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開戦

 

 初代勇者パーティの四人は国が選んだ猛者なわけだが、何を基準に彼らは選ばれたのか。

 それは、突出した能力だ。

 剣聖アルフレッドは騎士団に所属した若人で、剣聖の名の通り、剣技において彼を超える者はいなかった。

 神官のリーンは街の教会に所属し、治癒魔法と聖域魔法――範囲内の味方の身体能力を向上させる魔法――を得意とし、味方の生存能力を大幅に底上げした。

 拳闘士ガイムは結界魔法と武術を組み合わせた奇異な戦い方をしたらしく、彼の奥義である『栄光の境界』は、邪神の凶悪な魔法ですら受け止めたと言われている。

 魔法使いリュドミラは四大属性魔法を自由自在に操ったらしく、その卓越した魔法操作技術と、膨大な魔力量で敵を圧倒した。




 と、そこまで読んで本を閉じる。

 四大属性を操ったリュドミラのみ邪神討伐の際に命を落としたらしいが、それは彼女が弱かったからではなく、自身の魂と引き換えに極大魔法を放ち、邪神討伐に貢献してくれたからだと記されている。

 邪神とはそこまでして倒さなければならないものだったのか。何故倒す必要があったのかは、この本には記されていない。



「ねーねーニンジャのにぃちゃん、ニンジュツ見してよー」



 リック達が来てから二日が経った。

 暴風竜が来るまで幾日か猶予がある。

 その為、今の内に村の防壁を強化したり、医療用テントや救急道具を用意して戦いに備えている。

 俺は土魔法が使える為、ロームと協力して村を囲う石壁を築き上げたのだが、それがようやく終わって今は休憩中。

 なのだが――


「ねー、この前お空を飛んでたのもニンジュツなの?」

「オレも飛びたい! なー、教えてくれよー」

「わ、わたしも!」


 アランに借りた本を木陰で読んでいると、村の子供達が集まって来てやいのやいのと騒ぎ始める。

 昨日からずっとこんな調子だ。


「ええいお前らうるさい!」


 バッと立ち上がると「わー、ニンジャが怒ったー」と子供達は逃げ回る。東方人という設定の俺は忍者と呼ばれ、子供達の見せ物になっている。

 だがまぁ、懐いてくれるのは悪い気はしない。


「仕方ない、一度だけ見せてやる。ほら行くぞ――火遁の術!」


 そう言いながら口から火を吹く――ように見せかけて、口に当てた指先から火の魔法を放つ。

 余談だが、忍者の『遁術』というのは攻撃の術ではなく、身を隠す為に使われる術らしい。その為、放つ火は広範囲に薄く広がる様に操作した。もちろん子供達に当たらない様に。


「わぁー! すげえ、本当にニンジャだー!」


 彼らからしてみれば、手から火を出すのは魔法だから新鮮みは少ないけど、口から火を吹くのは忍術だから珍しくて面白いらしい。異世界キッズの価値観よくわからん。


「これくらいならレイラ……赤髪のお姉さんでも出来ると思うぞ。アイツにも頼んだらいいじゃないか」


 俺よりも上手く火を操るレイラの名を上げる。いつもムスッとしている彼女が子供の為に火を吹く真似をしてくれるかはわからないが、もしそうなったら面白い。こっそり見に行こうと思う。が――


「あの赤髪のお姉ちゃん……ちょっと怖い……」


 一人が呟いた言葉に、他の子達も頷いて同意を示す。

 俺が見てた限りだと、村の子供達は俺やリックとはよく話すけど、レイラや他の冒険者にはあまり近付いていなかったと思う。


「怖いって……確かに愛想は悪いけど、別に何かされたわけじゃないだろ? 理由もなく人を悪く言っちゃダメだぞ」


「それは……そうだけど」

「あの姉ちゃん、他の人となんか違うんだよ……」


 他の人と違う? もしかして他の強面冒険者よりもレイラの方が怖いのだろうか。

 思い返せば彼女は孤高と呼ばれたり、冒険者ギルドでもアランとは違って殆ど他者との関わりがない様子だった。

 それも子供達の言う「怖い」に関係があるのだろうか。



「リュート、ここにいたんだね。冒険者に集合がかかったよ」


 考え込んでいると、村の中心の方からアランが歩いて来る。

 それを見つけた子供達は――


「あー! ヨルのマオーだ!」

「あのアマイマスクに騙されるな! 逃げろー!」


 そう騒ぎたてながら走ってどこかに散っていく。


「えっ!? リュート、君、また子供達に変な事を吹き込んだのかい!?」


「はて、何のことやら。それより本、サンキューな」


 アランのジト目を受け流しつつ、借りていた本を返す。


「もう読み終えたのか。やっぱり学習速度が速いね」


「まだ簡文字しか読めないけどな」


 この世界の文字には簡文字と難文字の二種類がある。

 簡文字は日本語で言う平仮名のようなもので、子供向けの絵本や童話は殆どが簡文字で書かれており、その程度なら俺にも読める様になった。

 ただ、難しい本や論文には難文字が多用されており、この難文字は漢字の様な位置付けであるのだが、種類も多く形も複雑で、中々覚えるのが大変だ。しかし難文字を用いれば言葉の意味を間違って読み取ってしまう様な事が減るし、簡文字だけでは表現出来ない内容も読者に伝える事が出来る。実際、アランも覚えてしまえば難文字を使った文章の方が読み易いと言っていた為、難文字の習得も必須だ。


「それより、さっさと行こう。竜に動きがあったから集合がかかったんだろ?」


「その通りだ。最後の防衛戦が、いよいよ始まるよ」




 ⭐︎




 酒場前に集まった六十人の冒険者達の正面に立つロームは、竜が動き出した事を最初に言い、事前に話し合っていた情報の確認と、新たな情報の共有を行った。


 この二日間、村の防備を固めるのとは別に、行っていた事がある。

 それは山頂方面への偵察だ。

 偵察に向かったのは蛸焼組の二人と、以前助けた調査隊の二人。

 彼らが持ち帰った情報によると、この山の頂には広大な湖があり、その付近にケンタウロスがいる事がわかった。

 ケンタウロスというのは馬と人型の獣が合体した様な獣で、人語を解する事はないがそれなりに知能の高いA級の魔物だ。

 ケンタウロスは傷を負っており、恐らく前回も暴風竜と一戦交えたのだろうと調査員は予想した。

 そして未だに山頂を離れない事を考えると、竜に再戦を挑む可能性が高いと言う。


「憎き竜と戦ってくれるなんていい奴じゃないか」

 と呟いた俺に、

「いいや、敵の敵は味方ってのは今回は当てはまらない。ケンタウロスが竜に勝てない事を認めて撤退を試みた場合、恐らく奴は山の中腹……テルシェ村に棲家を移すだろう。竜に負けてこの山を去るなんて、プライドの高いあの魔物が許せるはずないからね」

 と隣のリックは答えた。


 そうなった場合、知能の高いケンタウロスは逃げ惑う魔物達とは別の方角から村に奇襲をかけるという予想がされた。


「他にも、未だ降りて来ていない高ランクの魔物達が次にどう動くかも不明瞭ね。よって、村の防衛戦は三つの班に分ける事にしたわぁ」


 ロームの説明は簡潔だった。


 まず、一番重要なのは前回と同じ北側の守り。魔物の大多数はこちらから降りて来る。

 次に重要なのが北西。こちらは斜面が急な北と違い、緩やかな登り坂になっている。その分山頂までの道は遠いが、ケンタウロスや一部の高知能な魔物はこちらから来ると予想された。

 最後に、重要度が低いのが北西。こちらは少し進むと崖になっており、ここから降りて来れるのは空を飛べるワイバーンか、器用な猿の魔物、クライムエイプくらいだと言う。おまけに、北西から山を降りる場合、真っ直ぐに行けばこの村にはかすりもしない為、ここの防衛は不要になるかもしれないとロームは説明した。これは前にも聞いた話だ。


「但し、ワイバーンもクライムエイプも、ある程度知能が高い。もしかしたら、ケンタウロスと同じ様に北西方面から村を落としにくるかもしれないわぁ。特にクライムエイプなんて、村の果物が好物だしねぇ」


 というわけで北西にも少数、冒険者を配置する事になった。


「そこは事前に決めた通り、ワイバーンに対応出来る魔法使いとしてミーシャとマナ。それからクライムエイプについて行けるすばしっこいリオンと、三人のフォローとしてトライアングルとシルバーバングルの二パーティ。合計十人が対応するって事でいいんだな」


 トライアングルもシルバーバングルも、俺たちがレゼルブに行く途中で出会った襲われてたパーティだ。


「ええ、変更無いわぁ。次に、北東はさっき言った通り、数は少ないけどケンタウロスみたいな強敵が攻めて来ると思うの。他にも高ランクの魔物が北東から来る可能性を考慮して、少数精鋭で守るわ。蛸焼組の二人と、レミィちゃん率いるパーティ、合計八人ね」


 少数精鋭の中には、前回の防衛戦で活躍していたイケメン弓使いがいた。彼は元々この村で暮らす狩人で冒険者ではなかったらしいが、今回の防衛戦は村の代表として戦いに参加するらしい。


「最後に、一番重要な北の防衛……前回と同じ場所ね。ここは私やリュートちゃん達、残った冒険者全てで対応するわ。合計で四十二人ねぇ。そうそう、各防衛ラインの後方に医療用テントの用意があるから、怪我をしたらすぐに下がってね。村の人達が治療してくれるわぁ」


 横を見ると、離れた所でこちらの話を聞いていた村長達が頷いている。この二日間何度か見かけたが、村を守る冒険者達に敬意を持って接してくれる、人柄の良い爺さんだ。


「暴風竜がこっちにつくのは夕暮れ時になると思うの。それまでには持ち場で待機してるのよぉ」


 そしてお開きになると、仲間達が集まって来る。


「もうそれぞれの持ち場に向かった方がいいわね。何か言う事は?」


 レイラに言葉を促される。

 これがスポーツチームならば円陣を組んだりするのだろうが、これから行われるのは生死をかけた戦いだ。

 ならば願う事は一つ。


「絶対に生き残ってくれ。勝てなきゃ逃げてもいいし、無様でもいい。とにかく、生き残れ」


 逃げたら村に被害が出るかもしれない。代わりに誰かが傷付くかもしれない。それでも死ぬよりマシだ。

 これだけ沢山の冒険者がいるのだ、逃げた先で誰かが助けてくれる筈。だから死ななければ、最後には勝てる。


「わかりやすくて良い指示だね」


 微笑むアランと、彼に続いて了解の意を示す仲間達。

 と、そんな俺たちを少し離れた所で見つめているリオンに気が付いて、


「お前も無茶するなよ」


 と声を掛けた。


「はい!」と元気に返事をするリオンを見送って、俺達もそれぞれの持ち場に向かった。




 ⭐︎




「貴方って本当に子供に甘いわよね」


 レイラとアランと共に、北の防衛ラインに向かう。

 村の外へ向かう途中に言われた唐突な言葉に、思い当たる事があって苦笑する。

 魔物が来ない可能性がある北西にミーシャとマナ、それにリオンを配置するよう推薦したのは俺だ。


「ミーシャとマナの魔法なら仮にワイバーンが来ても撃ち落とせるだろうし、すばしっこいだけの猿なんか、二人の無詠唱魔法の餌食となるだけだ。リオンも大勢の魔物を相手にするより、少数を相手にした方が動き易いだろうしな」


「って言うのは建前でしょ。本当は最も危険が少ない場所にあの子たちを配置したかっただけって、あの子たちも気付いてるわよ」


 なんのことやら、と肩をすくめて知らんぷりをしてから、頭を切り替える。

 ロームとつくった防壁の外に出ると、人が増えて来る。

 地魔法で作った土の高台の上には魔法使いが、その前方には彼らを守るように剣や槍を持った前衛職が待機している。


「あら、来たわねぇ。魔法使いは開戦と同時に思いっきりぶっ放すわよぉ」


 先に来て冒険者達を纏めていたロームが高台の上から俺を呼ぶ。だが、今日の俺は魔法使いではない。両手に氷の剣を作り出して返事をする。


「俺も前に出る。その方が戦い易いしな」


 正直に言うと、前に大勢の人がいると魔法を撃ちづらい。

 誤射も怖いし、知らない冒険者の動きに合わせて援護出来る自信がない。


「あら、あんなに多彩な魔法を使うのに、勿体ないわねぇ」


「前でも魔法は使える」と言うと、「それもそうね」と納得してくれた。


 同じく北側に配置された冒険者達とエールを送り合いながら俺たちは最前線の中央に並ぶ。

 そして、空に巨大な影がよぎって。


「いよいよ始まるよ」


 気を引き締める様に呟いたアランの声と同時に、遠くから地鳴りが聞こえた。



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