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巻き込まれただけの高校生、冒険者になる  作者: 木下美月
第七章 長い夜は明ける

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変装

 

 神蔵ダンジョンの最深部で、俺はグラモスとの戦いの中でミーシャの力を――空間魔法を使ってしまった事を話した。


「全然そんなの気にしなくていいのに……って思ったけど、気にするのがリューだよね」


「あぁ。だから今まで使ってなかったんだけど……これからはこの力も使わせて貰う。全てを使わなければ、リュドミラとは戦えない」


 ミーシャは「もちろん」と頷くと、不意に階段の方を見た。


「帰りはどうする? 転移魔法使ってみる?」


「そうだな……ちょっとやってみてもいいか?」


 チャレンジして出来なかったらミーシャに教えてもらおう。

 そう思ったが、転移先を思い浮かべただけで、簡単に転移の渦が生まれた。

 まるで最初から俺の力だったみたいなスムーズさだ。


「……さ、流石だね」


 苦労してこの力を得たであろうミーシャは引き攣った笑いを浮かべている。

 罪悪感を感じて咄嗟に言い訳する。


「いや、リュドミラが暫く俺の身体を乗っ取っていたからさ、多分その時に多用した魔法を、身体が覚えてるんだよ」


 言い訳のつもりではあったが、言いながら自分でも「本当にそうかもしれない」と納得していた。



「まぁ、取り敢えず家に帰ろうか。家族にも色々話さなくちゃいけないし……身辺整理も必要か」


 異世界に行けば、簡単には帰って来れない……いや、一生帰って来れない可能性すらある。

 その為、色々済ませておきたい所だ。




 転移の渦を通って自分の部屋まで戻ると、外は夕陽に染まっていた。

 母も妹も家にいるだろうか。

 そう思ってリビングに行くと、母がホッとした様に迎えてくれた。


「おかえりなさい、もう大丈夫みたいね」


「心配かけてごめん……あれ、舞は?」


 今日はバイトなのだろうかと呑気に考えていた俺に、母は暗い表情で言う。


「ごめんなさい、ちょっと怒らせちゃって……今、家出中なの」


「――な、え、家出?」


 俺が知る限り、初めての事だ。

 舞は反抗期なんてないくらい母と仲が良かったのに。

 驚きつつも原因を考え――思い至った。


「もしかして、俺をダンジョンに送ったから?」


 舞がミーシャを避けてるのは薄々感じていた。それが俺を異世界に行かせたくないからだとも。

 そんな中、同じ家族という立場である母が俺とミーシャの仲を取り持つ様に動いた。

 それが許せなかったのかもしれない。


 そんな俺の考えは当たった様で、母は無言になる。


「舞がどこにいるかわかる?」


 俺とミーシャがダンジョンに潜ってから四日が経過していた。その間どこに滞在していたのか。


「里帆ちゃんって覚えてる? あの子から電話があって、自分の所にいるってコッソリ教えてくれたんだけど……」


 あぁ、あの妙に達観した子か。

 舞と幼馴染で、昔はよく家に遊びに来てたっけ。


「まぁ、それなら平気か……。話さなきゃいけない事があるから、早めに帰って来て欲しいけど」


 スマホを取り出し――かつてない程大量のメッセージにビビりつつ、それらを無視して舞に電話を掛ける。

 しかし応答はない。


「……多分、あの子の方から会いに来るわ。少しそっとしておきましょう」


 そう言う母に頷き、俺は改めて話し出す。


「なら母さんには先に言うよ……俺は異世界に行く。それで、リュドミラを助ける」


 驚いた様子もなく、不安そうな表情もせず、母は微笑んで頷いた。


「応援するよ。でも、目的を達成して落ち着いたら、偶には顔を見せに帰って来なさい」


「いや、色々と事情があって簡単には帰れないと思うんだけど……」


 仮に全部が上手くいっても、向こうには大いなる意思が存在している。

 無闇に時空魔法を扱えば粛清されるだろう。


「わかってるよ。それでも、帰って来なさい」


 無茶と知りながらも帰って来いと母は言う。

 俺は無茶と思いながらも約束した。


「わかった。落ち着いたら帰って来るよ」


 未来の事はわからない。しかしどこに向かって歩いて行くかは自分で決められる。

 やるべき事がどんどん増えるな。

 そう思いながらも、俺は変わらず前を向いていた。






 それから、俺はスマホに来ていたメッセージの一つ一つを確認し、返信して行く。

 太一、空雅、ミドリ、リカ、ケイとガンスケに、アスカ。

 内容は全て、俺とレイジの戦い――不幸な結末を知った彼らが心配と慰めを文章にしたものだった。

 尚、レイジと同チームの三人からは、お礼も加えられていた。


 そんな彼らへの返信は、「心配かけてすみません」といった内容から始まり、「暫く自分探しの旅に出ます」という冗談めかした報告も添えた。


 俺はこの世界から姿を消す。その為の方便として自分探しの旅と送ったのだが――


『やっぱり病んでるの?』

『待ってなさい! 豪華客船の招待状を用意するわ!』

『一人になりたいという事か? 出来ればその前に一度会いたいのだが』


 などと三者三様の返事が来た。

 彼らへの返事は後回しにし、取り敢えず神蔵探索者協会支部長の黒田さんにメッセージを送る。

 するとすぐに電話がかかってきた。


『探索者活動を無期限で休止するというのは本当ですか?』


 開口一番そう言われ、俺は引き気味に肯定した。


「えぇ。なので、今後俺への依頼は受け付けないで下さい。将来、探索者に戻るかどうかは……今はわかりません。戻らないと考えて貰った方がいいかもしれません」


 あまりにも身勝手な申し出だが、ダンジョン探索は探索者の意思で行われる。

 突然休んではいけない、辞めてはいけない、などといった決まりは一切ないのだ。


『……承知しました。探索者協会としては残念でなりませんが、私個人の意見は……少し安心しました』


「安心?」


『えぇ。辛い中無理をして探索者を続けても、きっと良い方向にはいきませんから。井田の方には私から伝えておきます、彼女も心配してましたから』


 やはりこのタイミングで休暇を取ると言えば、レイジとの事で病んでると思われるのも無理はないか。

 あの時の事は、もちろん今も悔いている。

 だが、それで足を止めるつもりはもうない。

 もっとも、それを説明したところでしょうがないので、俺はそのまま通話を終えた。


 そのタイミングで部屋のドアがノックされる。

 夕飯だろうかと思ってドアを開けると――


「変じゃないかな……?」


 そこにはプリーツスカートにブルゾン、ニット帽を合わせたミーシャが――つまりこの世界の服を着こなしたミーシャがいた。

 さっき母に連れて行かれたのは、オシャレする為か。


「おお、似合ってるな」


 素直に褒めると、横から母が自慢げに言う。


「そりゃそうでしょう……ニット帽で耳も隠したし、これなら外に出ても平気じゃない? 折角だし、ミーシャちゃんにこの世界を案内してあげたら?」


 確かに、異世界に行く前にこの世界を堪能しておくのも悪くないか。

 リュドミラも暫く休むって言ってたしな。


「よし、それなら明日、駅前のデパートに……」


 言いながら、俺はどうしようと悩んだ。

 さっきチラッとネットを見たら、レイジの事件のことでかなり騒がれていた。

 そうなると必然的に俺の話もあがり、「今は何してるのか」「誰も姿をみていない」「心を病んでいるかも」などと心配の声が多かった。

 そんな中、呑気に可愛い女の子と出歩いている所を目撃されれば、ネットの民は何を思うか。

 想像しただけで恐ろしい。


「そっか、リューは有名人だもんね。よかったらこれ使って」


 母からこの世界の事情をある程度聞いているミーシャが俺の心配を察したらしく、小さな耳飾り――イヤーカフを渡してきた。


「それは髪の色を無彩色に見せる魔道具。わたしの髪を黒くした方がいいかも、って思ってフィオナが渡してくれたんだけど……この世界の人も、色んな髪色の人がいるから使わなかった」


 なるほど、この世界の常識から逸脱しない様に、フィオナは様々な想像を働かせ、対応出来る道具を用意してくれたらしい。


「これで変装しろってことか。ありがとう」


 鏡を見ながら試しに付けてみるも、髪は黒のまま。

 指をイヤーカフに当て魔力を流すと少しずつ色は明るくなり、グレーから白になった所で止める。


「これならバレないかな?」


「髪色変えただけじゃわかるよ」


 そりゃそうか。

 俺は魔力を練り、瞳を閉じる。

 虹彩のメラニン色素量を変える事は出来なくても、魔力の影響を受けやすい瞳の色を偽る事なら出来るはず――闘気の色を変えた時みたいに。


 再び目を開くと、鏡の中には紅い瞳の俺がいた。


「リュドミラに乗っ取られてる俺の瞳が紅だったって話を聞いて、やってみた。これならバレないかな?」


「……一瞬ビックリした。またリュドミラが現れたのかと……」


 驚いてるミーシャに謝りつつ母の意見を聞く。


「まぁ、家族でもなければわからないんじゃない?」


 母にはわかるという事か。

 まぁ十分だろう。



 そんなわけで翌日。

 俺とミーシャは変装して出掛ける事になった。




「夜には帰って来るよ。もしも舞が帰って来たりしたら、教えて」


 そう言って部屋を出て、エレベーターで一階に降りる。

 俺にとって当たり前な数々の事がミーシャにとって新鮮らしく、常にキョロキョロと色んな物を見て感心している。

 エントランスを出て、さぁ出発……と思った時、ふと視線を感じて振り返る。

 時刻は午前十時、人通りが増えて来て、誰に見られていたかはわからない。

 まぁ気にする程ではないか。


 マンションから駅まで徒歩十分程度。

 少し距離があるけど、俺達は街を見ながらゆっくり歩いた。


 数日前、ダンジョンから魔物が出て来た事により、街は小さくない被害を受けた。

 探索者達が必死に守ったとは言え、ある家屋の屋根は崩れていたり、公園の木が倒壊したり。

 しかし迅速な復興作業のお陰で、それらの被害は殆ど片付いている。


 ここまで街を立て直してくれた人々に感謝しながら歩き、デパートに到着。

 田舎と言えど、駅周辺はそれなりに賑わっている。


「……なんていうか、すごいね。うん、すごくすごい」


 デパートを見上げ、線路を走る電車を眺め、駐車場に停まる車を見て、ミーシャは語彙力を失う程驚いていた。


「驚きだけで一日が終わっちゃう前に、中に入るぞ」


 足を止めて感心してたミーシャの背中を押し、俺達はショッピングを開始した。



 最初はミーシャを案内する為にもゆっくりと通路を歩いた。

 一通りのショップを見てから買い物に移る。


「欲しい物があったらなんでも言ってくれ。俺は金持ちだからな」


 リュドミラの機体を買う為にコツコツ貯めたお金は使わなくなった。

 もっとも、俺の貯金は全て家族に譲渡するつもりなので、無駄遣いをするつもりはないが。


「本当? なら、うん、折角だし……そうだ、マナとかレイラにもお土産買ってあげようよ」


「もちろんそのつもりだ……でもな。アランの事を忘れてやるな」


「わ、忘れてたわけじゃないよ。でもアランって何が好きなのかよくわかんないし……」


 そういえば俺もあんまり知らないな。

 アランが甘党なのは知ってるけど、お菓子を買って行っても賞味期限があるしな……。


「ま、まぁ、とりあえず買い物しながら考えようか」


 それから、俺達は片っ端から買い物を始めた。

 まずは調理器具。向こうの世界にも色々あるけど、やはりこちらの世界の使い慣れた素材、形の物がいい。

 それからレシピ本も買っておく。こっちの世界の料理が食べたくなった時、自分で作れる様に。


「こんなに沢山の本が……ねぇ、わたし達の世界よりもこっちの世界の方が進んでる。ならさ、リューはわたし達の世界を発展させる事も出来るんじゃない?」


 書店の隅で、ミーシャは小声で言った。

 確かに、この世界の色んな物を持ち込んで知識チートで無双する、みたいな事は出来るかもしれない。

 でも――


「危険だし不便な所もあるけど、魔法と共に発展したあの世界が、俺は好きなんだ。そんな世界を冒険したいな」


 だから余計な事はしたくない。

 発展するなら地球の知識ではなく、異世界の人達の思考や価値観を基に発展して欲しい。


「その考え方、レイラと同じで冒険者っぽいね」


 確かにレイラも色んな場所を旅して世界を巡るのが好きだと言っていた。

 それは名前通りの『冒険者』


「きっかけは災禍の迷宮に潜る為だったけど、でも、俺はいつの間にかちゃんと冒険者になってたみたいだな……」


 迷宮への入場資格を得る為に始めた冒険者生活だが、今の俺は自分の意思で冒険をしたいと願ってる。


「全部上手くいったら、また皆んなで冒険しようね」


 そうだ、また皆んなと、もっと色んな場所を冒険しよう。

 その為にもリュドミラを救って――そうだ、アイツもパーティに勧誘してみようか。きっと楽しい旅になる筈だから。




 それからも買い物を続け、雑貨店やファッションショップなどを周り、ミーシャと一緒に仲間へのお土産も購入した。


「じゃ、そろそろ帰るか……」



 空が暗くなってきた頃、俺とミーシャはデパートを出て、すっかり人通りの少なくなった道を歩く。


 そして、そのまま公園の横を通り過ぎようとした所で――




「――リュート、なのか? なるほど、確かに見事な変装だな」


 その声に驚き、反射的にミーシャを背後に隠して俺は前に出る。

 暗闇から出て来たのはアスカだ。

 完全に油断してた。絶対に気付かれないと思っていたのに。


 ……まぁ、アスカ一人に見つかった所で問題は無いか。

 親戚の子を案内していた、そういう事に――




「なるほど、その子が君の……君の異世界での仲間というわけか」




 ――思考が停止した。



 あり得ない、なんで――なんでこの人が知ってるんだ。

 知った事をここで話して、何をするつもりだ?

 わからない。

 だから警戒する。

 そんな俺を見て、アスカは寂しそうに笑った。



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