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裏切り

他者視点

 

『彼……ドランさんは私達の想像を絶する力を持っている筈です』


 グリフォンのガルちゃんに乗って依頼に向かってる最中、私の耳元に囁かれたその言葉には心底驚いた。


 確かにガルちゃんはドラン君を警戒していたし、それが珍しい事だと私はわかってる。だけど、それが彼の力を警戒したのだとは思いもしなかった。


 あれから、私はドラン君を観察し続けた。

 彼は優秀な魔法使いで、人柄も良く、メンバーから直ぐに気に入られた。

 獣人を差別しないのもいい。貴族みたいな綺麗な格好してるのに獣人に優しいっていう、そういうギャップもメンバーからの好印象に繋がっていた。


 でも、それだけだ。

 やはり彼から異質な力を感じたりはしない。

 ガルちゃんもきっと、ドラン君が貴族に見えたから警戒したんじゃないのかな? ガルちゃんって権力者が嫌いみたいだし。


 ――そう思っていたけど。


『それとも――僕の力が不要だというのですか?』


 彼がそう言ってアナクを見つめた時、アナクの呼吸が止まった。

 瞳孔が開いて小刻みに揺れている。間違いない。この瞬間、アナクはドラン君に恐怖していた。

 アナクの変化に気付けたのは隣にいた私だけで、何も知らないメンバー達は受け入れられたドラン君を歓迎して騒ぎ出す。

 私は不気味に思いながらその様子を眺めていた。






 話し合いが終わって解散後、私とアナクはその場に残った。


「この選択は、正しかったのでしょうか」


 ポツリと漏らすアナク。

 私にその答えはわからない。

 彼が何を思い、どんな目的でここにいるのか。

 そして、アナクを恐怖させる程の力を、どうして隠しているのか。

 でも――


「正しくても正しくなくても、私達はクォントとアナクに着いて行くよ」


 これだけは確かだ。

 どんな結末を迎えても私達は後悔しない。


「チルさん……」


 珍しく弱った様子のアナク。私が不安を吹き飛ばす様にニッと笑うと、アナクも優しく微笑んだ。


「では、一つお願いをします。決戦の時、ドランさんを見張っていて下さい。もしも怪しい行動があれば……殺す気で攻撃して構いません。多分死にませんけど」


 それは私を侮ってる……わけではなさそう。本気でドラン君を恐れているんだ。


「任せて。アナクはドラン君の事は気にせず、クォントをフォローしてあげてね」


「はい……。必ず、皆で生きて帰って来ましょう」




 ⭐︎




 そして当日。


 早朝から出発した私達は、船で孤島に向かい、お昼過ぎに上陸した。

 ここは小島と言える程小さな島で、肉眼でも島の中央、岩山の上がハッキリ見える程だ。


 その山の頂に、それはいた。

 全身に炎を纏う巨大な鳥。

 大きさは上位竜と同程度、しかし脅威度は上位竜どころか、王級の竜すらも超えるのではと噂される程だ。


 そんな絶対的強者は私達が上陸した事に気付いているだろうに、しかしこちらを気にする素振りも見せずに北西の方向をジッと見つめている。


「俺の事ぁ眼中にねぇってか……?」


 怒りに声を震わせるクォント。殺気すら漏れ出る彼に仲間の何人かは恐怖するけど、やはりフェニックスはこちらを気にしていない。


「兄様、冷静に。これから思い知らせてやればいいのです、私達の力を」


「……そうだな。行くぞ」


 そして私達は岩山をどんどん登る。

 高度の低い山で疲労するような人はウチにはいない。だからメンバーの心配は無いんだけど……。


 横目でチラリとドラン君を見る。

 彼も当然の様に私達のペースについて来るから、体力の心配はしてない。

 でも、恐い。

 彼の纏う空気が、今朝からずっと恐い。

 初めは強敵を相手にするから緊張してるのかと思ってた。

 でも違った。

 ドラン君はフェニックスに意識を向けつつも、周囲を、この島全体を警戒している。

 その警戒度が尋常じゃない。

 もしもここに怪しい素振りを見せる人がいたら、彼によって即座に制圧されるだろう。そう確信する程にピリピリしている。


 警戒と言えばガルちゃんも今日の様子は変だ。

 だって、真っ直ぐにフェニックスだけを見据えているのだから。

 いや、それがいつも通りで当たり前の事なんだけど、最近のガルちゃんはドラン君を警戒していたから新鮮に映った。いつの間にか仲直りしたのかな?


「チル。よそ見をしている余裕はない。間も無くだ」


 私の前を歩くガレアスが振り向き、そう言う。

 確かにフェニックスはもう目の前。ドラン君の見張りだけしてるわけにはいかないか。


「では陣形を組んで下さい。何度も言う様ですが、連携が重要です。首を落とす者達と心臓を潰す者達の――」


 そう、この魔物が不死鳥と呼ばれる理由。それは心臓を破壊しても、首を落としても、直ぐに再生してしまう事。不死鳥を殺すにはそれらを同時に行わなければならない。

 私達がアナクの言葉に耳を傾ける中――



「――二十年ぶりだなクソったれがぁぁ!!」


 リーダーが突撃した。

 驚くメンバー。

 アナクは苦い顔をし、ドラン君は険しい表情になる。

 そして不死鳥はようやくこちらを意識し、炎に包まれた大きな身体を、翼を広げて持ち上げた。

 クォントの大剣が岩を殴る。

 空に飛んだ敵はクォントの空振りを冷めた目で見下ろす。クォントは更に激昂する。


「――仕方ありません、全員速やかに兄様の援護を!」


 アナクの指示で、メンバーは動き出す。

 ビリーはガルちゃんに乗りながら鉄矢を射る。ガルちゃんは途中でクォントを拾い、そのまま二人と一頭は空に上がる。

 アナクは得意な風魔法で空を駆け、フェニックスの背後から風刃を放つ。


 だけど鉄矢も風刃も、炎に阻まれて敵に届かない。


「チル! ドラン! 水だ!」


 ガレアスの指示に従ってドラン君は大きな水球を放つ。

 一発、二発。それらは不死鳥にヒラリと躱されるけど、三発目が右翼に直撃した。

 纏う炎が薄くなり、綺麗な赤い羽毛が顔を出す。

 そこで私の詠唱も完了する。


「アクア・サイクロン!」


 水と風の混合魔法――水の竜巻は不死鳥の真下から天へと昇り、鳥型の肉体も纏う炎も、全て丸呑みにして吹き荒れる。


 これで火は消えた。

 もちろんそれだけじゃ倒せないけど、奴の身体を強化している火が消えれば、彼らの出番が生まれる。


 ガシャンと金属音が鳴る。

 それは不死鳥の足に投げられた足枷が閉まる音だ。


「今だ! あの鳥を引き摺り下ろせ!」


 ガレアスの掛け声と共に、体格の良い戦士達が一斉に鎖を引く。

 唐突に下方向に力が働いた事もあり、不死鳥は落下し、地面に叩き付けられた。


 順調だ。

 このまま地上の戦いに持っていければ――



「――死ねやぁぁあ!」



 ――掛け声と共に、大男が飛ぶ。

 彼は左手に持った短剣を下に向け、そのまま落下し――不死鳥の心臓を貫いた。


 心臓を貫いただけでは倒せない。

 冷静さを欠いているとは言え、クォントもそれを理解している様で。彼は短剣から手を離して大剣を振りかぶり、同時に後ろに飛ぶ。

 そこで倒れ伏すフェニックスと睨み合う。


「家族の仇だ――」


 この瞬間、クォントは何を思っただろう。

 漸く復讐を果たせると歓喜したのか、或いは憎悪で曇った思考は殺意以外を忘れ去ってしまったのか。


 また、尖拳崩牙のメンバーは何を思っただろう。

 早くも決着が着こうとしている戦いに呆気なさを感じているのか、或いは本当にこれで終わるのか疑問に思っているのか。


 ずっと連れ添い歩き続けた仲間達の事ではあるけれど、皆んなが何を考えていたのかはわからない。

 けど、そんな中。私は――私は、叫びたかった。


 逃げて。離れて。避けて。

 言葉なんてなんでもいい。

 私達のリーダーが、クォントが、その場から離脱してくれるならば。


 でも、間に合わない。

 まるで走馬灯の様に思考が高速化しているのに、私の身体は鈍いまま。

 声を発する間も無く、フェニックスは何かをして来る。

 何をして来るかはわからないけど、絶対にこれじゃ終わらない。

 だって、奴は未だに私達を冷めた目で見つめている。あれは危機に陥った獣の目じゃない。


 尖拳崩牙はここで終わる。

 そんな直感を抱いてしまったその時――


 ――空気が破裂する様な音が聞こえた。


 そして、戦場に一陣の風が吹く。

 次の瞬間に私達が見たのは、拳を振り切った姿勢のドラン君と、頬を殴り飛ばされ岩に背中を打ち付けたクォントの姿。


 何が起きたのかわからず、誰もが唖然とする。

 そんな私達に答えを齎す様に、空が赤く染まった。

 熱と光の膨大なエネルギー。それが爆発した影響で海は荒れ、凄まじい熱風が私達の肌を撫でる。

 皆が理解した。

 あれはフェニックスの攻撃。竜のブレスの様に口から放ったのだろう。

 あのままクォントが剣を振り下ろしていれば、それは届かずにブレスを食らった事だろう。

 つまり、ドラン君に助けられたのだ。


「ドラン……お前……」


 しかし忘れちゃいけない。

 クォントをその場から離脱させる為に、ドラン君は彼を殴ったのだ。他にやり方はいくらでもあっただろうに、彼は態々拳を握って振り切ったのだ。


 ドラン君の左手から水球が生み出され、それがクォントの顔面に叩き付けられる。

 殺傷性のない攻撃。悪ふざけともとれる弱い魔法だけど、しかしこんな時にやるべき事ではない。


「テメェッ!」


 当然ながら激昂し、立ち上がろうとするクォント。だけど再び放たれた水球により、クォントは尻餅をつく。


「頭を冷やせクォント。恨みも憎しみも人の感情だ、否定はしない。でもそれで目を曇らせて死にに行くってんなら、お前はどうしようもない愚か者だ」


 一瞬、誰が喋ってるのかわからなかった。

 それはメンバー全員同じだったろう。

 いつもの彼の口調じゃない。

 目の前にいたクォントだけが、驚きつつも反論する。


「お、俺ぁ、死にに行くつもりなんて……」


「まさか本気で勝てると思って突っ込んだのか? だとしたら無能だな。お前だけじゃアイツに勝てない。今直ぐ帰って一人で反省会でもしてろ」


 普段の姿からは想像も出来ない様な毒舌。

 それを浴びせられたクォントは顔を真っ赤にし――しかし先に怒りを見せたのはドラン君だ。

 彼はクォントの胸ぐらを掴んで無理矢理立ち上がらせる。


「反論する前に仲間の顔を見てみろよ! あんな目で見られて気を遣われて、皆んなの憂いを晴らせないまま無様に殺されて! それがお前が誇る尖拳崩牙のリーダーの姿なのか!?」


「――っ」


 ドラン君の肩越しにクォントと目が合った。

 彼はそのまま仲間達の顔を一人ずつ見回していく。

 誰もが一様に、リーダーを心配していた。

 黒い感情に支配されて最悪の結末を迎えるんじゃないかと恐れていた。


 そんな私達の思いがやっと伝わったのだろう、クォントは声を震わせて呟いた。


「皆んな、すまねぇ」


 たった一言。

 だけどそれで伝わった。クォントの目は覚めたのだと。


「お前ら! 今回も力を貸してくれ! あのクソッタレを倒す為に!」


 リーダーが叫ぶ。

 尖拳崩牙の仲間達――総勢五十人は声を上げてそれに応える。

 今までこの人数で活動した事はない。

 それでも。

 この大勢全てが一つになれた様な感覚を抱いた。


「ドラン、テメェの事は後回しだ。俺を貶した事後悔させてやっから後ろで見てな」


 クォントの威勢の良さに、ドラン君はニッと笑って言われた通り後ろに下がる。




 不死鳥はこれまでの時間に貫かれた心臓を回復させ、足枷を破壊し、再び空に飛び上がっていた。

 せっかく傷を付けても、命を奪わなければ再生してしまう。


 でも。

 振り出しに戻ったとしても関係ない。

 また戦えばいい。



「ガル、来い! ビリーとチルは俺の後ろに乗れ!」

「わ、わかった!」


 不意に名前を呼ばれて慌てて返事をした。

 ここからはクォントが指揮をしてくれる様だ。


「モーガン、クレソン! 空に向かって氷結爆弾投げまくれ! チルビリーは矢に属性付与して氷結矢だ!」

「了解!」

「了解だけど……ビリーと纏めて呼ばないで!」

「チルちん拒否反応強すぎない!?」


 私はビリーの後ろに乗り、仕方なく矢に氷属性を付与し始める。

 そうしてる間に、空には氷の花が咲き、凄まじい冷気を辺りに撒き散らす。

 フェニックスはそれを嫌って避ける様に飛ぶ。お陰で狙いがつけ易いのだろう、ビリーは私が渡した氷結矢を放ち、正確に敵の翼を射抜く。


「ルット! ショーン! 岩棘で罠を作っておけ! ガレアス、翼を斬り落とす準備だ!」

「心得た」


 私達はガルちゃんに乗りながら飛び、空を駆ける。

 クォントは接近して来たフェニックスを大剣で弾きながら軌道を変え、ビリーは狙いを付けて氷結矢を射続ける。


 やっと、私達を敵と認めてくれたのだろう。

 フェニックスは高い声で一つ鳴いた後、炎の竜巻を生み出し、こちらに放つ――その瞬間。


「アナク! 今だ!」


 私達よりも、フェニックスよりも天高くで息を潜めていたアナク。

 彼女はフェニックスの真上の位置でバケツをひっくり返した。


「流れなさい、瀑布の如く」


 勿論ただのバケツじゃない。あれは『持ち運べる滝』という魔道具だ。

 アナクが唱えると同時に、途方もない量の水が流れる。

 攻撃の姿勢をとっていたフェニックスはその水圧によって降下し、岩棘に突き刺さる。

 尚、仲間達はルットとショーンが地属性魔法で作った高台に避難する事で、水害から免れる。


「ガレアス、やれ!」


 フェニックスが地面に落ちた瞬間。

 クォントの号令でガレアスは高台から飛び――大斧でフェニックスの右翼を斬り落とした。


「――――――!」


 ここで初めて苦悶の声で鳴くフェニックス。失われた翼すら時間経過で回復する化物だけど、痛覚はあるみたい。


「お前ら総攻撃だ! 俺がタイミングを合わせて首を落とす! だから誰でもいい、心臓を貫け!」


 回復するまでの間、フェニックスは飛べない。この隙に畳み掛けるつもりの様だ。

 仲間達は声を上げながら巨鳥に襲い掛かる。

 剣を振るい、槍を突き出し、魔法を放ち。

 皆それぞれ違った攻撃をしていても、仲間同士で邪魔しあう事はない。この結束力こそが私達の強み。


 時にはフェニックスからの攻撃を受ける事もある。

 しかしそれは盾を持つ仲間が庇ったり、受け流す事でどうにかやり過ごせている。


 敵は強大。

 しかし五十対一という圧倒的人数差によって、遂にチャンスが訪れる。


「俺、突くのは得意なんだよねぇ」


 ドヤ顔でそう言うビリーは、私が作った氷の槍を握ってガルちゃんから飛び降りた。

 そして真っ直ぐ落ちていく――仲間達が足止めするフェニックスの背中に向かって。

 殺気を感じたのか、不死鳥は慌ててその場から飛び退こうとするが――


「ぬぉぉぉおぉ!」


 フェニックスの足に再び括り付けられた足枷の鎖を、ガレアスが思い切り引っ張る。

 そうして身動き出来なくなったフェニックスの背中に、氷槍が刺さる。それは背中から胸にかけて貫通しており、間違いなく心臓を貫いた。


「リーダー決めちゃって!」


 ビリーに言われるまでもなく、クォントは既にガルちゃんから飛び降りて大剣を振り被っている。

 フェニックスがブレスを吐いても当たらない様に、首を横から断ち切る位置でクォントは落ちて行く。


 遂に決着が付く。

 少し前と同じ終わりの予感。

 だけど今度の終わりは達成感を伴う最高の結末だと確信した。


「これで、終わりだァァァア!」


 一閃。


 クォントの大剣が風を切り、遂にフェニックスの首を斬り落とす――筈だった。




 誰もが目を丸くした。

 困惑した。

 クォントが振り下ろそうとした大剣を、ドラン君が片手で受け止めているのだから。


 あの攻撃を受け止められるのか……って、そうじゃない。

 何故止めた?

 さっきみたいに、クォントに危険が迫ったから?

 いや、でもそうは見えないし……。


 一体どんな納得出来る理由があってこの戦いに水を差したのか。

 皆の疑問に答えるべく、ドラン君は口を開く――


「……ごめん、やっぱコイツの事、殺さないで欲しい」


 否、納得出来る理由など無かった。

 バツの悪そうな顔で自分の願いを口にする彼は今この瞬間、私たちに対する裏切り行為を働いた。



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