プレゼント
「皆さんおかえりなさいませ。もうすっかり馴染まれていますね……ってリュートさん!? その右手はいったい……」
訓練場で立ち回りの確認をしていた俺たちは、訓練に付き合わせていたミスティナの「ギブアップ」の声で時間を思い出して解散する事になった。
「お姉さんは疲れたよ……」と彼女は嘆いていたが、後衛職のマナやミーシャの方が体力あるってどうなんだ。
自分達の家に帰ったレイラとマナを見送ってから俺たち三人はホテルに戻って来た。
はぁ……この高級ホテルも明日までか
「右手の事は気にしないでくれ。それよりアニス、俺たちは明後日の早朝にこの街を出る事になったんだ。月末まで部屋をとってくれたコーネルには悪いけど、依頼が入ったからな。もしまたコーネルに会う事があったら、礼を言っておいてくれ」
「えぇ!? そうなんですね……わかりました、かならず伝えておきます。この街にはまた戻って来ますよね?」
「順調にいけば一年後には戻るかな……あ、そうだ。ホテルのシャワー室にある石鹸とシャンプー、とても気に入ってるんだけどあれは売ってくれるのか?」
今後野営をする場合、地属性魔法で石風呂なら作れるけど、その時にシャンプーや石鹸があったら最高だもんな。日本人は清潔好きなのさ。
「えぇ、ご用意しておきます」
よし、これで旅の準備は整うな。
「さて、ミーシャ。先にレストランに行っててくれ」
「……? わかった」
アランを連れて俺は自分達が泊まっている部屋に入る。
不思議そうにしているアランを扉から押し込み、自分の体を中に滑り込ませ後ろ手に鍵を閉める。
「この部屋、家具の配置が滅茶苦茶だね……」
「ミーシャが魔法の練習しながら寝るからな。それより、俺が何を聞きたいかわかるか?」
「……う、うん……?」
これから何が始まるのかビクビクしているアランだが、揶揄うのはこの辺でやめにして、単刀直入に訊ねる。
「さっき言ってた魔力親和性がどうのこうのって、何の話だ? なんでレイラは怒ってたんだ?」
「あ、あぁ……それか……」
俺の聞きたい事がわかっても尚、アランは目を逸らしている。何故だろう。
パーティメンバーの秘密を詮索しないというのは俺自身が決めたルールではあるが、昼間のアランは素直に俺に話してくれようとしていた。口を噤んだのはレイラが割り込んできたからだ。
という事は恐らく誰かの秘密に関わるものではなく、世間一般的に口外するのがまずい内容だったりするのだろう。だからこうして二人きりになればアランは最初みたく普通に話してくれるんじゃないか、そう考えた。
「……………………」
しかし彼は中々口を開かない。
「………………」
無言で見つめ続けること数十秒。
大きくため息を吐いたアランが観念したように言った。
「僕が言ったって言わないでよ?」
「もちもち。嘘と演技は大得意だからな」
「詐欺師でも目指してるのかい……?」
コホン、と咳払いをしてから説明してくれた。
「常人には感じられないんだけどね、魔力っていうのは人によって違うものなんだよ。ほら、例えるなら人の顔と同じだよ。目があって鼻があって口がある。視覚や嗅覚と言った基本的な性能は皆同じく持っているけれど、形やバランスが皆それぞれ違う。同じ顔の人は一人もいない」
顔のいい奴に顔を例えに出されるとなんだかイラッとするけど、話が拗れるから黙っておこう。
「それと同じ様に、魔力の質も人によって違うんだ。もちろん、生身でそれがわかる人なんていないけど、魔法研究者の中ではそれは当たり前の常識として扱われている。魔力の質が違うからこそ、精霊に愛されやすい魔力とそうでない魔力が存在するって話だしね……まぁそれは置いといて。それで一説によると、無限にもある魔力個性の中で、似通った魔力――親和性の高い魔力って言うんだけどね、自分と親和性の高い魔力によるダメージは大幅に軽減されるんだよ。自分の固有魔法が自分には大したダメージにならないのと同じ原理だね」
……魔力の質か。なんとなくわかる気がするけど、これは秘密にしておこう。
で、魔力個性が似通ってる――簡単に言うと俺の魔力とレイラの魔力が似ているからダメージにならなかったって、それだけの話か? 少し呆気なく思った。別に秘匿する様な情報でもないし、直ぐに説明してくれればよかったのに。
しかし、魔力親和性か。思い返せば火属性だけでなく、俺の魔法は全体的にレイラに効きが悪かった気がする。
じゃあなんでレイラの狂化後の魔法は俺に効いたんだ? 殺す気だったから? それとも彼女の中にいる別の存在が動いていたから?
……わからないな、この問題は暫く置いておこう。
「なんでそれだけの話をレイラは遮ったんだ?」
「……実はね、この魔力親和性の高い人っていうのはそう簡単に見つかるものではなくてね……。これは学術的根拠のない迷信みたいなものなんだけど、魔力親和性の高いカップルは相性が良く、生涯共に過ごす事になるって言われてるんだ。確かスクオロ魔法学園の女子生徒から広まった噂だったかな? 若い女の子はこういう話すぐ間に受けるからね……」
なるほど、話が見えて来たぞ。
「つまりレイラは、俺が迷信を意識して好意を寄せて来るのを阻止するために情報を隠したって事か」
そんな気を回さなくても俺はあの時の出来事のせいで人の愛憎が怖い。恋愛なんてする気も起きないから心配いらないんだけどな。
「……えっ? あ、そうか、そういう解釈なのか、君は」
そもそも俺は地球に帰るんだ。必要以上の繋がりは別れを辛くさせるだけ。
「俺は学術的根拠のない話は信じないから変な事気にしないでくれ。そんな事より、アランはレイラの炎平気なのか? あの火力じゃあその護石ってやつでもキツいだろ」
キョトンとしていたアランは真面目な話になった事で顔つきを変えた。
「そうだね……正直、盾で防がなければ火傷は免れないね。だから僕とレイラが向き合って敵を挟み込む立ち位置じゃないと、僕は万全の働きをする事が出来ない」
敵の攻撃とレイラの炎を纏めて盾で防ぐ立ち回りだな。
訓練の時はそのように立ち回れていたけど、相手がすばしっこい魔物だった場合、必ずしも安全な立ち回りを続けられるとは限らない。
いざという時に仲間の炎でアランが怯んだら、そこから戦況が不利になりかねない。
「俺じゃなくて、アランとレイラの魔力親和性が高ければよかったのにな」
「…………それレイラの前では絶対に言わないでね? それに、僕もレイラも成長していける。この程度の問題はすぐに解決してみせるから安心してよ」
「うぅん……あまり無理するなよ」
僅かな心配を残しながら秘密の相談会は終わった。
⭐︎
翌日はパーティ全員、半日だけフィールドに出る事になった。
朝から平原でホーンブルを狩りつつ、森で薬草を採取した。
アランは昨日言っていた通りの立ち回りを意識してレイラと上手く連携をとっていた。彼の協調性は素晴らしいものだ。
マナはミーシャの事をよほど気に入ったらしく、「ミーちゃん」と呼びながらずっと引っ付いている。
ミーシャはまるで不機嫌な猫みたいにマナから逃れようと歩調を変えていたけど、やがて諦めてしつこいマナを受け入れていた。
そんな二人だが、戦闘中は息がぴったりで、同じ敵を狙う時でも互いの魔法が邪魔をし合わないように交互に放つか、違うタイプの魔法で敵を翻弄していた。
例えばミーシャが空中から石の剣を落とすなら、マナは地属性精霊魔法で敵の足を縛り付けたり。
マナが火球を飛ばす前に、ミーシャが敵の頭部を石の盾で殴って動きを鈍らせたり。
「なんだかこのパーティって凄く相性が良いと思うんだ」
昼食の準備をしながらアランが言った。
俺は利き手である右手を凍らされているから細かい作業は出来ない。食材を切るのはマナとミーシャに手伝って貰って、味付けだけ俺がやる事になった。
「私はまだ炎が制御出来ないけど…でも、確かに結成したばかりとは思えない連携ね」
「ねぇししょうー。東方の人ってどうして海のゴミ食べるの?」
「ゴミとか言うな! これは昆布と鰹節だよ! 出汁をとるの!」
「リューが作る料理は世界一。マナは黙って言われたことやって」
「……自由奔放な所もあるけど、それも良い所だよね」
アランよ、無理に全てを肯定する必要はないぞ。
「そういえば明日の護衛依頼って、どんな流れになるんだ?」
「抽象的な質問ね。何もわかってない人みたいよ」
「自慢じゃないけど何もわかってないぜ」
レイラの視線がイタイ。
「ははは……まぁ、依頼内容については今朝シェリーさんが言っていた通りだよ。護衛対象はアスカル・アカシアさんと、彼が持つスーツケース二つ。荷物がマジックバッグ二つに全て纏まっているのは、移動面ではかなり便利だ。けど盗賊に襲われた場合、一つでもマジックバッグを奪われれば、それだけで手持ち資金の半分を失う事になる。つまりこの依頼に関して言えば、護衛対象が少ない分、一つのミスも許されない。だからこそBランク以上のパーティ指定だったんだね。二日間の護衛で報酬も金貨二枚なら、悪くない」
そうか、なんでもかんでもマジックバッグに詰めてしまうと、盗まれた時のリスクが高くなるのか……絶対盗まれないようにしなきゃな。
「報酬に関して言えば、高ランクの討伐依頼を二日間受けた方が効率的ね。護衛って他人と長時間過ごす事になるから嫌なのよね……」
レイラがコミュ障みたいな事言ってるけど、その気持ちは俺もわかるぞ……。
でもまぁ、何事も経験だ。今後も護衛依頼が入るかもしれないし、しっかり学んでおこう。
出来上がった味噌汁と、今朝土鍋で炊いておいた米で作った塩むすびを配って昼食にする。
言うまでもない事だが、炊き上がった際につまみ食いした米は最高に美味かった。この世界に米があってよかった。
「なによこれ! 貴方にこんな才能があるなんて信じられないわ!」
「わー! 海のゴミがこんなに美味しいスープになるんだね!」
俺が作る料理を初めて食べた二人も口に合ったようで何よりだ。マナには後でお仕置きが必要そうだけどな。
⭐︎
昼食後も護衛依頼中に襲撃があった場合の立ち回り方について話し合ったり、地図上で移動ルートの確認などをした。
そうこうしてると結局帰るのは夕方になり、俺たちはいつも通りホテルに戻って早めに寝た。
そして翌朝。
朝が弱いミーシャを起こして準備を整える。
食材は沢山買ったし、保冷の魔道具もちゃんと機能している。
家具の配置は昨夜戻したし、忘れ物もないな。
ロビーに降りる階段の途中でアランと鉢合わせる。
一緒に下まで降りると、緊張した面持ちのアニスがいた。
「あ、おはようございます。もう出立なさるのですね……」
「あぁ、アニスには世話になったな」
特に致命傷の手当てをしてくれたのは本当に感謝している。
そういえば頼んでおいた物は用意できてるだろうか、と思った所でアニスがカウンターの下から綺麗に包装された箱を取り出した。
「これは私からのプレゼントです。頼まれていたシャンプーと石鹸、それから傷だらけのリュートさんの為に塗り薬も入ってますよ」
「……え? いいのか? 礼をするべきなのは俺の方だと思うんだけど……」
「受け取って下さい。東方では旅立つ方にエールの気持ちを込めて餞別という物を送るんですよね?」
「そういうことなら……ありがとう、いただくよ」
箱を受け取るとずっしりと重さを感じた。どんだけ入ってるんだこれ。
アニスは笑顔で言った。
「また一年後に、お待ちしてます!」
「あぁ、世話になったな」
たった数日の付き合いだったが、人間というのはそれでも親しみを感じてしまうもので。
また会える日が来ると知りながら別れるのは、それは未来への楽しみになる。
でもそうじゃなかったら?
これからの旅でも沢山の出会いがあるはずだ。
そして例外なく、別れも訪れる。再会が叶わない別れだ。
「……行こうか」
この行き場のない寂寥感には蓋をしよう。
俺の目的は最初っから家に帰る事だけなのだから。