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巻き込まれただけの高校生、冒険者になる  作者: 木下美月
第九章 決戦

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幕間 復讐者の末路

 

 ――柔らかな草原の上で目が覚める。

 睡眠を必要としない身体になっても休息を求めるのは、私の精神が磨耗しているからでしょうか。


 この世界に戻って来てから、殆どの時間を災禍の迷宮で過ごしている。

 ここにはヴェリタスが偶に来るだけで、他に誰もいない。

 私一人の安息地。


 思えば、今の私はこの場所から始まりました。

 器になり得る彼が訪れ、乗っ取る事を失敗し、半ば強制的に彼の視点でこの世界を冒険させられて。

 当時は焦ったものですが、彼と見る世界は存外悪くは――




「――お目覚めですか、リュドミラ様」


 その声に、思考を中断させられる。


「敵の様子を覗き見るのはもういいのですか?」


 この間、星見の予言者が厄災を予言したそうですが、それから帝国が主体となって戦の準備を進めているそうです。

 兵を集め、最果ての荒野に防壁を築き、物資を蓄え。

 ヴェリタスは敵が準備を進める事を不安に思っている様ですが――


「今の私が誰かに敗北する未来など想像出来ません。敵が一箇所に集まってくれるというのなら、面倒が省けます。このまま放っておけば良いのです」


 私は今まで通り、手を出すなと伝えます。

 しかしヴェリタスは渋い顔のまま。


「近頃、皇帝と共に動いている元冒険者がいまして。噂では彼一人で国を滅ぼせる程の実力だと。それを確かめる為にも接触を図ったのですが、上手く躱されてしまって……」


「なるほど、相手の底が見えないから不安なのですね」


 ヴェリタスはこう見えて慎重な男です。

 不安の芽は早い内に摘み取ろうと考えているのでしょう。

 ですがそれは好ましくありません。


「確かに私達は復讐を果たす為に憎き者らを滅ぼそうとしています。しかしそれは無差別な殺戮であってはならない。復讐であると同時に、選別をしなくてはならない――そう、グラモス王が目指した調和を実現する為に」


 王の話を出せば、ヴェリタスは受け入れるしか出来ない。


「……では、大人しく奴らの予言に従い、防壁の外から攻め入るおつもりで?」


「さっきも言ったでしょう。予言を利用して、敵が一箇所に集まった所で殲滅するのです。戦う意思があるという事は、調和の意思に背くという事でしょう。彼らを悉く消し去ってから、ゆっくりと選別を行えばいいのです」


 今の私にはそれが出来るほどの力がある。半端な戦士を纏めて潰せるほどの実力が。

 きっともう、フィオナですら私を止める事など出来ない――


「全てリュドミラ様の仰せの通りに。……ただ、一つだけ願いがあります。フィオナ元王女の相手を任せて頂きたいのです」


「……正気ですか? 貴方がどうにか出来る相手ではないと、貴方自身もわかっている筈でしょう?」


 或いは、何か策があるのか。

 ヴェリタスはそれを語る事はしませんでしたが、仄暗い表情で呟きました。


「国を捨てておきながら、危機に陥れば協力を求める。この厚顔無恥な王女を許せる筈がありません」


 そういえば、前回の報告でも言ってましたね。フィオナが暗黒大陸で仲間集めをしていると。

 暗黒大陸の民は気の良い人ばかりでしたが、フィオナに着いて私と戦おうと言うのなら、滅ぼすしかないでしょう。


「いいでしょう。ヴェリタス、貴方の好きになさい」


 ヴェリタスは戦いの果てに何を望むのか。勝利か死、或いは別の何かを探し求めているのか。

 私は知りませんし、詮索するつもりもありません。

 私達は仲間でも友人でもなく、目的を共有する他人でしかない。

 だからヴェリタスの選択を愚かだと思っても、私は口を出さない。


「――それから一つ報告が。以前仰っていた汚いハーフエルフ……レントの居場所を掴みました。港町リーズリーから北西の森の中、古い木小屋で暮らしています」


「おや、もう見つけたんですね……よくやってくれました。では早速、リハビリがてら最後の約束を果たしに行きます」


「お気を付けて」



 ヴェリタスに見送られながら、私は転移魔法でリーズリー付近の森に跳ぶ。


 そこは静かな森で、木の葉が擦れる音と緑の香りが心地良い場所。


「香り……ですか」


 この身体に嗅覚センサーは存在しない。

 それでも私は匂いを感じている。


 迷宮に取り残された人の道具は、濃密な魔素を浴び続けて魔道具に変化する。

 それと同じように、この身体は私の魔力が巡り続ける事で、私が最も馴染み深いあの頃の身体に似通った特性を得ている。


 この変化が良いか悪いか、また、私の望みか否か。

 どちらも私にはわからない。

 ですが、どちらにせよやる事は変わらない。



「…………不審な気配を感じて来てみれば、お前、その身体はどうした」


 不意に現れる、浮浪者の様な男。

 仄暗い瞳で私を睨む、復讐者。


「嬉しいでしょう? 貴方が憎む私が、ちゃんと私の格好で現れて」


 三百年前と同じ姿の私を見る汚いハーフエルフは、抑えきれない殺意で表情を歪ませている。

 しかし妙な事に、襲い掛かってくる様子はない。


「……? あぁ、もしかしてフィオナ……いや、貴方からすればフィン、でしたか。あの人に戦うなと命令されているのですか?」


「……ふん、命拾いしたな。あの方の命令が無ければお前は今ここで死んでいただろう」


「うわぁ、驚きました。彼我の戦力差もわからずイキっているのですか? 嘲笑も出来ない程寒い人ですね」


 煽ったつもりはないのですが、私の言葉に激昂したハーフエルフは腰の剣に手をかける。


「そうやってすぐに感情的になり、命令を破ろうとする所も愚かで可哀想です。だから――もう終わらせてあげます」


 私は創造する――周囲一帯を埋め尽くす程の、大量の氷剣を。


「貴様から仕掛けて来ると言うなら、手を出しても構わんだろう――死ね」


 宙に浮く無数の剣をものともせず、ハーフエルフは私に接近する。

 敵を切り刻もうと向けた氷剣の数々は、瞬く間にハーフエルフの剣技によって叩き落とされていました。


「お前……以前の身体より弱いな」


「仮にそうだとしても、貴方如きに負ける筈がありません」


 私の目前まで来て剣を振りかぶるハーフエルフ。

 ですがその剣が振り下ろされる事はありませんでした。


「クッ……空間魔法か」


 血飛沫が上がり、忌々しそうに顔を歪めるハーフエルフ。

 彼の両腕に突き刺さる無数の氷剣は、彼の言う通り空間魔法で操作したもの。

 腕に突き刺した位置で固定しているから、ハーフエルフは動けない――と思ったのですが。


「ぬぁぁあぁぁぁ!」


 氷剣に腕を斬られる事を厭わずハーフエルフは前に進んだ。

 刃が刺さったまま動くものですから、腕の肉はブチブチと千切れ、穴だらけになる。

 でも、拘束から抜け出した。


「俺を甘く見るなぁぁあ!」


 剣を握る力を失い、血を流し続け、それでも吠えながら私へと殺意を向ける。

 その殺意を叶える為の剣はもう握れなくとも、彼は無傷の長い足を鞭の様にしならせて私を狙う。

 咄嗟に後方に跳ぼうとするも、この身体は思ったより鈍重で。

 頬を蹴られた私は吹き飛び、木に打ち付けられてしまいました。



「痛み……感じる様になってましたか」


 強い衝撃を受けた頬をさすりながら立ち上がると、ハーフエルフが警戒しながら訝しむ。


「……お前、本当に弱くなった様だ。何故以前の器を手放した?」


「はぁ……そう弱い弱いと言われると腹が立ちますね。遊んであげているのがわからないのでしょうか」


 リハビリももう充分でしょうし、私は空間の掌握と同時に断裂を引き起こす。

 裂けた空間はハーフエルフの両足を巻き込み、次の瞬間には足を失ったハーフエルフが地に伏せていた。

 彼は苦痛に顔を歪めますが、それを堪えながら笑い出す。


「ぐっ……ふ、ふふ、なんだ、言い当てられてお怒りか? お前、あの器……リュートと言ったか。奴が恐ろしいのだろう」


 私は無感情にハーフエルフを見下ろす。


「ずっと疑問だったのだ、何故お前は俺に出会うまで覚醒しなかったのか……否、しなかったのではなくできなかったんだ――奴の力が貴様の想像以上に強かったから」


 勘の良い部分もある様ですが……この男が出した結論は間違っていました。


「自分に抵抗できるリュートを恐れ、奴に殺される未来を回避する為にお前は奴を手放し、遠ざけ――」


「――もういいです」


 スッと指を動かし、先程と同じ力でハーフエルフの首を落とす。

 物言わぬ死体となったそれに、私は返答する。


「力で敵わぬからと、憶測で私を笑いますか。本当に哀れな人です。しかもその憶測が正しくない事が、貴方の滑稽さを際立たせている」


 地面から無数の土棘を生やし、ハーフエルフの死体を貫く。

 それを何度も続けていると、軈てそれは個人の判別が不可能なほどグチャグチャな肉塊と化す。



「私が恐れているのは、死ではない」



 溢れた言葉は虚空に消える。


 肉塊を地に埋め、踵を返して歩き出す――が、すぐに足を止めた。



「先程の彼の殺意。腕が千切れても私に歯向かって来た熱さ。……今の私に、彼程の復讐心はあるのでしょうか」


 冷たい胸に手を当てて自問する。

 ですが、答えを出す前に首を振りました。


「どうせやる事は決まっています。仮に冷め切っていたとしても、予言者は厄災を予言し、ヴェリタスや人族は戦いの準備を進めている。……そして私も、調和を実現する為ここに舞い戻った」


 ――思考は無駄です。


 私はただ、行動するのみ。


 その果てに何が待つのか――それも多分、考える必要はないでしょう。





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