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巻き込まれただけの高校生、冒険者になる  作者: 木下美月
第九章 決戦

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偽りの東方人

 

「どうやら貴様の名が広まり過ぎた様だな。敵側の警戒心を煽るつもりはなかったが、仕方のない事か」


 商人を名乗るヴェリタスが帰った後。

 城の一室に、アルバート達と、更にフィオナまで集まった。


「だがドランは良い判断をした。ヴェリタスと対面してしまえば、彼は後から君が滞在する座標を観測する事が出来る。その中で正体が明かされる可能性は極めて高い」


 そう、俺が警戒したのはそれだ。

 以前、俺が仲間の無事を確かめたいと言った時、ヴェリタスは空間魔法で仲間達がいる場所を見せてくれた。

 あの術の発動条件がわからないから、せめて接触を避けるべきだと思った。


「今後もアイツの魔力には注意しておくよ。幸いにもわかり易い魔力質だし、見つかる前に逃げるのは容易い」


 暫く帝国に潜伏しているのか、或いはもうリュドミラの元へ帰ったのかはわからないけど、注意しておくに越した事はない。


「ところでフィオナ・ローズヴェルト。戦力は集まっているか?」


「ああ……レイラとガイストがよくやってくれている。幸いにもリュドミラ達は暗黒大陸には近付いていない様だし、こちらの戦力が増える一方だ」


 やはり、リュドミラは災禍の迷宮にいるのだろうか。

 暗黒大陸の民を煽動しないのは何故だろう。アイツなら人々の心を掌握し、憎しみの感情を増幅させてやる事など容易いだろうに。


「ドラン、あまり思い悩むな。気になる事は会って直接聞けばいい。それが出来る時間くらいは私が作ろう」


「そうだな……ありがとう」


 フィオナの言う通り、今は悩んでいても仕方ない。


「そういえばなんでフィオナがここにいるんだ? 情報共有の為?」


 俺の質問にアルバートは首を振る。


「東方の島国……カレド王国への移動手段としてここにいる」


 東方か……。思い返せば、俺は東方人のフリをしてたけど、カレド王国には一度も行った事はない。

 ミーシャも行った事がないだろうから転移は出来ない。だからフィオナを呼んだのだろう。


「それって協力を要請しに行くって事か? 魔道具で通信すれば助けてくれるんじゃないのか?」


「既に厄災を予言する書状は世界中に公開されたが、それでも戦に参加しない国もある。それこそがカレド王国であり、これから女王ツバキを説得に行く」


「確かに彼女が抱える精鋭達を腐らせておくのは惜しいな。だが、ツバキが自らの兵を貸すとは思えん」


「そんな事は承知の上だ。貴様は転移魔術を発動すればそれでいい」


 事情通の二人を見るに、ツバキは過保護で兵を貸し出したく無いのだろう。

 だがアルバートには何か策がある様子。


「人にものを頼む態度には思えんな」

「それな」


 フィオナに同調してアルバートを責める。当の本人は涼しい顔で聞き流しているが。


「ところでミーシャがいない様だが、構わんのか?」


「あぁ、アラン達と話してるからな。東方には、全部が片付いたら皆んなで旅行するつもりだし……今回はいいだろう」


 厄災が終わればまた俺たちは冒険する。

 その目的地の一つとして、東方を旅するのも良いだろう。


「ふっ、そうか」


 どこか満足げに笑うフィオナ。


 それから、フィオナは魔術媒体の指輪を装着し、転移魔術を発動する――。



 次の瞬間には、俺達は長閑な草原の上にいた。

 前方に見えるのは、小川に掛かる橋と、その向こうには時代劇に出て来そうな古民家が並ぶ町。


「うわ……タイムスリップしたみたいだ」


 感動する俺にフィオナは視線を向けた。


「その様子を見るに、君がいた世界はこの国に類似するが、ここよりも文明レベルが高いのだな」


 今更隠してもしょうがないし、そもそもここにいる人達は皆んな知ってる事だから素直に首肯する。


「その話を掘り下げたいが、お互い時間を浪費するわけにもいかない。私は戻ろう」


「あぁ、また後で」


 軽く手を上げて、転移するフィオナを見送る。



 その後、アルバートとグランツとフラム、ルナと俺の五人は、早速城へ向かう――事はなかった。


「折角の東方だ。ドラン、好きな店に入るといい」


 認識阻害のフードを被ったアルバートが、町に入るや否やそう言った。


「は? 観光にでも来たのか?」


 遊んでる場合じゃないぞと振り向く俺に、ルナが返す。


「いいではないかドラン! ルナはあの丸いのが食べたいぞ!」


 縁台――屋外にある細長い腰掛けに座って団子を食べてる着物姿の女性を指さし、ルナが言う。


「人を指差しちゃいけません」


 ルナの手を下ろさせつつ、視線を感じてふと周囲を見回した。

 余所者の俺達を興味深げに見る人が多いが、そういったものとは違う、目的を絞って観察する様な目を感じたが……どうやら隠れてしまったらしい。


「……まぁいいか。じゃあ、そこの団子屋に入ろう」

「うむ! それでこそなのだ!」




 それからも、俺達はルナの気が向くままに食べ歩きをした。

 いなり寿司や饅頭を食べ、それからうどん屋に入った。


「暴食の限りを尽くしてるよな……」


「そう言いながらドランも食べているではないか! まぁこの国の物は美味いしな、ルナも気に入ったのだ」


 確かに、この国のご飯は日本人の舌に合う。ルナも俺と近い趣向を持ってるらしく、大層気に入った様子。


「……なら、この国で暮らすのも悪くなさそうだな」


 さり気なく言ったつもりだが、勘の良いルナは途端に不機嫌そうな表情に変わる。


「やはりお前は、ルナを厄災から遠ざけるようにウルガルフから言われてるのだな」


「別にそういうわけじゃないさ。新たな選択肢を提示しているに過ぎない」


 俺の返答を誤魔化しだと判断したのか、ルナは「フン」と鼻を鳴らしてそっぽを向く。


「ウルガルフは過保護なのだ、ルナだってちゃんと戦え……」


 チラリと俺とフラムを見た後、ルナは言い直す。


「まぁ……ここにいるバケモノみたいな奴らより劣るのは認めるが、それなりに戦えるのだ。黒狼達も共に戦うのだし、ルナも当然戦争には参加するぞ。異論は認めん」


「もちろん異論は無いよ」


 ルナ自身が決めた事なら、俺には何も言えない。

 ただ、ウルガルフは心配するだろうな、とは思うが。


 食事も終わり、話が一区切りついたのを察したのか、別のテーブルで食事をしていた黒髪の女性が歩いて来る。


「城下町を充分楽しんで頂けた事と思います。この後はどうぞ城へお越し下さい――クロムウェル皇帝陛下」


 ずっと視線を感じていたが、どうやら女王の遣いだった様だ。もしかして、アルバートは呼ばれるのを待つ為に、俺に観光をさせたのだろうか。




 店を出ると、三台の人力車が用意されていた。

 女王の遣いは乗らないそうなので、人数は五人。

 一人乗りしようと最後尾の人力車に乗り込む――が、隣に意外な人物が座った。


「相席失礼するよっ」


 アルバートの護衛に専念していたフラムが、最前列の主人から離れて最後尾までやって来た。因みに、アルバートの隣にはグランツが座っている。


「護衛はいいのか?」


「基本的にグランツがいれば問題ないからね」


 まぁ、確かに。

 それに、他人の耳がある場所では言えないが、アルバートの影に潜む者たちが出て来ればほぼ無敵だと言えるだろう。


 特に拒む理由もないのでそのまま出発する。

 前を走る人力車には、おにぎりを頬張るルナの姿が見える。



「こうしてゆっくり話すのは初めてだね」


「まぁ、ゆっくりする時間も無かったしな」


 最近は常にアルバートの指示で動き続け、偶に時間が空けば俺は鍛練に専念している。

 グランツの龍鱗を模倣した技を使い熟せれば、決戦で大いに役立つ筈だと考えて。


「私は影の一員だから、他の皆んなと情報の共有はしてる。だからあの時あの場にいなかった私も、全部知ってるんだ」


 フラムは具体的な事を言わなかったが、何の話をしているのか察した。


「ドラン君。私を含め、皆んなが君に感謝してる。陛下を救ってくれてありがとう。配下に過ぎない私達じゃあ陛下を本当の意味で救う事なんて出来なかった。だから、ありがとう」


 真剣な目で感謝を伝えるフラムを見れば、アルバートがどれだけ配下に慕われているのかがよくわかる。

 だけど――


「まだ感謝されるには早い。すべてはこれから始まるんだから」


 フラムは特に何を言うでもなく、フフッと笑って前を見た。

 気付けば城は目の前だった。








「これはこれは。昼頃までは確かに帝国にいた筈の陛下が、どうして今ここにいるのでしょう。まさかあの映像に映っていたのは陛下の影武者でしたか?」


 畳の大広間にて、上段の間に座る黒髪黒瞳の女性――女王ツバキが三日月の様な笑みを浮かべる。


 これはさっきフラムに聞かされた話だが、今日謁見の間で書状が届けられた様子は、通信用魔道具にて各国に送信されていたらしい。


「憶測を披露するのは構わんが、見当違いなそれは貴様が恥をかく結果に繋がる」


「私は質問をしただけなのに、随分な言い様ですこと」


 アルバートの冷たい無表情と、ツバキの薄寒い笑みが向かい合う。

 あまりの空気の悪さに、本当に協力出来るのか不安に思えてきた。


「それで? いったいどの様なご用件で遠路遥々お越し頂いたのでしょうか?」


「余が貴様に要求する事などそう多くはない――幽狼を貸せ。栄誉が欲しければな」


 幽狼というのが、フィオナが言ってた『ツバキが抱える精鋭達』の事だろうか。

 しかし相変わらずアルバートは偉そうだな。

 態度だけが問題というわけでもないのだろうが、ツバキは反発を示す。


「まさか書状が届いたから私が力を貸すとでもお思いで? どうやら陛下は以前の話し合いを覚えていないご様子――」


「――負けない確信があれば、ウチの可愛い子達を参加させても構わない。貴様は以前、確かにそう言った」


「……へぇ。確かに以前お会いした時よりも自信に満ち、堂々としていらっしゃる。その理由は、以前いなかったそこの彼――ドランさんの協力がある故でしょうか?」


 話と共に女王の視線がこちらを向く。


「ですが陛下一人が認めていても、私には彼が厄災に対してどれほど有効な力を持っているのかわかりません。故に負けない確信を得られない訳です」


 多分ツバキは自国の兵を送るのは構わないが、彼らが欠けて戻って来る事を許せないのだろう。

 何を甘えた事を、と他国の者は思うかもしれないが、決戦の地からこれだけ離れていれば厄災を他人事と思ってしまうのはわかる気がする。


「ドラン、どうやらあの女狐は貴様に遊んで貰いたい様だ。出し惜しみはいらん、全力で相手してやれ」


 ……随分と脳筋な提案ですね。

 でもまぁ、戦いにおいてどれだけ役立つのかを証明するには、確かに戦うのが手っ取り早いか。


 女王に視線を向けると、挑発的な笑みを浮かべている。この場で俺たちに出来る事など何もない、そう言いたげな余裕さだ。


 実際、この場にはツバキとその側近しかいない様に見えて、複数の実力者が隠れている。

 天井裏、畳の下、掛軸の裏や、柱の中。まるで忍者屋敷だ。

 この中でツバキの命を握れば、『負けない確信』とやらを持ってくれるかな。


「そういう事なら……女王陛下よ、無礼をお許し下さい」


 言うと同時にツバキの背後に転移し、抜身の剣をその首元で止める。

 転移こそ防げなかったものの、ツバキを守る忍者達は即座に動いた。

 毒の吹き矢、クナイ、手裏剣、あらゆる投擲物が俺に迫り。それを追う様に短刀を構えた忍者本人も接近して来る。


 だけど、俺は動かなかった。

 行った事はただ一つ――空間の掌握。

 これにより、全ての物質は半径一メートル以内に近付けない。

 まるで見えないロープに縛り上げられたかの様に。迫っていた全ての物と人が静止する。


「こ、これは……」


 二の句が継げない女王。

 これで終わりかと周囲の気配を再び探ってみると――隣室で揺らぎを感じた。

 それはまるで、凪の海に突如として波が生まれた様な。

 しかしそれ以上動く様子は無く、今は再び静まっている。

 ならばこちらから誘い出すまで。


 俺は剣を納め、態とらしくため息を吐いた。


「はぁ、東方の戦士はこの程度ですか。陛下、こんな者どもは不要です。どうやら無駄足だった様だ」


 身動き出来ない忍者達を見回しながら肩をすくめる。

 アルバートは俺の意図を察したのか、或いは元からそのつもりなのか。意地の悪い笑みを浮かべて言う。


「やはり腰抜けの女王に従う者も無能揃いか」


 その挑発的な言葉と共に立ち上がり、帰る雰囲気を出すアルバート。

 彼と合流する為に俺は女王に背を向けて歩き出す。


 一歩、二歩。


 掌握していた空間を解放すると、止まっていた人達がその場に倒れ込む。


 三歩、四歩。


 隣室で揺らいでいた気配がしんと静まり返る。


 そして、五歩目。


 背後の女王が嗤う。

 左の壁が爆散する。

 俺は赤い闘気を纏う。

 強烈な殺気が迫り来る。

 それは人型であり、しかし人を超越した存在。

 圧倒的な巨体、筋肉の鎧を覆う硬質な皮膚。

 赤黒い肌と、頭部の角。

 この存在を言葉で表すなら、「鬼」が最も適切だろう。

 鬼は自らより小さき者を捻り潰そうと、その剛腕を伸ばす。

 その動きは主を貶された怒りで愚直だ。

 だからタイミングを合わせて一歩横に避けるだけで攻撃は当たらない。

 そこから飛び上がり、前方宙返りの後に回転の勢いを乗せた踵落としを喰らわす。

 それは鬼の左肩にめり込み、上からの力に耐えられなくなった床が抜け、そのまま鬼は三度床を貫通して地面に陥没した。


「…………」


 俺は何事も無かったかの様にアルバートの元へ戻り、振り向いた。

 そこには口角を上げたまま固まっている女王がいて。


「まだわからぬか? 余がここへ来たのは、この国の名を救世軍に連ねてやろうという計らいに過ぎん」


 アルバートの言葉で、己の立場を理解したツバキが宣言した。


「此度の戦、我がカレド王国も微力ながらお力添えさせていただきます」








 カレド王国の参戦が決まり、簡単な話合いが行われた。

 主な内容としては、どれだけの兵力を貸してくれるのか、兵をどう移動させるのか。

 移動については転移魔法を用いる為問題無い。

 兵に関しても、アルバートが言っていた「幽狼」という特殊部隊を送ってくれるそうで、充分だそうな。



「…………女王よ。オレは負けた。故にこの者達の求めに応じたい」


 話合いの最中、ポツリと呟いたのは鬼だ。

 赤い闘気を纏った攻撃を受けても直ぐに目を覚ました辺り、並外れた頑丈さだ。


「切札を遠方に送る様な真似を、私がするとお思いで?」


「敗北者でありながら何も失わずにいろと? 貴女は恥知らずの鬼を切札と呼び続けるのか?」


 女王と鬼の睨み合いが続く。


 先に折れたのは、女王だった。


「いいでしょう。但し姿を隠し、カゲロウという偽名で参加する事です。暗黒大陸の鬼だと暴かれれば、他国の兵も混乱するでしょうし」


「……暗黒大陸の?」


 確かに、ヴェリタスに似た気配を感じたが……これが暗黒大陸由来のものだとは思わなかった故、驚きを口にする。


「おや、高い実力の割には見聞が狭いのですね。暗黒大陸には私達と変わらぬ人型の種族が暮らし、そういった者達がこちらで暮らしている例も少なくありません」


 ツバキが持つ情報量には素直に驚く。暗黒大陸に人が暮らしてるのはごく一部しか知らない筈だ。


「帝国でも一時期話題になっていたでしょう? 黒髪黒瞳の冒険者、リュートを名乗る存在が。彼も暗黒大陸の民だと私は考えております……彼は東方人ではありませんでしたから」


 その言葉にヒヤリとする。

 東方人ではなかった……それはつまり、俺の知らない間に俺の正体が探られていたのだ。

 まぁ、探られた結果暗黒大陸の民だと誤解されたのは好運か。



「ドランと言ったな。鬼の力で良ければ、助力させてくれ」


 立ち上がり、俺に手を差し出すカゲロウ。

 俺はその大きな手をとる。


「救世の意思を持つ者は皆仲間だ。歓迎するよ、カゲロウ」



 こうして共に戦う仲間が増える。

 前回はいなかった、強い味方が。

 決戦の日は近付いている。

 だけど俺達の準備もまた、着実に進んでいる。


 ふとアルバートと目が合う。

 前回とは違う状況に満足しているのか、穏やかな笑みを浮かべている。

 彼に応える様に、俺もニッと笑って見せた。



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