再会
他者視点
エモさんに連れられてエルフの里に行った僕とマナちゃん。
里は迷宮の中にあり、迷宮の主が暴れた事で里の危機に陥っていた様で。
僕とマナちゃんはエルフの皆んなと協力し、なんとか巨大な迷宮の主を眠りに就かせる事が出来た。
……なんて、言葉にするだけなら簡単なんだけど、一件落着までは波瀾万丈の出来事が続いて――まぁ、とにかく、うん。凄く濃密な日々を過ごしたわけだ。
だけど、そんな日々が薄く、遠くに感じるくらいに衝撃的な話を、僕達はつい先日聞かされた。
『間も無く大いなる意思が動き出す。かの存在はこの世界を闇で覆い尽くし、全ての生命を奪うだろう』
エルフの里の長であり、星見の予言者でもあるモリナ様は、視えた未来を直ぐに教えてくれた。
『時間が無い。この書状を持って帝都へ向かいなさい。今代の皇帝陛下なら正しく動いてくれる筈さね』
そうして僕はマナちゃんとエモさんと共にエルフの里を出立した。
⭐︎
「うっ……なんだか急にお腹が痛くなって来た……あとは君達に任せるよ……ガクッ」
帝都につくや否や、エモさんが身体の不調を訴え座り込む。
「だ、大丈夫エモお姉ちゃん?」
心配するマナちゃんは優しいな……なんて考えてる辺り、僕は随分と優しさから遠ざかってしまったのかもしれない。
「城へ向かうのが緊張するのはわかりますが、事は重大です。仮病で逃げられるわけじゃないんだし、早く歩いて下さい」
「え、エモお姉ちゃん仮病なの?」
「……アラン、冷たくなったね」
僕だけを責めないで欲しい。エルフの里で散々仕事をサボり、里の皆んなから「怠け者」と呼ばれるエモさんにも非はある筈だ。
「……とは言え、今日すぐに謁見出来るとは思いません。流石に忙しいでしょうし、取り敢えず約束を取り付けに――」
「――アラン・フォーゲル様とマナ・アークロッド様、それからエルフ族のエモ様ですね?」
衛兵の詰所に用件を伝えに行こうと歩く僕らの前に現れたのは、白銀の鎧に全身を包んだ長身の男性――短い青髪と切れ長の黄色い瞳の彼を、僕は知っている。
帝国騎士団団長リデル・シュヴァルツ。
「……お初に目に掛かります、シュヴァルツ殿。冒険者風情にお声掛け頂けるとは……私達に何か用件が?」
「用があるのは貴方達でしょう。陛下がお待ちです、どうぞこちらへ」
そう言って踵を返す団長。
僕ら三人は戸惑い、顔を見合わせる。
「……モリナお婆ちゃんが約束をつけてくれたのかな?」
「いや、私達の里に通話の魔道具は無いし、そうとは思えないけど……」
「取り敢えず、着いて行こうか。待たせるのは失礼だし」
どうしてこちらの事を知ってるのか、それに何故僕らに敬称を付けたのか、疑問は多い。
けど着いて行かない選択肢はない。
騎士団長の背中に追いつき、案内されるまま歩く。
橋を渡って城門を潜り、美しい庭園を抜けて中に入る。
「あの、どうして僕らが来る事がわかったのでしょうか」
「陛下は全てを把握しています」
それは純粋な信頼か、或いは話せない事情があるのか。
疑問を浮かべたまま城内を歩く。
マナちゃんとエモさんは豪華絢爛な雰囲気に圧倒されている様だけど、僕は別の疑問を投げてみる事にした。
「先ほど詰所から出て来た兵にしてもそうですが、貴方も歩き方が……その、不躾な質問かもしれませんが、どこかお怪我を?」
具体的に言えば、左足を持ち上げる時に痛みを堪える様な歩き方になっている。騎士団長程の人が怪我をするなんて、余程大変な仕事をしたのだろうか。もしかして、既に厄災が訪れ――
「これはまぁ、私の未熟さ故のものです。己を鍛え直す良いきっかけとなりましたよ」
団のトップに立つこの人が未熟?
驚く僕に苦笑を向け、団長は歩くペースを緩める。
「つい先日、フレイム卿の叙任式があったのはご存知で?」
「いえ、今日着いたばかりなので……」
話を聞いてみると、どうやらドラン・フレイムという冒険者が皇帝陛下の危機を救ったらしい。
その褒章として爵位を叙爵したとか。
まぁ、そこまでは良いんだけど、騎士達からしたら冒険者風情が爵位を賜るなんて面白くないわけで。
「しかもフレイム卿はこれから起きる戦いで我々の先頭に立つそうで。そこで騎士達の不満は最高潮に達し、実力を見せろと声を上げる者が出て……」
騎士も人間だ、妬みもするし侮る事もある。
そしてそれは団長も同じだった様で。
「私が代表してフレイム卿に手合わせを願いました。騎士達の鬱憤を晴らす為、と皆は捉えたでしょうが、私自身も妬みを抱いていたのかもしれません。……そして手合わせを願い出た私に対し、フレイム卿は言いました。折角なら騎士も兵も集めて全員でやろう、まとめてかかって来いと」
「……それは傲慢ですね」
「私もそう思いました。……ですがあの方は自惚れているわけではなく、自身の実力を正しく理解しておられました。要するに、我々全員を圧倒し、息一つ切らしていなかったのです」
たった一人で騎士団を壊滅させられるって言うのか……? いや、そんなまさか……。
しかし騎士団長は冗談を言ってるわけでもなく、話を誇張しているわけでも無さそうだ。
「疑う気持ちはわかりますが、貴方もすぐに理解するでしょう。フレイム卿はお三方と会う事を楽しみにしています」
「え……?」
ドラン・フレイムという名の冒険者を、記憶の中で探す。
しかし聞き覚えはないし、そんな実力者に心当たりもない。
振り返ってみると、二人も首を傾げてた。やはり皆んな知らない様子。
思い切って聞いてみようと口を開くが――
「こちらです」
目的地に到着したらしく、僕らは大扉の前に立つ。
「……えっ? あの、着替えたり、武器を預けたりは……」
ここまで案内されるまま来てしまったけど、普通なら最初に控室に行く筈だ。
僕らは旅装であり、武器を――僕は剣を、マナちゃんはエルフの里で貰ったクロスボウを腕に装着したままだ。
しかし。
「必要ありません。陛下がお待ちです」
思えば、ここまでスムーズに話が進み過ぎだ。陛下は僕らの来訪だけでなく、ここに到着する日時までわかっていた様だし。
違和感が多過ぎて、このまま進んで良いのか不安になる。でも――
「アランくん、大丈夫だと思う」
警戒する僕に小声で言うマナちゃん。
精霊の寵愛を受けるこの子は人の悪意に敏感だ――いや、そうでなくてもこの子は今までずっと僕らを助けてくれた仲間だ。信じる以外の選択肢は無い。
そして、僕らは騎士団長の後ろに着き、兵士達が開いた扉を通る。
視線は落として、正面の玉座までゆっくり歩く。
玉座から離れた位置で停止させられ、その場で片膝を付く。
周囲には沢山の気配。
左右には貴族らしき豪華な靴を履いた人達の足元が見え、その手前には兵士が並ぶ。
そして正面、陛下の後ろに控える数名は、一般兵を凌駕する凄まじい存在感を放っている。
もしもここで僕が怪しい動きを見せれば即座に殺されるだろう。勿論そんな事は絶対にしないけど、そういう緊迫感をもった場所は居るだけで精神がすり減る。
「冒険者達よ、よくぞ参った。面をあげよ」
陛下の呼び掛けで初めて顔を上げる。
最初に目を引かれるのは、皇帝陛下のご尊顔だ。
間違いなく全員が同じ感想を上げるだろう美しさはもちろん、全てを見通す様な理知的な瞳と堂々たるその姿勢は、僕らに安心感を抱かせてくれる。
きっとこの方に着いて行けば何も問題はないと、そう思わせてくれる。モリナ様も同じ気持ちで「書状を陛下に」と言ったのだろう。
「……?」
僕が陛下に視線を釘付けにしてる時、斜め後ろで片膝を付いているマナちゃんから声が上がった。
いや、声というにはあまりにも小さい、吐息の様な音だったけど、陛下の指示なく声を発するのは失礼なので僕は少し肝を冷やした。
ただ、マナちゃんが声を上げそうになるのも理解出来る。
陛下の後ろに立つ白髪紅瞳の青年。
あの人がドラン・フレイムだろう。彼の存在感はこの場の誰よりも凄まじい。
目にした瞬間に察した。騎士団長の語った話は事実なんだと――ん? なんだ? 今一瞬、目が合ったフレイム卿が微笑んだ様な……いや、気のせいか。
他にも陛下の後ろには手練れの戦士が並んでおり、その種族は様々だ。
流石は実力主義を唱う皇帝陛下。黒狼族の少女や白猫族の少女まで自身の側に置くとは――――
「――――!?」
み、みみミーシャ!?
なんでここに――!?
あ、目が合った。彼女は困った様に少し微笑んだ後、直ぐに視線を正面に戻した。彼女も緊張してるらしい。
いや、そうじゃなくて、一体何がどうなって……。
「先ずは貴様らの用件を聞こう。余に伝えたい事があるのだろう?」
頭は混乱しつつも、陛下の問いは僕の意識をこの場に集中させる。
「――はっ。星見の予言者モリナ様から書状を預かっております」
僕が言うと、一人の兵が銀のトレーを持って歩いて来る。
エモさんはそこに書状を置き、兵は陛下の側に控える恰幅の良い男性の元へそれを運ぶ。
そして、陛下の視線に促されて男性は読み上げる。
「――最果ての荒野に厄災迫る。猶予はひと月も無い。条約に基づき、各国に対処を願う」
星見の予言者が『予言』したならば、それは間違いなく訪れる。
そう、今この瞬間、厄災が訪れる事は誰もが信じた筈なんだ。
だというのに、この場に驚く者がいない。まるで、皆んな予め知って――
「――陛下の仰る通りでしたな」
書状を読み終えた男性が僕らに聞かせる様にそう言った時、驚いたのは僕らの方だった。
「そちらのお三方は知らぬ事であろうが、陛下は厄災が来る事を存じておられた。故に既に対策は進んでいる」
まさか、星見の予言者よりも早く未来を知るなんて――
「――感服いたしました」
ここに来てから驚きの連続で、短くそう口にするしか出来なかった。
そんな僕に、陛下は問う。
「事態は切迫している。有用な者は決戦に参加させるつもりだが……貴様らも参加すると考えて構わんな?」
質問の形を取っていたけど、ここで断れる筈もなく。
僕は決まり事の様に答える。
「この命尽きるまで、救世の為に戦います」
陛下は満足そうに頷いた。
「厄災が訪れるという一点だけを見て、この時代に生まれた不幸を嘆く者もいるだろう。しかし現代の戦士達は強い。騎士や冒険者等の立場に関わらず、また、人族獣人族等の種族に関わらず。その中でも、余は貴様ら――冒険者パーティ『泡沫の夢』には特に期待している」
陛下が僕らを知っていて、褒めて下さった。
その事実だけを見れば、胸が熱くなる程喜ばしいのだけど……僕は何か不穏なものを感じた。
「既に気付いているだろうが、貴様らの仲間であるミーシャは余の旅に同行し、その力を役立ててくれた。それにレイラ・アークロッドはここには居ないが、ある任務を遂行している。貴様ら全員が厄災に向けて動き、評価に値する働きを見せている」
そうか、レイラも既に陛下の命で動いていたのか。
二人が評価されて嬉しく思う。
ただ、『全員』ではない。
泡沫の夢にはもう一人、大切な存在が――
「――だと言うのに。貴様らのリーダー、竜殺しのリュートは何処で何をしているのやら。暫く前から消息不明と聞いているが、よもや厄災を恐れて逃げ出したのではあるまいな?」
嘲笑を含んだその言葉に、僕は何も言えなかった――否、何も言わない様に歯を食いしばるので精一杯だった。
「まぁ、無理もないか。所詮は力に溺れた世間知らずの若者だ。井の中の蛙が大海を知り、己の無力を知れば逃げ出したくなるのも頷ける。余は貴様らのリーダーを責めはしない」
――――。
――。
「お言葉ですが、陛下は我々のリーダーについて何も知らないご様子で」
――――あぁ、ダメだ。
僕は何をやってるんだ。
そう思いながらも、口は動き続ける。
「リュートは確かに世間知らずでしたが、己の力に酔う事も、強敵から逃亡する事もありませんでした。寧ろ相手がどれ程強大であっても、誰かの命を守る為に勇気を持って戦いに臨む、尊敬すべきリーダーです。次の戦いにも必ずや参加し、我々を守ってくれるでしょう。行方がわからないからと言って、彼を貶める様な発言はしないで頂きたい」
――やってしまった。
そう思う反面、よく言ったと自己肯定する気持ちもある。
しかし現実は無情で――
「……ドラン・フレイム。斬れ」
無礼過ぎる発言をした僕を、陛下は冷めた目で見下ろし呟いた。
マズいマズいマズい。
どうする、僕はこんな所で死ぬのか?
陛下の後ろに控えていた白髪紅瞳の青年は一歩、二歩と僕の元へ歩いて来る。
周囲で見ている貴族達はヒソヒソと語り合う。愚か者の処刑だと愉快そうに笑う。
どうしたらいい。逃げるも抗うも無駄だ。
正にまな板の上の鯉。
だけど死にたくない。僕はまだ大切な仲間との再会だって果たしていないのに。
僕の目の前までやって来たフレイム卿が剣を抜く。
恐怖で視線を下に落とした僕の耳に――直後、どよめきと怒声が聞こえた。
顔を上げると、そこにいたのは僕に背を向け、皇帝陛下に剣を向けるフレイム卿だ。
彼は……なんて事をしているんだ。
当然の如く、反逆者を斬り伏せようと騎士達が剣を抜いている。
しかし陛下は片手を上げて、自身を守ろうとする騎士達を静止させていた。
「これはどういうつもりだドラン・フレイム?」
剣を向けられているというのに、陛下は楽しげに問う。
対するフレイム卿は静かに、淡々と答える。
「それはこちらのセリフです。陛下は厄災に勝利する為最善を尽くすと仰いましたが、救世の為に共に戦う事を誓ったこの冒険者を殺す事が、陛下の考える最善の選択なのですか?」
このやり取りで察した。
フレイム卿の中で最も重要な事は、世界を救う事なんだ。陛下に忠誠を誓っているわけではない様子。
「……そうだと言ったら?」
緊迫した空気の中で、フレイム卿はハッキリと言った。
「貴方を斬ります。無能な味方ほど恐ろしいものはない」
僕が言えた事ではないけど、無礼を超えた恐ろしい発言だ。
「貴様に出来るのか?」
「気になるなら試してみましょうか。結果を知る前に貴方は死ぬ事になりますが」
その瞬間、この場の重力が何十倍にも増した錯覚を覚えた。
そうさせているのは、フレイム卿から放たれる威圧感。
それは恐怖として人々に伝播し、貴族は腰を抜かし、戦いを知る兵士ですら剣を落とし震えていた。
命を握られる様な感覚。
生きるも死ぬも、彼の決定次第。
誰もが動けず、ただ祈るしか出来ない。
どうかその矛をこちらに向けないで下さい――と。
そんな支配された空間の中で、陛下だけは変わらず頬杖をついていて――そして、愉しげに口角を上げた。
「どうやら、戯れが過ぎた様だ。謝罪しよう、アラン・フォーゲル。貴様の言葉を信じ、貴様らのリーダーには期待しておく」
………………えっ?
冗談、だったの?
「そしてここにいる者達は理解したであろう。ドラン・フレイムは救世の障害となる者は誰であろうと斬り伏せる。この非常時に紛れて何かを企む者がいるなら――精々無駄死にしないよう気を付ける事だ」
その言葉で、何人かの貴族が顔を青くする。
「戯れにしては空気が重くなり過ぎですね。陛下も人が悪い」
そう言って剣を納め、定位置に戻るフレイム卿。
……なるほど、なんとなくわかった。
陛下は『皇帝にすら従わない化物』を脅しに、この場にいる貴族達を支配したんだ。
どんな状況であっても私服を肥やす為に悪事を働こうとする者はいる。
そういった貴族への牽制だったのか。
「さて。貴様らも察した事だろうが、厄災の対策についてはドラン・フレイムが仕切っている。この後、控室にてフレイム卿の指示を待て」
「――はっ」
緊迫した空気の中で斬首の恐怖を味わい、漸く退場となる。
謁見の間を出た僕らは、どっと肩を下げて息をつく。
しかし一息ついたら直ぐに移動だ。
侍女が「こちらです」と控室に案内してくれる。
「はぁ、本当に死ぬかと思ったよ」
歩きながら、濃密な時間を振り返る。
「多分そう思ってたのはアランだけだと思うけど」
いつもの三倍くらい疲れた表情をしてるエモさんに疑問を向ける。
「だって、あの子……ミーシャはなんともない表情してたから。最初からアランが死なない事知ってたんじゃない?」
「そ、そこまで視野が広くなかったよ……」
なるほど、エモさんはミーシャの表情から察したらしい。
しかしマナちゃんは別の事が気になる様子。
「あのドランって人、なんだか……」
しかし言葉の続きを聞く前に案内は終了し、僕らは目的の控室に入る。
広い室内の中央には長机があり、その中央に並んで三人座る。
すると直ぐに紅茶と焼き菓子が運ばれて来て、侍女はドアの横に控える。
美味しそうなお菓子に手を伸ばしたいけど、これからフレイム卿と会う事を考えると、緊張して喉を通らない気もする。
マナちゃんとエモさんも同じ様で、出された物に手をつけていない。
と、そこでドアがノックされる。
侍女が開くと、待ち人が早くも現れる。
僕らは慌てて立ちあがろうとするけど、フレイム卿は「固くならないでくれ」と微笑む。
何故だろう。彼の笑みを見ると不思議と安心してしまう。
そしてフレイム卿の後ろから、ミーシャが顔を出す。
僕もそうだけど、マナちゃんはパッと明るい表情を浮かべた。
ただ、場所が場所だけに、再会を喜び合う事は控える。今この場が用意されているのは、フレイム卿から指示を受ける為だ。
席に着いた二人に侍女が紅茶を運ぶ。
フレイム卿はお礼を言った後、「大事な話をするんだ」と言った。
すると侍女は察した様に「外で控えております」と言って部屋を出る。
閉まった扉に、ミーシャが魔法陣が書かれた紙――スクロールを貼り付けた。
「防音の魔術だよ」
席に戻って説明するミーシャに、なるほどと頷く。
徹底した情報規制がされる程、重要な話を聞かされるのか。
僕らは緊張で背筋を伸ばす。
そして――フレイム卿は口を開く。
「あの皇帝、メチャクチャ性格が悪いんだ」
いやとんでもない事言い出したなこの人。
もしかして陛下の悪口を言う為に防音の魔術を貼ったのだろうか?
なんと応えるべきかわからず、僕は曖昧な笑みを浮かべていた。
ていうか、フレイム卿の印象がさっきまでと大分違うな……。
「アイツの中じゃ、他人は自分の思い通りに動くものだって常識があるんだよ。だからその人の望まない事だって平気で要求する。傲岸不遜、我儘気儘なクソッタレ陛下だ」
もしかして、さっき謁見の間でフレイム卿と陛下が言い合っていたのは、即興のものだったのだろうか。フレイム卿は本当にウンザリしてる様子だ。
だけど、不意に表情が真剣になる。
「だから代わりに、俺がお前達の本心を聞く。……厄災は世界を滅ぼす程恐ろしいものだ。生きて帰れる保証なんてない。戦場に赴いた事を後悔するかもしれない。だから……戦わずに逃げてもいいと、俺は思う」
「――え?」
そんな言葉を掛けられるとは予想外で、目を丸くする。
同時に、思い出す。
同じ様に僕達を気遣ってくれた、心優しきリーダーを。
「皇帝に言われたから戦わなくちゃいけない、とか考えてるなら気にしなくていい。アルバートには俺が上手く言っておく。だから、お前達の本音が聞きたいんだ――本当に、厄災と戦うつもりか?」
彼も、戦いを強要しなかった。
望まぬ戦場には連れて行かないというスタンス、彼とそっくりだ。
「……私は、戦います。そもそもここには里の代表として来てるわけだし、情けない姿は見せられません」
珍しくハッキリと、エモさんが答える。
「マナも、戦うよ。お姉ちゃんもミーちゃんも戦ってるのに、マナだけ逃げるなんて絶対イヤ!」
幼いながらも確かな覚悟を持つマナちゃんが、フレイム卿を真っ直ぐ見据えて言った。
「僕も戦います。僕が憧れた人なら、迷わずそうするでしょうから」
こうして三人の覚悟を聞いたフレイム卿はフッと微笑み、立ち上がった。
「なら改めてお願いするよ」
言いながらフレイム卿は目を閉じ、耳飾りに触れる。
すると驚くべき事に、彼の髪は黒に染まり――開いた瞳も同じく黒色に変わっていた。
「また、共に戦って欲しい」
そう言って右手を差し出したフレイム――いや、ずっと再会を望んだ僕らの仲間、リュートを前にして、胸が熱くなる。
言いたい事、聞きたい事は沢山ある。
再会を喜びたい気持ちも抑えられない。
けどまずは、この手を取れる幸せに浸ろうじゃないか。
「リュート……また君と共に戦えるなんて――」
「――ししょうー!!!」
差し出された手を取ろうとした僕の隣から、天真爛漫な砲弾が飛び、リュートに激突する。
お陰で僕の右手は宙を彷徨う事になった。
けどその間の抜けた空気がなんだか懐かしくて、僕らは無邪気に笑い合った。