わからない
周辺から魔物の気配が消えた事を確認した後、体力の残ってる冒険者や、後方支援していた村人達が出て来て魔物の死骸など、戦いの跡を片付け始める。
価値のある部位は剥ぎ取り、それ以外は一ヶ所に集めて燃やして埋める。
冒険者の多くは怪我の手当てや休息の為に村に戻ったが、だからこそ俺は村人達の手伝いをする事にした。
「お疲れの所、手伝って頂きありがとうございます」
「村長……気にしないでくれ。俺は奥の方を片付けるよ。自分で荒らしたわけだしな」
腰の低い老人に背を向けようとした時、遠くからアランがこちらを見ている事に気付いた。彼は負傷した冒険者を運ぶのを手伝っており、俺と目が合った時には何かを言いたそうにしていたが、怪我人の救助を優先してそのまま去って行った。
だが代わりに、というわけでもないだろうが、俺の元に走って来る別の気配があった。
「リュート……! 血まみれじゃないか! 村人達の手伝いなんかしてないで治療を受けろ!」
俺と同じ黒髪の青年、シークだ。
彼が慌てる様子は最初の印象とはかなり違うが、珍しいものを見たとおどける気分ではない。
「ほとんど魔物の返り血だ、怪我はそんなに多くない。それより北東と北西は無事終わったのか?」
「あ、えっと……そうだな、今はここと同じ様に後始末の最中だ」
「そうか……ミーシャやマナ達も無事ならよかった」
「…………」
「シーク、ボクらも余力があるんだ、村人さん達の手伝いをするよ」
そう言って歩いて来たのはリックだ。
シークはまだ何か話したげにしてたが、リックの言う通り今はやる事がある。
それに集中してた方が、気が楽だ。
彼らに背を向けて、俺は一人魔物の解体作業を開始した。
⭐︎
「どうするかな……」
防壁の外で、一人呟く。
完全に日が落ちて夜がふけて来た頃、戦場は大体片付き、村人達は「料理を用意していますのでもうお休みください」と冒険者達を労って回っている。
しかし。
「気まずいなぁ……」
狂った様に暴れ、レイラを悲しませ、ロームを怯えさせ。
その後どんな顔で彼らの元へ行けば良いのかわからない。
――いっそこのまま戻らない方がいいんじゃないか。
そんな考えを自ら肯定しようとした時、遠くから誰かが歩いて来る気配。
そちらを向くと、やけにゆっくり、まるで重い何かを背負う様にこちらへ近づいて来るミーシャの姿。
シークからミーシャやマナも無事だと聞いていた為今まで様子を見に行く事はしなかったが、どうしたのだろうか。
歩みの遅いミーシャは怪我をしている様子ではなく、沈鬱な表情を浮かべている。
「……どうしたんだ?」
俺の方から近付いて声をかける。
ミーシャは顔を上げずに、
「リューにも、来てあげて欲しい」
それだけ言って振り返り、来た道を戻って行った。
説明のされない要望ではあったが、ミーシャの様子にただならぬ雰囲気を感じ、「まさか」と思いながらもそれを否定したい気持ちで「そんなわけない」と呟く。
早鐘を打つ胸を抑えて、俺はミーシャの後を追った。
案内されたのは、北西の医療用テントだった。テントの外にはこの場を守っていた冒険者達がおり、俺たちを見つけると表情を歪めた。
その表情を見て、嫌な予感が再び押し寄せる。
彼らが背負っているのは哀しみと、俺に抱いたのは罪悪感?
「……入ってやってくれ」
一人に促されてテントに入り、そして――
「――――――!」
認めたくなかった、というのが本音だった。
ミーシャが重苦しい雰囲気を纏って俺の元へ来た時から、想像は出来てたと言うのに。
「――けが、してるだけ、だよな?」
テントの中央に横たわっているリオンの元へ歩み寄り、側に立っていたリックに問いかける。
彼は黙ったままリオンの首元に被せられていた布を取り、俺に現実を見せつけた。
怪我、なんて生優しいものではなかった。
誰かの氷魔法で繋がれてはいるが、真っ赤な跡は首の半分以上を侵しており、つまり、つまりそれは、半分以上が剣か何かで斬られたという事で――
「リオンは俺を、俺を庇って死んだんだ。隠密の固有魔法を持つクライムエイプに気づかなかった愚かな俺を突き飛ばした。結果、その場に割り込む形になったリオンの首に、クライムエイプの持つ剣が突き刺さった」
心底悔しそうに語るのは、北西のメンバーを纏めていたトライアングルのリーダー。
彼の語る内容が嘘ではない事は、この場に満ちた沈鬱な空気が証明していた。
その中に啜り泣く声を聞いてそちらを向けば、同じく北西を守っていたマナが座り込んで両手で顔を覆っていた。
「――でも、だって、みんな無事って話じゃ……」
リックのそばに立つ黒髪の男に縋る様に、或いは八つ当たりをする様に見つめる。
「…………」
わかっている。
シークは一言もそんな事言ってなかった。
さっき俺と会った時も何かを話そうとしていたし、皆んなが無事だと勝手に解釈したのは俺だ。
この場で現実から目を逸らそうとしているのは、俺だけだ。
「リュー……」
隣に立つミーシャが呟く。
まるで、目を逸らすなとでも言うように。
こんな幼い子ですら現実を見ているのに、俺だけはリオンの死を認められなかった。
だって。
だって、認めてしまえば――――
「――――――俺の、せいだ」
口にしてしまった事で現実という名の重力が急激に増し、俺を押し潰さんとのしかかって来る。
その場に崩れ落ち、膝をついて茫然とする。
そうだ、リオンが死んだのは俺のせいなんだ。
彼女を北西に推薦したのは俺だ。そしてその場でリオンは命を落とした。あの時違う選択をしてればリオンは死ななかったかもしれないのに、俺は、選択を誤った。そもそも、俺がいなければリオンはこの防衛戦に参加しなかった可能性すらある。あの子はこんな俺に憧れてると言ってくれて、それが参加の理由でもある様子だった。クソ、完全に俺のせいだ。やっぱりリオンが村に来た時点で全力で止めておくべきだったんだ。あの時、覚悟がどうとか言って防衛戦に参加する事を認めた時から間違っていたのだ。村人達と同じ様に後方支援をして貰うべきだった。あの場で俺がもっと、もっと強く言い聞かせて参加を辞退するよう促していればリオンは死ななかったんだ。いや、なんならもっと遡ってもいい。レゼルブでも俺はリオンと会っている。あの時俺はこの子に怯えられた。あそこで、その恐怖心を利用して冒険者自体を辞めるように言ったらこの子はもっと長生きしたんじゃないか? 力のない子供が冒険者なんかをやるのは間違っているんだと、何故あの時それを力説しなかったんだ。何が覚悟だ。何が戦士だ。何が憧れだ。ふざけるな。命より大事なものなんてあるわけないだろ。俺が早くそれを教えてやればよかったんだ。俺だけはそれをよく知っていた筈なんだから、この世界の常識なんかに惑わされずに主張を曲げなければよかったんだ。それをしなかったから、リオンは死んだ。なんて怠慢だ。俺は止めることが出来たのに止めなかった。救えなかった。助けられなかった。いつもこうだ。俺がのうのうと生きてるから健は死んだ。俺が浅はかで弱いからゴブ太は死んだ。何度失っても何も変わっちゃいない。俺のせいで、友を、仲間を失って、今日もまた、リオンを失って。
おれが、俺がしっかりしてれば――
俺の――――――
俺のせいで――
――――――――――。
――――――――。
――――――。
「自惚れるなよ馬鹿野郎――ッ!」
殴られた頬に衝撃。
身体はテントの外まで吹き飛び、
リックは悲痛な表情で俺に迫る。
「彼女の死は、彼女のものだ! なにが『俺のせい』だ! 戦士の決意を、名誉ある死を――冒涜するな!」
――――――――。
――――。
――は?
戦士の決意?
名誉ある死?
なんだそれ。
生きるより重要な事なのか?
「――ッ! わからないのか!? リオンは自分が死ぬ可能性なんて容易に想像出来ただろうに、それでも戦いに参加し、彼を助けたんだよ! それがリオンの選択で、決意で、覚悟なんだよ! その尊く美しい心が導いた結末を、キミの勝手な絶望で汚そうとするな!」
なにを、言ってるんだ?
こいつは、死を、肯定してるのか?
「キミは、キミだけはリオンの行動を賞賛してあげなければいけないのに……! 彼女が憧れていた、キミこそが――」
違う。
俺だけは認めちゃいけないんだ。
リオンの死には俺の言動が起因しているんだから、俺だけは悔やみ続けなければならない。
名誉だとか尊いだとか美しいだとか耳触りの良い言葉を並べても、これは死なんだよ。
死んだ後に何を言っても届かない。
死んだら終わりなんだ。
決して死を肯定することなんて出来ない。
死とは忌避すべきものだから。
なのにどうしてお前は死人を賞賛出来る?
「――どうして、わかってくれないんだよ」
わからない。
わからないよ。
俺には、お前たち異世界人の死生観が、
これっぽっちもわからない。