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巻き込まれただけの高校生、冒険者になる  作者: 木下美月
第七章 長い夜は明ける
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なんで

 

 特急電車内で神蔵市の災害を知った俺は、車掌に無理を言ってその場で降ろしてもらった。


 そこから全力で走り、神蔵市に入る。

 魔素濃度はダンジョンの入口に近付くほど濃くなっていくが、離れた所もそれなりに濃度が高い。

 故に、魔物は割と自由に歩き回っていた。


 不幸中の幸いと言うべきか、住民の避難は迅速に行われたらしい。おまけに、各地にある避難所は複数人の探索者が集中して守っていた。


 出来れば舞の無事を確かめたかったけど、避難所を覗いてる時間も惜しい。

 とにかく魔物を殲滅して周ろう。

 それこそが被害を最小限に抑えられる選択であり、力を持つ者の責務だ。


 そう判断して、走りながら魔物を斬り伏せ、貫き、叩き潰す。

 街は酷い有様だ。

 これ以上破壊される前に、魔物を駆逐しなければ。


 そうして走り続けて十数分。

 魔物を倒しながら、逃げ遅れた人がいないか目を凝らしていたおかげで、とうとう見つける事が出来た。


「舞……避難出来てなかったのか」


 腕に小さな女の子を抱えた舞が、岩の盾と自分の身体で、イノシシの魔物から少女を守ろうとしていた。

 魔力で強化された探索者ならともかく、そうじゃない一般人では魔物の突進に耐えられる筈もない。


 俺は足に力を込めて大きく跳躍した。

 空へと上がり、誰も見ていないのをいい事に、禁じていた風魔法を用いて自分の身体を下方向に吹き飛ばす。


 そして、勢いそのままに魔物を踏み潰す。

 前へと進んでいた巨体は地面にめり込み停止する。

 その直後絶命し、光の粒子になって消えて行く。

 風魔法を使ってしまったが、緊急時故仕方ない。

 それより、周辺の家屋に被害が出なくてよかった。

 もちろん妹も無事だ。


「こんな時まで人助けなんて、立派だな」


 本音を言えば、誰よりも先に安全地帯へ逃げて欲しかった。

 でも、こんな非常事態でも人助けに走る妹を誇らしく思う気持ちもある。


 そんな自慢の妹に歩み寄ろうとして――何かが飛んで来た事に気付いた。


「――リュー!!」


 一瞬、何を言われているのかわからなかった。

 だけど、それが俺を呼ぶ声だと気付いて、俺をそう呼ぶ人は一人しかいない事を思い出して、漸く理解した。


「なん……で……ここにいるんだ、ミーシャ……」


 いる筈がない。

 いるべきではない。

 きっと何かの間違いだ。


 そう思いつつも、


 再会できた。

 本当に生きてる。

 それがたまらなく嬉しかった。


「無事で……よかった」


「こっちのセリフだよ。リュドミラに何かされてない?」


 そうか、ミーシャからしたら、最後に会った俺はリュドミラに乗っ取られていたんだ。


「大丈夫、リュドミラは……俺にはよくしてくれたんだ」


 異世界では許されない行いをして来たし、今後もするのだろう。

 でもこの世界にいる間は良き隣人だった。

 しかしミーシャにはそれが信じられない様で、フードの奥の瞳が胡乱げに細められている。


「それより、なんでここにいる――」


「――ねぇ、モタモタしてていいの?」


 俺の質問は、苛立ちを含んだ妹の声に阻まれた。

 普段の舞なら表に出さない様な感情であり、だからこそ今がどれほどの緊急事態なのか再認識させられる。


「……そうだったな。ミーシャ、悪いけど俺はやる事があるんだ。あの子は舞、俺の妹なんだけど……舞と一緒に俺たちが住んでる部屋に避難してくれ」


 くっついてたミーシャをはがし、指示を出す。


「状況はなんとなくわかるよ。魔物を倒すなら、わたしも――」


「駄目だ。ミーシャ、この世界ではお前の存在は異常なんだ。戦い方もそうだけど、何より獣人という種族は存在しない。だから舞に従って、人目につかない様に行動してくれ」


 認識阻害のローブで隠していても、協会の職員に探索者証の提示を求められたりしたら詰みだ。

 探索者証を持たずに戦うミーシャを不審がり、フードを外すよう命じられたら、白猫族の耳が見つかってしまう。


「……わかった」


「舞、悪いけどミーシャの事頼む。俺たちのマンションは倒壊してないから、部屋にいれば大丈夫だ。その子は俺が避難所に送り届けるよ」


「え、でも……」


 不安そうな妹。やはり大勢がいる避難所の方が安心出来るのだろうか。

 だけど俺は知っている。


「ミーシャの側にいれば大丈夫だ。この世界の誰よりも信頼出来る、俺の仲間だから」


 避難所よりもミーシャの側の方が安全だ。

 それを伝えたのだが、舞は余計に表情を暗くする。

 ……まぁ信じられないものは仕方ないか。


「とにかく頼んだ。全部片付いたらちゃんと話し合おう」



 言いながら舞が抱えていた女の子を抱き上げ、二人に別れを告げた俺は走り出す。


「怖い思いさせてごめんな。直ぐに安全な所に行くからな」


「うん……」


 少女は俺の胸に顔を埋めて、今起こっている災害を見ない様にしている。

 子どもはそれでいいだろう。

 現実と向き合うのは大人の役目だ。


 無力な被害者を送り届ける為、俺はペースを早めた。




 それから直ぐに中央小学校――最寄りの避難所が見えてくる。

 正門には見知らぬ探索者が三人立っており、こちらに気付いて手を振っている。


「よかった! リュートさん展示会に行ってるって聞きましたけど、帰って来てくれたんですね!」


「安心するのはまだ早いですよ。魔素濃度は少しずつ低下していますが、魔物を根絶やしにしなければ被害は拡大する一方です」


 気を緩めないよう注意しながら、女の子を引きはがす。


「あ、逃げ遅れちゃった子ですか? 私が預かり――」


「――莉亜!」


 その時、校庭から二人の大人が――恐らくこの女の子の両親だろう。二人が走って来て、俺から子どもを受け取る。


「あっ、ちょっと、外に出て来たら危ないですって!」


 守衛の探索者が注意するも、父母には娘の姿しか目に入ってない。

 まぁ、付近に魔物はいないし、大丈夫だろう。


「じゃあ俺は街を見回るので、避難所はお願いします」

「はい、任せて下さいっ!」


 守衛にこの場を任せて走り出し――


「お、おにいちゃん!」


 少女の呼び声に足を止める。


「あ、あのね、さっきのお姉ちゃんに、これ、お礼」


 そう言って渡されたのは一枚の絵。

 年齢の割に上手な、公園の風景画だ。


「わかった。ちゃんと渡しておくよ」


 異空間ポーチに丁寧に絵を仕舞う。


「あ、有名な探索者の方ですね。莉亜を……娘を救って下さりありがとうございました」


「いえ、この子を救ったのは俺じゃなくて妹です。なので、お礼はちゃんと伝えておきます」


 我が妹を誇らしく思いつつ、改めてその場を後にする。




 それから再び走り出し、右へ左へ街を駆け回る。

 荒らされた畑、半壊した家屋、倒木にひしゃげたフェンス。

 人々が築け上げた街を破壊されるのは悲しく、腹立たしく、許せない。

 せめて被害を最小限に抑える為に、少しでも速く走り、魔物を見つけ、倒さなければ。


 そんな思いで戦い続けて、魔物を見かける事が殆どなくなって来た頃だった。


「……あれ、この感じ」


 ふと、何か美味しそうな、不思議な空気が漂って来た。

 街外れ、雑木林の中からだ。

 そして同時に、魔物の存在にも気付く。


「――」


 無音で氷の槍を放ち、ダチョウ型の魔物を貫き絶命させる。

 あの魔物は、何かに引き寄せられるようにこの辺りをフラフラしていた。

 その正体を探るべく、目を凝らして――見つけた。


 枯葉で覆い隠された、見覚えのある瓶。


 それは、割れば周囲の魔素濃度を高める魔道具。

 何者かに割られる事を目論み、誘引作用を付与して魔物を寄せ付ける魔道具。


 これを見つけた瞬間に確定した。

 今起きている災害は、人為的に起こされたものだと。



「誰が……こんな事を」


 罪もない、戦う力もない人達を危険に晒してまで、犯人は何がしたかったのだろうか。

 或いは、無差別に人を危険に晒すのが目的なのか。


 許してはならない。


 ポーチからスマホを取り出し、何件か来ている通知を無視して井田さんに電話をかける。


 コールが一回、二回。

 こんな状況じゃ出れないだろうか。

 しかし三回目で返事が聞こえた。


『リュート様、何か発見がありましたか?』


 あまり電話をかけない為か、緊急の用件だと察してくれたらしい。


「はい、たった今、あの魔道具を……周囲を魔素で満たす瓶を見つけました。場所はダンジョンの入口から三キロ程離れた場所にある雑木林です」


 暫く無言が続き、十分な間を置いてからの返事。


『……原因が判明した。この事実だけ見れば、大きな一歩です。リュート様、他に同じ物が無いか探していただけますか? 一通り終わったら神蔵協会で落ち合いましょう』


 ひとまず犯人に対する怒りを飲み込み、事態の収束に向けて動くらしい。


「わかりました。お互い気を付けましょう」


 隣市の伊織市から来てくれるのだろう、ありがたい事だ。

 探索者もそれ以外も、皆が自分の出来る事を精一杯やっている。

 俺も頑張らなければ。




 それから一時間程かけて街全体を走り回ったが、あれ以降魔道具は見つからなかった。

 魔素が広範囲に満ちていた以上、複数個設置されていたのは間違いない。

 恐らくとっくに割られていたのだろう。



「魔物ももういないし……ちょっと寄り道してもいいよな」


 井田さんと神蔵協会で落ち合う予定だが、そこに行く途中に自宅マンションがある。

 大丈夫だとは思うが、舞とミーシャの無事を確認したい。


 身内を優先する事について若干罪悪感を抱きつつ、足早にマンションに向かう。

 幸いにも荒らされているのは駐輪場くらいで、今日以降もこのマンションで暮らせそうだ。

 階段で六階に駆け上がり、鍵を開けて中に入る。

 二人はリビングだろうか?

 廊下をまっすぐ進みリビングの扉を開けると、ローブを被ったままのミーシャが迎えてくれた。


「おかえりなさい、もう大丈夫なの?」


「まぁ、落ち着いたから二人の様子を見に来たんだけど……舞は?」


「自分の部屋にいるよ。わたしはここで待っててって言われたから、ずっと待ってた」


 もしかして、知らない人と一緒にいるのは気まずいとか、そんな事を思って別の部屋にいるのだろうか。

 だとしたら配慮が足りなかったな……。

 まぁ今はいいか。



「それより、どうしたんだミーシャ。なんでここにいる?」


 無事を確認するだけのつもりだったが、やはりどうしても気になってしまう。

 何故、どうやってここに来たのか。

 その問いの答えは、とてもシンプルだった。


「リューを連れ戻す為に、時空魔法を使ったんだよ。約束したでしょ? わたし達は生きて再会するって。アランとレイラとマナも、向こうで待ってるよ」


 それは、俺が諦めた、破ると決めた約束だ。

 リュドミラと別れたあの日、もう二度とこの約束を守る事は叶わないと思っていた。

 ……でも、早くもその思い込みは覆った。

 時空魔法を使ってまで、ミーシャが覆してくれた。


 俺が望めば異世界に行ける。

 ミーシャもアランもレイラもマナも、それを望んでくれている。

 約束は守れるのだ。

 それはなんて魅力的で――




「お兄ちゃんが異世界に行っちゃったら、誰がこの世界を守ってくれるの?」



 ――いつの間にかリビングの入口に立っていた妹の言葉に、思考が現実に引き戻される。



「それに、本当に仲間の事を大事に思うなら、異世界の事情に介入するべきじゃない。そうでしょ?」




 そうだ、その通りだ。

 もう会えないと思っていた仲間との再会に舞い上がってしまったが、俺が異世界に戻る事は出来ない。



「悪いなミーシャ……俺はこの世界の人間なんだ。異世界に戻る事は出来ない」


 心を殺し、淡々と告げる。


 俺の答えが予想外とでもいう風に、ミーシャは驚愕に目を見開く。


「あ……えっと、もしかしてここに戻って来れないかもって思ってる? それなら大丈夫だよ。わたしが時空魔法で行き来出来る様にするから」


 狼狽えながらも必死に考え、俺が拒否する理由を探す。

 そんなミーシャに、はっきり伝える。


「よせ、時空魔法を何度も使えば大いなる意志に消される。そもそも、俺がそっちに行けないのは家族の為であると同時に、お前達の為でもある。俺が戻らない事を条件に、リュドミラは俺の仲間を傷付けないと約束してくれた。だから――この決定は覆せない」


 俺の言葉を理解するのに数秒の時間を要したミーシャは、やがて瞳に涙を溜めて俺に縋り付いた。


「なん、で……」


 何故と言われても、今話したことが全てだ。

 これ以上言える事がなく、押し黙る。


「ねぇ、わたし達、今までどんな嘘だって気付かないフリしてきたんだよ……。それがリューの為だって思ってたから、皆んなそうしてきたんだよ……」


 あぁ、知っている。

 俺が隠し事ばかりしてる事、皆気付いていたのに何も言わないでいてくれた。

 本当に感謝してる。


「でも……だけど…………! あの約束すら嘘にするなんて、わたし、許さない……!」


 今まで共に冒険してきて、ミーシャがこれ程までに激情をあらわにした事はない。

 そんな彼女が怒り、悲しむ。

 当然だ、今まで俺に尽くしてくれた仲間との約束を破ったんだから。

 でも、仕方ないじゃないか。

 これが最善の選択なんだ。

 俺が関わらなければ仲間達は傷付かないし、俺はこの世界で家族や友人を守れる。

 これ以上良い選択などない。


「…………」


 何も言えない。

 言い訳の言葉もなければ、決定を変えるつもりもないから。


 何も言わない。

 これ以上言葉を交わせば、心が揺らいでしまいそうだから。


 だから俺は、黙って玄関に向かい――その時、唐突に開いた玄関から母が入って来た。

 母は俺と舞の無事を確認してホッとした表情を見せた後、ローブの少女に視線を向けた。


「あの子はミーシャ……俺が異世界で世話になった仲間だ」


 それしか伝えなかったが、勘の良い母は察した様に頷いた後、「任せて」と小さく呟いた。

 それを頼もしく感じながら、俺は自分のやるべき事のために一人外へ出た。




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