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矮小な俺たち

 

 この世界の万物は地、水、火、風の四大元素から成り立っていると言われている。

 この属性分類は精霊魔法に限った話ではなく、あらゆる分野でなされている。

 俺にとって馴染みの深いもので言えば固有魔法。

 固有魔法が属性操作系魔法である場合、一人の例外を除いて必ず四属性のどれかになるそうだ。

 因みに例外と言うのはかつて邪神を迎え討ったという勇者フィンだ。彼は雷の固有魔法を操ったらしい。

 だが後にも先にも例外は彼だけであり、四大属性の分類は変わらなかった。


 現在テルシェ村の防衛に成功した事を祝い、飲んで踊っての宴会が開かれてるわけだが、その酒場の隅っこでレミーネからこの話を聞かされていた。


「話を戻そう。魔物の中にも属性を操る種がいくつかあるが、中でも竜種が操る属性魔法は他の種族とは比べ物にならない程強力だと聞く。そして、属性を操る竜――属性竜は、その身に宿す元素力の強さによって格付けがなされている。火属性の竜であれば火竜、炎竜、炎王竜、と言った具合にな」


「他の属性竜はなんて呼ばれてるんだ?」


 隣のレイラに「そんな事も知らないの?」みたいな視線を向けられたが、レミーネは丁寧に教えてくれた。

 地属性が地竜、岩石竜、岩王竜。

 水属性が水竜、豪水竜、水王竜。

 風属性が風竜、暴風竜、風王竜。

 名前が豪華な方が強いらしい。つまり王級が最強だ。


「王級の属性竜の力は、存在するだけで災厄をもたらすと言われるほどだ。再び火竜を例えに出すが、炎王竜が生息した火山は毎年火を噴き、著しく温度が上がった影響により、付近に生息していた魔物が皆んな逃げ出すほどだと聞いた事が――」


「センパァイ。前置きが長いですよぉ。暴風竜が出たって話するだけですよねぇ?」


 横から本題を投下したのは調査員(陽気な方)だ。確かにレミーネの前置きは長かったが、常識知らずな俺からしたら丁寧な説明はありがたかった。


「………………そうだな」


 話の本題を持って行かれて悲しそうな顔をするレミーネ。可哀想に。

 先輩を悲しませた陽気な後輩はお構いなしに骨付き肉に齧り付いている。


「えっと、あのドラゴンが暴風竜だったってのはわかったけど……もう何処かに飛び去ったよな? なら一件落着じゃないのか?」


 どんより落ち込むレミーネに問い掛けると、ゆっくりと首を振った。


「奴はまた来る。風竜と水竜の上位種は複数の棲家を持つ習性があるのだが、この山の頂がその内の一つに選ばれたのだ」


 さすがドラゴン、いくつも家を持つなんて大富豪だな。

 でもドラゴンが来る度に魔物が右往左往していたら大変じゃないか?

 俺のそんな疑問を察した様にレイラが補足説明をしてくれる。


「そもそも上位竜が棲家を選ぶ時、その場所を二度下見するのが一般的なのよ。最近魔物が山から降りて来てるのは、恐らく一度目の来訪があったからでしょうね。一度目は大地に降り立たず上空を旋回するだけだから、魔物は怯えて山から降りたけど、暴走まではしなかった。そしてさっき来てたのは二度目。今回は降り立ったせいで周辺の魔物は興奮し、暴走し始めた。そして、二度目の下見を行ったという事は、殆どの確率でこの場所を新たな住処と決めたはず。三度目の来訪では暫くこの地に留まり、山を荒らすでしょうね……周辺の生物に自分の存在を主張し、この地が自分のものだと知らしめる為に」


 向かいに座ったレミーネが頷きながらレイラの説明の正しさを保証する。


「一度目の来訪時は深夜だった事もあり、殆どの人が気付かなかった。数日前この村の中年男性が竜を見たと言っていたらしいが、彼は当時酔っており、誰もその言葉を信じなかったそうだ」


 確かにこの世界の空って偶に変な生き物飛んでるし、夜空にドラゴンが飛んでても気付かないかも。

 そもそも屋内にいたら絶対見つけられないし。


「その上位竜の習性って間違いないのか? もうこの山に来ない可能性もあるんじゃ――」


「あるわよ。もの凄く低い確率だけど」


 俺の楽観的予測はレイラの言葉に肯定されたかのように思えたが、彼女の表情は深刻で、低確率で起こる幸運になど期待していない様子だった。


「人々が恐れを抱く竜種の生態は、魔物学研究者達の間で繰り返し調査されてきたのよ。だから例外に期待するのは楽観的過ぎるわ」


 つまり現実的に考えて、三度目の来訪に備えるべきという事だ。


「危機が去っていないどころか、これから本腰入れて災難が降りかかって来るのは理解したよ。それで? この村はどうするんだ?」


「当然守るとも。これは領主から正式に依頼が出された。ギルバートも既に周辺のギルドに呼び掛けて腕利きの冒険者を募ってる」


「守るって言うのはどこまで? 竜の三度目の来訪によってまた魔物達は暴走するんだろ? 今日みたいにその暴走を凌げば良いのか? それとも元凶の竜を討伐する必要があるのか?」


「竜の討伐って、貴方ねぇ……。そんな簡単に言うけど、二年前の豪水竜大規模討伐隊がどれ程の犠牲者を出したか知らないの? Sランクパーティ『太古の黄金樹』をはじめとした熟練冒険者が五十人集まって、生き残ったのは三十人よ?」


「ごめん、そのパーティの事知らないからイマイチ脅威度が伝わらない……けど、敵がどれほど強大でも、この村に被害を及ぼすならなんとかしないといけないんじゃないか?」


「あぁ、リュート殿の言う通り、なんとかしないといけない。具体的にどうするのかを――」


「これから話すわ」


 レミーネの説明を途中で引き継いだのは、酒場の奥から歩いて来たロームだ。

 彼女は食事中に席を立たせる事を詫びてから、俺たち全員を奥の部屋に案内した。

 厨房の横にある廊下を進み突き当たりのドアを開けると、ギルドで何度か見た、応接室の様な部屋だった。

 部屋の中央にローテーブルがあり、それを挟む様に幅広のソファが二つ鎮座している。


『お? 全員連れて来たのか?』


 突然現れた、この場にいない者の声――ギルバートのその声は、ローテーブルの上に置かれた水晶から聞こえた。


「これが電話か……!」

『デンワ? なんの話だ、冗談言ってる場合じゃないぜ』


 この世界の通信手段を初めて目にして興奮を抑えきれないが、ギルバートの言う通り無駄話をしている暇はない。

 ロームに促されるままソファに座り、九人で水晶を覗き込む――いや、覗き込んでるのは好奇心旺盛な俺とマナとミーシャだけなのだが。


『それより暴風竜だ。そいつの素性がわかった。ここより北東のハルメル山脈の辺りを飛び回ってる個体だ。上位竜の中でもかなり王級に近い脅威度らしく、デメグロイ辺境伯はその個体を警戒してたらしくてな。お陰ですんなり情報が入って来たんだわ』


「警戒……そうか、竜が降りて来れば真っ先に被害を被るのは辺境伯領だからな。だが、幸か不幸か暴風竜は遥か南西のこの地までやって来た」


『レミィちゃん、これは不幸と言い切っていい案件だぜ。辺境伯お抱えの騎士、白銀(しろがね)のバルタフは知ってるだろ? あの生きる伝説が騎士を引き連れてさっさと暴風竜を討伐しといてくれりゃあ、俺たちが悩む必要なんてなかったんだ』


「今更そんな事言ってもしょうがないでしょ。お偉いさん達が今まで暴風竜を放置して来たのは、戦う事によって生じる被害を重く見たからなんでしょう? そうなれば、正式に依頼を受注した私たち冒険者がどうにかするしかない」


『……わかってても愚痴は言いたくなるもんさ。んま、幸いにもウチの街の衛兵さん達は協力的だ。山から降りて来る魔物に対しては、衛兵が街の外に出張って対応してくれてる。だから手の空いた冒険者はテルシェ村に派遣する事が出来る。明日、四十人規模の遠征隊を送るつもりだ。三度目のパニックはそいつらと凌いでくれや』


「了解……ところでギルバート、最悪の場合だが――」


『あぁ、問題ない。テルシェ村を諦める事になったとしても、レゼルブの街に避難民を受け入れる準備は出来てるらしい。ま、そんな最低最悪な事態に陥らない様に全力を尽くしてくれって、領主様にゃ頼み込まれちまったけどな』


 知らない単語が幾つも出て来るが、俺の無知で話を遮るわけにはいかないと思い黙っていた。だが聞き捨てならない言葉が浮上し、つい口を挟んだ。


「諦めるってどういう事だよ……?」


『そりゃ言葉通りの意味だろうが。これから来る魔物の暴走を凌いだとして、その後は暴風竜が山頂で大人しくしてくれてると思うか? あるいはハルメル山脈に戻ってこっちにはもう二度と姿を現さないとでも? そんなわけないよなぁ。どっちも希望的観測に過ぎない。もしかしたら山の中腹まで降りて来た竜がテルシェ村を破壊する可能性だってあるんだ。最悪の事態はいつでも想定しておくべきだろう。ソレに対応する為に、村人をレゼルブの街まで避難させる事も考えなきゃいけない』


「――そ、れは、確かにそうだな……。でも、これから多くの冒険者が応援に来てくれるんなら、それで暴風竜を討伐とか――」


『あのな、流石にその発言はお前の評価を下げざるを得ないぞ。碌な準備もしてない寄せ集め集団で王級に近い竜を討伐出来ると本気で思ってんのか? 確かに応援に向かう奴の中にはS級パーティの二人組がいるが、そんなの焼け石に水だ。本気で戦うつもりなら最低でもあと二つはS級パーティを集めるわ。そしてそれは、今すぐには不可能な事だ』


 不可能。

 その言葉が重くのしかかってくる。

 ちっぽけな人間風情に与えられる選択肢はひどく少ない。

 その中で最善を選ぶ為に、俺たちはこうして集まって知恵を絞り続ける。


 もっと強ければ、何も諦める必要なんてないのに。


 幼稚で馬鹿らしい考えだと理解しているが、そう思わずにはいられない。

 いくら強くなっても足りないくらいにこの世界は過酷なんだから。



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