出立
レイラ達との待ち合わせ場所であるギルドに着くと、日が昇る前だというのに沢山の冒険者が扉の外に集まっていた。
「お、新世代の英雄達の登場だ」
「これで自慢出来るぜ。俺はアイツらの結成当初を間近で見てたってな!」
どうやら俺たちの事を話してるらしい。
既に待っていたレイラは冒険者達から離れた所で鬱陶しそうにしている。
マナは女性冒険者達からチヤホヤされていた。
「やっと来たわね。ここうるさいから早く行くわよ」
「ま、待ってくれ! リュート殿、ミーシャ、貴殿らが初めてギルドに来た時の衝撃は忘れない! 君たちの旅の安全を願っているぞ!」
カリスに続いて顔馴染みのキースやミスティナ、マルス達なども近寄って来る。
「おう、その、なんだ。元気で……」
「リュートちゃーん! いつでもお姉さんに会いに来てもいいのよー?」
「俺たち、アニキ達に助けられた事を一生忘れないぜ!」
俺だけじゃなく、ミーシャにはカリスとその仲間の獣人達が、アランには複数の女冒険者が別れを告げている。
ふとレイラの方を見ると、この前絡んでいたベン達が謝罪していた。
「その、なんだ。この間お前とリュートって奴が戦ってるの見てよ、俺はようやく自分が弱い事を認められたよ。俺達のレベルがお前に追いついていなかった。だから俺たちは上手くいかなかったんだ。それをお前だけのせいにして悪かった……」
「別に。私の協調性がないのも事実だし、謝る必要はないわよ」
「そうか……でも、良いパーティを見つけられたようでよかったな。頑張ってくれよ」
「言われるまでもないわ」
出発前に蟠りも解けたみたいでよかったな。
いざ出発しようと思った所でガイストが出て来た。
「今日からビシバシ働いてもらうぜ、『泡沫の夢』のお前ら」
「あんまりブラックな扱いするようだったら労基に訴えるからな」
「……? 何言ってるかわからねぇが、行ってこい!」
バシンと背中を叩かれて俺たちは歩き出した。
別れを惜しむ声が聞こえてきて背中がむず痒いが、叩かれた痛みによって中和されている気がした。
護衛対象のアカシア商会の会長とは北門で待ち合わせになっている。
早めに来た俺たちはその場で何をするでもなく待ち、約束の時間を少し過ぎた辺りで馬車がやって来た。
俺たちの前で止まった二頭立の箱馬車から出て来たのは、痩せぎすで茶色い髪の殆どが白く染まってしまっている、疲れ果てたような男。こういうくたびれたサラリーマン、駅で偶に見かける。
「初めまして、アスカル・アカシアと申します。レゼルブの街までよろしくお願いします。内容については契約書に書いてある通りです」
「初めまして、僕達は特級冒険者パーティの――」
「ええ、存じておりますよ。どうぞ中へ。すぐに出発しましょう」
今回の護衛依頼は俺にとって初めてのものだ。今後の為にしっかり学んでおきたいので、依頼人とのコミュニケーションはアランにお願いした。
俺は彼の仕事のやり方を見て学ぼうと考えたのだ。だが――
「移動経路の確認、それから接敵した場合の立ち回りについて話しておきたいのですが……」
「ギルドに事前に伝えておいたと思いますが。あなた方は契約通りに動いて下されば構いません。私とこの二つの荷物さえ無事ならば」
馬車に乗ってからアランが話し掛けても、アスカルは「契約通り」と言って自分の手元に目を落としてしまう。帳簿のようなものを持っている為、馬車の中でも仕事をしているようだ。
仕事が忙しい、というだけではなく、冒険者を疎んでいるようにも見える。
アランがこんなに丁寧に話し掛けているのに、アスカルの応答はぶっきらぼうだし、視線を合わせる事もしない。確かにシェリーから詳しい依頼内容は聞いていたし、今俺が持っている依頼表にもしっかり地図や文字が書き込まれている。
しかし契約相手が確認をしたいというのなら、せめて「不明点がございましたか」と質問を受け付ける姿勢くらいあってもいいだろう。なのに彼はそれすらなく、話しかけるなオーラを出しながら隅の席で背中を丸めている。
俺の正面に座っているレイラは呆れたように首を振り、隣のアランは苦笑いを浮かべていた。
「事前に確認していた通りという事は、街道をノンストップで進み、ターゴ村で一晩休む。明朝同じ時間に出発すればレゼルブに到着するのはその日の夕暮れ前になるだろう」
アランが小声で確認を始める。仕事をしているアスカルを気遣っているのだろう。
なんにせよ昨日話した通りだな。
「でもよく考えたら、休憩も挟まず一日走るなんて、馬は疲れないのか?」
アランは目を丸くした後笑って答えてくれた。
「窓から見えるかい? 馬の脚についている魔道具が。あれは脚の動きを補助して疲労を軽減させる為の魔道具さ。それに、馬車の車輪にも色々施されているし……まぁ、それらがなくてもこのスピードなら半日くらい余裕だと思うよ」
そこまで聞いてようやく気付いた。
この世界には人間だけでなく、全ての動植物に魔力が通っている。
そして魔力は意図して使わずとも、流れているだけで自身の身体能力を向上させる。つまり、この世界の人は一般人でもそこそこ強い。いや、比較対象が魔力の無い地球人だから強いと思えるだけで、一般人が魔物と戦えるかと言ったらそれは微妙だ。それはともかく、ここの常識は俺の常識とは大きく違うのだ。
そしてそれは馬も同じだ。
魔力の通った馬は、地球の馬とは基礎能力が大きく違うのだろう。スピードも出れば、長時間歩いても疲れにくい。おまけに魔道具で補助もされているのだ、疲労を心配した俺はさぞかしアホに見えただろう。
現に、正面に座ったレイラは「何言ってんだコイツ」みたいな目でこちらを見ている。彼女にはアランの気遣いと優しさを見習って欲しいものだ、まったく。
あれ? 動物にも魔力が通ってるって事は、動物と魔物の違いはなんだ?
疑問を口にしようと思ったけど、また変な目で見られるからやめておこう。
多分、人を襲うか否か、それくらい単純な違いなんだろうなと予想してみる。
⭐︎
お昼過ぎまで何事もなく過ごした。
やはり街道付近は魔物が近寄りにくく安全らしい。お陰で俺はずっと文字の勉強をすることが出来た。
ミーシャも隣で勉強をし、マナとレイラはボーッと外を眺めていた。アランは俺たちの勉強を見てくれていたが、常に周囲を警戒しているようだった。
俺は事前に、近寄って来る危険を察知するスキルがあると伝えてあるし、それがなくても魔力を感知する事で遠い敵に気付く事も可能だと仲間に伝えてある。それでも真面目なアランは自身も仕事を果たそうとしているのだろう。
車内で軽く昼食をとった為眠くなって来たのか、マナとミーシャがウトウトしてる時、遠くに気配を感じた。因みに今日の昼食はリベルタで買っておいたサンドイッチだった。
「街道の先で誰か戦っているな。ここを通る以上無視は出来ない。俺が行くから、四人は周囲の警戒に努めてくれ」
「一人で平気かい? 馬車を止める必要は?」
「問題ない。直ぐに片付くと思うから、馬車を止める必要もない」
「了解」
俺とアランの会話を聞いたマナとミーシャは直ぐに目を覚まして仕事モードに入った。
アスカルは僅かに顔を上げて俺を見たけど、特に何も言わなかったのでそのまま馬車を飛び出した。
この馬のスピードは自転車より少し早いくらいか。なら風魔法を使って走れば簡単に追い抜ける。
久しぶりに広い大地に降り立った気がして大きく伸びをする。気持ちのいい晴天だ。
直ぐに走り出して馬車を追い抜き、道の遠く先にいる三人組冒険者に駆け寄る。
「助けは必要か!」
大声で問いかける。
敵は四体の鳥系魔物。大型犬くらい大きな鳩だな。空という安全地帯から滑空して冒険者に襲い掛かり、攻撃後は即座に空へ逃げるという苛立たしい戦い方をしている。おまけに水の固有魔法も使うらしく、冒険者達はそれを警戒して大きく動かないでいるらしい。
対して冒険者は一人は男剣士、一人は女槍使い、もう一人が女魔法使いと、前衛職多めで不利な様子。
魔法使いの魔法は集中力が足りないのか、大した威力も出ず、速度も遅くて命中すらしない。
明らかに助けが必要な状況だが、こういう場合でも黙って手を出すのはマナー違反とアランに教わっている。ゲームでもそうだったしな。
「頼む! 礼はするから!」
礼の話まで出て来るとは、余程困っていたのだろう。
俺は氷漬けの右手を前に出して氷槍を放つ。この氷、魔力はちゃんと通るから、魔法を使う事は出来る。おまけに最近は右手の氷を剥がす為に魔力操作を頑張ってるからか、水系統魔法が得意になってきた。
突然現れた俺に鳥たちは警戒したようだが、高速で飛んで来る槍を躱せず、四体とも絶命した。
「おいおい……なんだよ今の。無詠唱魔法か? しかもハイドロピジョンを一撃で仕留める威力の魔法を連続で四発……君は何者だ?」
「それより死骸を道の端に避けてくれ。もうすぐ馬車が通る」
そう言って鳥の魔物をどけてもらうと、何かに気付いたように魔法使いの女が言った。
「君、もしかして最近噂になってる特級冒険者じゃない? 名前は確か、リュートって言ったよね?」
別に隠す必要もないから頷いた。しかし俺が特級冒険者になって数日しか経ってないのに、もう他の街まで伝わっているのか。
「やっぱり! リオンちゃんが言ってた通りだね! あ、私たちはレゼルブの街で活動してるB級パーティ『トライアングル』だよ! 君もレゼルブに向かってるのかな?」
「おいおいおい! まさか君が噂の冒険者だったなんて……すまない、驚きのあまり言い忘れていたが、助けてくれてありがとう。礼がしたいのだが、今は手持ちがなくてね……よかったらレゼルブで会わないか?」
「……なんだったら今から一緒に街に帰ればいい」
リオンって誰だ? リベルタにそんな奴いたっけ?
いや、それよりもう馬車が来てるじゃないか。盛り上がってるようだけど付き合ってる暇はない。
「悪い、護衛依頼の途中だからこれで失礼する。その魔物はお前らの物にしてくれて構わない」
そう言い残して、走り去ろうとする馬車を追いかけて飛び乗った。
アスカルがまたこっちを見つめていたけど、何も言わずに視線を外したから俺も何も言わなかった。
「お疲れ様。こっちは異常なかったよ。さっきの魔物はハイドロピジョンかい?」
「ああ、あの冒険者達はそう呼んでたな。どんな魔物なんだ?」
「どんなって、さっき戦って……あぁ、君のことだから速攻で片付けたんだろうね。水系の魔法を使って来る魔物で、個体ランクはCの魔物だ。魔法以外の脅威はそれほどでもないね。だけど空を飛ぶから、対空攻撃の手段がない剣士なんかは推奨ランク以上に苦労するはずだ」
さっきの奴らがまさにそれだったな。
「――皆さん」
唐突に俺たちの会話に割り込んだのはアスカルだった。
初めて自分から声をあげたんじゃないだろうか。
「申し訳ありません、今まであなた方の実力を疑っていました。しかしあなた方は、あの英傑ガイストが認めるに値する素晴らしい実力を兼ね備えているのだと漸く理解しました」
突然おだて始めたアスカルを不審に思い、俺たちは顔を見合わせる。
「前置きはいいからさっさと話しなさい」
そういえばレイラも馬車に乗ってから初めて喋ったんじゃないか。余程イライラしているんだろうな。
「ええ、今晩はターゴ村で休む事になっておりましたが、当初の予定通り街道沿いで野営をし、明朝直ぐに出発する事にいたしましょう。そうすれば昼頃にはレゼルブに到着するでしょうから」
当初の予定ってなんだよ。依頼表にはそんな事書いてなかった筈だぞ。
でもまぁ、それくらいの変更なら別にいいか。ターゴ村とやらを見てみたい気持ちはあったが、野営については何も問題ない。
食材はポーチにたっぷり入ってるし、魔法で石の家を建てることも出来る。おまけに石風呂も。
護衛に関しても失敗はないだろう。俺は危機感知のせいか、或いは迷宮暮らしのせいか、脅威が近寄って来たら睡眠中でも強制的に覚醒してしまう身体になった。だからいつも通りぐっすり休みながら必要に応じて危険に対処すれば、疲労も溜まらない。この辺の地域はあの迷宮より遥かに安全だしな。
なんて考えていたのだが、この感覚がおかしい事を直ぐに自覚した。
「――勝手な事を! 当初の予定って、それはアンタの頭の中の妄想でしょう!? そんな話は聞かされてないし、依頼表にも書いてない。せめてアランが最初に確認した時にそれを話していれば、まだ受け入れる事もできたかもしれない。でももう完全に遅い! アンタは私達を見下して依頼内容を決めた。それを今更、よくも悪びれもなく変更の話を持ち出せたわね!」
そうか、アスカルは俺たちじゃあ野営時の襲撃に対応出来ないと思い込んでいたから、大事を取って少し遠回りになるがターゴ村で休むと決めたのだろう。
だが、さっきの何気ないハイドロピジョンの感知と討伐、アランと俺の会話で実力がある事を認識した。だから急遽予定を変更したのだ。
それはレイラの言う通り、俺たちを見下し、軽んじる行為だ。
冒険者の都合をまるで考えていない。
目の前の商売道具が『使える』事に気付いたから、その道具の損耗具合を気にせず最大限利用してやる。そんな思いを感じる。
「レイラの言う事に僕も同感です。貴方は野営を当初の予定と言いましたが、依頼内容にその様な表記はない。つまり、今の発言は依頼内容変更の提案に他ならない。そして、依頼遂行中の依頼主都合による内容変更は、迷惑料として銀貨五枚の支払いが定められています。また、変更内容によっては追加報酬の話し合いも必要です。貴方は今回Bランク以上のパーティを指定してこの依頼を出しましたが、そのランク帯の冒険者に野営中の護衛を頼むなら追加で銀貨四十枚以上はかかるでしょう。貴方はこれらの話を最初にするべきでした」
レイラからは冒険者の感情的な部分を学び、アランからは理性的な対応の仕方を学ぶ。
アスカルは碌でもない奴だが、今回の依頼は学ぶべき点が多くて助かる。
「はぁ、わかりました。しかし相場通りに出す必要があるのでしょうか? そこの東方の……リュートさんと仰いましたか。貴方の感知能力は他の方とは比にならないほど高い。寝ずの番をするにしても、貴方一人起きていれば他の方々は普段通り休める筈です。一人の徹夜の為に銀貨四十枚の支払いを要求するのは悪質とは呼ばないのでしょうか?」
いや、確かに俺は問題ないけどさ、それをお前が言うのは違くないか……?
ドン引きしていたらレイラが我慢の限界を迎えた様に立ち上がった。
「――お前!」
珍しく口調まで乱暴になっている。放っておいたらアスカルを殺しかねない程の怒気を纏う彼女に思わず唖然とする。放っておいたら明らかにまずい事になるため、慌ててレイラを羽交締めにして落ち着かせる。
そうして無理矢理席に座らせた後、アスカルに向き直った。
「アンタ、別に金がないわけじゃないんだろ? ただ冒険者を見下し、こんな奴らに金を払うなんて馬鹿馬鹿しいと考えているだけだ。違うか?」
俺の質問にアスカルは答えなかった。でもちゃんと聞いている。
「俺たちの苦労を想像出来ないアンタに対して、最初は先天的な共感能力の欠如を疑った。そういうサイコパス的特徴を持った奴は一定数いて、関わると碌な事にならないからあまり近付かないようにしてたんだ。けどアンタは違った。さっき金の話をした俺たちを見て、悔しそうな、恨めしそうな目をしてただろ? 過去に何か冒険者達とトラブルでもあったのか?」
傍に座るアランやレイラは俺が何を言っているのかと首を傾げた。日本で暮らしてた時みたいに話すと偶に会話が成り立たないから注意しないとダメだな、なんて考えながら正面の男を見る。
相変わらずアスカルは答えない。
「別に俺たちはアンタから金を騙し取ろうなんてつもりはない。アスカル・アカシアが信用ならない人間だから金の話を一番に持って来てるだけで、アンタの依頼内容変更に真っ当な理由があるなら突然の申し出でも受け入れる。まずアンタは、何故自分がそんな態度でいるのかを話し、詫びるべきだと俺は思う」
アスカルはずっと目を伏していたが、僅かに顔を上げて俺の目を見た。
しばらく目が合ったが、やがて彼は驚いたような、恐ろしい物をみたような、そんな顔をした後、震えながら頭を抱えてしまった。
威圧など使ってないのに、彼は何を怯えているのか。何を見たのか。
「金貨、二枚……それで勘弁して下さい」
アスカルは取り出した紙に何かを書き殴ってアランに渡した。それは相場よりも遥かに高い依頼内容変更の手続き書だった。
彼は大金を払って口を閉ざす権利を買ってしまったのだ。