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痛み

 

 開幕と同時に、魔法使い達が一斉に特大の魔法を放った。

 ある者は火柱をあげ、ある者は無数の水の矢を降らせ、ある者は巨岩を落とした。

 それで絶命する魔物もいれば、死骸を乗り越えながら、魔法を躱しながら前進する魔物もいる。

 そんな生き残りにトドメを刺すために、俺は最前列で土棘を作り、魔物達を下から串刺しにする。


「皆んな最高ね! どんどん行くわよ!」


 一気に十体以上の魔物を仕留めた魔法使い達を褒め称え、ロームは無詠唱で地属性魔法を放ち続ける。それに続く様に魔法使い達は再度詠唱を開始し、剣士達は魔法使いの隙を埋める為前に出る。

 その最前線で、炎を纏った大剣を持つレイラと、氷の双剣を握る俺は暴れ回る。


 前回魔物が攻めてきた時に周辺の木々は全て薙ぎ倒されていたのだが、その後二日間かけて倒木などの撤去が行われた。よって現在、辺りは更地と化していた。

 故にレイラは山火事の心配なく剣を振るえるのだが、一点だけ注意しなければならないのが、味方への影響だ。

 剣を振るう度に眩い炎が剣筋を追う様に迸り、それによって焼かれるのは魔物だけではない。

 だから俺とレイラは前衛の中でも更に前に出て、最前列で暴れる形になっている。


「なんで黒髪のはあの炎に触れて平気なんだよ……?」


 後方から疑問を持つ冒険者の呟きが聞こえてくるが、苛烈さを増して行く戦場でそれに答えられる者はいない。当然、呟いた本人も押し寄せる魔物を目前にした事で、意識が直ぐに切り替わる。


「獄炎よ、全てを燃やし灰燼と帰せ――」


 俺自身も双剣でレッドグリズリーの攻撃を捌くのに手一杯だ。

 だから詠唱を用いて精霊魔法を放つ。


「インフェルノ!」


 直ぐ目の前に巨大な火柱が上がる。

 激しい熱と光が周囲を赤く照らし、その膨大な火焔の燃料になった魔物達は肉体を焼き焦がしながら火勢を増して行く。

 俺と肉薄していたレッドグリズリーも、レイラの大剣を受け止めていたオークも、皆んな丸焼きになる。

 その炎に巻き込まれそうな程近くにいた少女は悪態を吐きながら笑った。


「私じゃなかったら死んでたわよ!」


「近くにいたのがお前だから気遣う必要がなかったんだよ!」


 そう言ったところで、炎の中から飛び出して来る魔物がいた。

 イワオオトカゲだ。

 身体が成人男性程に大きい事と、皮膚に岩石が張り付いてる様な見た目な事を除けば、トカゲという名が相応しい。


「ちっ、面倒ね」


 燃え尽きなかった魔物に舌打ちをするレイラの横で、氷魔法と風魔法を操って吹雪を吹かせる。狙いはもちろんイワオオトカゲ。


「レイラ、叩け!」


 一瞬訝しげな表情をしたレイラだが、何も言わずに大剣を振るう。

 トカゲの硬質化した岩のような皮膚にぶつかると、ゴッと音を立てて砕け散った。


「え? こんなにアッサリ……」


「熱したり冷やしたりされた岩が、膨張と収縮を繰り返して脆くなったんだ。次、来るぞ!」


 俺が譲渡した魔力分の働きを火の精霊達が終えたことにより、火柱の魔法が消失する。

 焦土の向こう側で気を窺っている魔物を見て、俺たちは次に備えた。

 詠唱を終えた魔法使いの魔法が俺達の目の前に刺さり、それでも倒れなかった魔物には剣を振い、防衛ラインを死守する。




 戦っている間に夕陽はどんどん沈み始め、暗さが増してくる。

 その闇を祓うように火属性の魔法が煌めき、戦場を焼き続ける。


 絶え間なく押し寄せる魔物に対峙し続け、冒険者達の集中力は切れ始める。

 火で照らしきれない山奥の暗闇から、あとどれだけの魔物が押し寄せて来るのかわからない。ゴールの見えない戦いに不安感を募らせる者も多いだろう。


「ひっ、う、うぁぁ!」


 戦っている内に前に出過ぎてしまったのだろう。左方向には尻もちをついた冒険者と、彼を囲み飛び掛かろうとしているウルフ達。

 迷う暇もない状況を見て、即座に両手の氷剣を投擲した。

 一本は飛び掛かろうと姿勢を低くしていた狼の首に刺さり、もう一本は冒険者の側の地面に刺さる。

 倒れたウルフと、突然付近に刺さった攻撃を見て、怯んだ魔物達はこちらを警戒した。

 その隙に冒険者はその場から離脱、後方の仲間達と合流して「助かった!」とこちらに叫ぶ。

 しかしそれに返事する余裕もない。

 武器を手放した俺を叩き潰そうと、トロールが巨大な掌を振り下ろした。

 緩慢な動きだが、その力は絶大。

 受け止めることなど考えずに風魔法を用いて全力で避ける。

 避けた先は正面、トロールの懐だ。

 火属性の魔力を練り、超高温の炎を一方向に向けて真っ直ぐ放つ。極太のレーザーの様に射出されたそれは、トロールの肉厚な胸を溶かしながら貫通し、空へと登った。

 そのお陰で明るさを増した戦場で、今度は右方向に危機を見つける。

 名前は知らないが、サイの様な魔物が冒険者達に突進しようと猛スピードで迫っている。

 前衛の冒険者達は、自分らが避けたら後衛に被害が出る事を理解し、迎え撃とうとしている。

 受け止められるのか?

 アイツらの中に盾役はいない。

 アランはどこだ。

 チッ、別のパーティの援護をしてる。

 俺がやるしかない。


「あぁぁぁあ!」


 身体が熱い。

 胸の動悸が激しくなり、頭がガンガン痛む。

 迷宮の中でも感じた事がある、魔力切れの前兆だ。

 けどそれを無視して地属性の魔力を練る。

 何度も踏まれて固くなった土に魔力を流し、サイの目の前にまで到達したところで土壁を創造した。

 大きさはあの魔物を受け止める程度でいい。

 とにかく固く、固く、固く。

 込めた魔力に比例して強度を増す土壁の為に、ありったけの魔力を流し込む。

 だがその最中に胸の中に鋭い痛みを感じ、思わず咳き込む。

 口を抑えた手を見ると、ベッタリと赤い血が張り付いている。

 不快感を感じるが、吐血するまで働いた意味はあった。

 強度を増した土壁はサイの突進を真正面から受け止めた。それによって停止した魔物を、狙われていた冒険者達が横から攻撃して仕留める。


「ありがとう特級の!」


 彼らの感謝を聞き流しながら、再び自分に迫った熊の魔物、ワイルドベアを睨むが――


「無茶、しすぎよ!」


 上段に構えられた大剣が横から振り下ろされ、熊の頭は半分に割れた。

 それをやってのけたレイラの表情にも疲労の色が濃い。


「無茶してるのはお前も――皆んなそうだ」


 いつの間にか魔法による支援はかなり少なくなっていた。

 魔力切れを起こした魔法使いがポーションを飲みながら必死に魔法を搾り出し、それが偶に飛んでくるくらいだ。

 そうなると当然、前衛の負担が増え、防衛線に綻びが生じてくる。

 怪我をして撤退した者もいるし、防壁まで通してしまった魔物も多い。そのせいで俺たちは少しずつ後退して、防壁を攻撃されながらも魔物を駆逐し、ダメージを受けながらも敵の数を減らし、なんとか凌ぎ続けている。

 けど、それはもはや限界に近かった。

 小さなミスを重ねる冒険者が増え、それのフォローに回る冒険者にも疲労が溜まり始めている。

 ベテランの数名は怪我を負って後退してるし、アランは人員が減った所にフォローに入っている。協調性の低いレイラですら、今は他の冒険者と同じ列に加わっている。


 あといつまで続くんだ?


 心の中で行った自問には、少なからず弱音が混じっていた。


 一体いつまでこんな事を続ければいいんだ。


 気が狂いそうになる。


 斬って、殴って、燃やして、貫いて。


 殺して、殺して、殺して、殺して。




 体力も魔力も限界が近くて、それは俺だけじゃなく、皆んなそうで、だから、だから誰かがどうにかしなくちゃいけなくて、でも誰が、何を、どうやったら上手くいくかなんてわからなくて、そうやって悩んでる時間ももう残されていなくて、早く、早くなんとかしないとって、さっきから、いや、ずっと前からそればっかり考えてて、なのに何も変える事が出来なくて、ジリリジリリと後退りながら、押され気味に抵抗を続けて、でもどんなに抗い続けても波のように押し寄せる魔物達には次第に飲まれてしまうから、だからもう諦め――


「諦め――」


 村の子供達の笑顔が浮かんだ。

 鬱陶しく付き纏ってきて、ニンジャニンジャと騒ぎ立てる喧しい子供達が。

 そして、「村を頼みます」と頭を下げた村長や、酒場で食べた美味しい野菜料理の数々も。


「諦められるわけ、ないだろっ!」



 気が狂う? そんなの元からだ。

 中毒症状? 毒を飲んで現状を打破出来るなら喜んで嚥下しよう。


 ポーチから布袋を取り出す。袋の中に手を突っ込み、ありったけの丸薬を握りしめて口の中に放り込む――と同時に魔物の群に飛び込んだ。


「ちょっと、貴方何してるのよ!」

「馬鹿かアイツ! 気でも狂ったのか!」


 苦くて飲み込みづらいそれを水魔法で流し込むと同時に、自らの鼓動が耳に届くほど大きく感じて。

 ドクン、ドクンと。

 脈打つ心臓は全身に血液を送り出し、頭に巡った血が思考を加速して熱くなり、沸騰しそうなほど昂った気分が自然と口角を上げる。

 自分が自分でなくなる感覚。

 意識と肉体が乖離し、夢の中で自分を見下ろしているような、何かと混ざって朧げになるような、不思議な感覚。



「ふ、ふふ」


 高揚感。

 高まる気分は天井知らず。

 万能感。

 今の俺なら神をも殺せる。


「ぶはっ……」


 痛い。口から血が出た。

 痛い。痛い。

 痛いけど、

 それが、

 その痛みが、

 真っ赤な血を伴った痛みが、


「この痛みこそが――私を生かしてくれる」


 私?

 私って、誰だ?


 私が拳を振るった。

 飛びかかってきた狼の頭が潰れて、砕けた頭蓋骨の感覚と、飛び出た脳漿や血液の暖かさに笑みを深くする。


「ふふ、はははは!」


 クマと蝙蝠、カマキリが同時に動き出す。

 そんな緩慢な動きで俺に触れられると思わないでいただきたい。

 右足で地面を叩き、土棘の魔法を放つ――


「あら?」


 予想以上に鋭く、硬く、大量に出てきた棘は、周囲の魔物全員を殺した上で、私にまでその鋭利な攻撃を向けた。

 魔法が制御出来ない。

 肩に、腕に、頬に掠った土棘。

 制御出来なくても、構わない。

 血が流れて、痛みを感じて、高揚感は更に高まる。

 痛み。

 それは即ち生の実感。

 どれだけ血が流れても、どれだけ痛くても、その感覚がある内は生きている。

 生者としての己が死を忌避するために痛みを発する。

 だから生きてる。

 生きてる私は強い。

 死んでいく彼らは弱い。

 弱者の足掻きが見苦しいのは、いつの時代も変わりませんね。


「はぁ、せっかくの目覚めだというのに、他愛無い」


 左手を振るえば風の刃が魔物を斬り刻み、赤い肉片を撒き散らして死んでいく。

 右手を振るえば炎が放たれ、生きた肉を焦げるまで焼き尽くす。

 足で地面を叩けば土の棘が飛び出て魔物達を串刺しにしていく。

 一人で前に出た俺を殺す為に魔物は集まって来る。

 しかし吸い寄せられる様に集まったその場で、肉を斬られ、血を吹き出し、臓物を撒き散らして行くのは魔物の方で。

 散乱する赤が、この焦土を彩るアートの様で美しい。

 でも足りない。

 ペンキが足りない。

 もっと赤く、黒く、もっと――


「くそ! 今飲んだのはエモさんの丸薬か! 僕がリュートを止めに――」


「私が行くわ!」


「おい二人とも待て! 魔物たちが――」


「――引いていく?」



 やはり、逃げますか。

 この私を囲んでおいて、自身の不利を悟ると即座に逃亡をはかる。

 あぁ、なんて醜い。

 せっかく同調率が高まって来たというのに、もう終わろうというのですか。

 それならせめてその命を有効に活用する為、私の――いえ、俺の糧になってください。



「逃しません。全て、奪います」


 背後から生物が走って来る。

 気配を殺しても無駄ですよ。

 邪魔をするなら殺し――


「――――!」


 振り向いた瞬間、胸が痛んだ。

 痛みは好きです。

 痛みこそが、痛みだけが、生を実感させてくれる。

 なのに、この痛みはなんだ。

 いやだ。痛いのがいやだ。

 この赤い人間を殺そうとすると、いやな痛みが襲って来る。



「この、大馬鹿が――!」


 強烈な拳が腹に刺さった。

 大きく飛ばされた脆い身体が、その身体の中身が、ひっくり返る様な不快感の後、


「うっ、げぇ、ゴホッ」


 堪らず嘔吐した。

 チッ、再び拘束力が――拘束? 違う、何の話だ、それよりも。

 吐瀉物に混じったいくつもの丸薬を見て、自分が何をしていたのかを思い出し、私は――違う。


「俺、は……」


 泣きそうな顔でそこに立っている少女が俺の正気を取り戻してくれた事を認識した。


「レイラ――」


 彼女がこれほど悲哀に満ちた表情をしているのを、今までに見た事があっただろうか?

 俺は、そうだ、俺はとんでもない事をしでかそうと――あぁ、クソ。嫌になるくらい全部覚えてる。


「迷惑かけてごめん……俺、正気を失って、危うく皆んなを巻き込んで――」


「――そんなこと」


 俯いた彼女の表情が怒りと苦痛に歪んでるのが、蹲ったままの俺からはよく見えた。


「そんな事に怒ってるんじゃないわよ!」


 そんなこと?

 他に何があるって言うんだ。

 俺は力に飲まれて、その力に酔いしれ正気を失い、怒りと憎しみを持って多くの魔物を殺していた――くそ、思い出すだけで胸糞悪い。

 そして殺す理由は奪う為。マギアテイカーの俺が、自分の糧にする為に生物を大量虐殺していた。

 これ以上に危険な事はないだろう。レイラのことすら殺そうとしたんだぞ?

 正気を取り戻せなかったらどうなっていた事か。

 この力の危険性は理解しているつもりだったが、その理解は浅すぎた。


「――なにもわかってないのね」


 後ろの方では冒険者達が歓声を上げ、涙を流しながら抱き合っている者もいる。

 周囲から完全に魔物の気配は消え、防衛戦の勝利を喜び合っているのだ。

 それらを後方に切り離し、俺とレイラがいるこの空間だけは、重苦しい雰囲気に支配されていた。


「これだけ多くの冒険者達がいるのに、貴方が頼ったのは危険な薬だった。薬に頼って、自分を傷付けて――。私もアランもいるのに、ね」



 ――そんな事に怒っているのか?


 思わず口をついて出そうになった言葉を、慌てて飲み込む。

 一番反省すべきなのは、正気を失った事だ。

 悔いるべきは、暴走した力が仲間をも傷付ける可能性があった事だ。

 だというのに、レイラが怒ってるのは自分達を頼らなかった事だと言う。


 ――お前らに頼った所で、何かが変わったのか?


 暴走したのは反省してるし、迷惑をかけたのは何度謝罪しても足りないと思う。

 しかしそう思う一方で、他に方法はなかったんだと思う気持ちもある。

 レイラやアランがどんなに強くても、彼らに頼ってどうにかなる問題ではなかったのだ。


「――わかってるわよ、自分の力不足くらい」


 俺の考えが読めたかの様に悔しげに呟くレイラは、村の方向へ歩き出した。

 が、一旦足を止めて最後に一言。


「それと、貴方がかけたのは迷惑じゃなくて心配よ」


「――――」


 何も言えない俺は、離れていくレイラの背を見送る事しか出来ない。


 そんな中、ずっと俺を見ていたロームの呟きが、恐れを孕んだ震えた声が聞こえた。


「坊や、貴方一体何者なのよ……」




 呆れさせたり、悲しませたり、怒らせたり、怖がらせたり。

 そんな事ばっか続けてたせいで、俺はこの世界でも独りぼっちになりそうだ。

 でも、構わない。

 こんな危険な力を持った俺は、仲間なんか作っちゃいけなかったんだ。



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