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S級冒険者の実力

 

 西に沈む夕陽に小さな背中を向けて、少女は佇んでいる。

 向かい合う男の体躯と比べて、彼女はあまりにも小さい。

 だと言うのに少女に恐れはなく、また、男の表情にも相手を侮る気配はない。


「……すまないな、あの阿保の戯れに付き合わせて」


 俺の隣で観戦するシークが、今日会ってから幾度も聞いたため息を吐いてから謝罪を述べた。


「ミーシャが乗り気だったんだから断る理由はないさ。それに、俺もあの子の魔法がなんなのか知りたいと思っていたんだ。経験豊富な冒険者の知識でそれが判明する事を期待してる」




 応援に来た冒険者達をロームの元に集め、作戦の概要や泊まる場所の案内等を終え、やっと一息つけると思った所でリックが「ミーシャちゃん、手合わせしようよ!」と誘ってきたのだ。

 彼はミーシャが扱うサイコキネシス的な魔法が気になっていたらしく、それがどんな力で、その力をどうやって扱うのかを知りたくて手合わせを申し込んだと言う。


「期待してくれるのはありがたいが、オレ達は魔法に精通しているわけじゃない。気が付く事があれば伝えるが、手合わせの目的は殆どリックの好奇心によるものだと思って欲しい」


 それでも構わないと伝えて観戦に戻る。

 リックが誘った時、ミーシャは「やる」と一言、前のめりに即答したのだ。彼女が何を思って手合わせを受け入れたのかは聞いていないが、もしかしたらS級冒険者との手合わせを自身の成長に繋げたかったのかもしれない。

 ただ、観戦者が俺たちだけじゃない事には不満げな様子であったが。


「今話題の特級パーティの魔法使いと、S級冒険者、大槌のリック……これは目が離せないね」


 背後からそんな声が聞こえてくる。

 泡沫の夢のメンバーに加えて蛸焼組のシークが観戦客の最前列に立ち、その後ろにはこの村に集まった冒険者のほとんどが見物に来ていた。


「ハハハッ! 悪いねミーシャちゃん! 思いの外沢山の人が見に来ちゃったね!」


「……あなたの声が大きいせいで人が集まって来たんだよ」


「たしかにそうだ!」


 やれやれ、と言った様子でミーシャが首を振り、さっさと戦いを始める為に右手を空に掲げた。

 少女の手の動きに従うように、彼女のリュックからは土の槍や球、盾や棍棒など様々な武具が飛び出し、宙に浮く。

 その摩訶不思議な魔法を初めて見た観客達は「おお」と感嘆の声をあげる。ただ一人、シークの反応は彼らと違っていた。


「――?」


 元々細かった目が更に鋭さを増し、目の前の光景を食い入る様に見つめている。

 何かわかったのか、と問いたかったが、彼の目はまだ答え探しを続けており、今疑問を投げるのは無粋だと判断して口を閉ざした。


「なるほどなぁ! それが噂の固有魔法か! うんうん、じゃあおいで! ボクの胸を貸してあげよう!」


 未知の魔法を前に、リックはそれでも自分の優位を疑っていないのか、自信に満ちた発言をする。

 その言葉に遠慮をなくしたミーシャは迷う事なく手を振り下ろした。

 小さな手に従って最初に振り下ろされたのは土の棍棒。

 空中からリックが立つ地面に向けて高速で叩きつけられた棍棒だが、その容赦ない攻撃はリックには当たらない。棍棒が頭上に迫った瞬間に一歩右に避けたのだ。


「うんうん! 威力は申し分ないけど、当たらなければ意味が――」


 だが彼が避ける事などミーシャも予想してただろうし、それを計算した上での今の攻撃だ。

 間髪入れずに別の棍棒が振り下ろされ、リックは口を閉ざして再び足を動かす。

 そしてまた避けた先に棍棒、それを避けたら頭を狙って土球が飛来し、しゃがんで避けたリックを殴りつけるのは、さっき振り下ろされて地面に転がっていた棍棒。一度ミーシャの制御下を離れた後、再び役目を与えられた棍棒は高速スイングでリックを殴りつけようとして――


「ハッハ! ここでボクの愛槌の出番ってわけだ!」


 しゃがんだ体勢のまま背中のハンマーを構えて棍棒を防いだリックは、続け様に飛来した土球をハンマーで打ち返した。

 弾かれた土球はミーシャにぶつかる寸前で、空中で静止した。


「なるほど、敵は一人なのに複数人を相手にしているかの様な厄介さだ! ま、それならやる事は決まっているよねぇ!」


 リックの考える事は誰でも思いつく当然の事だ。

 無数の武器がひとりでに襲いかかってくるならば、その対処に専念するよりも術者を叩いた方がいい。

 だからリックの次の行動はミーシャにも予測出来た筈だ。ただ、その予測通りの行動が、予測を超えたパフォーマンスを発揮した事がミーシャにとって問題だった。


 リックは身体の軸を固定したまま両足を曲げ、一瞬だけ宙に浮いた。

 その後、硬い地面に衝撃音が鳴ると同時に、リックの身体が前方に跳んだ。

 先ほどの衝撃音が地面を蹴る音だと気付いたのは、彼がミーシャに肉薄してからだ。

 速すぎる。

 あの巨体が重そうな武器を持ったまま、ここまで素早く動けるとは、ミーシャも予測出来なかったらしい。


「――っ!」


 動きの少ない表情に僅かな焦燥を浮かべ、少女は後方に跳躍する事で距離を稼ぐ。

 それと同時に、自分の動きに追随する宙に浮いた武具の中から、岩の大盾を選んで正面に突き立てた。

 対して、突然降って来た盾を目の前に、リックは踵を地面に突き刺し急停止する。

 超高速で跳んでいた彼が両足だけで止まったのだから、殺しきれなかった勢いがリックの身体を前のめりに転ばせようとするのは自然な流れ。

 しかし、彼は転ぶどころか、その勢いを利用した。


「そいそいそぉいっ!」


 上段に構えたハンマーを、上半身が前に傾くと同時に振り下ろす。

 なんとも間抜けなかけ声ではあったが、しっかりと体重移動を遂げて力が伝わった武器は、正面に鎮座した障害物を難なく叩き潰した。


「あぁ! 俺の力作『岩盾ペンタゴン』が!」

「何よそのダサイ名前……」


 俺が作った五角形の岩盾が容易く粉砕された事に、大きな戸惑いと悔しさを感じる。

 だが、盾を壊された事に対して俺以上に強い感情を抱いた者がいた。


「せっかく……」


 戦場から聞こえる底冷えする様な声。

 小さくて震える声は、確かに怒っていた。


「せっかく、リューが作ってくれたのにっ!」


 怒りに任せて右手を振り払う動作。

 その瞬間、砕かれてバラバラになった石片のすべてが――そう、砕かれて数十個に分裂した大小様々な石礫の全てが、ミーシャの制御下に入った。


「どわっ!? いた、ちょ、メッチャ痛い!」


 恐ろしい光景だった。

 大量の石礫が宙を舞い、リックを中心に荒れ狂っているのだから。

 大きな石はリックを殴りつけ、小さな石は尖った部分で切り付け、それを狭い空間内を弧を描く様に往復して、何度も何度も繰り返している。


「あんなに沢山の数を一気に操作出来るようになったのか……」


 迷宮で出会った時、ミーシャは複数の物を意のままに操作するのは疲れると言っていたし、今までの戦闘でも同時に動かしていた武器は十個未満だった。

 なのに、いつの間にか数十個の同時操作が可能になったなんて。


「成長してるんだな――って、それより! ミーシャ、新しいの作ってあげるから落ち着けって!」


 石の嵐の中で、重傷を避ける為に頭を抱えて蹲るリックが痛々しくて、つい声を上げる。

 しかしそれを咎めたのはリック本人だった。


「リュートくん! キミは優しいな! でも、大丈夫さ! 何故なら――」


 そう言ったリックの体内で魔力の動きを感じた。

 魔力は、彼が手にしているハンマーに収束してゆく。

 それが充分な量に達すると、彼はおもむろに立ち上がり、武器を振りかぶる。


「吸引! からの〜」


 彼の掛け声に合わせて風が吹いた。

 風はハンマーのヘッドの部分に吸い込まれるように吹き、それによってリックを殴りつけようと舞い踊っていた石礫が一箇所に、ヘッド付近に集まった。

 そこまで準備が済めばやる事は一つ。


「超・粉・砕!」


 振り下ろされたハンマーは,吸引された全ての石礫を叩き潰した。

 今度の攻撃は砕くとか、割るとか、そんな生易しいものではなかった。言葉通りの超粉砕、石は砂粒程の大きさまで粉微塵にされてしまった。

 あまりの破壊力にミーシャは目を見開くが,使える武器はまだ残っている。すぐに手を掲げて次の武器を呼ぼうとするが、彼女は違和感に気付いていない。

 あれだけの威力が地面に叩きつけられたというのに、その衝撃が未だ訪れていないという違和感に。


「もう終わりさ! 脳・震・盪!」


 技名なのか症状名なのかわからないリックの言葉と同時に、ミーシャは突如として倒れた。


「何故なら、ボクが勝つからね!」


 数秒前の言葉の続きを言い終える事で、この戦いの決着となった。




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