表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
143/144

刻一刻と

 

 時は少し遡る。


 俺は漸くアルバートから彼の見た未来を聞いた。

 黒い太陽、無限に生み出される黒い生物。また、それは死者の身体に入り乗っ取る事もする。

 世界有数の実力者であるフィオナとシフティはリュドミラと共に虚無に堕ち、そのせいで大いなる意志――いや、愚者と渡り合える者がいなかった。


 聞く限り、手も足も出ない程の完敗だ。そんな状況にあっても抗い続け、勝利を掴もうとするアルバートの精神力は凄まじいものだ。



「ここまでの準備は全て順調に進んでいる。一つ不安要素を上げるなら、フィオナ・ローズヴェルト達だ」


 話すアルバートに疑問を向ける。


「フィオナに暗黒大陸の民を味方につけろって言ったやつか? あの時確か、レイラ達を使えば可能になるとか断言してなかったっけ?」


 アルバートが断言したという事は、未来で成功したという事……じゃないのか?


「フィオナ・ローズヴェルトは貴様と同じく、余が未来を知ったと勘付いている。故に余が断言すればそれを可能と思い込み、忠実に実行するだろうと考えた」


「…………は? じゃあ、未来では暗黒大陸の民を味方につけていないのに、フィオナにそれっぽい事を言って煽動したのか?」


 すっかり騙された。いや、俺だけならともかく、フィオナを騙すなんて……とんでもない奴だ。


「これは前回の失敗から得た新たな選択だ。前回は人族至上主義を掲げるメリナ教団に協力を要請したが、奴らは役に立たん。回復魔法は有用であったが、その使い手の少なさと怪我人の多さが合っていなかった。ならば奴らから反感を買う事を受容し、暗黒大陸の強き戦士を味方に引き入れる方が合理的だ」


 暗黒大陸の民は生命としての格が高く、凡人の本能を恐怖させる存在だと聞いた事がある。

 だからこそ様々な誤解がされやすいのだが、その点は大丈夫なのだろうか。


「厄災が訪れれば、その圧倒的な絶望に誰もが恐怖するだろう。その中でなら、異形の者であっても味方ならば受け入れられる。問題は全てが片付いた後だが……それについては考えなくていい」


 確かに厄災が終わった後でも暗黒大陸の人と味方でいられるかはわからない。

 ……でも今集中すべき事は厄災への対処。アルバートの言う通り、この問題に関しては後回しにするべきだろう。


「ともかく、二日後には星見の予言者からの書状が届く。それがあればより多くの組織を動かせる故、忙しくなるだろう」


「それ、待つより取りに行ったほうが早いんじゃないか? どこから来るんだ?」


「エルフの里だ……言ってなかったか? 持って来るのは貴様の仲間のアラン・フォーゲルとマナ・アークロッド、エモの三人だ」


「な、お、おま……言ってなかったか? じゃねーよ! そんな大事な事忘れるな!」


 ずっと再会を望んでいた仲間の名前が唐突に告げられて驚いた。


「誰が持って来るかは重要ではない。それから、取りに行く必要もない。一度帝国に戻り、貴様に爵位を授与し、一部の者には改めて指示を出す必要もある。それらの時間を考慮すれば、書状が届く日時は丁度良いタイミングと言える」


「なるほどな……ってか爵位って? 貴族になれって事? 権力争いとかそういう面倒事に参加する暇は無いんだけど」


「わかっている。貴様に授与するのは騎士爵――世襲されず、直接的な政治権を持たない儀礼的な称号だ。しかしこの称号は余が貴様の功績を認めた事を意味し、手っ取り早く信用を集めるのに有効だ。後は適当なタイミングで貴様の実力を見せつけてやれば、来たる戦いで貴様が代表となる事に異論を唱える者はいないだろう」


 こうやってちゃんと説明してくれれば、アルバートのやろうとしてる事が合理的だと納得出来る。

 だから俺は素直に受け入れた。


「わかった、お前の言う通りに動くよ」


「ふん、最初からその殊勝な態度でいれば話はもっと円滑に進んだ事だろうな」


「はいブーメラン!」


 ビシッと指を指す俺の横に黒渦が生まれ、フェニックスを送り届けたミーシャ達が帰って来る。


「ミーシャ! 明後日、ようやくアランとマナに会えるぞ!」


 目を丸くした様子を見るに、ミーシャも驚きと喜びを――


「知ってるけど……あれ? リューには伝わってなかったの?」


「…………」


「ご、ごめん……」



 そんな微妙な空気のまま、今後の予定を共有した。





 ⭐︎





 そして予定通りに時間は進み、俺達は遂にアラン達と再会した。



「もうホンットに驚いたよ……髪と瞳の色が違うだけじゃなく、雰囲気も変わったよね……まるで手の届かない場所へ行ってしまった様だ」


「マナもちょっとわかんなかった。精霊さん達も、前みたいに心配してる様子じゃないし……」


 二人は俺の変装を見破れなかった様だが、それは良い事だ。簡単に見破られる様な変装じゃ意味がない。


「ミーシャがリュートを連れて来てくれたんだね。ありがとう。それにミーシャも元気そうで良かったよ」


「うんうん、ミーちゃんも強くなったでしょ! でもマナも負けてないからね!」


 パーティメンバーの四人で盛り上がっているのも悪いと思い、エモに視線を向けた。



「モグモグ……今の内に全部食べちゃえ……」


「…………」


 ついさっきまでは緊張して微動だにしなかったエモだが、この場にいるのが全員知り合いだとわかった途端、侍女が用意したお菓子を貪り食っていた。


「あ、久しぶり。生きててよかったよ。ところでおかわりある?」


「マイペースかよ……」


 苦笑しながら地球から持って来たお菓子をポーチから出し、空になったケーキスタンドに乗せていく。

 アランとマナも目を輝かせた事だし、期限が近い物から置きまくろう。


「食べながらでいいから、お願いを聞いてくれ」


 三人の視線がこちらに向く。


「今の俺はドラン・フレイムで、リュートはこの世界にいない。そう思って欲しいんだ。理由は……いや、その前にお互いどこまで知ってるか、情報のすり合わせをしようか」


 それから、俺達は今日までどうしてたか、簡単に話し合った。

 アラン達はエルフの里で様々な経験をした様で、かつての勇者パーティであるリュドミラが邪神と呼ばれている事まで知っていた。

 そこまで知ってるなら話は早い。


「そのリュドミラが俺を元の世界に帰してくれた。だけど俺は彼女を裏切ってこの世界に戻って来た……。多分アイツは、俺がこの世界にいる事を知ったら会いに来ると思う。そうなれば戦闘は避けられない……。だから厄災の時まで、俺は正体を隠しているんだ」


「なるほど、君とリュドミラがぶつかり合えば激しい力の衝突となり、大いなる意思はそれを見逃さない。つまり厄災の訪れが早まってしまう可能性が出て来るのか」


「……というか、私、全然知らない話を聞かされて混乱してるんだけど。え? これ聞いていいやつ? 隠蔽の為に殺されたりしない?」


 フィオナの指示でアラン達と行動していたエモなら色々知ってるんじゃないかと思ったが、そうでもないらしい。


「ま、まぁ大丈夫だろ」


「なんで投げやり?」


「冗談はさておき、未来を見通す陛下の慧眼には恐れ入ったよ。リュートならあの方が何故未来を把握しているのか、知ってるの?」


 それはアルバートが未来を生きたからだけど、これは秘密の話。


「まぁ、気にする必要はない。胡散臭い奴だけど、アイツが色々知った上で世界を守ろうとしてるのは事実だ。それだけは信じていい」


「いや、胡散臭いなんて思ってないけど……でもリュートが信じてるなら安心出来るよ」


 熱い信頼を向けられてくすぐったい気分だ。



 その時、話がひと段落した所で扉がノックされる。


 俺は再び変装をしてからアラン達に目配せする。ここからはドランとして振る舞うのだと察してくれた三人は頷いた。


 扉を開くと、そこにいたのは騎士団長のリデルと、魔法師団団長リッカだ。


「失礼します。フレイム卿、陛下が呼びです。厄災の話を聞いた商人が交渉に来た様なのですが、代表のフレイム卿に御目通りしたいと」


 そう言ったリデルは俺の耳元に小声で囁く。


「それと言伝が。イレギュラーだと、陛下が仰っていました」


 イレギュラー。それはつまり、前回には無かった展開という事だろう。

 いや、それだけなら問題は無い。前回いなかった俺がいるんだし、違う道を歩んでいる以上、未来が変わるのは当然。

 それでも言伝を頼むという事は、その商人から不穏なものを感じ取ったのかもしれない。


「お三方への説明は我々が引継ぎます」


 決戦時の部隊配置については、リデルとリッカにも共有されている。それにアランとマナはそれぞれ彼らと密接に関わる事になるだろうし、丁度良い機会だろう。

 二人に「頼んだ」と言ってから、俺は一人部屋を出た。



 再び謁見の間に向かい、廊下を進む。

 突き当たりの大扉の前にグランツが待機しており、俺に気付いてお辞儀した。

 扉の向こうに商人が待ってるのだろう。

 俺は歩調を速めて――しかし直ぐにその足を止めた。


 ――この気配、覚えがある。


 扉の向こうから感じる魔力の質。

 馴染みのあるルナやアルバートの影、それに護衛の数名。彼らは実力者として、人並み以上の力を持っている。

 しかし、そんな彼ら以上の魔力を秘めた存在を、一つ感じた。

 これが商人か?

 いや、商人なんて嘘だ。

 これは、人間じゃない。

 あぁ、そうだ。

 あの時は敵じゃなかったから警戒なんてしていなかったけど、今となっては警戒せざるを得ない。


 足を止めた俺を訝しみ、グランツが歩み寄って来る。


「悪いけど……俺は、その商人に会う事は出来ない。会ったらバレてしまう」


「――! お知り合い、ですか?」


 直ぐに事情を察し、声を潜めて問うグランツ。


「ああ。彼の名はヴェリタス。数百年を生きる暗黒大陸の民で――リュドミラの側近だ」


 彼の事はよく知らないが、この場で暴れる程無謀な男じゃない筈だ。


「アルバートに伝えてくれ。今は敵対せず、無難にやり過ごしてくれ、と」


「承知しました」


 グランツに伝言を頼み、俺は踵を返す。

 ヴェリタスが帰るまでは適当な部屋で隠れていよう。


 しかし、こうして動き出した敵側の存在を感じれば、嫌でも理解させられる。


 決戦の時は間も無くだと。


 生じる緊張感を落ち着ける様に、俺は部屋で静かに呼吸を整えていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ