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巻き込まれただけの高校生、冒険者になる  作者: 木下美月
第七章 長い夜は明ける
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さよなら

他者視点

 

 あの日、わけもわからず気を失い、何も知らずに目覚めた時。その時には既に、何もかもが片付いていて、事件のことを聞かされた私は――自分を情けない人間だと恥じた。


 それと同時に、レイジが犯人だと知った事で私はショックを受け、怒りと悲しみで頭がグチャグチャになった。

 きっと……全てを解決してくれたリュートも同じだっただろう。

 しかし彼は戦った。

 私を助けてくれた。

 レイジは死んでしまったが……それは悲しい事だが、しかしそれ以上に私は……私が背負うべきだったものをリュートに背負わせてしまった事が、酷くやりきれなかった。


 彼に会いたい。

 会って謝罪したい。

 助けてくれたお礼も。


 しかしいくら連絡しても返事は無く。


 やはり塞ぎ込んでいるのだろうか。

 だったら、今度こそ私が彼を救いたい――そう思うのは身勝手だろうか?


 モヤモヤした気持ちを抱えたまま、何も出来ない私は数時間を無為に過ごし――スマホの着信音をきっかけに、漸く動き出した。


「夜分にすみません……実は兄の事で相談したい事がありまして――」


 電話の相手はリュートの妹、舞だった。

 リュートの元に行きたいが迷惑をかけたくない、そう悩む私にとって舞からの連絡は渡りに船だった。



 人に聞かれてはマズイ話だと言われ、私は舞を自分の部屋に招待した。

 時刻は夜七時。

 学校の制服に身を包んだ舞はごく普通の女子高生みたいで、いつも見る大人びた受付嬢姿とは程遠い。


「アスカさん、信じられない様な話なんですけど、これから話す事は全て真実です――」


 そんな前置きをしてから、舞は語り出した――とても信じ難いリュートの秘密を。


 曰く、彼はダンジョンに落ちたのではなく、異世界に転移していたのだと。

 そこでは波瀾万丈の旅をしながら色んな人に出会い、仲間と助け合いながら生き抜いたのだと。

 そして、ある人物の助けによって帰還したはいいものの――


 ――現在、彼の仲間がこの世界に訪れ、リュートを異世界に連れ戻そうとしているのだと。


 冗談を言ってるのかと疑いたかった。

 しかし、舞の深刻な表情を見てそんな疑いを向けるなど、私には出来なかった。

 だからそれを真実だと思い込んだ。

 思い込んだ上で、話を続ける。


「それで、私に相談というのは?」


「アスカさんには、兄を引き留めて欲しいんです」


 そうだろうな、と薄々感じていた。

 しかし何故――


「何故私に? 秘密を守ってくれそうだから、と信用してくれてるなら嬉しいのだが、それなら他にも候補はいるはずだ」


 正直、私には彼を止められる自信がなかった。

 だって、私は彼の仲間にすらなれなかったのだから。


「簡単な話です。貴女が兄に対して好意を抱いているから」


 ――あまりに淡々と語られるから、何を言われているのか一瞬わからなかった。

 少しの沈黙の後、理解した。私がリュートに特別な感情を抱いてる事を、舞は察していたのだ。


「そ、それなら……」


 平静を装い質問を重ねようとする――が、言っていい内容か判断が付かず、言い淀む。

 そんな私を見て察した舞は、やはり淡々と答える。


「はい、リカさんやミドリちゃんに相談を持ち掛ける事も一考しました。しかし二人の言葉じゃ兄を止められない。何故なら弱いから」


 まさか舞からそんな言葉が出て来るとは思わなかった。

 彼女は弱い強いで他者を判断しない人の筈なのに。


「あぁ、私の目線で弱いと言ってるわけではありません。私は自分が一番弱い事を知っていますから……」


 少し悲しそうな表情をした舞を慰めようと口を開くが、舞は私の言葉を待たずに話を続けた。


「二人が弱いと言ったのは、兄にとって弱いという意味です」


「それなら、彼に負けた私も……」


「確かにアスカさんも兄に負けました。ですが貴女はこの国で最も強い。そんな貴女が弱った表情で兄を引き留めれば、兄はどう思うでしょうか?」


 鳥肌が立った。

 これはきっと寒さだけのせいじゃないだろう。

 目の前にいるのは、本当に私の知ってる舞なのだろうか。


「間違いなく不安になります。一番強い戦士がこの程度なのか、と。そして不安に思った兄はこの世界に留まる選択をします。兄は弱った人を放っておけないから。自分がいなきゃ世界が危ないと思えば、この世界に残らざるを得ない」


 私は漸く気付いた。

 舞の瞳の中に宿る暗い感情に。


「兄に去って欲しくないのはアスカさんも同じですよね? 私が兄と貴女が会う機会を作りますので、お願いします」


 彼女は目的の為に――リュートを引き留める為に手段を選ばなくなってしまったのだ。


 黒い双眸にジッと見つめられた私は、ただ頷く事しか出来なかった。



 ――――――――



 ――――



 そして今日。

 舞から連絡があり、言われた通りの場所で姿を隠して待っていた。

 そこに現れたのは、白髪紅目の青年と、淡い水色の髪と翡翠色の瞳をした少女。


 舞から話を聞いていなければ、彼がリュートだとは気付かなかっただろう。隣の少女も異世界の人とは信じ難い。

 しかし――


「なるほど、その子が君の……君の異世界での仲間というわけか」


 舞の言葉を疑っていたわけではなかったが、確認の為にもそう問い掛けた。


 すると、彼の反応は――


 ――警戒だった。



 私は、ひどく寂しく思った。

 今まで共に出掛けたり、ダンジョンに潜ったり、調査に協力もした。

 なのに彼は……私を信じてはいないらしい。



「どうやら妹の妄言を信じてしまったようですね。謝罪します、あの子はまだ子どもですから――」


「――隠さなくていい。全て、全てわかっているんだ。君が異世界に戻る事も……。だから探索者活動を休止し、旅に出るなどと公言したのだろう?」


 彼の言葉を聞いていられなくて、つい遮ってしまった。

 だけど許して欲しい。

 今の彼が発する言葉、仕草、表情――全てが私を傷付ける。


「私は……君に、君達に何かをするつもりはないし、要求する事もない」


 彼は胡乱げに私を見る。なら、何故ここに現れたのか。そう問いたそうな顔だ。


「私は……」


 雰囲気は最悪だ。

 話の流れも滅茶苦茶だし、何より彼は今、私を疑っている。

 それでも――彼がここを去る前に、早く言わなければ。そんな気持ちが私を急かした。



「リュート。私は君が好きだ」



 言ってしまえば、案外呆気ないものだった。

 彼は警戒を解いて困惑している。

 少し安心した。私の言葉を嘘だと突っぱねずに聞いてくれる事に。


「好きだから力になりたい、君を助けたい。そう思っていた」


 いつからそう思う様になったのかはわからない。

 気が付いたら私の中に特別な感情が芽生えていた。


「あぁ、返事はいらないよ。私は……思い知ったんだ。君に私の力は必要ない。君を助けてくれる人は……別にいるって」


 チラリと彼の後ろにいる少女を見る。

 こんな感情はよくないのかもしれないが……それでも少し思ってしまう。君が羨ましいと。


 ……はぁ。これ以上惨めになる前に、言うべき事を言ってしまおう。


「君の予想通り、私は舞に頼まれてここに来た。君を引き留めてくれ、と。しかし私にそのつもりはない」


 彼と会う為に舞を利用したみたいで申し訳ないが、私は何度考えても、彼を引き留めるべきじゃないという結論に至った。


「私は君に伝えに来たんだ。君の家族も友人も、君が暮らしたこの街も――全部まとめて私が守る。だから安心して旅立って欲しい。そう、伝えに来たんだ」


 本当は旅立って欲しくない。

 また一緒に食事したり、リカに誘われてダンジョンに潜ったり、それに次の工房戦でも戦いたかった。


 だけどそんな願望を口にして、これ以上彼を困らせたくはない。

 今この瞬間だけでいい、強くあろう。

 彼を不安にさせないように、強い私で彼を送り出そう。



「………………ありがとうございます。貴女の高尚な心を、尊敬します」



 ――尊敬します、か。


 嬉しい言葉だ。

 だけど私が本当に欲しい言葉を彼は言ってくれない。

 わかってる。

 それこそが答えだ。

 だから私は返事を求めなかったのだ。



「さようなら、アスカさん。今までお世話になりました」


 彼は深く頭を下げてから振り返り、ゆっくり歩み出す。

 少女は私と彼の間で視線を迷わせた後、私を見て小さな口を開いた。


「ごめ――」


「――彼の事は君に任せるよ。彼を、助けてあげて欲しい」


「……任せて」


 あぁ、それでいい。

 君が謝る事なんて一つもない。

 胸を張って彼の隣に立って欲しい。


 我ながら上手く演じられたと思う。

 少しは彼に安心感を与えられたかな。



「さよなら。君と過ごした時間は夢のようだったよ」


 もう離れて遠くなった背中に別れの挨拶を返す。


 別れを告げたら歩み出さなくてはならない。


 そうは思いつつも、私はしばらくその場に立ち尽くしていた。


 彼の背中が見えなくなっても、夢を見ようと夜闇の中で目を凝らし続けていた。



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