それでも日々は続いてく
リュドミラと共に家を出てから丁度一週間後。
俺は無事帰宅し、部屋で惰眠を貪っていた。
ダンジョンの七十階層から帰って来た俺は、探索者協会神蔵支部長の黒田さんに、諸々の報告を済ませた。
五十一階にセーフエリアがあったという事実。
五十二階でアンドロイドが破壊され、その時点で俺は引き返した……という嘘の報告も。
アンドロイドが壊された事について、一応来栖工房にもメールを送っておいた。
後から細かく聞かれるのも面倒なので、その時の状況、どの魔物にどうやって破壊されたのか、詳しく記載しておいた。
もちろん作り話であるが、現実に起こり得る状況を書いた為、疑う余地はないだろう。
そうしたやるべき事を終え、やる事がなくなり、俺は惰眠を貪る事になったのだ。
やるべき事と言えば魔素濃度異常の件が残ってるのだが、井田さんに確認したところ、未だに進展はないらしい。
よって、暇になった。
「はぁ……」
意味もなくため息が溢れる。
それに反応する様に、スマホの通知が鳴った。
リカからのメッセージだ。
『やっと帰って来たらしいわね! そもそも黙って出発するってどうなのよ!?』
その文章を見て、何故いちいち他人に俺の行動を報告しなくちゃいけないのか、と思いつつ『すみません』と返事しておいた。
暫くは協会に行かない方がいいだろうか。
心配してくれるのはありがたいが、文句を言われるのは正直めんどくさい。
…………。
「……なんか、よくない思考ばかり浮かんでくるな」
俺はいつからこんな冷たい奴になったのだろうか。
元からか?
よくわからない。
今は何をやってもダメな気がする。
再び通知音が鳴るスマホを無視して、洗面所に顔を洗いに行く。
窓から見える空は茜色に染まっていた。
もうこんな時間か。
早朝に帰宅してから、夕方までダラダラしてしまった様だ。
ボーッと空を眺めていたら、玄関が開いた。
「ただいま……起きたんだね」
母が仕事から帰って来た。
「竜斗、急なんだけど、明後日魔道具の展示会に行かない?」
本当に急だ。
しかし、展示会の事は知っている。
色んな工房がブースを設け、自社の製品を紹介、販売する場だ。
不定期で開催されるこの催しには、有名な探索者が招待される。
実は俺も来栖工房に行った時に展示会の話を聞いたのだが、深層から帰って来れる日がわからない為、招待券は受け取らなかった。
その招待券を、今度は母から渡される。
「私が勤めてる所で、探索者用の薬を開発してるってこの前話したでしょう? 今回ウチの会社もブースを設ける事になって、私も明日から行く事になったのよ」
どうやら、今朝俺が帰宅した事を同僚に話した所、「是非誘って欲しい」と頼まれて招待券を持ち帰って来たそうだ。
「でも、工房戦で優勝しちゃったし、色んな人がすり寄って来て大変かもしれないから……無理して来る必要はないよ」
なら面倒だし、行かなくていいかな。
そう言おうとした所で、リュドミラの言葉を思い出した。
『私が帰った後も、君にはこの世界での生活がある』
そう、目的を全部達成しても、俺の生活は続くのだ。
今回誘いを断る事は、大した問題ではないだろう。
だけど、ただ面倒だからと断って、引きこもって、そんな選択がこの先も続いたら?
「……行くよ。折角の誘いだし、魔道具には興味あるから」
俺は自分がダメな奴だと知っている。
身体に染み込んだ怠惰が、簡単には抜けない事を知っている。
だから、歩き続けよう。
俺は招待券を受け取り、顔を洗いに行った。
⭐︎
そして、展示会当日。
「いーなー私も行きたかったなー」
朝、制服姿でブーブー言ってる妹に苦笑しながら朝食後の食器を片付ける。
「学校があるんだからしょーがないだろ。お土産は買って来てやるから」
開催場所は都内。
展示会という目的はあれど、日帰りの旅行みたいなものだ。
母は昨日から会場入りしてるが、それは仕事だから文句は言えない。
だから妹は俺に文句を言うのだ。
まぁ、こうなる事は予想していた。
「そうそう、昨日沢山お菓子作っておいたから、全部食べていいぞ」
俺は昨日の内に準備しておいたのだ。
クッキーにプリン、手間がかかったけどアップルパイも焼いた。
「え! やった! じゃあ留守番は任せて!」
食べ物で機嫌を取れるのは昔から変わらないな。俺の料理スキルが上がったのは大体コイツのせいだ。
それから家を出る準備をし、妹は学校に、俺は駅に向かった。
電車を乗り継ぎ、およそ三時間。
何をするでもなく、外の景色を眺めてる間に目的地に到着した。
大きなビルの一階が受付となっており、そこで手続きをした後入場証を受け取り、ホルダーに入れて首からかける。
五階までが展示会の会場となっており、入場証を持ってれば自由に行き来出来るらしい。
さて。まずは母がいる四階に向かうかな。
会場は人が多く、エレベーターは混雑している為階段に向かう。
やはり魔道具の展示会だけあって、探索者に詳しい人が多いらしい。出展している工房の人も、来場してる探索者も、俺の事を知っている様だ。
歩いていると幾つもの視線が突き刺さって来る。
それらの視線を気付かないふりして、さっさと目的地に進む。
「肉体のパフォーマンスを引き上げる薬……? これはなんだか怪しいな」
「安全性は保証されてます。ただ、体内を巡る魔力量を一時的に増幅させ、循環を早くしているので、効果終了後は魔力欠乏症に似た倦怠感に襲われます。あくまでも緊急時の対策として……」
聞き覚えのある声の方を見れば、ハゲた巨体の男――ガンスケの姿。
展示会には有名な探索者が招待されるそうだが、やはりランキング一位のチームは来ているか。
「あ! リュートくんですよ! スザク先輩! リュートくん来ましたよ!」
ガンスケと話してた女性が俺に気付き、奥の人を呼ぶ。
どうやら母の会社の後輩らしい。
彼女に見つかった事により、その正面にいたガンスケも振り返る。
「やはり来ていたか。久しぶりだな」
彼と会うのは工房戦以来だ。
軽く挨拶を交わしてると、別の来場者に対応していた母がやって来た。
「よく来たね。この子がアンタに会いたいってうるさかったんだよ」
「う、うるさいってヒドくないですか!? ……コホン。初めまして、私ドローンを斬り落とした君の映像を見た時から絶対大物になるって確信してたんだよ! つまり古参のファンだね! よろしく!」
陽気な若手社員といった感じの女性は、母と仲が良い様だ。
ここは猫でも被っておこう。
「いつも応援ありがとうございます。今後ともよろしくお願いします」
別に応援なんかしなくていいけどね。
「別に応援なんかしなくていいけど、とか考えてるわよ、この子」
母の暴露に狼狽える。
「そ、そんにゃ事考えてないよ……」
「これは猫被り常習犯ですね……」
それから少し雑談した後、ガンスケと共に、義手を作ってくれた諏訪部さんの元に向かった。
そこにはリカとアスカ、ケイがいた。
「あ! アンタ来てたの!? 来るなら来るって返信しなさいよ! てか一日返事なしってどういう事なのよ!」
俺の顔を見るや否や怒り出すリカに、つい苦い顔をする。
そういえば面倒臭くてメッセージアプリ開いてなかったな。
なんと答えようか迷ってる俺の元に、助け舟が飛んで来た。
「これはこれは! 我が諏訪部工房の恩人リュート君じゃないか! いやぁ工房戦以降注文が殺到してね。優勝者の君の義手と同じ素材で作った籠手が欲しいとか、中には腕を切り落として同じ義手をつけて欲しいとか言う探索者も現れるくらいだよ!」
「それは怖い」
まぁ、義手を作ってくれた諏訪部さんの役に立てた様で良かった。
諏訪部工房のブースは忙しい様子なので、挨拶もそこそこに来栖工房の所に向かう事にした。
因みにリカ達もついて来た。
「もうすぐお昼ね! 確かこのビルの五階がレストランになってるのよね? この後行きましょう!」
「それはいいな。賛成だ」
後ろで騒がしい彼女らを無視して、アンドロイドの件でお世話になった職員に挨拶した。
「お! 深層から帰ったばかりだというのに、来てくれたんだね! で、どうだった? ウチの製品は役に立ってくれたかな?」
興味津々に尋ねてくる職員に、改めて深層での戦いを説明し、盾にして壊してしまった事を謝罪した。
「構わないよ、持ち主を守るのが戦闘アンドロイドの役目だからね」
そう言ってくれた事に感謝し、話を終えた所でリカに連行された。
「昼食べに行くって言ったでしょ! 何勝手に歩き回ろうとしてんのよ!」
賛成した覚えはないんだけどなぁ。
とにかく、俺達五人はレストランエリアに行き、魔物のドロップ品や、ダンジョン内の植物で作った料理を食べる事になった。
俺はミノタウロスのシチューと、ダンジョン小麦のパンのセットを頼んだ。
ダンジョンの中に畑を作り、栽培を試みてる会社があるらしい。
「最近はこーいう食堂が増えたよなぁ。探索者が持ち帰った素材で飯作ってくれる。こーいう飯食ってると命のありがたみを感じるぜ」
ケイの言ってる事にはとても共感出来る。
迷宮探索や冒険の途中で、入手した素材で料理してたのを思い出す。
「そんな事より! 何も言わずに深層に行って、アンドロイドを破壊される程の窮地に陥っておきながら何の説明もしない、それどころかメッセージにも返事しなかったコイツの話よ!」
そんな事とはなんだ。ケイの話の方がよっぽど大事だ。
「ま、まぁまぁ。リカの気持ちはわかるが、無理に話を聞くのも違うだろう。リュートが話したくなったら聞けばいい」
少し暗い顔でアスカはそう言う。
気遣ってくれた、と言うより、踏み込むべきではないと察した。そんな態度だ。
以前「深層について行きたい」と言ったアスカを拒絶したからか、俺に遠慮があるらしい。
悪い事をした、そう思いつつ、仕方がなかったとも思う。
「そういえば、レイジの姿が見当たりませんが」
話題を変えるつもりもあり、気になっていた事を訊ねる。
アスカのチームの三人がいるのに、レイジは仲間外れだろうか。
「アイツは来てない。どうせ引き籠もって魔道具でも弄ってる」
ガンスケはそう言うが、アスカは否定した。
「ん? レイジは今日原初のダンジョンに潜ると言っていたが、二人は聞いてなかったのか」
「アイツの予定なんか気にしてなかったぜ!」
「俺も知らなかったな」
前から思ってたが、結構自由なチームだ。
「珍しいわよね、魔道具に興味あるクセに展示会に来ないなんて。もしかしたらアンタに負けたの、結構悔しがってたりして」
隠れて修行してるって言いたいのだろうか。
しかし、レイジを倒した時、アイツはあんまり悔しそうじゃなかった。
強がってるようにも見えなかったんだけど……実際の所どうなんだろう。
「次の工房戦が楽しみねぇ。あ、春になったらランキングの更新もあるじゃない! そろそろアスカ達が一位の座を奪われたりして!」
「どうだかな……まぁ、いずれリュートがランキングの上位に入るのは間違いないだろうな」
そんな雑談を聞き流しながら、平和な時間が過ぎていく。
午後も少し展示会を見て回ったが、母から「先にあがらせてもらった」とメッセージが来た為、共に帰る事にした。
「へぇ、アンタのお母さんも来てたの。一緒に車乗ってく? アタシ達、アスカの車で来たのよ」
アスカの車なのにリカが乗車を勧めるのか。偉そうだな。
そう思いつつ「遠慮しておきます」と断り、四人と別れた。
最寄りの駅で母と待ち合わせし、一緒に特急電車の指定席に座る。
「一人置いて行かれた舞は怒ってなかった?」
「昨日の内にお菓子作っといたから問題無し」
「食べ物で釣られるあの子もだけど、それで機嫌を取れると思ってるアンタも単純すぎるわね……」
他愛もない話をし、穏やかな時間を過ごす。
なんて事ない時間が、なんの心配もなく過ぎていく。
そうして一時間が過ぎ、二時間を過ぎて故郷が目前となった所で――
『急停車します――』
そのアナウンスと同時に、乗車してる人達のスマホから緊急アラートが鳴る。
一斉に鳴り響いた電子音に驚き、他の人達と同じ様に、俺も自分のスマホを取り出して通知内容を見て――
「神蔵市、魔素濃度異常?」
自分のスマホ画面を見て目を疑い、誰かが呟いたその言葉を聞いて思考が停止した。
「ダンジョンから……え、嘘、魔物が出て来てるって――」
リュドミラとの会話を思い出す。
『迷宮から魔物は出て来ない。この事実を知らないのでしょうか?』
それこそが異世界の常識。
ダンジョンよりも先に迷宮を経験した俺も、この常識にとらわれていた。ダンジョンという存在を甘く見ていた。
それを今更思い知る。
「舞……」
誰よりも早く平静を取り戻した母が不安そうに呟く。
一人残して来た家族の名を聞き、自分のやるべき事を思い出す。
呼び止める母の声を背に、俺は通路を走り出した。




