タコパしようよタコパ
「あれは衝撃操作系の槌のスキルさ! 地面に流れるはずだった衝撃を、ミーシャちゃんの頭部送り込む事によって脳震盪を引き起こした! ああ、安心して! 確かに彼女の頭部に衝撃を送りはしたけど、ハンマーで殴られる程のダメージではなかったはずだ! 何故なら衝撃操作系のスキルは、生物の肉体に直接干渉しようとすると,威力が大幅に減衰するからね!」
二人の戦いが終わり、倒れたミーシャの元へ駆け付けた俺にリックが説明してくれた。
彼の言う通り、ミーシャは直ぐに目を覚まして起き上がる。
「……また負けた」
少女の悔しそうな呟きを拾ったのは勝者であるリックだ。
「うん、キミの負けだね!」
嫌味など感じず、ただ事実を述べただけみたいな口調に思わず唖然とする。
だがミーシャは俺とは違い、悔しさをより一層深く感じた様子で。
「確かにキミの負けだ! でも、それがなんだ? キミの目標はボクを倒すことか? 違うだろう。仮にそうだとしても、キミはまだ生きている。何も終わっちゃいないんだ! 悔しさは乗り越えるものであり、引き摺られて落ち込むようなものではない。これはボクの師匠の教えだ。弱いままでいたくないなら、自分の足で立ち上がるんだ!」
彼にミーシャを鼓舞するつもりがあったのかはわからない。
そもそも彼は何かの意図を含んだ発言などせず、思った事を思った時にありのままに言う様な奴だ。
そんな裏表のないリックの言葉だからか、ミーシャは素直に立ち上がり、手を差し出した。
「良い経験になった」
そう言った少女の小さな手を握り、リックは満面の笑みを浮かべて、
「こちらこそ!」
と叫んだ。
その声の大きさに、目の前にいた俺とミーシャは顔を顰めた。
⭐︎
その後、俺とミーシャはシークに呼び出されて村外れの空き地に来た。
シークが「話がある」と俺とミーシャを呼んだ時、リックは「じゃあ皆んな、タコパしようよタコパ!」と騒いで、マジックバッグから材料と調理器具を出していた。
それによって皆んなの意識を惹きつけてくれたおかげで――俺も異世界のたこ焼き器が気になったが――俺達はすんなり人気の無い場所まで移動出来た。
「こんな所まで連れて来て、聞かれたらマズイ話なのか?」
周囲を確認し終えたシークにこちらから話を振ると、彼は頷いたような、首を傾げたような、曖昧な動きをとった。
「オレ自身よくわからないんだ。これは確証のない……いや、そもそも御伽話や伝説の類かもしれない話で……」
連れ出したはいいが、何を話せば良いかわからない、といった風なシーク。
先ほどの戦いの中で、ミーシャの固有魔法を見て気付く事があったんだと思う。それを話すために呼び出したのだとは思うが、明確に何かがわかった、というわけではない様子。
「どんな話でもいい。御伽話でもシークの勘でも、根拠のない話だって構わない。だから落ち着いて話してくれ」
緊張を解くよう言うと、シークは「助かる」と一言。その後、自分の頭の中を整理するようポツリポツリと話し始めた。
「まずはオレの流派の話をするべきか。空刃流と言って、刃を使わずして空を斬る技を修めていてな…………実際に見てもらった方が早いか。そこに氷の柱を立ててくれるか?」
キョトンとした俺とミーシャの顔を見て、シークは苦笑する。
彼の指示通り固い氷の柱を作り、十メートル程離れる。
更にシークから数歩距離を取ると、彼は
「よく見ておけ」
と言い、腰を低くして構えた。
右手は刀のつかに触れており,そのまま静止したシークから冷気にも似た緊張感が伝わってくる。
そして彼の集中力が極限に達した瞬間。
「――――」
僅かに銀色の線が動いたと思った時、既に刀は鞘に納められていて。
次の瞬間、氷の柱は斜めにズレてそのまま地面に滑り落ちた。
「…………は? いや、え? 早すぎてほとんど見えなかったのも驚いたけど……刀届いてなくね?」
美しいまでに滑らかな断面を見て、納得がいかなくて戸惑う。
俺は魔法で同じ事をしようと試みて、右手を向けて風の刃を放った。
シークに斬られた氷はそこから更に真っ二つになるが、風の刃で斬られた氷の断面は、凸凹が激しく、周囲に破片も飛び、砕かれたと言っても間違ってない有様だ。
「空刃流の凄さ、わかってもらえたか。刃を飛ばすという発想は風魔法と同じだが、美しく斬るには風よりも刀が適している」
「いやお前刀使ってないじゃん……」
「何を言う。刀の技なのだから、刀がなければ使えない技だ」
彼の言う技、というのはスキルと同義でいいのだろう。
技が放たれる瞬間、確かにスキルの前兆みたいな魔力の動きを感じたから。
「だが、そんな常識をも打ち破り、刀を使わずして全てを斬る技を会得した者がいた――と、言われている」
「……それは、魔法とかじゃなくて?」
「さてな。空刃流の極致に至ったのは初代家元、コガラシ・ゼンノスケのみで、それは百年以上前の話だ。実際にその技を見た者など殆ど生き残っていないだろうし、見たところで到底理解出来るとは思えん。言い伝えのみが、その技が存在した事を証明している」
それって本当に存在したのかわからないよな……と思ったが、実際シークは刃を当てずとも氷の柱を斬ってみせた。
その技を極めた先に何があるのか。
「それで――その言い伝えって言うのは?」
俺の質問に、シークは直ぐには答えなかった。
遠くでリック達の騒ぐ声が聞こえ、近くでは風が草木を揺らす音と、小鳥の囀りが聞こえる。
それら全てが遠くの、まるで水の中と外の様に隔てられた遠くの音のように聞こえ、俺たち三人の間にだけ静寂が訪れる。
水中のように周りの感覚が鈍くなったこの空間で、シークは唐突に口を開いた。
「空刃流の極致に至りし者、刀を使わずして空間を斬り裂く」
どうして今まで思い至らなかったのだろう。
ミーシャの能力はサイコキネシス的なものだとばかり思っていたが、もしそうだとしたら、この能力は何系魔法に分類されるのか。
そこをもっと早く考えるべきだった。
もし、もしも、彼女の能力――いや、彼女の固有魔法が空間系魔法だとしたら。
空間系魔法についてはこの世界に来てから割とすぐに触れている。
マジックポーチだ。
このポーチ内は空間が拡張されており、見た目より遥かに大量の物が収納出来る。
おまけに、収納した物同士は、ポーチ内で揺れたり、ぶつかったりする事はない。何故なら、収納先で空間が固定され、持ち主が干渉するまで物質が動かないようになっているからだ。
そう、空間魔法で物質を固定する事は可能なのだ。
ミーシャの戦闘を見ていると、彼女が操作する武具は宙に浮き、それはミーシャの動きに合わせて一定の距離を保ったまま同時に動く。
まるで、彼女を空間の中心として、武具の位置が固定されたかの様に。
「ミーシャの固有魔法は空間魔法だったのか……」
空間魔法で出来る事は多い筈だが、ミーシャの使い方は偏っている。
彼女は自身を中心とした空間内で、そこにある物質を自在に操り戦っている。
つまりミーシャの空間内において、全ての物質は彼女の思うままに動く――と思ったが、そういうわけでもないのが不思議だ。
ミーシャは他人が持っている物や、生物を操作する事は出来ないと言っていた。それが何故なのか、俺にはわからない。
そう言えばリックは衝撃操作を生物の体内に直接送り込むと威力は減衰すると言っていた。俺も魔物の体内に精霊魔法を出す事はできないので、なんとなくこの感覚はわかる。
という事は、そもそも魔法が生物の体に直接作用するのは難しいのではないか。
そう考えれば空間魔法で人、及び人が身につけている物を操作出来ないのも頷ける。
「驚いたな……オレの直感をどんな説明で貴様らに伝えようか悩んでいたのだが……」
「その言い方だと、シークもミーシャの魔法が空間魔法だと思ったのか」
「ハッキリとわかったわけではない。ただ、オレの剣技に近いものを感じたから、空間に干渉する何かだと思っただけだ。しかし貴様が空間魔法だと言うのなら、それで正しい気がしてきた」
シークの同調を得て、やはりそうなのだなと確信を得られた。
「だとしたら、凄いな……! 空間魔法か。鍛えれば今以上のことが出来る様になるかもしれないぞ! そうだ、転移って空間系の魔法じゃないのか!? もしかしたら――」
その先は口には出さなかったが、もしかしたら俺が帰る為の手がかりをミーシャが握っているのかもしれない。
そこまで考えて、ふと嫌な想像が頭をよぎった。
「……シーク、帝国が転移魔法の研究に力を入れているのは知ってるか?」
思い出したのは、エモに転移魔法の存在を聞いた時の話。
この国は転移魔法の解明に協力的だと話していた。
ミーシャの空間魔法はその解明に役立つかもしれない。研究者達が彼女の力を欲する可能性は十分にあるだろう。
「研究ってのが、人道的かつ協力者の意思を尊重したものであればいいんだけど……」
これは偏見が過ぎるとは思うが、研究者と聞いたらマッドサイエンティストが思い浮かんでしまう。もしかしたら有用なミーシャの力を欲して誘拐し、そして閉じ込めて非人道的な実験に――例えば人体実験などが行われるかもしれない。
「貴様の想像はオレも危惧したものだ。国に背中を押されている以上、研究者達も成果を出さなければと躍起になっているだろうからな。時には手段を選ばない事もあるだろう。だからこそ人の少ない場所に連れて来たんだ」
ありがたい配慮だとは思うが――
「もっとも、オレが思い至った程度の事、賢い者なら直ぐに気付いただろうがな」
そう、もう色んな場所で空間魔法を使ってる以上、どこかで見ていた誰かが気付いていてもおかしくない。
「ごめんミーシャ……俺がもっと早く気付いていれば、その力を隠す事も出来たのに」
あまりにも悲観的な妄想かもしれないが、ミーシャの希少な力を求めて色んな組織に狙われるかもしれない。
それでミーシャが攫われでもしたら、俺は――
「謝らないで。わたしにはこの力しかない。誰かに狙われるとしても、結局この力を使わずにはいられなかったと思う。リューのせいじゃないよ」
「…………」
「彼女もこう言ってるんだ、あまり気負うな。それに、幸いにも貴様らはガイスト殿が認める特級冒険者だ。ガイスト殿の指示を受けて働く貴様らは、言い換えれば彼の庇護下にあるという事だ。考える脳がある奴なら、そうそう手出しして来ないだろう」
確かにシークの言う通り、俺たちに手を出せばガイストが黙っていないだろう。
しかし、だからと言って安心はできない。
バレなきゃ犯罪じゃない理論で武装して襲い掛かって来る連中もいるかもしれないし、そもそもガイストを上回る強大な敵が現れれば為す術もない。
「まったく……オレが言えた事ではないが、貴様は悲観的だな」
「何も考えずに楽観的で上手くいくなら、俺だってそうしたい」
そう言ってため息を吐いた所に、喧しい声が届いた。
「おぉい! いつまで話し込んでるんだい! たこ焼きなくなっちゃうよ!」
そう言って遠くから歩いて来るリックを見ながらシークは、
「ここで過ごす間に、アイツの底抜けな明るさが貴様に感染する事を願っておく」
と、なんとも遠慮願いたい言い回しで気遣いの言葉を吐いた。