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巻き込まれただけの高校生、冒険者になる  作者: 木下美月
第九章 決戦

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降臨

 

 東から昇る太陽は厚い雲に隠れており、空はどこか薄暗い。

 不吉な感じのする朝ではあるが、今日が予言の日である事は変えようがない。


 今日この日まで、俺達は多くの備えを重ねて来た。

 ここ最果ての荒野には大陸を分断する程長く、厚い防壁を築き、その中心には砦が建設された。


 現在俺達は砦の上に立ち、階下に並ぶ総勢二万人の戦士達の視線を集めている。

 戦士と言っても全員が敵とぶつかるわけではない。中には治癒班や情報伝達部隊など、様々な役割を背負った者がいる。

 だけど、全員が救世の為に戦うことは間違いない。故に戦士だ。




「時は来た! この日まで入念な準備がなされ、徹底した情報共有が行われて来た事は理解しているが、改めて伝えておく」


 アルバートが前に出て、拡声の魔道具の前で声を上げる。


「貴様らが命を賭して戦う事を誇りに思う高尚な戦士である事を承知の上で命ずる――生き続けよ!」


 ここ数日、アランと共に帝国の騎士団に混ざって訓練をしたり、騎士に教えを請われて共に過ごす事が多かった。

 そんな日々の中で、騎士達の忠誠心が非常に高い事を理解した。彼等は国の為に死ぬ事を誉だと思っている。

 そんな価値観を否定するつもりは今更無いが、死んではいけない理由がこの戦いにはある。


「これより訪れる愚者は死者の骸へ入り込み、その肉体を操り自らの兵へと変える。許すまじ冒涜であるが、これを防ぐには生きるという対策しか存在しない――だが案ずるな! 身動き出来ぬ程の怪我を負ったとしても、瞬時に後方へ撤退する術がある!」


 アルバートが言うと、後ろで待機していたミーシャが前に出る。

 今日の彼女は純白のローブを着て、曇天の戦場でも目立つ明るい装いだ。


「彼女の名はミーシャ! 転移魔法の使い手であり、此度の戦いでは怪我人の撤退を手伝う役目にある。動けぬ者は彼女を待ち、動ける者は怪我人を守れ! 今回の戦は防衛戦である故、守る事だけを意識せよ!」


 そう、皆にとってこの戦いは防衛戦なのだ。

 押し寄せる愚者の軍勢から大地を守る戦い。

 彼らが守ってくれてる間に、俺達は決着をつけなくてはならない。



 アルバートの演説が終わると、ザッ、と一斉に音が鳴った。

 それは騎士達の敬礼であり、他国から応援に来ている騎士も含めて、皆それぞれ統率の取れた動きでアルバートの言葉に応えた。


 ただ、ここには騎士だけでなく、冒険者もいる。

 冒険者の中にも国に尽くそうとする真面目な者は存在する。

 しかしそれは少数であり、多数は金の為、或いは名誉の為に今回の戦争に参加している。


 そんな冒険者達は、隣に整列する騎士の集団を見て気圧されたり、居心地悪そうにする者が多い。

 気持ちはわかる。

 ただ緊急依頼を受けてここにいる自分達ではなく、主役は騎士達なのではないか。自分達冒険者は期待などされていないんじゃないか。

 そんな思いが少なからず芽生えているのだろう。


 別に、何を思ってこの場にいても自由だし、なんならこの場から逃げ出しても構わない。

 だが、戦いに臨むなら、士気を上げるべきだ――アルバートが話した通り、死者を出せば不利に陥るから。




「さて、ここからは今回の作戦の要となるドラン・フレイムに引き継ごう――」


 あぁ、アルバートも俺と同じ考えなのか。

 意地の悪い笑みを浮かべる横顔を見て、これから彼が何を暴露するのか察した。



「――いや、リュート・スザクと呼ぶべきか?」


 リュドミラから隠れる為の偽装は、もうする必要ないもんな。

 でも俺の名前だけで冒険者の士気が上がるとは思えないけど……どうにせよ、言うべき事を言おう。



 アルバートが俺を別の名で呼んだ事で、戦士達は困惑の表情を浮かべた。

 特に騎士達は「意味がわからない」といった様子。


 だが、何人かの冒険者は違った。

 後ろに佇むミーシャと俺の顔を見比べて「まさか」と驚いた表情を浮かべている。


 そんな彼らを尻目にアルバートは振り向き、後ろに下がる。

 愉悦の表情を浮かべる彼と入れ替わるように、今度は俺が前に出る。



「ご紹介頂いたドラン・フレイムと申します……なんて言っても、今更納得出来ないよな」


 俺を見上げる戦士達の表情は説明を求めている。

 求めに手っ取り早く応じる為に、俺は変装を――髪と瞳の色を元に戻した。


 場が騒つく。

 どうやら言わずとも理解してくれたらしい。

 だが改めて名乗ろう。


「今まで騙してて悪かった。訳あって正体を隠していたが、もうその必要はないから全て明かすよ。俺の名はリュート・スザク。竜殺しの特級冒険者だ」


 冒険者の中に見覚えのある顔がいくつもいるな。

 リベルタで活動していたカリス率いる獣人のパーティに、テルシェ村で共に防衛戦に参加したS級パーティ蛸焼組の二人。それに、共に迷宮に潜り一悶着あった太古の黄金樹もいる。


 皆一様に驚いた顔で俺を見上げている。

 そんな中でも特に驚いているのは、ドランとして共に冒険したクォント達――尖拳崩牙だろう。

 集団の最前列に並ぶクォントとアナクは、口をポカンと開けて同じ顔を晒している。



「とは言え、俺の正体なんてどうでもいい。騎士だろうが冒険者だろうが、共に世界を守る仲間達に身分や立場の違いなんて無いんだから」


 騎士と冒険者。二つの身分を持つ俺の言葉だからか、双方が真剣に耳を傾けてくれている。


「事前に説明があったとは思うが、暗黒大陸にも人が暮らしていて、彼らも協力してくれる。アルバートはこうやって多くの人から協力を取り付けて来たし、そうしなきゃ勝てない程敵は強大なんだ。だから冒険者も騎士も、他人事だと思わないでこの戦いに集中して欲しい」


 思い返せば、何者でもない俺は冒険者として始まり、爵位を得て英雄になる為ここに立っている。

 知名度が増えて、敬われる事が多くなった。それでも俺は、一人でこの戦いを乗り切れる程強くはないし、アルバートの様に大勢を顎で使える程偉くはない。

 だから――



「――さぁ、共に戦おう、勇敢な戦士達よ! この戦いに参加するお前達全員が今日の主役だ! 共に世界を救い、英雄譚に己の名を刻もうじゃないか!」



 声を張り上げ協力を願うと、騎士はいつも通りに敬礼をし、冒険者達はそれぞれ「応!」と声を上げる。


 もうこの戦を他人事と考える者はいない。


 俺の言葉に応じてくれた彼らに頷いたその時。遥か後方――荒野の果てに禍々しい気配を感じて振り向いた。


 砦の上から見えるのは、たった一人の小さな影。

 荒野にポツリと佇むその影は視認しづらい程遠いが、その恐ろしい気配だけはこの場に届く程強力で。


「――っ!」


 戦士達が息を呑む。

 あまりの恐ろしさに声も出せない様だ。


 あれは、間違いなくリュドミラだ。

 しかし俺の同居人だった頃の面影は無く、今の彼女は殺気を振り撒く邪神の様。




「狼狽えるな! あれは俺が対処する。だからお前達はこれより訪れる軍勢に集中しろ! リデル、アラン、後は頼んだ」


「了解!」

「わかった!」


 この後の指揮を二人に任せ、俺は戦士達が見守る中転移魔法を使う。

 黒渦に入る直前、アルバートとミーシャと目が合った。

 二人の強い眼差しに返事をする様に頷いた後、俺は転移の渦を通った。









「…………」



 目の前に生まれた転移の渦から、誰が転移してくると思ったのだろうか。彼女の表情を見るに、俺が現れるとは予想もしていなかったんだろうな。


 リュドミラは何もせずに転移者を待っていた。

 そして現れた俺を見て目を丸くし、俺が着る服――爵位を賜ってからずっと着てる、白い騎士服を見て納得した様に呟いた。


「ヴェリタスが警戒していたドランというのは、君でしたか」


 困惑が収まったのか、リュドミラは冷たい表情で俺を見る。


「折角元の世界に戻してあげたというのに、結局はこちらの世界に来てしまいましたか。……まぁ、それは君の勝手であり、私に口を出す権利はありません。ですが不義理の代償を払う覚悟は、出来ているんですか?」


 今まで俺に向けたことのない敵意を、この場で初めて向けられる。

 だけど俺は彼女の敵としてここに立っているわけじゃない。


「不義理なんて言わないでくれよ。俺はお前に伝言を伝えに来たんだ――グラモスは調和の意志を押し付けるつもりはなく、ただリュドミラに生きて欲しかったんだって事を」


 ジッと俺を見る瞳は、真偽を確かめようとしているみたいだ。

 やがて結論が出たのか、リュドミラは小さくため息を吐く。


「どうやって死者と話したのか……疑問はありますが、君がこういう場面で嘘をつく人間じゃない事は知っています。――ですが、それがどうしたというのですか?」


 やっぱり、グラモスが予想した通りになるのか。


「淘汰による調和ならヴェリタスが望んでいる。そして私も、自らを迫害し利用した国の者どもを許さない。そちら側に着くと言うのなら、君であっても……容赦はしません」


 心を決めたリュドミラには、言葉を伝えただけでは届かない。

 やるしかないんだ。





「そうか……。ならば来い、邪神――いや、異世界の凄い魔法使いリュドミラ。お前に魔法の使い方を教えてやる」


「――――」


 少し驚いた顔の後、リュドミラはキッと俺を睨んだ。


 敵意がぶつかりあう――



 ――その瞬間だった。


 闇に染まった太陽が空を覆い尽くし、無数の黒い生命が荒野に産み落とされた。





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