準備
パーティメンバーで食事を済ませた後、俺たちは解散して明日に備える事にした。
新しいメンバーを迎えたわけだし、立ち回りの確認などが必要かと思ったが、時刻は既に夕暮れ。明朝ギルドの訓練場に集まる事になった。
俺はホテルに帰る前に街の外へ行き、エモから貰った丸薬を飲んで魔力操作の訓練をしていた。
この前とは違い、一つ飲んだくらいでは暴走は起こらなかった。
ならば難易度を上げようと思って丸薬を三つ取り出した時、その手を叩かれた。
「その薬は大量摂取すると中毒症状を起こす。一日一つまでにして」
いつの間にか横に立っていたエモだった。
それなら最初に言ってくれと思ったが、それよりも彼女が隣まで来ているのに気付かなかった自分に戸惑った。
「その気配を消してるのは魔法なのか? どうやってやるんだ?」
「……ローブの認識阻害効果と私の隠密スキルを重複させて、普通の人には見つけられないようにしている」
「なんでそんなことしてるんだ? そのスキルはどうやって使えるようになるんだ? 看破の仕方は?」
エモはひどく面倒臭そうな表情をしてから口を開いた。
「他人の視線が気になるからそうしてる。呼吸を浅くして心音すら鳴らないくらい静かに生活してればコツが掴めてくる。隠密スキルを身に付ければ、そのスキルについての理解が深まる。そしたら今よりも看破できる可能性は上がる」
話し終えたエモは「疲れた」とでも言うように大きく息を吐いた。
心音が鳴らないって死人じゃん……と思ったが、言いたい事はなんとなくわかった。
「最後に一つ頼みがあるんだけど、気配を殺してから俺に攻撃を仕掛けてくれないか? 当ててくれてもいい」
「……わかった」
フードの奥で少し面白そうに笑ったエモは、大きく後ろに跳んだ。目を逸らしていないのに直ぐに姿が見えなくなった。
視界には入らない。
音も聞こえない。
近付くと感じる彼女の森林のような香りもないし、魔力の気配すら感じない。
完璧に気配を隠しているけど、直後、背中がピリピリと痺れるような感覚を覚える。
やはり危機感知だけは隠密に惑わされずに働いてくれたか。
振り返った俺は手に土の盾を生成して構える。そこにエモの短剣が刺さると同時に、彼女の驚いた表情が露わになる。
「……貴方に会いに来ると質問責めにされるから面倒だけど、いつも面白いものを見せてくれる。貴方の危機察知能力はマーダーラット並み」
「マーダーラット……?」
「知らない? 洞窟とか、暗くてジメジメしてるところに生息してて、攻撃をしても俊敏に躱す巨大ネズミ」
覚えがあった。災禍の迷宮で何度か戦った事がある。初めて遭遇した時はゴブ太と一緒に敵の疲労を誘い、動きが鈍くなった所を仕留めていた。一人になってからは広範囲魔法で殲滅していた。
まさか、俺の危機感知能力はマーダーラットから奪ったものだったのか。
「それより、あの女の子を仲間にしたのは驚いた。貴方のことだから成り行き、ってやつなんだろうけど。でも、折角あの子を連れているなら、シャミスタの街にでも行ってみて」
「シャミスタ? そこなら元々行く予定だったけど、何かあるのか?」
確かフィオナがそこにいるらしいが、エモはマナを連れて行けと言った。また別の何かがあるのだろうか。
「秘密の話だけど、近くの森からエルフの集落に行ける。シャミスタにはエルフの冒険者が多いから、誰かに教えてもらえばいい」
「なんでエルフの集落に行かなきゃいけないんだ?」
「どうしても、とは言わない。でも貴方達にとっても良い経験になると思う。少なくとも私を質問責めにするよりは沢山の事を知れる」
いまいち目的がわからない話だったが、まあ記憶の片隅にでも置いておこう。
なんて考えているうちに、エモの姿はまた見えなくなってしまった。
仕方がないので買い物でもしてから帰ろうかな。
⭐︎
蕎麦屋の奥さんに聞いた北通りにやって来た。
確かにこの辺には中央通りでは見かけなかった物が多い。食材だけではなく、壺や絵画も売られていたりするが、この辺は興味ないな。
「ん?」
露店がある通りの端から端まで歩いていくと、少し離れた場所にある店が気になった。
窓から見える商品は魔道具だ。俺が持っている冷蔵庫(?)に似た物が置いてある。
その隣には水晶――いや、あれは魔石か。
魔道具は自分で魔力を込めないと動かないのかと思っていたが、もしかしてあの魔石を窪みに嵌めれば恒常的に動かし続ける事が出来るんじゃないのか?
そう思って店のドアを潜り抜けると、愛想の悪い老婆がカウンターの奥からこちらを見ていた。
「……この魔道具の使い方を聞いてもいいか?」
恐る恐る話しかけてみると、意外にもちゃんと答えてくれた。
「これは中に入れた物を冷やして保存できる物さね。そこらの商人も食材を輸送する時に愛用しているはずさ。この隣の魔石を嵌めてから二百時間は機能し続けるよ」
へぇ、そんなに長持ちするのか。電池みたいだな。
「この魔石は使い捨てなのか? 自分で魔力を込めて再利用出来たら嬉しいんだが……」
「おや、坊ちゃんは魔法使いかい。なら少し値は張るが、こっちの魔石が良いね。魔石には耐久値ってもんがあるから永遠に使えるわけじゃないけど、最低でも五回は魔力を補充し直せるよ」
話を聞きながら別の商品が目に入った。
「これは……? オーブントースターか?」
「はぁ? おーぶん……ってのが何かは知らないけど、これは簡易窯だよ。パンも焼けるし、グラタンも作れるから、料理に拘る奥さんにはウケが良いねぇ。使い方は似たようなもんさ。魔石を嵌めれば熱が入る。箱の中が暖まったらパンでもなんでも入れて焼けばいい。温度の調節は魔石の嵌め込み具合で変わるさね」
そう言って老婆はオーブンの前まで歩いて行き、後ろの窪みに魔石をセットした。
「これが最低温度」
老婆が魔石を押し込むと、カチッという音と共に庫内温度が上昇していく。
「これが真ん中」
更に押し込むと、再び音が鳴る。
「これが最高温度さね。この魔道具は三段階の温度調節ができるけど、性能の良いやつはもっと細かく調整出来るよ。因みに、魔石を外すには最高温度の状態でもう一度魔石を押し込めば良いさ」
老婆が再び魔石を押すと、カチッと音が鳴ってから魔石が外れた。ちゃちな玩具みたいだ。
「ありがとう、参考になった」
そう言えば俺が今使っているコンロ型の魔道具には魔石が入っていたけど、他の魔道具の魔石はなかったな……。
コンロ以外の魔道具は魔石を嵌めたら起動してしまうからつけてなかったのか。いや、単純にゴブ太が魔石を全部使い切った可能性もあるな。
まぁいいか。無ければ買うしかない。
「それじゃあこの魔力補充に対応してる魔石を買いたいんだけど、いくらだ?」
「そこに書いてある通りさね。一つ銀貨二枚。十個ならおまけして銀貨十八枚で良いよ」
俺には読めなかったけど、値段が表記してあるって事は詐欺られているって事はなさそうだな。
「それじゃあ十個貰おうか」
パーティ資金とは別に用意しておいた自分用の財布から支払いを済ませる。
「毎度あり。魔道具の方は持ってたのかね? まぁいいさ。またいつでもおいで」
親切な対応に礼を言ってから店を出る。無愛想と思ってたけど人を見た目で判断しちゃいけないな……。
「お、若旦那! さっきも通りがかりましたよね? 目当ての物があって戻って来てくれたんですかね!」
北通りに戻ると、茶髪で小太りの快活な男に声を掛けられる。丁度彼の店で買い物をしようと思っていたから素直に頷く。
「ミツバ屋の奥さんに聞いたんだ。アンタが東方の調味料を扱ってるって」
ミツバ屋とはさっきの蕎麦屋の名前だ。帰り際に奥さんに聞いておいた。
「お、宣伝してくれるなんて気が利く人達だなぁ。ミツバ屋さんがいつも買ってくのはこれとこれと――」
説明をしながら男は商品を並べていく。
味噌や醤油、それに米まで置いてあった。迷う必要などない。全て買いだ。
「保冷庫はありますかい? ご存知かと思いやすが、この辺の商品は低温で保存してくださいな。これから少しずつ暖かくなってきやすからね」
この世界は今三月。どうやら季節が移ろう時期も同じらしい。
だがポーチに入っていた保冷の魔道具の使い方がわかったから暑い時期でも怖くない。
この前のアランとミーシャの様子を見た感じだと、冒険中のお昼は俺が作ることになるだろうし、調味料や食材は沢山買っておくか。
……何より、迷宮で彷徨っていた時のような極度の飢餓状態に陥るのはもう二度とゴメンだしな。
気が済むまで買い物を続けていたらいつの間にか日が落ちていた。
急いでホテルに帰ると、案の定アランとミーシャがロビーで待っててくれていた。
「いつもいつも俺を待つ必要は無いんだぞ?」
「僕たちがやりたいようにやってるだけさ。気遣いは不要だよ」
アランの言葉にミーシャも頷く。
「そうそう、君のために文字の練習ノートを作ってみたんだけど、後で部屋に行ってもいいかい?」
「早速教えてくれるのか、ありがたい。まぁまずはメシだな」
レストランの席に移動して話を続ける。
「ご飯と言えば、さっき話してた東方の調味料を買って来たんだよね? それはちゃんとパーティ資金から支払っておいてよね?」
いや、ほとんど俺の趣味みたいな物だし、パーティ資金で払うのは気が引けるな……なんて考えていると、アランとミーシャがニヤッと笑った。
一瞬疑問に思ったが直ぐに理解した。
「お前らな……パーティ資金から払うってことは、俺に作らせた料理を皆んなで食べるつもりじゃないか。俺は料理人じゃないんだぞ!」
まぁ元々そのつもりだったからいいけどさ。
「ふふ、とにかく君は遠慮せずにパーティ資金に手をつけるべきだよ。そのおかげで僕たちは美味しい思いが出来るんだから」
アランはこう言ってくれてるが、この辺の事情はレイラやマナにも確認を取ってから決めるか。
その後は雑談をしながら食事の時間を過ごし、夜にはアランから文字の読み書きを教わった。
俺は相変わらず睡眠時間が短いままだから、アラン達が眠った後も暫く一人で復習をしてから眠りについた。