅はかで醜い人間だ。

 救えない。

 故に救われたいと願う事はもうやめた。




 目の前の少女は、突然怒り始めた俺を終始驚いた表情で見つめていた。

 失望しただろうな。

 人々が思い描いていた特級冒険者のリーダーなんてものは、幻想に過ぎないんだ。

 リオンが憧れた『リュート』という冒険者も、存在しない。

 ここにいるのは朱雀竜斗という、取るに足らない高校生だ。

 仲間一人の死に心を壊されてしまう、覚悟を持たない凡人だ。






 振り返り、再び歩き出した。


 勝負の見えてる戦いに臨む為に。


 だが、たとえ負けるとしても、両の翼を捥ぎ取り、目玉を抉るくらいはしてやろうと思う。

 それくらいすれば、後に戦うかもしれない討伐隊が楽になるだろうから。


 あぁ、なんて合理的な命の使い方だろう。


 なるほど、これは確かに名誉の死だな。


 チッ、くだらない。




 さっさと行こう。


 今はただ、終わらせたかった。


 生という地獄を。


 血と泥に塗れた毎日を。




 一歩足を進めるごとに危機感知はその反応を強くする。


 扁桃体が正常に活動して恐怖を強く感じさせるが、異常をきたした精神はその恐怖を両手を広げて歓迎した。


 解放してくれ。


 楽にしてくれ。


 その為に、殺してくれ。


 それだけを望み、山を登る。


 ただ独り、そう、独りで登らなければならないというのに――




「なん、で……なんなんだよ――お前はッ! 何がしたいんだよ――」


 歩き出した俺と同じペースで地面を踏む足音。

 つけて来ていた最初と違い、「ここにいる」と知らしめる様に強い気配を放ちながら、黙って俺の後ろをついてくる少女。


 理解出来ない。


 期待を裏切り、失望させ、癇癪を起こす子供のように暴言を吐き散らした俺を、どうして放っておいてくれないのか。


「もう、俺の目の前からいなくなってくれよ――」



「――それは出来ないわね」




 絶句。

 あれだけ言ってもまだ俺に関わろうとするのか。



「何がしたいって、仲間を助けたいと思うのは当然でしょう」



「――仲間? あれだけ失望させたのに、まだそう呼ぶのかよ……? お前らが見ていた俺は虚像に過ぎないんだぞ!? 強くもなければ、強くなる方法を知ってるわけでもない! お前らが同行する価値なんか一つもないって、今の俺を見ればわかるだろうがッ!」


 喚いてばかりで、辛い現実から逃げる為に死を選ぶ様な軟弱な人間。

 それを目の当たりにしてもまだ俺を仲間と呼ぶなら、そんなものは偽善だ。

 彼女は強さを求めて俺とパーティを組んだのだから。



「勝手に決め付けないで。失望なんてしていないわ」


「そんなの嘘だ!」


「……確かに、貴方にこんな弱い一面があるとは知らなかったし、今初めて素顔を見せられて、驚いてるのは事実ね」


「だったら――」


「だから、助けたいと思った」


「――――」


「寧ろ、貴方に弱い所があって安心したくらいよ。私たちの入る余地がないくらい完璧な強さを持ってるより、私たちが支える隙があるくらいの方が仲間って感じがするでしょう?」


「嘘だ……偽善だ……! お前らが俺とパーティを組んだのは強くなりたいからで……」


「それはきっかけに過ぎない。この数日、私、楽しかったのよ? 他のパーティじゃ決してこんな感情抱けなかった。貴方はいつまでも私たちのことを他人の様に扱うけど、私はもう貴方を他人だとは思ってないわ」


「――――」


「今では守りたいと思ってる。このパーティの事も、貴方のことも」


「守るって――お前に何が出来るんだよ……」


 口で言うのも、決意するのも、簡単な事だ。

 俺はあの防衛戦で全部守りたいと思っていたのに、それでもリオンを失った。

 俺たちはあまりにも無力だ。



「そうね……ひとまず」



 レイラは少し悩んだ素振りの後、歩いて俺の前に出た。

 そして振り返って手を差し出し――


「一緒に暴風竜でも倒しに行きましょう」



 ――――――――。


 ――――。



「――――は?」



 あまりにも清々しい表情。

 あまりにも馬鹿馬鹿しい発言。




「何度も自分を責めた。あの時こうしていればって後悔した。けれど何度考えても過去に戻る事なんて出来なくて、失った人は戻って来なくて。大事な人を奪われた事に怒り、二度と会えないその人を想い哀しむ。幾つもの感情が行き場をなくして胸が張り裂けそうで。そんな中、丁度いい所に激情をぶつけるべき相手が――全ての元凶がそこにいるから、貴方は戦いという手段を用いて発散しようとしている。そうでしょう?」



「――――!」



「わかるわよ、私も大事な人を失っているもの」



 レイラは胸元のペンダントに触れて寂しそうに笑った。


 そう、彼女だって両親を失った時、耐え難い苦しみを抱いた筈だ。

 それでもここに立っている。



 ――いい加減認めろよ、朱雀竜斗。



 確かにこの世界の人は死に慣れているのかもしれない。

 でも死を哀しむ心は皆んな等しく持っているんだ。

 彼らは哀しい死との向き合い方、乗り越え方を知っているだけ。

 自分にそれがないからって、この世界の人を理解不能と突き放すな。

 彼らと自分で、違うことなど何もないんだ。



「お、れは――」



「いいのよ。貴方はそのままで構わない」


「――え?」


「誰よりも死を恐れる弱さ。それはそのままでいいのよ。だからこそ誰も死なないようにと必死に抗う事が出来る。それこそが貴方の強さだと思うわ」



 このままで、いいのだろうか。

 いいわけない。

 抗ったところで無意味だ。

 俺には何も出来ない。


 俺は今でも後悔している。


 目の前でゴブ太を失った時、俺に出来る事があった筈だと。

 自らが送り出した戦場でリオンが死んで、考えが足らなかったと。



「――後ろを向いたままでもいい。俯いたままでもいい。私が貴方の手を引いて前に進むから」



 レイラは差し出したままの手で俺の手を掴み、引っ張った。



「手始めにあの暴風竜よ。今後も村に被害を与える可能性があるもの、討伐しておくべきね」



「――! 竜と戦うなんて、お前、狂ってるって自分で言って……」



「そうね。一人で竜を倒しに行くなんて命知らずだと思うわ」


 でも、と言って彼女は笑った。


「貴方と私がいる。仲間の死を恐れる貴方は、私を置いて死んだりしないでしょう? そういう打算も込みでの提案よ。貴方が私を守り、私が貴方を守る」




 独りで向かおうとしていた山頂に、気付けばレイラに手を引かれる形で向かっていた。

 死にに行く筈だったのに、いつしか目的はすり替わって。

 竜の討伐を目論む彼女に付き合わされる形となっていた。



「英雄でなくても、戦士でなくてもいい。コーコーセイってのが何かはわからないけど、貴方がそれを自称するならそのままでいい。そのままの貴方を連れて、私は貴方の目的地へ歩いて行くわ」




 掴まれた手は振り解けないほど強い力で握られていて。

 だけど相変わらず俺は覚悟も持てず、死を恐れたまま何も変われず。


 そんな中で一つだけ確かな事は、目の前の少女に死んで欲しくないということ。


 彼女を生かす為なら、たとえ竜が相手でも勝たなきゃいけない。


 それだけは、今の俺にもわかっていた。



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