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自己犠牲

 

「新人冒険者をイジメるんじゃないわよ」

 というレイラのお咎めにより、俺たちはリオンと共にギルド内の酒場でティータイムを取ることになった。

「俺も新人なんですが?」とか「その子、貴女の事も怖がってますよ?」とか色々反論しようと思ったが、レイラの鋭い視線によって俺の言葉は封じられた。


「リオンちゃんはどうしてししょうの事知ってるのー?」


 席についてからマナが問いかける。リオンは年下のマナが可愛いのか、強張っていた表情を緩めて微笑んだ。


「ボクは皆さんのことを知ってますよ! 最近ではミーナ姉ちゃんの手紙にいっつも皆さんのことが書いてありますから!」


 ミーナと言えば、マルスとテッドと組んでいる『羽獣の羽根』の一員だ。


「なるほど、ミーナの妹だったのか」


「あ、いえ、血の繋がりはありません。ただ、マルス兄やテッド兄、ミーナ姉ちゃんは同じ村出身の幼馴染みたいなもので、今でもよく手紙のやり取りをしてるんです! それで、リュートさんが初めてギルドに来た時にマルス兄が憧れて、ギルドマスターと戦ってるのを見てテッド兄が憧れて、森で助けられてミーナ姉ちゃんが憧れて。そんな手紙を読んでる内にボクも憧れちゃって、ぜひ会ってみたいと思ってたんです! まさかこんなに早く会えるなんて……ひっ」


 リオンが俺の背後を見て軽く悲鳴をあげた。

 振り返ると、顔を腫らしたギルバートが立っていた。


「話が終わったら、応接室に来てくれ……」

 それだけ言い残して去っていく。


「ぼ、ボクもあんな風に……?」


 再び恐怖が湧き上がってきたのか、リオンが恐る恐る訊ねてきた。


「そうだな……お前が吹聴している事の中に一つでも間違った情報があれば、アイツと同じ末路を――」


「やめなさい」


 俺が脅かそうとするとレイラに叱られる。


「まぁ、俺たちに喧嘩売ってるわけじゃないって事がわかったから構わない」


 そう言ってあげると、リオンはホッとしたように息を吐いた。表情の変化が激しい子だ。


「もちろんですよ! ボク、仲良くしてくれる冒険者の仲間にミーナ姉ちゃんの手紙を見せて、皆さんの凄さを共有してるだけですから!」


 それはそれで、むず痒い気がするな。けど、俺たちの評判が良くなれば、それに伴ってガイストの評判も上がる。ならば悪いことでもないのか。


「聞いたか? 喧嘩を売らなければ殴られないらしい」

「逆に言えば、あの黒髪の気に障る事をしたら終わりってことだよな?」

「間違いない。ギルマスと同じ末路を辿る事になるぜ」

「勘弁してくれよ……ギルマスだから生きてたものの、俺たちがあんなに殴られたら死んじまう」

「なんにせよ、あいつらに関わるな。ここにいない奴らにも教えておかねぇと」


 こちらを見てヒソヒソ話す冒険者達の目は、人外を見る様な目だ。さすがに傷付く。

 もしかして、ギルバートを殴った時点で評判は地に落ちていたのか……? 

 ま、まぁ仕方ない。あれは必要な事だったと開き直ろう。特級に任命してくれたガイストには少しだけ悪いとは思うけど、許してくれるだろう。


 噂の出所が確認出来たため話を切り上げ、リオンに別れを告げて受付嬢に応接室まで案内してもらう。

 周囲の冒険者が過剰なくらい離れていくから自然と道が出来た。

 アランは何やら「なるほど」なんて呟いていたが、さっきから何を考えているのだろうか。




「よぉ。改めて、俺がここのギルドマスターだ。ガイストさんから預かってる依頼は単純明快だ。レゼルブ周辺の魔物の異常発生が片付くまで、俺がこき使っていい。そう言われている」


 応接室に入り、ソファに座ると同時に言われたのはそんな言葉だった。話が早くて助かるが、具体的に何をさせられるのか。


「異常の原因はわからないのか? もしかしてそれも俺達が調査しないといけないのか?」


 調査は苦手だ。そもそも俺は正常と異常の違いがわからない。この地域はもちろん、この世界に初めて来たのだ。レゼルブ周辺の魔物が多いと言われても、平常時を知らないから「ふーん」としか言えない。


「いんや、調査隊はとっくに派遣している。もうじき戻って来るんじゃないか? 調査結果が出るまで、お前達には増えた魔物の討伐依頼を受けて欲しい。できるだけ高難度の依頼を受けて欲しいが……パーティ結成から日が浅いらしいしな、そこは任せるわ。ただ、魔物はどんどん増え続けている。今のままだと依頼の選り好みする余裕もなくなって来ると思うぜ」


 ギルバートの頼みは理解した。戦力だけはあるこのパーティには厄介な敵を減らして欲しいんだな。


「最優先で受けて欲しい高難度の討伐依頼はあるか?」


 俺の質問にギルバートはニヤリと笑った。


「命知らずのバカだと罵りたい所だが、お前の実力はさっき理解した。俺の為に働いてくれるんなら、北東の山の中腹にある、テルシェ村に行ってくれないか? 一番ヤバいのがそっち方面らしくてな、村の近辺にも厄介な魔物が増えていて、物資や人の輸送すら困難な状況なんだ。テルシェ村にはウチの副ギルドマスターを滞在させているから、情報の伝達には困らない。何かあればすぐにこちらからも連絡する。お前らも寂しくなったら俺に連絡してこいよ」


 連絡? ガイストがフィオナと話していたという水晶でもあるのだろうか。貴重な魔道具って言ってたけど、もしかしてギルドマスタークラスになるとみんな持ってたりするのか?

 だとしたら、フィオナもギルドマスターだったりするのか?

 いや、今はそれどころじゃない。


「俺はテルシェ村に行こうと思うけど、お前らはどうする?」


 ギルバートの話通り危険な場所なら、これは俺が勝手に決めていい話じゃない。

 テルシェ村に行かなくてもレゼルブ近辺の魔物を狩るだけでいいと言われてるのだから、どちらを選ぶかは皆んな次第。そう思ったのだが――


「貴方、バカでしょ」

「そうだね、君は危険な場所には一人で行こうとするきらいがある。でも僕らは仲間だ。君を一人にするつもりはない」


 呆れるレイラと、アランの諭す様な口調。それに同感だと言うようにミーシャとマナも頷いている。


「……わかった」


 少しの不安を抱きながらも仲間達の意思を尊重する。


「……? なんかお前ら、意外と他人行儀なパーティだな」


 不思議そうにするギルバートは咳払いをしてから続けた。


「とりあえずお前らが助っ人に行く事は向こうにも知らせとく。なんも予定がないなら明日の朝にでも出発してくれると助かる。徒歩で一日……急げば夕方には到着すると思う。ただ、魔物との戦闘で時間のロスになるだろうから、明日に限っては無理に戦わなくていい。まずは村に無事到着してくれ」



 そういうわけで、今日はこの街で休む事になった。

 アランが勧める清潔な宿を取ってから、俺は街へ買い物に出掛ける。因みに、宿は当然ながら男女で分けた。ミーシャが当たり前の様に俺と同じ部屋に来ようとしていたが、レイラに連れ去られていた。


 街に出てはみたが、すぐに必要な物はない。食料や調味料、日用品などはリベルタでしこたま買い込んだし、まだ補充する必要もない。それにギルバートは「物資の輸送が困難と言えど、テルシェ村は野菜の生産量が多い」と言っていた。おまけに今は魔物が増えたおかげで肉も獲れるし、食糧に困る事はない様だ。

 なので今日の買い物は、欲しい物を買うと言うより、どんな物があるのか見る、という意味合いが強い。


 露店を歩いてると、物珍しげな視線を浴びて少し居心地悪く感じる。

 リベルタでもよく見られたが、この街では顕著だな。やはり自由都市ほど外からの人間に慣れていないのか?


「あーっ! 見つけたよ!」


 思考に耽っていると、暢気な声がこちらに向かって飛んできた。

 その方向を見ると、昨日助けたトライアングルの三人がいた。


「あぁ、よかった。俺達はさっきこの街に帰って来たんだけど、ギルドに行ったら君たちは既に出て行ってしまったと聞いてな。今から時間があれば、昨日の礼がしたいんだが……」


 少し迷った後、俺は首を振った。


「明日は早いんだ。そろそろ帰って休もうと思っていた所だから、気持ちだけ貰っておくよ」


 本当はもう少し街を見ておきたい気持ちもあったが、彼らの誘いを断るもっともらしい口実を作った。嘘ではないしな。


「そうか……じゃあまた次に会った時にな!」


 別れを告げて宿に戻る事にする。このまま外にいたら彼らと再会するかもしれないからな。

 背中を向けて歩き出すと、ボソッと呟き声が聞こえた。それは彼らが仲間内で内緒話をするものらしく――


「本当にあの子がギルマスをボコボコにしたのかな?」


 げっ、その話もう広まっているのかよ。




 ⭐︎




 宿に戻った時間が丁度夕食時だったこともあり、五人で食事を済ませてから各々部屋で寛ぐことになった。

 今夜泊まっている場所は家族三人が切り盛りしている個人経営の小さな宿だ。

 広くはないが清潔で、従業員も親切。ここにはレイラのオススメで泊まることになった。

 ミーシャは寝る直前まで俺とアランの部屋で文字の勉強をしていたが、眠くなったのかすでに隣の部屋に戻っている。



「ねぇリュート。君が初めてリベルタの冒険者ギルドに訪れた時のこと、さっきレイラから聞いたんだ。冒険者達を打ちのめしたのは、ミーシャちゃんの為なんだろう?」


「――――」


 唐突な話題振りに、無言で応える。

 アランはベッドで横になり、俺は机で未だに勉強をしていた。目を悪くしそうだが、眠ろうとしている同居人のために部屋を暗くしたまま教材を読んでいたのだが、彼は俺の気遣いを無視して話を始めた。


「君ってよくチグハグな言動をするから、中々君の目的や本心が見えてこないんだけどさ――さっきのギルドでの一件で僕にも少しはわかったよ」


 少し嬉しそうに語る彼の表情は暗いせいでよく見えない。だけど、その声色は僅かに寂しさを含んでいる様な気がした。


「やり過ぎなくらいギルバートさんを殴ったのは、周囲の冒険者達の印象を操作する為、なんだろう? このパーティには幼いマナちゃんやミーシャ……それに、正直に言うと名家の出に見える君も。悪意ある人間に絡まれそうな仲間が多数を占めているんだ。だから君は絡んで来たギルバートさんを見せしめに殴り、自分達に関わるとこうなるぞ、と知らしめた。違う?」


「――――」


「無言は肯定として受け取るよ。それで会話が成立してると考えて話を続けるけど、正直に言うと僕は君のやり方に賛成出来ない。もちろん君の仲間を守ろうとする意思は尊敬に値する。そして君が狂気的な攻撃性を向けているのは敵対した人間だけだから、その部分についても責める気は全くない」


 じゃあ何が気に食わないんだよ、と反論したくなり振り向くと――


「でもさ、君の評判は落ち続けるよ。いくら相手が先に手出しして来たとは言え、過剰防衛は周囲の人間に悪印象を植え付ける。今日一日でどれ程たくさんの冒険者に恐れられたか、君も理解してるだろう? 仲間を守るという優しい目的の為に、自らを悪役とする自己犠牲の精神――そういうのは、出来れば捨てて欲しいかな」


「――ハッ。デカい盾持ったパーティの壁役が、自己犠牲を否定するのか? ちゃんちゃらおかしな話だな。お前の方こそ前に立つのを辞めちまぇ――」


「――それは話が違うよ。僕が前線で盾を構えるのは、仲間達が敵を倒してくれると信じているからだ。でも、君はどうだ? 君はただ、仲間が傷つけられたくないから危険を遠ざけているように見える。そこに信頼はあるのかい? 信じきれないからこそ、君は全てを一人で背負おうとしているんじゃないのかい?」


 ギリリと音がした。

 数秒遅れて、それが自分の歯軋りの音だと気付いた。

 コイツはどうして急にそんな事言い出すのか。

 俺の考えが読めた事を自慢したいのか? なら俺はここで手を叩いて「その通りだよよくわかったね」と褒め称えればコイツは満足するのか?

 ――ダメだ。思考が良くない方に働いてる。

 そうだ、俺はアランに自分の事を言い当てられてイライラしてるんだ。

 その理由は、俺のやり方を否定されたから。

 そして俺は、否定されたそのやり方以外を知らない。出来ないんだ。


「――ごめん。余計な事を言い過ぎたよね……僕はもう寝るよ」


 俺が要らぬ事を口走る前に話を終わらせてくれたアランは、壁の方を向いて布団を深く被った。

 そして小さく、


「君の傷が君だけの痛みじゃないって事に、どうして気付かないかな」


 と呟いた。

 俺はそれを聞こえないふりをした。



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