幕間 子ども
放課後、家に帰る気も起きずに教室でボーッとしていた。
「やっほーマイマイ、今日はヒマなの? 駅前のカフェ行こーよ!」
小学校から仲の良い里帆ちゃんに声を掛けられてハッとする。
「う、うん、そうだね……行こっか!」
丁度いい。家に帰らない口実が出来た。
ホッとする私の顔を覗き見た里帆ちゃんは「悩み事?」と首を傾げる。
そして私が答える前に「そりゃそっか」とわかった風な顔をする。
「ネットで凄い騒がれてるもんねー。おにーさんと仲良かったレイジさんが、目の前で爆発しちゃったんでしょ? そんなんトラウマになるって」
「えっ? あ、そっか……」
そうだ、そのニュースなら私も見た。
レイジの凶行が探索者の手によって止められた、と。
お兄ちゃんの名前は伏せられてたけど、目撃者がネットに書き込んだ事により、ヒーローの名前はすぐに広まった。
だから探索者に興味無い里帆ちゃんでも知ってるんだ。
「……あれ? アタシの予想外れてる?」
里帆ちゃんは私の反応を見て首を傾げた。
確かにレイジさんの件も心配だ。あの人が悪人だとしても、お兄ちゃんはそんな事関係なくショックを受けているはず。
……でも、私の悩みは別にある。
「うし、しっかり話聞く為にも移動しますかー」
それから、私達は歩いて駅前のカフェに向かった。
道中は他愛ない話をしていたけど、カフェに着いて紅茶とスイーツを注文してから、里帆ちゃんは身を乗り出して聞いてきた。
「で? どうしておにーさんが行方不明になった時みたいな顔してるの?」
その言葉に内心ビックリする。
私の悩みが、まさにそれだ。
あの日お兄ちゃんは異世界に転移した。
異世界で波瀾万丈の旅をして、リュドミラちゃんの助けでなんとか帰って来れたらしいけど――
――折角帰って来たのに、また異世界に連れて行かれそうなんだ。
だけどそれは里帆ちゃんには話せない。
当たり前だ。
この秘密は世界中を驚愕させる。
誰にも話せない。
「話せないかー。ってなると、マイマイだけの秘密じゃないのか。おにーさんに関わる事だろうけど……」
「人の表情と会話するの、やめよ?」
昔っから人の思考を読むのが得意な里帆ちゃんだけど、この事だけは隠さなきゃ。
「でへへ、仕方ないからこの辺にしときますかー……でもでも、一つだけ言わして貰うと――」
片目を閉じて人差し指を私に向ける。
そして里帆ちゃんは冗談めかして言った。
「――マイマイはそろそろブラコン卒業しようぜっ⭐︎ 」
「は?」
低い声で聞き返すと、里帆ちゃんは怯えたように震える。
「だ、だだだ、だってよぅ……マイマイにはマイマイの将来、おにーさんにはおにーさんの将来がよぅ……あるんじゃねぇかってアタシは思うわけで……」
うん、まぁ言いたい事はわかる。
でも里帆ちゃんは事の重さを知らない。
――異世界に行けば、お兄ちゃんは二度と帰って来れない。それを知らないから無責任な事が言えるんだ。
でも別に構わない。
助言が欲しいわけでも、共感して欲しいわけでもない。
私はお兄ちゃんを異世界に行かせない。
この決定は覆らないし、私はそうするのが正しいと思ってる。
だから、誰の賛成もいらない。
何を言われた所で、これは私の問題だ。
「……そろそろ帰りますか」
思考に耽りながら過ごしてる内に、紅茶もケーキも完食していた。
それから二人で帰路に着く。
途中まで一緒に帰り、そして別れ道で――
「――後から振り返って俯瞰して見るとさ、あぁ、アレは間違いだったなぁー……って思う事、あるよね」
里帆ちゃんは唐突に語り出した。
「それってつまりさ、普段の冷静な時なら間違わないのに、視野が狭くなってるから間違った選択をしちゃうって事じゃん?」
私は返事もせずに黙って聞いていた。
「だから――だから………………何言おうとしたんだっけ?」
「里帆ちゃんが真面目でいられるのって一分が限界だよね」
締まらない友人に苦笑しつつ、私達はそのまま別れた。
――視野が狭くなってる、か。
いい加減な友人だけど、言いたい事はなんとなくわかった。
お兄ちゃんの件とは別に、私は省みなきゃいけない事がある。
それはミーシャちゃんに対する接し方だ。
そう、普段の私なら、自分の命を救ってくれた恩人に冷たい態度をとる事なんかあり得ない。
なのに私はあの子を敵視して、いない者として扱っている。それは……確かに反省しなきゃならない。
私はちゃんとあの子と対峙するべきだ。
ちゃんと助けてくれたお礼を言って、お兄ちゃんを連れて行かないで欲しいってハッキリ伝えなきゃ。
よし、帰ったら一番にそれをやろう――
「おかえりー」
決意を胸に玄関のドアを開けと、お母さんが迎えてくれる。
お兄ちゃんはまだ部屋に籠ってるのかな。
ミーシャちゃんは――
「……お母さん、一人?」
違和感を感じて問い掛ける。
家の中がやけに静かだ。
「そうよ、竜斗とミーシャちゃんは暫くダンジョンに行ってるから」
「――は?」
聞き返す声に、怒りがこもる。
それを聞いたお母さんは、諭すように言う。
「舞。自分の未来を選ぶ権利は、誰にだってあるの。私は、あの子達に自分の意思で選んで欲しい。そして、その道をしっかり歩んで行けるように応援したい。そうするのが家族ってものでしょう?」
「――バカじゃないの」
声が震える。
脳裏に蘇るのは、お兄ちゃんが目の前で穴に落ちていく場面。
「もしもお兄ちゃんが異世界に行きたいって言ったら、そうさせるの? ……いやいや、あり得ないでしょ。異世界はこの世界より危ないんだよ? しかももうすぐ戦争が起こるって! 異世界に行けばお兄ちゃんは間違いなく死ぬ! 殺されちゃうんだよ! もう二度と会えなくなるって言うのに……!」
リュドミラちゃんだって、それを心配してお兄ちゃんをこの世界に留めようとしていたんだ。
お母さんは何もわかってない。
「――もういい」
そう言い残して私は家を出た。
呼び止めるお母さんの声を無視して走る。
怒りで頭の中がグチャグチャだ。
自分の将来を自分で決めるっていうのはわかる。
私だって進路を考える歳になったし、もしもお兄ちゃんが都会に引っ越すって言っても反対しない。
でも、異世界はダメでしょ。
そんなん死にに行くようなものだ。
だから――
『普段の冷静な時なら間違わないのに、視野が狭くなってるから間違った選択をしちゃうって事じゃん?』
大丈夫だよ里帆ちゃん。
私は今すごく冷静だから。
誰もいない公園で立ち止まり、スマホを取り出す。
電話帳から目当ての人物を見つけて発信する。
きっと、後で振り返ってみたとしても、私は自分の行動を正しかったと評価する筈。
だから――
「夜分にすみません……実は兄の事で相談したい事がありまして――」