星見の予言者
レイラとの再会を果たし、戻って来たんだという実感が湧いて来る。
「リュートてめぇ、急にいなくなりやがって!」
「私と会った時とはだいぶ印象が違いますね……子どもの成長は早いものです」
ガイストやシフティと会うのも久々だ。
そして――
「こうして会うのは初めてだな。私はフィオナ・ローズヴェルト。聞きたい事は多いが……まずは君の無事を喜ぼう」
「初めまして、俺はリュートだ。俺からも貴女に言わなきゃいけない事があるんだけど……」
チラリと青年に視線を向ける。
まずはコイツから話を聞かなければいけない。
そう考えて口を開こうとするが、フィオナの方が早かった。
「この状況も君の狙い通りなのか?」
その一言で、フィオナとこの青年が知り合いであると察した。
「盤面の駒が揃えば状況などに拘らん。貴様がどんな憶測をしようと勝手だが、それを吹聴する事まで許すつもりはない」
「ならば私も君の秘密主義を非難する。何も開示しない権力者に従わせるなど、彼が不憫だ」
二人の視線が俺に移った事で、自分の話題なのだと理解した……けどよくわからない。
「待てよ、完全に置いてけぼりなんだけど……えっと、俺がコイツに従うって? そんなの嫌だし、そもそもコイツは誰だ」
「……クロムウェル帝国現皇帝、アルバート・クロムウェルだ。どうやら彼は、君に名乗る事すらしなかった様だな」
まさかだ。本物の皇帝だったらしい。
「皇帝の影だっけ? 彼らの名前は聞いたけど……どうやら部下の方がお前よりよっぽど礼儀正しいみたいだな」
フィオナに同調してアルバートを責める。
しかしこの青年は相変わらず能面を貼り付けた様な無表情で応える。
「余を知って尚その態度でいる貴様に礼儀を説かれたくはない」
「態度を改めて欲しいなら説明しろよ。何故俺を襲った? 何故俺の秘密を知っている? お前は俺に、何を求めているんだ」
「…………」
再び沈黙。
「チッ、話にならねぇ」
苛立ちを吐き捨てフィオナに向き直る。
アルバートの事は彼女から聞くことにする。
「フィオナ、取り敢えず場所を移動しないか? 狼達に怒られそうだ――」
縄張りを荒らされた狼がブチ切れる前に退散しようと思ったが、既に遅かったらしい。
『――フィオナ・ローズヴェルト!!!』
頭の中に響く大音量。
思わず顔を顰め気配を探ると――俺達の背後に、突然巨大な狼が現れた。
その身体は全長十メートル程あり、大きさ以外は他の黒狼と一緒だ。
「喧しいな。君が最初から現れていれば事態はこれほど拗れはしなかっただろう。不満があるならまずは自省したらどうだ?」
『その事ではない! その少年が何故我が友の技を使っているのか気になったのだ!!』
「…………それは私も同じだ」
二人が話すのは俺の事だ。もしかして、グラモスの闘気を模倣した事を言ってるのか?
「ウルガルフ! アイツら、ルナ達の住処を荒らしたぞ! こんな事を許していいのか!?」
『許そう! 但し話を聞くまで帰さないがな!!』
「……だ、そうだぞ?」
こっちに来てから状況に振り回されてばかりだが仕方ない。
デカい黒狼……ウルガルフの望み通り、彼らの住処で休ませて貰う事にしよう。
⭐︎
「――それで、街から街にかけてデンシャっていう乗り物が走ってて……あ、箱がいっぱい繋がったみたいな乗り物なんだけど、そこに人が乗って――」
俺の目の前では、ミーシャがレイラに地球での事を話してる。
場所は黒狼達の住処――とは言っても、住居があったりするわけではない。
ここは相変わらず荒野で、特別なものといえば轟々と燃えている炎……つまり焚き火があるだけ。
俺達は焚き火の周りに各々座り、ルナが焼いてくれた獣肉を食べている。
味については……何も言うまい。
「なるほどね……最初っから変な奴だと思ってたけど、本当に異世界から来たなんてね。でも納得した。貴方の価値観は私達とは大きく違う様に思えたから」
ミーシャとの話に一段落ついたのか、レイラが複雑な表情でこちらを見る。
「隠してて悪かったな……。それよりレイラはどうしてたんだ? なんでフィオナやガイストと一緒にいる?」
「おや、私を忘れるなんて酷いですね。そもそもレイラさんとずっと一緒にいたのは私ですよ」
答えたのは、俺のすぐ後ろまで歩いて来たシフティだ。
「……ま、簡単にいえばそのイかれた奴と修行してたのよ」
すごく嫌そうな顔でレイラはシフティを見る。
しかし嫌悪感を向けられている方はクスクスと楽しそうに笑っている。
「彼女、私が本気で殺しに来てると勘違いして、とんでもない殺意で襲い掛かって来たんですよ? あの時のレイラさん、今まで出会った誰よりも恐ろしい形相をしてましたよ」
「ふん、負け惜しみかしら? 私は別に、あの場でアンタを殺してもよかったんだけど」
「物騒な会話してんな……」
とにかく、シフティがレイラを本気にさせる為に騙して、命懸けの戦いをしていたって事だろう。
確かに、命を懸けた戦いは人を磨き上げる。グラモスとの戦いで俺もそれを理解した。
「そういうお前も、随分腕を上げたみてぇだな」
急に頭をガシガシと撫でられ、その乱暴な行いに誰が来たのか察する。
「ガイストも久しぶりだな……折角特級に任命してくれたのに、失踪しちゃって悪かったよ」
「それは構わねぇさ。お前の事はフィオナに聞いた……大変だったんだな。無事で何よりだ」
少し優しい目をした大男になんて応えればいいか迷っていると、遠くで呼び声が聞こえた。
「おいガイスト! 甘味がなくなったぞ! もっとないのか!」
「ヘイヘイ……まさかあの時の赤ん坊がこんなお転婆娘になるとはな」
ガイストを呼んだルナは口一杯に何かを含んだまま「待ちきれない」といった様子でジタバタしている。
「ガイストはルナ達と知り合いなのか?」
「私もそうですが、ほら。私達暁の宴が暗黒大陸に行った時。その道中で赤ん坊のルナさんとウルガルフに出会ったのですよ。それをウルガルフが話したのでしょうね」
「へぇ……」
なんか、先輩冒険者の過去の冒険譚を聞くのも面白いな。
そう思ってなんとなく話題のウルガルフに視線を向けると、ルナと共にガイストから貰ったクッキーを食べていた。
犬ってクッキー食べていいんだっけ?
「……リュー。フィオナが」
ミーシャに袖を掴まれ、再び視線を移動する。
焚き火から離れた暗がりを歩くフィオナが、チラリとこちらに視線を向けた。
呼んでいるのだろうか。
「ちょっと行ってくるよ」
そう言い残して立ち上がる。
フィオナの元へ向かう時、反対方向から視線を感じた。そこにいるのはアルバート一行だ。彼の部下――グランツとフラムは不味そうに肉を食べている。ユークは影の中に戻ったのだろうか。
「彼が気になるか?」
集団から離れてフィオナの側まで来た時、開口一番そう言われた。
「アイツ、俺が異世界から来た事を知っていたんだ。フィオナが話したわけじゃないよな?」
「当然だ」
「ならなんで……貴女なら何か知っているんだろう?」
「……すまないが、私にも判断がつかない事は多い。現時点で私から君に何かを保証してやる事は出来ない」
それはつまり、アルバートが俺の秘密を脅しのネタにする事もあり得るという事か?
「彼の事は君自身が彼と話し合って決めるべきだ」
「話し合うって言っても、アイツは何も語ろうとしない」
「私が思うに、彼は慎重になっているだけだと思うがな」
「慎重?」
「彼は君に何かを頼みたい。しかし自身の懐刀である皇帝の影を圧倒出来る程の君を、どうすれば動かせるのか。その答えがまだ出ていないのだろう」
確かに、自惚れるわけではないけど、俺は強くなった。
そしてその強さを見せつけてアルバートを脅した。それが原因で慎重になってるのだとしたら、俺にも非がある。
しかし頼み事をしたいなら最初から友好的に接しろって話でもあるが――
『そんな事より龍鱗だ! なぜお主は龍鱗を纏える!』
「うわ、びっくりした……」
脳内に直接響く大きな声。
後ろを振り向けば、いつの間に現れたのか、大きな黒狼が俺を見下ろしている。
「龍鱗ってこれの事か?」
試しに闘気を纏ってみる。
地属性、水、風、火と、順番に。
「……なるほど、そういう事か」
『何を一人わかった顔をしている! さっぱりわからん!』
「固有魔法を具現化する為の魔力を闘気に活用している。口にするだけなら簡単な事だが、このような非効率な魔力の使い方を思い付き実行する者はそういない……それこそ、本物の龍鱗を知らねばな」
『つまりこの少年は我が友に出会い、戦った事があると?』
二人……一人と一匹に見つめられ、気まずくなる。
「そんな目をしなくても普通に話すよ……って言っても単純な話だ。迷宮の最深部で夢境に転移し、そこでグラモスに会ったんだ。輪廻に還った魂から記憶を読み取り再現してるって言ってたから、本人みたいなものだと俺は思ってる」
「……父は何故君の前に現れた?」
「願いを託す為。まぁその前に何度も殺されたんだけど……その中でグラモスの闘気を真似したんだ」
『はっはっは! 此奴、あれを闘気と勘違いしておるのか! まぁ、でなければ模倣しようなどとは思わんか!』
え、違うのか?
「……ウルガルフが言った通り、父のあれは龍鱗と言う。古龍の血を引く者しか纏えない、黄金の力。その能力は単純な力の増幅でありながら、全ての種族を超越する圧倒的な能力でもある」
「つまり全てを正面から叩き潰せるチート能力って事か」
「……意味がわからないが、君なりの解釈で理解した様だな」
じゃあ俺が使ってる闘気は龍鱗の劣化コピーって事か……。
ま、まぁそれでも俺にとっては有用な力だ。今後も大いに役立つだろう。
「それで、託された願いというのは?」
「まぁ、簡単に言えばリュドミラを救えって話だ。とは言え、それはグラモスに言われるまでもなく俺が決めた事。この世界に戻って来たのもそれが目的だ」
「――なんだと?」
横から口を挟んだのはアルバート。
向こうから歩いて来るのは視界に入っていたが、混ざって来るとはな。
漸く話すつもりになったのだろうか?
「貴様、邪神リュドミラを救うと言ったか? アレがどれ程の罪を重ねて来たか理解した上でそう言っているのか?」
「あぁ、俺は全部知ってるよ。リュドミラの罪も、お前の先祖がリュドミラにした非道い仕打ちも」
「責任転嫁のつもりか? どんな境遇にあったとしても、アレの罪はアレのものだ」
「お前――」
腹の底から怒りが込み上げて来る。
アルバートはリュドミラの境遇を知っている。自分の先祖の罪を知っている。
知っていながら、リュドミラだけに罪を背負わせようとしている。
それが許せなかった。
「――だが、貴様は邪神リュドミラを救うと宣った。それはアレの罪を共に背負うと捉えて構わんな?」
「……あぁ」
「ならば協力しろ。貴様が尽力するならば邪神リュドミラを生かしても構わない」
協力、か。
どうやら漸く俺に求めるものの詳細を話すつもりになったらしい。
「具体的に何をして欲しいんだ?」
「――やがて来る厄災の対処。それは空や大地を黒く染め上げ世界を滅亡させる厄災。そして――全ての生命を死へと誘う厄災だ」
「黒く染め上げる……」
俺はその超常現象に覚えがあった。
そしてそれはフィオナも同じだった様で。
「――大いなる意思、か?」
「――あれはそんな大層なものではない。自らの行いを盲信し、亡者となってもこの世に繋ぎ止められ、ただひたすらに箱庭の管理を行い続ける愚者だ……もうそれをする意味など、わかっていないだろうに」
「………………」
今、俺達は重要な話を聞いたんじゃないだろうか。
アルバートは知っている。
様々な事を知っている。
何故――
「情報の入手方法について教える気はない。貴様らはただ余の言葉を真実と受け入れればいい」
あまりにも勝手な物言いにムッとするが、意外にもフィオナは受け入れた様に黙していた。
『フン、どうせ星見の予言者が言った事を鵜呑みにしているだけだろう! 我は奴らが嫌いだ、信じる価値は無い!』
星見の予言者? 占い師みたいな人がいるのだろうか。
「貴様らがどう思おうが、三十日後には真実を知るだろう――まさに今立っているこの場所に、あの愚者が降り立つのだから」
ここに、大いなる意思が降り立つ。
それはつまり――
「――三十日後に、世界が滅びる?」
異世界に来て早々にそんな事態に陥るとは考えてもいなかった。
何故そんな事が起きる?
いや、この際理由なんかどうでもいい。
どうすれば滅亡を防げる?
「余は滅亡を阻止する為に現在世界を周り、協力者を募っている。……リュート。貴様が望む通り邪神リュドミラの対応は貴様に任せる。しかしそれは三十日後の決戦時のみ許す。それ以前にアレと対峙する様な事があれば、滅亡が早まるかもしれん」
リュドミラとの戦いをトリガーに大いなる意思が降り立つと、アルバートはそう考えているのか?
だから予言通りの三十日後に拘っていると。
「つまり、俺は大いなる意思が降り立つ横で、リュドミラを説得しなきゃいけないって事か?」
「それが出来るならな。もしも不可能ならば――貴様の手で殺せ。それが貴様が果たすべき役目だ」
「――――」
アルバートの言う通りだ。
リュドミラを救うと決めた以上、それが出来なかった時の事も考えなければならない。
その時は、俺が責任を取って……俺の手でリュドミラを終わらせなければならない。
「――わかった、リュドミラの事は俺に一任してくれ。その代わり、アイツに贖罪のチャンスを与えてくれ」
犯した罪は消えない。消してはいけない。
リュドミラは、生きて罪を償うべきだ。そんな機会を与えて欲しい。
「よかろう――契約成立だ」
俺の願いをアルバートは受け入れた。
彼について不明な点は多いが、世界を救う意志があるのは間違いないだろう。
だから俺は、一先ずアルバートを信じる事にした。