新たな仲間
三十日後、世界の命運をかけた戦いが起こる。
三十日を長いと見るか短いと見るか。
どちらにせよ、この限られた時間で俺達は準備を済まさなければならない。
その為に最初にやる事が――
「貴様、その目立つ黒髪黒瞳をやめよ。変装の魔道具はないのか?」
「やめろってなんだよ。生まれつきなんだよ悪いかよ……まぁいい、変装なら出来る」
俺はミーシャから借りたままだったイヤーカフを耳につけて白髪にし、同時に瞳の色を紅に偽る。
「……その姿ならリュドミラに貴様だと気付かれぬか?」
「え? ……まぁ、そうだな。この姿を見せた事はないし」
「ならば構わん。他にも貴様と関連付けられる特徴があるなら隠しておけ」
そうか、もしもリュドミラがこの世界に俺がいる事を知れば会いに来るかもしれない。
そのせいで対決の日が早まったりすれば、その分準備期間が短くなってしまう。
「それと貴様、姓はなんという?」
「スザク…………お前、俺の秘密を知ってるクセに、苗字は知らないんだな」
何でも知っていると思ったが、アルバートの持っている情報には偏りがあるらしい。
というか、そもそも俺の情報はどこで手に入れたんだ?
世界の滅亡は星見の予言者から聞いた。それはわかる。
じゃあ俺の秘密は? 予言者が「リュートは異世界人だ」とでも教えてくれたのか?
きっと俺は疑う様な目をしていたのだろう。そんな俺を見て、アルバートは「フン」と鼻を鳴らす。
「貴様は今からドラン・フレイムだ。決戦の時までそう名乗れ」
「まぁ、わかった。それで? 俺をこの世界に連れ戻せと言ったのはお前なんだろ? この三十日でやって貰いたい事でもあるのか?」
「殊勝な心掛けだな。まずは全員集めよ」
カマをかけるつもりで言ってみたのだが、アルバートは特に否定する事はなかった。
やはり、フィオナに俺を連れ戻せと言ったのはコイツだったのか。
何故、という疑問も勿論ある。
だけどそれ以上に、どこまでコイツの思惑通りなのか恐ろしくもある。
まさか時空転移した先がアルバートの元になる事まで想定済みだったのか?
……考えても無駄か。どうせコイツは何も語らない。ならば接していく中で少しずつ探っていく方が早いだろう。
その後、ミーシャやレイラ、それにルナや黒狼達全員がアルバートの周りに集まった。
黒狼の数が多すぎて、狼に囲まれた人間みたいな図になってるけど、アルバートは平然と話し始めた。
「先ずは黒狼達への協力要請だ。先に話した通り、三十日後に世界は滅びる。貴様らにはこの地に留まり、愚者を迎え撃って貰いたい」
『それこそさっき言った通りだ! 我は星見の予言者など信じておらん! 故に今まで通りここで暮らし、住処を荒らされれば牙を剥く!』
ウルガルフの言葉に賛同する様に、小さい黒狼達は「ウォーン」と吠えた。
「それでも構わん。次にフィオナ・ローズヴェルト達だが、貴様らは暗黒大陸の民を味方につけろ。数は多ければ多いほど良い」
「私がそれをするのか?」
「貴様をおいて他に誰がやる。必要な物があれば余が手配する。それに、その三人も存分に使え。さすれば可能となる」
なんで断言出来るんだよ。それも予言者の言葉なのか?
「……お待ちを。私は泡沫の夢のメンバーとして、彼らと共にいた方が力を充分に発揮出来るかと」
意見したのはレイラだ――流石に皇帝陛下には口調を変えるらしい。
確かにせっかく再会したのに何故別行動にされるのか疑問だ。
「レイラ・アークロッド。ミスティア族は暗黒大陸の民だ――これだけ言えば、己のルーツを理解したな?」
ミスティア族って、確かレイラの祖先の……。
レイラは先祖返りでミスティア族の特徴を強く引き継いでしまったんだっけ。
レイラは困惑した様な、迷う様な表情で俺を見た。
「レイラ、お前なら異種族を繋ぐ架け橋になってくれるって信じてる。また決戦の時に会おう」
「……仕方ないわね」
フッと笑って与えられた使命を受け入れたレイラ。
そして残るは二人――
「ドラン・フレイムとミーシャ。貴様らは余の旅に同行してもらう」
自分が呼ばれているのだと理解するのに数瞬の時を要し、その後は「やっぱりか」と予想通りの展開に苦笑する。
「具体的に何をさせるおつもりで?」
「転移を使えるミーシャは余の足になってもらう。貴様には別で命令を出す…………その様な視線を向けるな。必要な情報は開示する」
何でもかんでも秘密にして俺に命令を出すのかと思ったが、流石にそれはない様で安心した。
「さて。夜が更ける前に移動を開始する……フィオナ・ローズヴェルト、貴様らも着いて来い。行先はリベルタの冒険者ギルドだ」
早速行動開始となるらしいが、ウルガルフが待ったをかける。
『ドラン・フレイム! お主に頼みがある』
「俺に……?」
『ルナも貴様の旅に同行させ、人の暮らしを体験させてやって欲しい』
会ったばかりの狼の考えなどわからないけど、ウルガルフはルナが赤ん坊の頃から面倒を見ていたそうだ。
そんな娘の様な存在を旅に出すなんて、何か強い想いがあるのだろう。
「ウルガルフ……ルナにここを出て行けと言うのか?」
『そうではない。ルナに世界を知って欲しいのだ。出て行くも行かぬも、その後で決めるべき事』
ルナは少し迷った後、頷いた。
『困った事があればドラン・フレイムを頼れ。此奴は敵を助けるなどと宣った真性の阿保だ。ルナが傷付く事を見過ごしたりはしないだろう』
唐突にディスられてキレそうだけど、狼達の別れを邪魔しないでおこうと一歩離れる。
「で? ルナが同行しても問題無いのか?」
「どちらでも構わん」
興味無さそうに答える皇帝陛下。そういえばコイツは人種差別をしないのか。貴族とかは結構差別が激しい印象があったけど……。
「ではよろしく頼むぞドラン! ルナの事はルナと呼ぶのだ。それと、グレンも一緒だ!」
ルナが挨拶すると、その足下から一匹の黒狼が出て来た。このモフモフがグレンらしい。
「影から生物が出て来るのは魔法なのか?」
ルナとアルバートを見比べながら質問する。皇帝の影達も名前通り影から現れたし、ルナと同じ魔法だろう。
『黒魔法の一種だ……しかし皇帝のソレは普通ではないな。力の強さも尋常ではないが、何故それ程までにボロボロなのだ? お主――』
「――――黙れ」
その一言で、場が静まり返った。
ずっと無表情、無感情に見えた皇帝が初めて見せた感情。
それは怒りだった。
「…………別れが済んだならリベルタに向かう。ミーシャ、役目を全うしろ」
「わかっ……わかりました」
しかし直ぐに感情を仕舞い込むと、予定通りに事を進めようとする。
「ミーシャ、俺がやるから無理をするな。回復まで時間が掛かるだろ」
「……ありがとう」
時空魔法を使って疲労したミーシャに、これ以上魔法を使わせない方がいい。
そう思って代わろうとする俺を、アルバートは睨む様に見る。
「貴様の善意は他人の役目を奪い、劣等感を植え付ける猛毒だ。安易に振り翳すな」
「なんでそんな捻くれた考え方するんだよ。膨大な魔法を使ったミーシャに無理をさせるべきじゃないって、お前にもわかるんじゃないか? だって、お前もボロボロなんだろ?」
さっきアルバートが怒った原因。その話を蒸し返すと、彼の配下――グランツは冷汗を流し、フラムは「やめろ」と身振り手振りで訴える。
「アルバート。仲間ってのは助け合うもんだ。だから俺は苦しんでいるミーシャに無理をさせない。……そしてそれはお前に対しても同じだ。共に厄災と戦う事になった以上、お前が苦しんでいれば助ける。このスタンスを変えるつもりはない」
まだアルバートを仲間と呼べる程信頼してるわけじゃない。
それでも、彼が世界を救う意思を持ってる事は信じている。だから少なくともアルバートは味方だ。
アルバートは、勝手にしろと言わんばかりに「フン」と鼻を鳴らした。
「ではどちらでも構わん。さっさと転移を済ませろ」
不機嫌な皇帝の命令通り、俺達はリベルタの冒険者ギルド――ガイストの執務室に転移した。
「流石にこの人数だと狭いな」
「リュ……ドランお前、俺の部屋に転移すんのかよ」
「人前に転移したら諍いに巻き込まれたり、急に襲われたりするかもしれないだろ?」
嫌味がちにアルバートを見るが、ムカつくくらい涼しい顔をしている。
「お前なぁ、返答に困る事言うなよ……」
ガイストと苦笑してると、突然ドアが開いた。
「わ、まさかとは思いましたが、こんなに大勢……あれ、リュートさんとレイラさん、行方不明じゃなかったんですか!?」
「ん?」
入って来たのは懐かしき受付嬢、シェリーだ。
俺はつい「久しぶり」と言いそうになったが、耐えた。だって今の俺は白髪紅瞳のドラン・フレイムだから。
だというのに、シェリーは俺をリュートと呼んだ。
「っこ、皇帝陛下! 陛下の御前で失礼致しました」
アルバートの前で跪くシェリー。
「そんな事より、なんで見破られたんだ?」
「……シェリーは真眼の持ち主だ。詳細は省くが、一度会った相手が変装したところで、彼女を騙す事は出来ない」
そんなのがあるんだな……。
俺はまだこの世界の事を全然知らなかったみたいだ。
「……真眼か。フィオナ・ローズヴェルト。それを持っている者を他に知っているか?」
「今生きている者の中ではシェリーしか知らんな。無論、私が認知していないだけで存在している可能性はあるが」
「…………」
質問だけ投げて黙り込むアルバート。ホント、何考えてんだか。
「それで? お前達はここに何をしに来たのだ?」
話を進めたのはルナだ。
不機嫌そうなのは部屋に息苦しさを感じたからか、或いはウルガルフとの別れがやはり受け入れられなかったのか。
「ドラン・フレイムの冒険者証を偽造する。二年前から活動するソロランクBの冒険者として」
アルバートはガイストとシェリーに命じ、二人は直ぐに動き出した。
俺は二人の後を追う様に廊下に出ながら――フィオナに視線を向けた。
俺の意図を察してくれたのか、フィオナは一人部屋から出て来た。
「話でもあるのか?」
「まぁ、時間さえあれば話したい事はいっぱいあるよ。ゴブ太の事もそうだし……それに、貴女は俺を、そして俺の仲間を助け、導いてくれた。本当に感謝してる」
「気にするな。私は自分のやるべき事をやったまでだ」
それで? と問う様な視線を向けられ、本題に入る。
「実は貴女の父、グラモスから伝言を預かっている」
フィオナは僅かに瞠目した後、先を促す様にジッと俺を見つめた。
しかし俺はニッと笑って、グラモスに言われた通りの言葉を口にした。
「だけどこれを伝えるのは全てが終わった後だ」
怒るかな、と思ったけど、フィオナは苦い顔をするだけで、最後には苦笑混じりに「そうか」と呟いて部屋に戻った。
多分グラモスの思惑を察したのだろう。
それは構わない。
だけど、一瞬見せたあの哀しそうな表情。
伝言を聞けるとは思っていないのだろう。
「ま、仕方ないか」
今フィオナが描いている未来は、恐らくずっと前から想像してたものだ。変えるつもりはないのだろう。
だからこそグラモスは俺に伝言を頼んだのだ。
俺にフィオナが決めた未来を変えて欲しいと、そう願って。
グラモスが口にしなかったその願いも、俺は叶えるつもりだ。
「何が仕方ねんだ?」
「ガイストか……ギルドマスターの仕事はいいのか?」
「ま、シェリーがいるからな。それより俺は、厄災に立ち向かうべきだろ。それが力ある者の責任ってやつだ」
「そうか……そうだな」
ガイストと共に部屋に戻り、アルバートは冒険者証を確認する。満足したのか、一通り見た後は俺に投げ渡して来た。
「問題無い。フィオナ・ローズヴェルト。貴様らに対する用は済んだ」
フィオナじゃなくてガイストに用があっただけじゃん。
「そうか。なら私達は暗黒大陸に戻る」
そう言って指輪をつけたフィオナは転移魔術を発動する。
「レイラ。全てが終わって落ち着いたら、また一緒に冒険しような」
別れの前、俺は同じパーティの仲間に拳を突き出す。
「えぇ、これも約束ね」
そう言って微笑みながら、レイラは拳をぶつけ返す。
「では――お互い無事に事を運べる様願っている」
その言葉を最後に、フィオナ達は去って行った。
「ドラン・フレイム。泊まれる場所に案内しろ」
別れの余韻に浸っている俺に早速命令して来た皇帝陛下。
「陛下が身体を休められる様な豪華な部屋はこの辺りにはございません。どうぞ城へお戻り下さい」
「貴様と戯れている暇はない。直ちに動け」
「じゃあ、気に入らなくても文句言うなよ」
念を押しつつ移動を開始する。
一階に降り、シェリーに案内されて裏口から外に出る。
なんとなく後ろを向くと、アルバート、グランツ、フラムの三人は認識阻害のローブを着ていた。
「我々は現在ガルレア王国の王城に滞在している事になってます。故にリベルタで姿を確認されるのは好ましくありません」
と説明してくれたのはグランツだ。
ガルレア王国といえば、帝国と最果ての荒野の間にある国だ。
「ガルレア王国とも協力関係を結んだのか?」
「当然だ。そもそも愚者が降臨して最初に被害を受けるのはガルレア王国。寧ろ向こうから助けを求めるのが普通だ」
確かに、最果ての荒野に大いなる意思が現れるなら、最初に滅ぼされるのは隣のガルレア王国だ。
「じゃあなんでお前から協力を要請しに行ったんだ? もしかして厄災が訪れて世界が滅びるって、まだ公になってない話なのか? なんで世界中に公表して協力を求めないんだ? なんでお前が、皇帝が自らの足で――」
「ドラン・フレイム。必要な情報は開示する。しかし余の行動全てを貴様に説明してやる義理はない」
「…………」
隠し事をするなとは言わない。しかしコイツは語らな過ぎだ。これじゃあアルバートが何をしたいのか俺にはわからない。
言われた事だけやってろって事なのか?
「お前達、面倒な関係だな」
「俺もそう思うよ」
ため息を吐きながら歩いていると、漸く目的地が見えて来た。
「リュ……ドラン、やっぱりここを選んだんだね」
「あぁ。思い返せばここから始まったんだよな」
懐かしき、迷宮から出た俺が最初に目覚めた場所。
旅人が泊まるにしては高級感漂う、立派なホテル。
「いらっしゃいませ…………ミ、ミーシャ様?」
「あ……久しぶり」
カウンター越しにミーシャを見つけて驚いているのは、ここの従業員アニスだ。
「本当にお久しぶりです! あの、色々と噂を聞いて……その、リュートさんが行方不明だって……本当なんですか?」
「あー……」
アニスは迷宮で死にかけた俺を手当してくれた恩人だ。
そんな彼女を騙すみたいで気が引けるが、今の俺はドランだ。
ミーシャとアニスの間に割り込んで用件を伝える。
「すみません、一泊二部屋……空いてますか?」
「あ、申し訳ありません。直ぐにご案内します」
それから、別のスタッフに案内されて俺たちは隣り合った二つの部屋を借りる。
アルバートが他人である俺と同室で良いと言ったのは意外だった。
「貴様のやるべき事を説明する」
アルバートとグランツと俺の三人部屋で、アルバートと俺はソファに向かい合って座り話し合う。
「ガルレア王国辺境の街ダルア。その地で現在Sランク冒険者の獣人兄妹、クォントとアナクが活動している」
「二人組のパーティか?」
「奴らは固定のパーティを組まん。複数の……現時点では五十人の冒険者を仲間と呼び、自分達を『尖拳崩牙』と呼んでいる」
「せんけんほうが? 暴走族みたいな名前だな」
「……。尖拳崩牙は五十人の中で多様な組み合わせでパーティを組み、依頼を遂行している」
「あれ? それってレガリスが目指してたクランシステムでは?」
「あのエルフか。確かにそんな話を聞いた事があるが、奴ではカリスマ性が足らず不可能だろう」
「知ってたんだ。そして辛辣かよ」
「その点、クォントは集団の長として有能な人物だ……尤も、それに関してはどうでもいい。重要なのは、奴が冒険者として唯一の飛獣使いという点」
「飛獣? 例えば……グリフォンとか?」
「正しく。クォントとアナクはグリフォンを飼い慣らし、騎乗しながら戦闘を行う。奴らの存在は空の敵への有効打となる」
「なるほど、話が見えて来た。二人を勧誘し、愚者との戦いに参加させろって事だな?」
「その必要はない。尖拳崩牙は家を持ち、そこで集団生活している。そして奴らは仲間を家族と呼び、家や家族に危険が迫れば何が相手でも戦い、仲間を守る」
「つまり、隣の荒野に厄災が降り立てば、尖拳崩牙は自ら戦いに参加するって事か? なら何もする必要なくね?」
「いや、貴様には奴らを救って貰う。何故なら――――七日後、尖拳崩牙は重要依頼に失敗し、全滅するからだ」