烈剣
翌朝、アランとミーシャを連れてギルドに来ていた。
いつもより早い時間に訪れたが、いつもより人が少なかった。前にもこんな事があったな。
「おはようございます皆さん。レイラさんとマナさんが訓練場でお待ちですよ」
地下に降りると、受付のシェリーが言っていた通りレイラとマナが手合わせしている。冒険者達の多くはここで見学していた。
……おや、あいつは昨日の、ベンって言ったっけ。意外にも真剣に彼女達の手合わせを見ている。もしかしてレイラについていけない雑魚と言われたのが悔しいのだろうか。
まぁいい。
俺たちも観客に混ざって、動き回る二人を見下ろす。
レイラの格好は軽鎧装備と言うのだろうか、動きやすさ重視に見える。自分の背丈よりも大きな大剣を振り回しているが、その度に彼女の固有魔法である炎が斬撃となって飛んでいる。炎は訓練場の壁にぶつかって消えてはいるが、その威力は決して低くない。周囲が敵だけの状況なら心強い力なのだが――問題は彼女の隣に立つ前衛の味方だ。
チラリと隣を見ると、苦い表情で観戦するアランがいた。
アランは盾職だ、当然ながら前に出る。そして同じように、大剣を振り回すレイラも前衛で動き回ることだろう。その際に厄介なのがレイラが振り回す炎だ。アランにはあの魔法をどうにかする手段があるのだろうか。フレンドリーファイアで焼かれるなんて洒落にならないぞ。
「遅いじゃない」
俺たちに気付いたレイラがこちらを見上げて声を上げた。思考を中止し、「おはよう」と挨拶をしてから二階から飛び降りる。
「ししょーおはよ! マナ、ちゃんと出来てた?」
レイラにばかり夢中になっていたが、マナは教えた通りの事がしっかり出来ていた。レイラの攻撃が当たらないように風魔法を駆使して動き周り、余裕があれば牽制で無詠唱魔法を撃ち込んでいた。
もちろんレイラには効かないような小規模な魔法だったが、あれだけ動けていたら完璧だ。そもそもマナは後衛だしな。
「あぁ、よかったぞ。後は魔法の練度を高めていければもっと良いな」
「はい!」と元気に返事をするマナの頭を撫でると嬉しそうにしていた。
「おい聞いたか? あんな幼くてか弱い女の子弟子にしてパーティ組ませてんのか? 噂通りの鬼畜野郎じゃねぇか……」
おい待て誰が鬼畜野郎だ。
不意に聞こえた暴言に振り返ると、二階で見た事ない冒険者が「やべっ!」みたいな顔して目を逸らした。いつもより早い時間だからか、知らない奴が何人かいるな。
それより……まぁ百歩譲って鬼畜野郎は許すとしよう。初日に暴れたのは事実だしな。
でもマナをか弱いと評価したのは許しちゃダメだな。
冒険者ってのは今みたいに同業者の評価を気にしたり噂を流したりするJKみたいな奴らだ。
そんな中で特級パーティのマナが弱いと思われれば、絡んでくる冒険者も増えるだろう。マナなら有象無象に負ける事はないと思うが、優しいこの子は人に手出しできない。
それを見て調子に乗った冒険者が更に絡んでくるという悪循環に陥る可能性がある。
だから間違いはここで正しておかないといけない。
「か弱いぃ? 他人の評価もまともに出来ないおバカさんは無闇に口を開かない方がいいわよ。無能が露呈するもの」
だが俺が言うより早く口を開いたのはミスティナだ。彼女も見てたのか。
「な、なんだと……って、ミスティナさん?」
「だってアナタ、その剣でマナちゃんに攻撃当てられる? ノロマのアナタには無理だと思うけど。それに、そっちで見てる魔法使い。アナタは一つでも無詠唱で魔法が使えたかしら? しかも敵の攻撃を避けながら連続して魔法を撃つなんて、凡人には真似できないわね」
彼女が言うと冒険者達は押し黙った。
ちゃらんぽらんな女だと思ってたけど、冒険者からの信頼は厚いのか? そう言えばBランクだし教官でもあるみたいなこと言ってたよな。意外な一面だ。
そう思って眺めていると、俺に目を合わせたミスティナがウィンクして来た。
それを当然のように無視してからレイラに向き直る。
彼女は少しの間目を閉じて考え事をしているようだったが、やがて決心がついたように口を開いた。その瞳には強い光が宿っている。
「リュート、貴方と本気で戦いたいわ」
「突然なんだよ……」
同じパーティを組むのだし、互いの戦い方を知る為に手合わせをするのは理解出来る。だが、彼女の力強い瞳は単なる手合わせを求めてるようには見えない。
「実は貴方が最初にギルドで暴れた時、参戦しなかった事を後悔してるの。『烈剣』と『氷杖』の娘である自分が、未知の生物に対してどれだけ戦えるか知りたい」
聞いた事ない二つ名は、きっと彼女の亡くなった両親の事だろう。
「って、未知の生物って俺の事かよ! 人をUMAみたいに言うな!」
異世界人である点を考慮すると未知の生物と言われても完全否定出来ないのが苦しい所。
それにしても――戦いたい、か。
正直に言うと、俺は戦うのがそんなに好きじゃなかった。
平和な国で平穏に暮らしていた最中に迷宮に落とされて、突然殺し合いをさせられたんだ。そうやって身に付けた戦闘を好きになれるわけがない。
でも、ガイストと戦った時にその考えが変わった。
戦闘は殺し合いにもなるが、コミュニケーションにもなる。
ガイストは戦闘狂だが、悪い奴じゃないと思った。それはアイツの戦い方が真摯というか、戦いの中で俺の事を見てくれている気がしたからだ。
魔物と戦っている時はお互い殺す事、生き残る事しか考えていないが、人同士の手合わせというのは様々な意味を持っているんだと思い知った。
「いい機会だしな」
最初会った時は強そうだし戦いたくないと思っていた赤髪の少女。
でも今は、共に旅立とうとしている彼女の事を知りたいと思っている。
俺が両手に氷剣を出すと、レイラは大剣を一振りした。
飛んでくる炎を剣で防ぐと、二本の氷剣はあっという間に溶けていった。
想像以上の火力だ。
でも俺自身はあまり熱く感じなかったのは何故だ?
まぁいい。
両手の剣を石剣に変えて仕切り直す。
腰を低く来て構えると、レイラは地面を蹴って大きく前に跳んだ。
あまりの速さに逃げ出したくなるが、この大剣に背を見せるのも恐ろしい。
左手の石剣で上から振り下ろされる大剣を受け止める。大剣から放たれる炎を受け止める事は出来なかったが、やはり熱くない。もしかして俺は魔法に対する耐性が滅茶苦茶高いのか? いや、しかしマナの精霊魔法は普通にダメージ入りそうだったな……。
考え事は後にしよう。
隙ができた脇腹を右手の剣で狙うが、直後、左手の剣が粉砕された。
「嘘だろ!?」
剣を砕いた大剣がそのまま俺を両断しようとするから、慌てて避けてから宙に飛んだ。
くそ、俺はピンチになると空に逃げる傾向があるな。
自己分析も程々に、思いっきり魔力を練ってから火炎球を放つ。
火属性の固有魔法を持つ者は、火属性の攻撃に対して耐性をもっている。だが効かないわけじゃない。
大剣を斜めに構えて魔法を受け止めるレイラ。
いくら耐性があっても、この威力は受け止められないだろう。
地面にいる彼女に魔法が着弾した瞬間、訓練場全体が炎に包まれる。観客席から悲鳴の数々。
「うわぁぁあ!」
「アッチィ!」
「おい! 高い金払って対魔法結界を強化したんだから壊すんじゃねぇぞ!」
いつの間にか観戦していたガイストがケチくさい事を言っている。そういえばレイラの炎や俺の魔法が観客席まで届かないと思っていたら、結界魔法とやらで守られていたのか。俺も使えるようになるかな?
「よそ見、しないで!」
舞い上がる爆炎の中から無傷で跳んだきたレイラは、両手で持った剣を全力で振るう。
渾身の一撃だが、空中での機動力で負けるつもりはない。
風魔法で大剣を躱して反撃に出ようとするが――
「炎の鞭!」
俺が避けた先に左手を向けたレイラは、その手から細長い炎を伸ばした。
実体が無い筈の炎なのに、この魔法は俺をキツく縛り上げた。
やはり熱さは感じないが、左手をクイッと曲げたレイラの元に身体を引き寄せられる。俺の無防備な身体を狙う大剣が斜めに構えられている。
おいおいおい。殺気を感じるぞ。
「エアロブラスト!」
マナに精霊魔法を教わっておいてよかった。
俺の周囲に生まれた風は爆発したかのように周囲を荒れ狂う。
その風に弾かれたレイラは地上に落ちて行き、同時に炎の鞭も千切れた。
危なかった。もうなりふり構っていられないな。
地面に降り立つと、対峙しているレイラが笑っていた。
言葉はなかったが、「漸く本気を出してくれるのね」とでも言ってるようだった。
今まで手を抜いていたつもりはないが、彼女のような美少女を傷付けるのはなんだか気が引けていた。恨みを抱いてる相手ならともかく、レイラは仲間だしな。攻撃するのはどうしても躊躇してしまう。だからガイストに使っていたような鋭い土棘や、風で斬り刻むカマイタチも使う気になれなかった。
でもその気遣いは戦士として無礼だった。
仲間ではあるが、お互い強くなろうとする者同士、全力でぶつかり合わないと意味がない。
目を閉じて口を開く。
「冷冷たる凍土の主よ」
これはマナが一番大切にしていた本に書かれていた最上級の水魔法。
水系統の精霊魔法の筈なのに、一節目の呼びかけは精霊に語りかけてはいない。
マナには使えなかった魔法だが、俺には使える予感があった。
しかし――
「寒冷に震えるか弱き魂よ」
やはり危機感知が反応している。
魔力の収束、魔法の完成に近付くにつれて、危機感知は大きな警鐘を鳴らし始める。
「凍傷によって凝固した血液を大地に垂らし」
危険を察知したのは俺だけではないようだ。
熱い気配が正面に迫る。
危機感知を信じて左に一歩避ける。
すぐ横の地面が割れた。
「解ける事ない氷をもってこの瞬間を氷結させよ」
横薙ぎの剣を下がって避け、剣先の突進とすれ違って位置を交換する。
焦った息遣い、観客席から聞こえる唾を飲む音、小声で詠唱している誰かの声。
この全てが今から永遠になる。
「絶対零度」
「氷鏡、凡人を守りなさい!」
危機感知が反応している理由がわかった。
訓練場全体が――地面から壁を伝い、天井までもが解けない氷で覆い尽くされている。
そして目の前で佇むレイラの肩までが凍り、俺自身の身体すら半分凍り付いていた。
観客が無事で良かった……と思ったが、さっき聞こえた詠唱を思い出す。もしかしたらガイストの隣に座ってる真っ白い少女が守ってくれたのかもしれない。ていうか誰だあれ。いつの間に現れたんだ?
「……」
何故解けないのかはわからないが、この氷は紛れもない氷だ。
さっきまで訓練場を満たしていた熱気は瞬く間に消え去り、今は冷気に満ちている。
歯を食い縛るレイラの口からは白い吐息が漏れている。
俺は自分に纏わりついていた氷を魔力操作で落とす。肌が赤くなってヒリヒリと痛む。自傷込みの大魔法なんて、今後はあまり使いたくないな。
「この氷を操作してお前の周囲の氷を棘状にすれば刺し殺す事が出来る。勝負はここまでか?」
彼女は悔しそうに目を閉じてから大きく深呼吸した。
「……もう一度だけ、チャンスを頂戴」
そう言ってから彼女は静かになる。
呼吸すら止まっているんじゃないかと思える静寂の後、首元のペンダントが弾け飛んだ。
それと同時に彼女の魔力が急速に上昇していく。
途轍もない力だ。
これから起こるであろう激しい戦闘を想像して、飛んできた赤水晶のペンダントを拾ってポーチに仕舞う。
ミシリ、と音がした。
彼女を覆っていた右腕の氷にヒビが入っている。その手に持った大剣は赤く光っていた。
間違いなく今の俺が作れる最高硬度の氷だ。これを壊されたら拘束する術はない。
思わず後ずさった。
地面に手をついて、解けない氷から氷の剣を作り出して両手に構える。
観客席でガイストが立ち上がった。
止めに入ろうとしたのだろうが、隣に座っている白髪の少女がそれを抑え付けた。
「――烈剣」
凍り付いたこの場に、落ち着いた声が響いた。
しかしそれが嵐の前の静けさだったと直ぐに理解した。
彼女を覆っていた氷は全て砕け散り、自由を獲得した彼女の目は紫色に輝いて俺を睨みつけていた。
「はぁぁあ!」
再び炎が巻き上がる。
一度地面を蹴っただけで俺の正面に現れたレイラは、大剣を上から下に振り下ろした。
風魔法で後ろに跳ぶが、大剣はそのまま地面を砕き、割れた氷の隙間から炎が吹き上がる。
「あっつ!?」
明らかにさっきまでの炎とは違った。
肌を焦がす炎は明確に俺を傷付けようとしている。
火傷が「アイツに近寄るな」と喚くように痛み出すが、彼女はさっきよりも速く俺を追撃してくる。
右手だけで乱雑に振るわれた大剣を、俺は双剣を合わせて防ごうとする。
だけど力で押し負ける。
「かはっ……」
剣と剣がぶつかった瞬間弾き飛ばされた俺は、壁に激突して吐血した。
一瞬意識が飛びかけ、ボヤけた視界のピントが合った時には、レイラの剣が俺の胸を貫こうと迫ってきていた。
おいおい、冗談だと言ってくれよ……。
こいつ、完全に理性を失ってやがるぜ。