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巻き込まれただけの高校生、冒険者になる  作者: 木下美月
第七章 長い夜は明ける

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嫌いな奴

 


 俺が神蔵協会に戻って来た頃には、魔素濃度は完全に平常値に戻っていた。


「リュート様、お疲れ様です。あれ以降どうでしたか?」


 こちらに気付いた井田さんが駆け寄ってくる。


 立派だった探索者協会は壁が破られており、見晴らしが良くなっている。

 ロビー内のテーブルも粉砕され、木屑となって床に散らばっている。

 そんな中で、受付カウンター周辺の被害が少ないのは、探索者達が必死に守った功績だろうか。

 その比較的綺麗な場所で、井田さんや黒田さんなどの立場ある人が集まっている。


 また、壁が破壊された事で見通しの良くなった隣室の医務室には、沢山の探索者が寝かされている。

 軽い怪我の者もいれば、シーツを血で染め上げる程重傷の者もいる。



「……お怒りになる気持ちはわかります。ですが、まずは情報の共有を」


 井田さんに言われて、自分が酷い顔をしていた事に気付く。


「……そうですね。とりあえずこれを。俺が見つけたのはこの一つだけですが、当然他にもあったのでしょうね」


 そう言って雑木林で見つけた瓶を渡すと、井田さんは渋い顔になる。


「……リュート様。レイジ様が本日神蔵ダンジョンに潜っている事はご存知ですか?」


「……? そういえば、アスカさんにそんな話を聞きました」


 唐突な質問に困惑しつつ、素直に答える。

 同時に質問の意図を考えた。


 何故、レイジの話を今するのか。


 それ程時間を掛けずに答えは出た。

 いや、そもそも言われてから気付くなんて遅過ぎたんだ。

 街を襲う災害、家族の危機、ミーシャの来訪。

 それらの事で頭がいっぱいで、思考能力が低下していたらしい。


「……この瓶で街全体の魔素濃度を引き上げていたのなら、一つじゃ足りない」


 間違いなく、街のそこかしこに設置してあった筈だ。


「街だけじゃない。協会内にも、ダンジョンの一階層も、その下も……」


「今回の災害で目撃された中で最も脅威だったのはタイラントスネーク。これは二十五階層の魔物です」


 ならそこまで瓶が設置されていた筈だ。


「そんな大量に設置されてれば、俺なら気付ける。なら、同じ様に感知出来るレイジが気付かずにダンジョンにいるとは考えられない……」


「…………」


 もう答えは出た様なものだ。

 レイジには伊織ダンジョンの魔素濃度異常を引き起こした疑いもある。

 ただ、灰原ダンジョンへの入場記録がない為、あの時の魔素濃度異常をどうやって起こしたのかは不明だが、それで疑いが晴れる段階はもう超えている。



「おっ、リュート! 来てるだろうとは思ったが、無事だったか!」



 その時、協会に訪れた二人の人物に思考を中断させられる。

 ケイとガンスケだ。


「んー、アスカは流石にまだ戻らねーか」


「……戻る?」


 彼らに構ってる場合ではないが、レイジの仲間だからか、妙に気になる。


「あれ? リュートん所には連絡行ってねーか? レイジから助けてくれって連絡が来たらしく、アスカは一人で向かったんだ」


「――――」


 そりゃ、こんな災害時にダンジョンに潜ってれば、命の危機に陥る事もあるだろう。

 普通はそう考えて心配するし、アスカはそう考えてレイジを助けに行ったのかもしれない。

 だけど――――


「リュート様! お待ち下さい!」


 立ち止まってる場合じゃない。

 アスカは殺人鬼の罠にかかったのだ。

 レイジが何をしようとしているのかはわからない。

 けど、アスカが危ない。

 それだけは確かだ。


「必ず戻ります――レイジとアスカさんを連れて」


 瓦礫の散乱する床を走り、崩れた壁を乗り越え、俺は一人ダンジョンに潜った。








 ダンジョン内は静かだった。

 まるで全ての魔物が出て行ってしまったかの様に。

 それはそれで都合が良い。

 余計な邪魔が入らない内にレイジを捕らえたい。


 通い慣れたダンジョンの最短ルートを、全力で駆ける。

 過去一番の速度で五階層まで降りた所で、不審なものを発見した。


 それは穴だった。

 ダンジョンの床に大きく空いた穴。

 それは遥か下まで繋がっている様で、まるで俺を誘う罠の様にも思えた。

 多分、深い場所にいた魔物はこの穴を通ってショートカットしたのだろう。だからあんなに早く街に散らばった。

 そしてこの穴を開けたのはレイジか。

 だとしたら、何か罠が仕掛けてあってもおかしくない。

 でも――降りない選択肢はない。


 アスカの命がかかっているのだ、最速でレイジの元へ向かうべきだろう。

 それに、罠があっても正面から潰せばいい。


 覚悟を決めて飛び込んだ――その瞬間。

 天井から円形の大きな岩盤が落ちて来る。

 それは振り下ろされた岩槌の様に俺の身体を打ち付け、そのまま真下に向かって落ち続ける。


 このまま叩き潰すつもりか。


 退避の選択もあるが、寧ろこの罠にかかったまま高速で下に降りたい。

 ならばと氷魔法を用いて自分の全身を厚い氷で覆い、落下の衝撃に備える。


 その僅か数秒後。

 床に設置された剣山トラップの上に落下したが、刃先は氷を貫けず。上から落ちて来た岩盤も、俺を叩き潰す役目を果たせず砕け散った。




「はぁ……これで死ぬとは思ってなかったけど、もうちょい苦しんでる所見せろよ」


 その声を聞き、予想は正しかったのだと悟る。


「レイジ……お前がやったのか? お前が魔物を……」


 氷から出てレイジと向かい合う。

 場所は二十五階の大広間。

 レイジの側には意識を失ったアスカが倒れている。外傷はないが、目を覚ます気配もない。


 俺が彼らの方に向かって歩くと、それ以上近寄るなと言うように、無数のドローンが俺を囲んだ。

 これは工房戦で見た、光線を撃つドローンだ。


「俺が犯人だとしたら? お前が俺を殺すのか? 出来るのか、お前如きに」


 真っ直ぐレイジを睨みながら、周囲の気配を探る。

 人はいない。敵はレイジだけだ。

 しかし至る所に罠が張り巡らされている。

 魔力で感知出来るのは、ドローンや壁に埋め込まれた光線銃などの魔道具だけ。魔力感知ではわからないが、工房戦の時に使用した地雷も埋まっていると考えるべきか。


「裁きを下すのは俺じゃない。俺はお前を連れ帰るだけだ」


 ゆっくりと、慎重に、レイジに気取られないくらい細く薄く、地面に魔力を流す。


「……お前のそういう所、マジでムカつくぜ。俺に散々文句言ってたけどよ、一番人を見下してんのはテメェだろ」


 地中の魔力を掌握して、その中に異物が混じっているのを確認した。やはりそこかしこに地雷が埋められている。

 このまま魔力を流し広げて、準備を進めよう。


「俺を殺さずに連れ帰る、だぁ? その発言は自分が相手より圧倒的に強いと思ってるから出てくるもんだ。自覚はないのか? テメェは無意識で人を見下してんだよ」


「……そうかもな。初めて会った時のお前が言った通り、俺とお前は似てるのかもな」


「――ふざけるな! 俺は……」


 怒鳴り、そして怒りを抑えるようにため息を吐く。

 その後レイジは淡々と話す。


「……確かにそう思ってた時期もあった。不運にもダンジョンに落ちたお前は、苦労して力をつけて上がってきたんだと。だが……お前がアスカとの戦いで見せたあの力。膨大な魔力とそれを制御する器用さに、圧倒的な戦闘センス。あれを見てわかったよ、お前の力も所詮才能だ」


 工房戦後の夜会で、レイジは俺に「大嫌いになった」と言った。

 その理由こそが、俺の力が才能によるものだと思ったからなのだろう。


「そんな事考えた事もなかったな。才能だろうが努力だろうが、どっちでもいい。俺は必要だから力を求めて来た。必要に応じて力を使って来た。お前は違うのか?」


 ギリッと歯軋りをし、レイジは呟くように小さな声で答える。


「ガキの頃から俺はコンプレックスの塊だった。色白の肌、女みてーに細い身体と伸びない背丈。おまけに病弱で……認めたくないけどイジメも受けていた」


 話したくなさそうに、だけど知って欲しそうに語る。


「あの日、ダンジョンが一般開放された日。魔力さえあれば肉体は限界を超えると聞いた。基礎スペックが上がって病気に罹りづらくなるとも。だから俺は、自分のコンプレックスを解消出来ると思って探索者になった」


 地中の魔力は全て掌握した。

 罠の位置も全て把握出来た。

 地属性固有魔法を使えば、レイジを捕らえられる。


「だが、弱い身体じゃ碌に魔物と戦えない……だから俺は魔道具が好きなんだ。これは弱い人間の力となる」


 そう言って見せつける様にレイジはドローンに光線を撃たせた。俺はそれを義手で弾く。


「魔道具で戦い、魔力に適応した身体は強くなった。ならお前の目的は達成された様なものだろ?」


「はっ。マイナスがゼロになった時点で満足しろと? 無理に決まってる。だから俺は戦い続けた。幸いにも俺の固有魔法は戦えば戦う程強くなるものだった」


 そう言ってレイジがネックレスを外すと、彼の魔力量が急激に膨れ上がった。

 まるで今まで隠していた力を解放したような光景だ。


 だが、俺を驚かせたのはそれだけじゃない。

 レイジは右手に炎を、左手に水を生み出した。

 それは間違いなく固有魔法。


「知ってるか? 固有魔法の中には、殺した相手の魔法を奪うものもあるんだ」


 ニヤリと笑うレイジの顔を見て、過去の記憶が次々に蘇る。


 ゴブ太に教えられた俺の能力。

 敵を殺す事で力を付ける自分を、俺は恐れた。この先間違った道を選ばないか不安に思った。

 だけど良い仲間と巡り合い、彼らに助けられたお陰で貪欲に力を欲する事態に陥る事はなかった。

 だから俺は殺戮の道に走る事はなかった。


 ……だけどレイジは。

 俺と同じ力を持つレイジは――


「なんとも俺に相応しい能力だよなぁ! 生まれながらの弱者である俺が、努力次第で無限に強くなれる。生まれながらの強者を超えられる! この力に気付いてから、俺の人生は一変した」


 ――力に魅入られてしまったんだ。


「……お前の能力には距離の制限があるんじゃないか? だとしたら、ここにいるお前がダンジョン外で災害を起こしても無意味だ」


 死者の魂を吸収して強くなりたいのはわかった。許せないけど理解はした。

 しかし、ダンジョン外で死傷者を多数出したところで、レイジがここにいたら意味がない。


「勘が良いな。確かにお前の言う通り……だが、まだ気付かないのか? 俺の目的はそこじゃない。今この状況こそが俺の目的だ」


 そう言って真っ直ぐ俺に指を突き付ける。


「お前だよ、朱雀竜斗。俺が一番欲しかったのはお前の力だ」


 ……なるほど。外を混乱状態に陥れ、自らも被害者を演じる事でアスカに助けを求める。

 人々は外の魔物を討伐する事で手一杯だからアスカは一人でレイジの元に向かい――今目の前にいる通り、昏倒させられた。

 そんな彼女を人質に俺を誘き寄せる事こそが目的だったのか。


「……お前が今まで隠してた固有魔法を使えば、アスカにだって正々堂々勝てるだろう。それでいいじゃないか。もう満足しておけよ」


「マジでテメェは、俺の気に障る事しか言わねぇな。なぁ、俺はテメェを超えたいんだよ。俺が一番じゃなきゃ意味がない。じゃなきゃ俺の今までが無駄だったみたいじゃねーか」


 ようやくわかった。

 レイジの傲慢さや他者を見下す癖。

 それらは作り物に過ぎないんだ。

 本当の彼は、強い劣等感に苛まれ、全ての人を見返したいと望む弱者だった。


「ここまでして一番になりたいのか……。お前の罪は既に暴かれた。例え俺がここで死んでも、お前は世界中で追われる事になるってのに」


「おいおい、舐めて貰っちゃ困るぜ。お前がダンジョンで二年間生きられたのなら、俺はそれ以上生きられる。その間に更に力を付ければ、向かって来る敵全てを滅ぼせるだろう」


 これが力に魅入られた者の末路か。

 世界を敵に回してまで、力を求める。

 力があれば無敵だと、本気で思っている。


「……レイジ。確かにお前は強い。だけど、俺はお前より強い。そして俺は、俺より強い人を何人も知っている」


 現実を知れば諦めてくれるか、という淡い期待は破られる。

 レイジは怒りの形相で、右手の炎をアスカに向けた。


「あぁクソムカつくけど、確かにお前は強いだろうな! だが人質がいるのを忘れたか!?」


 自分の仲間にすら手をかけるのか。

 怒る事も出来なかった。

 ただただ哀しかった。


 俺と同じ力を持ったレイジは、俺が辿る可能性のあった未来を辿っている。

 俺達の違いと言えば、心から信頼出来る仲間がいたかどうか。

 レイジにとってアスカ達は、所詮利用価値のあるチームでしかなかったのだろう。

 だけど俺は信頼出来る仲間を得た。彼らに助けられたからこそ、力だけが全てじゃないと気付けた。


「……やっぱり俺達は、似た者同士だったのかもな」


 違っていたのは運だけ。

 信頼出来る仲間に巡り会えた運だ。


 怒りに顔を歪めるレイジの虚をつき、地面に流していた魔力を一気に解放する。

 それらは地属性魔法として具現化し、無数の岩の棘となりレイジの全身を――急所を逸らしたいたる所を貫いた。

 レイジは焦燥に駆られて火球を放つが、腕を貫かれたせいで狙いは逸れ、火球は天井に飛んで霧散した。


 また、同時に無数のドローンから一斉射撃が放たれる。

 それは暴風竜のブレスを模した風球――無数のカマイタチの集合体によって切り伏せ、そのままドローンまでをも斬り落とす。


 それから全身に風を纏い、宙に浮いたまま高速でアスカに迫り、抱き上げてその場から退避する。


 全ての事をほぼ同時に行った。

 状況が理解出来ないレイジは、岩棘に貫かれて動けないまま呆けた声を出す。


「………………。……………………は?」


 しかし少しずつ理解が及んで来たのか、声を震わせて憤る。


「なん、なんなんだよ……お前……なんだよその力はっ!」



「……同じだよ。お前の力と」


 そう言いながらアスカをその場に寝かし、彼女のポケットに入っていた小型爆弾を取り出して氷に閉じ込め粉砕する。

 危なかった、レイジはどんな手を使ってでも俺達を殺すつもりだったらしい。


 それから俺は地雷を一つずつ氷結、粉砕して全ての罠を解除した。


 そして、改めてレイジに言う。


「もう終わりにしよう。外に出て、罪を償え」


 レイジは何も言わず、顔を伏せたまま絶望の表情をしている。

 負けるとは思ってなかったのだろう。

 だが察した筈だ。何をしても俺には勝てないと。


 岩棘を消滅させ、レイジを解放する。

 抵抗する様子がない事に僅かに安堵し――



「もう、いい」



 ――その瞬間、危機感知が反応した。

 全力でレイジから距離を取り、途中でアスカを拾って壁際まで飛ぶ。


 その直後。


 激しい爆発音が鳴り響き、暴風が運んだ砂埃が肌に叩き付けられた。


 同時に飛沫が舞った。

 砂埃に混じった赤い飛沫。


 ソレが何か、脳が理解を拒むが――




 ――ゴロゴロと何かが転がって来た。



 反射的にソレを見る。

 人より整った、普段通りであれば羨望の眼差しを向けられるであろう、かつて綺麗だったソレは――



 ――今では眼球が溢れ落ち、頬肉が爆ぜて骨が剥き出しになった、見るに耐えない惨たらしい……レイジの生首だった。


























 それからどうやって帰って来たのか覚えていない。


 気が付いたらダンジョンの外で、複数の人に囲まれていた。


「リュート様! ご無事で何よりです!」


 そう言って駆け寄る人に、布で包まれた重いモノを渡した。

 ソレを渡せば理解出来ると思ったからそうした。

 赤く染まった布を見て、ソレを渡された人は顔を青くした。


 それから、肩に担いだ人を降ろす。そしたら、二人の男女が駆け寄って来た。


「アスカ! あぁ、無事でよかった! ありがとう、リュート! この恩は必ず返す!」



 別に何もいらない。

 あぁ、本当にいらない。


 今はただ、休みたかった。



 今日はもう疲れたんだ。


 とりあえずお風呂に入ろう。


 長く、ゆっくり、しっかり汚れを落として。



 そしたら、寝よう。


 夜が更けて、朝日が昇って、それでも足りない。


 気が済むまで――――



 そうだ、気が済むまで、ずっと、眠っていよう。



 俺はもう疲れたんだ。




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