最終調整
「なんだったんだ、アイツ」
そう呟いた俺にガイストは説明してくれた。
深雪の魔術師、シフティ。
ガイストが昔組んでいたSランクパーティ『暁の宴』に一番最後に加入した魔術師で、氷系魔法を最も得意とする凄腕の冒険者。
雪山とか凍原に暮らす雪人族という長命の種族で、やはり見た目通りの年齢ではないらしい。因みに雪人族の平均寿命は二百歳で、これはエルフ族とおおよそ同じだそうだ。
「腕は確かなんだが、アイツは何を考えているのかまるでわからん。俺たちのパーティに入った理由すら曖昧なんだ。まぁやる事はしっかりやってくれたから別に構いやしないんだけどよ……フィオナと繋がってるってのがどうにも気になる」
「なんでそんなにフィオナを警戒するんだ? 悪人なのか?」
「あの女は得体が知れねぇんだよ……。フィオナの事を知ってる奴はそんなに多くない。だけどアイツのこと知ってる奴は大物ばかりなんだ。さっきのシフティみたいにな。そしてあのシフティが潜在意識下でフィオナを凄い奴だと認めているんだ。さっきの会話の中で、お前も気付いただろ?」
確かに、シフティは「フィオナに不満を抱いてるから俺を殺す」なんて冗談を言ったが、そんな遠回しな嫌がらせを口にするって事は、正面から戦えばフィオナに勝てないと本人が認めているからに他ならない。
「そういえばシフティはなんでフィオナに不満を抱いてるんだ? ガイストも知ってるって言ってたし、二人揃って何かされたのか?」
「いや。暁の宴の五人共フィオナに疑念を抱いている。あれは俺たちが暗黒大陸から帰って来た時――いや、この話はやめだ。とにかくリュート、お前もフィオナには気を付けろ」
「はぁ? 話の途中でやめるなよハゲ! 気になるだろうが!」
「あっ!? テメェなんてこと言いやがる!」
「お前がハゲてるのが悪いんだろ!」
「言いかけてやめたのは悪いかもしれねぇが、ハゲは悪くねぇ……あ、いや、これはハゲじゃなくてスキンヘッドだ!」
俺たちが口汚く罵り合っていると――罵っていたのは俺だけだが――レイラが呆れながら身体を起こした。
「二人ともバカね」
そう言いながらガイストが大事そうに持っていた大剣を受け取りつつ、首元を触っていた。そこにある筈の物が無い事に気が付き少し焦ったような表情をしているレイラに、俺はポーチから出した紅水晶のペンダントを渡す。
「あ、ありがとう……」
珍しく素直なのはこの二つの物が彼女にとって大切な物だからだろう。俺もゴブ太のポーチが見当たらなかったら焦るから気持ちはわかる。
「はぁ、何から話したもんか……。シフティの乱入、リュートの質問、正直俺にはサッパリなんだが……お前も話すつもりはねぇって顔してんな」
こちらを問いただしたくてウズウズしてるガイストを意識的に無視する。
話題を変えようと悩んでいると、俯きがちのレイラがこちらを向いた。
「……ごめんなさい、久しぶりにペンダントを外すからどこまで力が暴走するかわかっていなかったの。もしかしたら、今の私なら扱えるんじゃないか、なんて慢心していたわ。でも――ダメだった」
謝りながら、どんどん顔に影がさしていく彼女は心底悔しそうだった。
「肉体が勝手に動く中で、貴方との戦いを朧げな夢みたいに見ていたわ。私は、本気で貴方を――殺そうとしていた。理性を失ったなんて言い訳で許されるわけないってわかってる――。私は、やっぱり私がパーティを組むなんて……」
『孤高のレイラ』という二つ名は、きっと彼女が望んでつけられたものではないのだろう。
レイラの両親が生きていた頃は三人で冒険に行く事が多かったらしいし、かつては他のパーティに誘われて組んだ事もあるらしい。つまり、彼女が一人になったのはきっと自らの意思ではない。
制御しきれない力、亡くした両親、高みについてこれない冒険者達。
そういったものが彼女を孤独にし、一人で歩ませていたのだ。
でも、そんなレイラが自らを変えようとして、俺たちとパーティを組んだ。
彼女はもう既に仲間だ。手を差し伸べるのは当然じゃないか。
「気にするな。俺なら暴走したお前を止められる。それはさっき証明出来ただろ? だから何も不安に思う事はない。このパーティにいる限り、レイラが仲間を傷付ける事はないんだ。だから自分の力にはゆっくりと向き合っていけばいい」
シフティにした質問の答えは返ってきていない。
レイラの中に何がいるのか、俺には未だにわからない。
だけど、その力を使いこなすのか、追い出すのか、きっと方法はあるはずだ。
この旅の中でそれを見つけられたらと思う。
「くぅーっ、若いっていいな!」
正面で聞いていたガイストが目頭を抑えながら部屋から出て行った。
なんなんだアイツ。
だけど目元を隠しているのはガイストだけじゃなかった。
「……ありがとう』
「ああ」と小さく返事をした所で、沈黙が訪れた。
多分今までの俺とレイラだったら居心地の悪さを感じていたのだろうが、今では不思議とリラックス出来た。
右手の氷を眺めて制御方法を考えていると、背後の扉が開いてガイストが戻って来た。彼は俺の右手を見て何か言いたげにしていたが、けっきょく口を噤んだまま室内に入って来た。
どうやらアラン達を呼びに行っていたらしく、ガイストの後ろから入って来た三人は俺の右手を見て駆け寄って来た。
「リュート! その右手はどうしたんだい!?」
「あぁ、シフティっていう性格の悪そうなクソガキに氷漬けにされたんだ。冷たくはないし、その内操作出来るようになれば問題無い」
「シフティって、深雪の魔術師の!? き、来てたの!?」
前から思ってたけど、アランって若干ミーハーっぽいよな。
有名な冒険者の事とか一通り知ってる様子だし。
「ししょうー! 最後の魔法すごかったね!」
右手の無事を知ると、話は先ほどの戦いに変わろうとする。
「なんだか、急にうるさくなったわね……」
盛り上がろうとする仲間達(主にマナ)を宥めてから、そもそものギルドに呼ばれた理由を聞く。
「おう、ようやく本題が話せるな。とは言っても、最初に言った事と同じだ。お前らはシャミスタに行く途中でいくつかの街に寄ってギルドの依頼を受けてもらう。依頼に関しては俺が指定したものをその街のギルドで案内してもらう事になっている。あぁ、俺が指定した依頼以外も受けて構わねぇから安心しろ。最終目標が災禍の迷宮って事で、依頼以外に迷宮探索の経験も積ませると思うが、まぁ先の話だ」
「って事は、俺たちが次の街に着く頃には、そこのギルドには俺たち専用の依頼が用意されてるって事か? 滅茶苦茶お膳立てしてくれるんだな」
「ま、それが特級冒険者ってもんよ。指定依頼だけを順調にこなしていけば一年程度でこの街に戻って来れるだろう。他の依頼を受けたり、どこかで休暇を過ごしたりするならもう少しかかるだろうけどな。ま、その辺はお前らの自由だ。ただ、場合によっては緊急性の高い依頼を渡す事もあるかもしれねぇ。その時はどうにか対応して貰うぞ」
緊急依頼は仕方ないとして、休暇の事まで考えてくれてるなんて高待遇だな。
……と思ったが、そういえば、俺たちが訓練してると毎回見にくる暇人が結構いるよな。もしかして冒険者ってほとんど働いていないのか? それが多数派なのだとしたら、根っからの怠け者集団だ。
「んで、お前ら。出発の準備はできてるのか?」
ガイストの問いにレイラとマナ、アランは頷いた。
俺とミーシャは顔を見合わせる。多分同じ事を考えている。
あの高級ホテルはコーネルの厚意で今月末まで泊まれる事になっている。あと四泊だ。
俺達にはあと四度の夜を清潔でフカフカなベッドの上で過ごす権利があるのだ。
それだけじゃない。
毎日二度、朝と夜にはプロが調理した美味しい料理を腹一杯食べられる。
金を払わずしてこんな生活が送れるのだ。
地球にいた頃は当たり前のように享受していた文化的生活だが、迷宮で数ヶ月過ごした後だとこの有り難さは身に染みる。手放したくないと本気で思う。
……いや、わかってるさ。
ホテルの宿泊日数が残っているからといって、これ以上この街にとどまるのは不合理だ。
俺は早く帰らないといけないから、ぐうたらする為だけに出発日を遅らせるのは許されない。それにキチンと冒険者の仕事をこなしていれば、冒険の途中で同グレードのホテルに泊まる事も可能だろう。
だから早く消えるんだ、俺の中の貧乏性。
「問題……無い……!」
断腸の思いで決断した俺を見てガイストがニヤニヤしている。
「お? 俺と別れるのがそんなに寂しいのか?」
「は? 冗談でもそんな事言うなよ。気持ち悪過ぎて部屋中ゲロまみれにする所だったわ」
「私の隣でそんな事したら窓から叩き出すわよ」
冗談はさておき、話を続けよう。
「すぐにでも受けて欲しい依頼があるのか?」
「切り替えはえぇよ。流石の俺でもボロクソに言われて傷付いてんだぞ……」
女々しい事を言うガイストをアランは憐れみの目で見つめている。
「ゴホン……まぁ、そうだな。次に向かって欲しいのはレゼルブだ。最近あの辺りの魔物が活性化してるようでな……。場所はここから北西、馬車で二日あれば行ける街だ。んで、丁度レゼルブまで行きたいって商人が護衛依頼を出してきたんだ。これはそんなに大事な依頼じゃないから他の奴に任せてもいいんだが、行き先が同じだから受けてもいいんじゃねぇかと思ってな。明後日の早朝出発なんだがどうだ?」
仲間達の顔を見回すと、問題無いと頷いていた。
「わかった、その依頼受けよう」
「よし、決まりだな。詳細は後でシェリーから聞いておいてくれ。お前らはもう行っていいぞ。アラン、お前は少し残れ」
「じゃあアラン、訓練場にいるから終わったら来いよ」
出て行こうとする俺たちをガイストは「あ、忘れてた」と呼び止めた。
「そういやお前達、パーティ名は決まったのか?」
「あぁ、泡沫の夢だ」
ガイストはニヤリと笑って言った。
「へっ、イイじゃねぇか」
⭐︎
アランと一旦別れた後、俺たちは再び訓練場に戻り、パーティでの立ち回りを確認した。
基本的にはアランとレイラが前衛、マナとミーシャが後衛で俺は中衛という事になった。
中衛の仕事は前衛の援護と後衛の補助。とレイラに教わったのだが、抽象的でよくわからないというのが本音だ。これは実践を重ねながら感覚を掴んでいくしかないだろう。
訓練中、ガイストとの密談でアランがいない間は、俺が前に出る事が多かった。やっぱり俺やレイラには彼ほど戦況を安定させる事は出来なかった。
暇そうなミスティナに相手をして貰ったが、俺もレイラも敵の攻撃を避けながら立ち回るから、必然的に敵の動きも多くなる。そうなると、後衛の魔法の命中率はグッと下がる。
やはり敵の攻撃を受け止めながら動きを阻害する盾役は、パーティにおいて重要な役割なんだと知った。
「お待たせ」
そんな事を考えていると、ようやくアランが降りて来た。
左手には今までと違う大きな盾を持っている。
体の半分程を隠す五角形の盾で、身を屈めば体全体を守る事も出来るだろう。
白を基調とした綺麗なデザインだが、盾の周囲にはなんとなく赤い靄のようなものが見える。
俺たちがガン見してるとアランは教えてくれた。
「これはガイストさんに貰ったんだ。このパーティは火力は充分だから、盾がしっかりしないとってね。内側に護石を嵌める場所があるんだけど、今は炎の護石をセットしているから火属性に耐性を持っている。だからレイラも安心して剣を振るって構わないよ」
なるほど、周囲を巻き込むレイラの炎をその属性防御盾で防ぐのか。
レイラは「迷惑かけるわね」と申し訳なさそうにしている。
「あれ? そういえば俺はレイラの炎が熱くなかったし、レイラも俺の炎が効いてなさそうだったんだけど、これはなんでなんだ?」
ふと思い出した疑問を口にするとアランは目を丸くしていた。
「そ、それってもしかして、お互いの火属性の固有魔法が、自分の固有魔法みたいに感じられたって事?」
「そうそう! まさにそんな感じだ。何か知ってるのか?」
「本当にそんな事があるなんて……あのね、それは魔力親和性が――」
「う、うるさいわよ! そんな事はどうでもいいから早く訓練に戻りなさい!」
えぇ……? なんで怒られた?
アランはハッと気付いたような顔して苦笑してるし。
まぁいいか、後でアランを問い詰めれば吐くだろう。