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レゼルブ

 

 夜、俺は石小屋の外、草原の上で寝転がっていた。

 スキルがあるから眠っていても問題無いと告げた時、仲間達は心配そうな、もどかしそうな表情をしていた。

 俺としてはしっかり体を休めて明日に備えて欲しいのだが、皆んな真面目だから自分も働きたいって思ってるんだろうな。


 目を閉じて休んでいると、石小屋から誰かが出て来るのがわかった。気配を殺してるようだが、魔力の感じでわかる。この熱い魔力はレイラだ。

 彼女は静かに俺に近付いて来ると、流れる様な動きで手に持ったナイフを振り下ろして来た。

 驚いて反射的に首を曲げると、頭のすぐ隣、大地に深々と刺さる刃。


「何よ、本当に優秀なスキルね。避けられないようなら見張り代わってあげたのに」


「避けられなかったら死んでただろうが! ふざけてないでちゃんと休んでおけよな」


 スキルの検証に命を懸けないでもらいたいものだ。

「しっし」と手を振って戻るように促すが、レイラはため息を吐いてその場に座った。


「悔しいのよ。今まで自分がこんなに役立たずだなんて思わなかった」

「なに言ってんだ。お前が役立たずなわけ――」

「今回の依頼、殆ど貴方の功績だって自覚してる? 周辺の気配察知と戦闘から野営の準備、更には依頼主も貴方のおかげで改心した。ホント、貴方ってなんなのよ」

「アスカルが改心したのはアイツが自ら過ちに気付いたお陰だし、野営も気配察知も偶々出来る事をやってるだけだ。他の面では間違いなくお前達の方が優れてるだろ。俺は知らない事の方が多いんだしさ」


 そう言うがレイラは納得してない様子だった。


「本当は……いえ、本当に貴方の旅に私たちは必要ないんでしょうね……」


 その呟きにどう反応していいのかわからなかった。

 正直に言うと、仲間達がついて来てくれる事はとても心強い。俺一人でこの知らない世界を歩くのはやはり不安なんだ。

 でもそれを言ったら、災禍の迷宮に潜ることまで強制されてるように感じるかもしれない。あの危険な迷宮に潜る必要はない。抜けたくなったらいつでも抜けていい。その姿勢を崩すわけにはいかないのだ。だから俺は何も言えない。


 俺が黙ったせいか、レイラはそれ以上何も言わなかった。

 寝転がったまま隣を見ると、目を閉じて静かに呼吸してるレイラがいた。

 寝てるんかい。

 さっき殺されかけた仕返しに顔に落書きでもしてやろうかと思ったが、なんとなく起きそうな気がしたのでやめておく。

 毛布をかけてあげてから、俺もその場で眠りについた。




 翌朝、アスカルが目覚めてからすぐにレゼルブに向かった。夜間も襲撃はなかったし、このまま順調に依頼達成となるだろうか、そう楽観視していた時だった。

 街道から少し離れたところで冒険者が戦っている気配。敵が大きくて苦戦している様子だが、俺たちの進行方向とは少しずれている。態々関わりに行かなければ接敵する事はない。

 それを仲間達に伝えて相談する。


「どうするべきだと思う? 俺たちの仕事は護衛であり、知らない冒険者を助ける事ではない。でも放っておけば冒険者は死ぬかもしれない。いや、もしかしたら勝てるかもしれないけど、五分五分だ」


 話を聞いていたアスカルが顔を上げた。


「レゼルブの街はもう見えています。ここからは護衛がなくても問題ないでしょう、ここで依頼達成という事にしても私は構いません。ですので皆様のやりたい事をなさってください」


 昨日までの彼とは大違いだ。いや、これが本来のアスカルなのだろう。

 だがいくら彼が問題無いと言っても、最後まで責任を果たすつもりだ。


「リュート、君が助けたいのなら、僕が護衛を引き継ぐよ。君は自分が正しいと思う事をすればいい」


 感知能力が広いというのも悩みのタネだな。知らなければ関わる事のない物事に関わってしまう。

 けど、そのお陰で人命が助かるなら悩む甲斐があるというものだ。

 俺はアランに礼を言って馬車から出た。


「私も行くわ」


 振り返るとレイラが追って来ていた。

 二人も抜けて大丈夫かと少し考えたが、何かを守るという面に関してアランは非常に信頼できる。更にはマナとミーシャもついているのだ。

 鉄壁の盾と高火力の魔法使い達がいれば問題無いだろう。


 平原を走って道中の木々を超えた時、遠くでもわかるくらい大きな魔物が四人の冒険者を襲っているのが見えた。

 体長は五メートル程度の人型で、全体的に太い。筋肉というより脂肪のようなだらしなさがある。しかし動きは愚鈍だが、その体重から放たれるパワーは圧倒的で、奴が手にした大木を地面に叩きつける度に震動してるようだった。


「サイクロプスね。貴方は働きすぎよ、少し休んでなさい」


 いやいや、それじゃあ俺何の為に来たんだよ。道案内役ですか?

 そう思ったが、ツッコむ間もなくレイラは速度を上げた。


「手を貸すわ!」


 冒険者達の返事を待たずしてレイラはサイクロプスに肉薄する。

 見上げるほど高い位置にある頭には巨大な眼球が一つ埋まっている。その目がギョロリと動き、レイラを捉えた。


「烈剣――一閃!」


 その場で足を止めたレイラは、炎を纏った大剣を横に一振りした。

 それだけでサイクロプスの腹は真っ二つに焼き切れ、上半身が地面に落ちる。

 続いて倒れた下半身が地面を揺らした所でレイラが振り返ってドヤ顔をした。


「とんでもない火力だな。でも烈剣って、この前暴走させたスキルだよな。使いこなせる様になったのか?」


「いいえ。たった一瞬、一方向にのみ力を放つ事によって、力に飲まれないようにした技よ。これは父さんに教わったの」


 なるほど、力の入れ時を限定した事によって暴走を抑えているんだな。見事な技だ。

 呑気に感心してた所で危機感知が反応した。

 しかし……このいつもと違う感覚はなんだろう。

 虚無感、喪失感を前借りした様な耐え難い感覚。

 これはまさか、俺が危険なわけじゃなくて――


「危ない!」


 すぐにレイラを抱きかかえて空へ逃げた。

 つい先ほどまで彼女が立っていた場所に、頭にドリルがついたモグラが顔を出していた。

 奴は狙った獲物が突然消えた事を不思議がり、周囲を見回していた。そして近くに別の獲物がいる事に気付いて再び地面に潜ろうとする。


「させるか!」


 空中から氷の矢を放つ。下に頭を向けたドリルモグラの、尻から頭に向かって矢が貫通した。


「あ、ありがと……」


 地面に降り立ってレイラを下す。

 危機感知が仲間にも反応してくれてよかった。でも反応しなくてもレイラなら直前で気付いたかもな。何にせよ無事でよかった。

 冒険者達も走り寄って来る。


「す、すげぇなアンタ達! 助かったよ!」

「サイクロプスだけでもキツイのに、モグルまで潜んでいたとは。危うく全滅する所だったぜ」


 半分くらい勝手に参戦した形になっていた(主にレイラが)が、迷惑と思われてない様でよかった。


「アンタらもレゼルブの冒険者か? 昨日も魔物に襲われてる奴らがいたけど、レゼルブの冒険者は魔物の好物でも持ち歩いてるのか?」


 冗談のつもりで言ったのだが、彼らは真剣な表情に変わった。


「いや、それはないと思う。だが最近この変に魔物が増えたのは事実だ。怪しいと思われている北東の山に調査隊が向かっているらしいが、早い所原因が特定出来ればいいな」


「……そう言えばガイストもこの辺がきな臭いとか言ってたわよね?」


 レイラの確認に俺は頷く。確かに言っていた。あの時聞き流さず深掘りしておくべきだったか。


「ガイスト……? ね、ねぇ、貴方達ってやっぱり、泡沫の夢なんでしょ!?」


 後ろでずっと黙って見ていた女冒険者が声を上げた。

 それを聞いた他の奴らも目を輝かせ始めた。


「おいおい、俺らは噂の冒険者達に助けられちまったのか? ははは! 帰ったら自慢しねぇと!」

「なぁ二人とも、助けてくれた礼に酒でも奢らせてくれ! 確か他にもパーティメンバーがいるんだよな? もちろんみんな呼んでくれて構わないぜ!」


 こいつらも俺たちの事を知っていたのか。俺の事を知ってる人間なんていない筈の世界なのに、噂がどんどん広がって、俺が知らない奴ですら俺の事を知っている。

 なんか変な感じだ。


「ねぇ、君がリュートくん? 想像してたより可愛い顔してるね!」


 どんな想像をしていたのか知らないが、バカにされてる気がしてならない。舐められない様に威圧でも放つべきだろうか。


「私たちは仕事中なのよ。モグルのツノは貰っていくわ。サイクロプスは好きにしていいから、さっさと離れなさい」


 だが俺に迫っていた女冒険者をレイラが追い払った為、スキルを使用する必要は無くなった。それから彼女はモグラのドリルを抉り取る。


「それツノだったのか……価値があるのか?」

「ええ、生息地によって含有鉱石の比率が変わるけど、それによってはかなり高値で売れるわ。こんな平原で出会えるとは思わなかったわね。さ、行くわよ」


 ツノドリルをしまってから俺たちは走っている馬車を追いかける。

 後ろでは知らない冒険者達が手を振っていた。



 ⭐︎



 無事合流した俺たちは南側の門からレゼルブに入り、そこでアスカルと御者のオッサンと別れる事になった。


「アスカル、アンタは改心して俺たちに謝罪をしてくれた。この金貨二枚の追加報酬は不要になったと思うんだが……」

「いえ、どうか貰ってください。それから、ハチミツをもう少し渡しておきますね。お土産を頂きましたし、彼女達も貴方のクッキーを気に入った様子ですので」


 お土産とは昨夜焼いたクッキーを包んでアスカルに渡した物のことだろう。

 そして彼女達というのは、マナとミーシャの事だ。確かに昨日、誰よりもクッキーを食べていたのはこの子達だ。

 だが俺は知っている。二人のそばで必死に我慢をしていた甘党男子を。

 彼の為にもまた作るとしよう。


「それではお元気で。あなた方の旅路が充実したものとなるよう願っております」



 その後、俺たちは真っ直ぐギルドに向かう。

 アランとレイラはこの街に来た事があるらしく、迷う事はなかった。

 リベルタよりも少し小さな石造りの建物に着き、俺たちは扉を開ける。


 ギルド内はガヤガヤと騒がしくて、重い扉を開けて入って来た俺たちに気付かない者も多い。

 だがこちらを見ていた数名の内一人が声を上げた事で、ギルド内の注目を一斉に集める事となった。


「お、やっと来たか! ガイストさんから話は聞いてるぜ。俺はギルバート、レゼルブの街のギルドマスターだ。よろしく頼むぜ、泡沫の夢の若人共」


 スラリとした背の高い男が歩いて来て手を差し出す。

 燻んだ黄色い髪を背中で一本に縛り、細身のシャツのせいで引き締まった筋肉が強調されてる。

 少し細めの目つきは今は柔和な笑みを浮かべているが、そうでなければキツイ印象を受けたかもしれない。

 アランとは違うタイプのイケメンだな。小洒落てるし、冒険者っぽくはない。


「あぁ、よろしく――」


 俺がギルバートの手を握った瞬間、彼は俺の手を思い切り捻った。想像以上の力で掴まれた右手は振り払うことも出来ず、かと言って腕を捻じ切られるつもりもない。

 軽くジャンプし、捻られた方向に身体ごと回転させる。

 着地した瞬間、ギルバートは左掌を俺の額に向けた。


()っ!」


 掛け声と共に衝撃波が飛んでくるが、俺も左手から風魔法を出して相殺する。

 同時に、握ったままの右手から無数の氷の棘を出してギルバートの手を貫く。


「くぅっ!」


 血飛沫が飛び、顔を顰めるギルバート。

 その苦痛に歪んだ顔目掛けて飛び膝蹴りを喰らわし、倒れた彼の両手足を氷魔法で拘束する。そこに馬乗りになって彼の顔面を殴る。


「げぼっ、ちょ、がはっ、た、タンマ、ぐっ! お、俺が悪……がはっ!」


 右、左、右、左とリズム良く殴っていると、後ろから肩を叩かれて手を止める。


「えっと……そろそろ許してあげてもいいんじゃないかな……?」


 アランが困った様な顔でそう言って来た。

 ギルバートが何故喧嘩を売って来たのかは知らないが、見せしめとしては十分だろう。

 周囲の冒険者達もドン引きしてるし、これで俺たちに喧嘩を売る冒険者はいない筈だ。


「挨拶は終わりか? ギルバート」


「……あ、あぁ……強烈だったぜ……」


 手足を拘束していた氷を消してやると、顔を腫らした元イケメンはよろよろと起き上がった。


「ったく……実力を調べるついでに冒険者の厳しさを解らせてやろうと思ったのに……解らされたのは俺の方だったわ……ダハハ」


 自嘲気味に笑うギルバートを素通りして受付に依頼達成の報告をする。

 手続きをしていると、後ろから戸惑う様な声が聞こえて来た。


「おいリオン、本当にあの凶暴な奴が、お前の言ってた冒険者なのか?」


 リオンという名前は昨日聞いた。助けた冒険者が、リオンから俺の話を聞いたとか言ってたな。


「リオン? どいつの事だ?」


 振り返ると、「ひぃっ!?」と悲鳴が聞こえた。

 硬い動きでゆっくりと歩いて前に出て来たのは、赤茶色の髪の毛を短く切りそろえた少年――いや、中性的な顔をしているが少女だ。


「お前、俺の噂を吹聴してるらしいな? 会った事はない筈だが、何が目的だ」


 昨日トライアングルに聞いた限りだと、嘘の話や悪い事を言いふらされたわけではなさそうだ。しかし、会った事もない奴に自分達の事を語られるのは面白くない。


「す、すす、すっ、すみませんでしたぁっ!」


 俺の質問に、リオンは土下座で謝罪をした。怯えて話すら出来なそうだ。

 周囲の奴らは同情の視線でリオンを見ている。

 見せしめにギルバートを殴ったのがまずかっただろうか。

 うぅん……冒険者って難しいね。



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