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祈り

 

 リュドミラに体を与えてから三日。

 たったそれだけの時間で彼女は魔力を回復し、作り物の身体に慣れた。


「……ではお二人とも。短い間でしたが、お世話になりました」


 リュドミラを異世界に帰す日が訪れた。

 もう少しゆっくりしていけばいいのに、とは思うが、彼女を待つ人だっているのだ。


「リュドミラちゃん、ありがとね」


 リュドミラはいつの間にか舞と仲良くなったらしく、笑顔を向けている。


「いえ、私の方こそ。それと……お母さんもお元気で」


 反面、母さんに対しては何故か苦手意識を持ってるらしい。ぎこちない笑顔は、アンドロイドの問題じゃなくてリュドミラの問題だろう。


「リュドミラさんもね。出来るなら、いつでも帰って来ていいからね」


「それは……いえ、ご厚意感謝します」


 もうリュドミラがこの世界に訪れる事はない。そもそも後どれくらい生きてられるか……。

 まぁ、それを態々言う必要もないだろう。


「じゃあ、行ってくるよ。二週間以内に帰って来るつもりだから、心配しないで」


 今日から深層に向かう。日帰りで行けるのは精々三十階層辺りまで。今回はもっと深くを目指す為、初めてのダンジョン泊だ。

 とは言え、迷宮泊なら数え切れない程してるし、今回は物資も十分。

 不安要素は無い。




 リュドミラには暫く追従モードのアンドロイドのフリをして貰って、協会まで行く。

 平日の早朝という事で、人は少ない。

 俺はいつもこの時間にダンジョンに潜る。

 協会の人から見れば、いつも通りの光景だろう。


「本日も二十から三十階層くらいまでですか?」


 受付嬢はいつもどこまで探索するか聞いて来る。

 ダンジョンから戻って来ない探索者を捜索する場合を考えて、きちんと把握しておく必要があるのだ。


「いえ、今日は出来るだけ深くまで。泊まりがけで潜りますが、二週間以内には戻って来ると思います」


 受付嬢は目を丸くした後、俺の背後にいるリュドミラを見て思い出した様に頷いた。


「以前仰っていましたもんね、深層を目指すって。まさかの今日でしたか……」


 そう言いながら彼女はキョロキョロと辺りを見回す。

 閑散としたロビーで誰を探しているのか。


「えっと、もしかしてアスカ様やリカ様に、何も言ってないんですか?」


「……? 何を言う必要があるんですか? 俺はソロで潜るんですよ?」


「……いえ、まぁ……多分あの方達、見送りとかしたかったんじゃないかなって……」


 そんな事はないだろう。彼女らは忙しいのだし、寧ろ余計な気を遣わせたくない。


「はぁ……まぁ、仕方ありませんね。ではいってらっしゃい、お気を付けて」



 受付嬢の声を背に、俺達はダンジョンへ向かった。




 ⭐︎




 三十階層までは何度も来ている。俺達は殆ど戦わずに最短ルートをダッシュし、あっという間にボス部屋に到着した。


「解決していない問題をそのままにして去るのは、少しモヤモヤしますね……」


 三十階層の広間に佇むブラキリアを眺めながら、リュドミラは呟く。

 迷宮よりも魔物の復活が早い謎や、人為的に起こされた魔素濃度異常の件も未だ解決していない。


「まぁ、それはこの世界の人が解決しなきゃならない事だ、気にしなくていい」


 そう言いながら、俺はリュドミラの動きを注意深く観察していた。


 まだブラキリアとの距離が五十メートル程離れているというのに、リュドミラが空中で指を滑らせると、その空間が断裂したみたいに、ブラキリアの巨体が真っ二つに分かれた。


「恐ろしい魔法だな……」


 空間魔法でこれ程の事が出来るのか。


「その感覚はよくありませんね」


「え?」


 俺の呟きを咎めたリュドミラは、こちらを向いて歩み寄って来る。


「ミーシャにも言える事ですが、貴方達は自分の力を恐れている。その恐怖の根本には、自分には力を扱いきれない、という自信の無さがある」


 そうだ、確かに俺はそう思っている。ある日突然力を得た、という共通点からして、ミーシャも同じだろう。


「その恐れが、無意識に自分の力をセーブしている」


 言いながら俺の手を取り、握手させられる。


「もっと傲慢になって下さい。この空間の魔素は全て自分が掌握しているのだと、そう考えて下さい――」


 俺の目を見つめるリュドミラの瞳から、何かが入り込んでくる。

 それは、かつてギータに使われたのと同じ……黒魔法だ。

 他人の精神に干渉するその魔法は、俺に強制的に自信を持たせて、潜在能力を引き出す。


 ――周囲の魔素は、全て自分のもの。


 その意識を持った瞬間、自分の内から大量の魔力が湧き上がって来るのを感じた。

 荒れ狂う力が高揚感を齎し、無差別な破壊衝動が――


「はい、そこまで」


 言葉と同時に、額をデコピンされる。

 その軽い衝撃によって、湧き上がっていた力は霧散した。


「……今のが本当の超回復なのか?」


 指で弾かれた額をさすりながら、俺はリュドミラの記憶を思い出していた。

 魔力の超回復という固有魔法が暴走し、溢れた力に苦しめられていた幼き日のリュドミラを。


「その通りです。君は魔力を恐れていたから、この力の本来の能力を引き出せていなかった。この様に、固有魔法というのは意識一つで引き出せる力が変わって来るのです」


 他人より魔力の回復が早い自覚はあったし、それこそが超回復だと思っていた。

 しかし違った。

 実際はもっと万能なものだった。

 俺はまだ未熟なのだと、改めて感じさせられた。




 その後もリュドミラは積極的に戦った。

 ある時は濃縮した風の塊を放ち、的確に相手の心臓を貫いたり。

 水の固有魔法で周囲の魔物を集めて、集敵したその場に岩塊を落として圧殺したり。


 まるで俺に魔法の使い方を教えているかの様に、色んな戦い方を見せてくれた。



「さっきから、なんで色々教えてくれるんだ?」


「この世界の人々は、まだ弱い。そんな弱き者達を守る為に、君が頑張らなくてはならない。そうでしょう?」


 自分が去った後のこの世界の事を心配してくれている、のだろうか。


「まぁ、そうだよな。力を持つ者は責任を果たさなくちゃならない」


 ダンジョン内で探索者が遭難する事故はよく起こる。

 今後は積極的に彼らを助けに行くべきだろう。


「でも、そんなに魔法使って平気なのか? 魔力は残しておかないと、なんだろ?」


「超回復があるので問題ありませんよ」


「その割には時空魔法使った後、三日休んだよな」


「禁術は単なる魔力消費だけではないんです。そうですね……MPの最大値が一時的に減少する、と言えばわかりやすいでしょうか」


 なるほど、超回復で回復出来るのは魔力のみ。MPの最大値までは元に戻らないのか。

 極端な話、その間は魔法一発撃てば魔力欠乏症に陥る。あれは意識を失う程辛いものだ、戦いの最中に陥れば明らかに不利になる。

 また、最大値を超えて魔力を回復しようとすれば、幼き日のリュドミラみたいに暴走してしまう。


「じゃあ異世界に帰っても直ぐに戦うわけじゃないんだな」


「はい、特に今回は時空を超えるわけですし……三日程度じゃ回復しません。暫くは隠れ潜まなくてはなりませんね」



 そうやって話をしながら俺達はどんどん進んだ。

 休憩出来そうな場所を見つければそこで休み、体調を整えて再出発する。

 まぁ、今のリュドミラの体には休憩が必要ない為、俺の為に休んでくれているようなものだ。


 そうして進んでいる内に、いつの間にか最高到達層である四十八階層を超えていた。


「おや? ここは……予想通りちゃんとありましたね」


 そこはセーフエリアだった。

 階層は五十一。


「俺は二年間セーフエリアに住んでたって事になってるからな。あの言葉の証拠として、一応カメラに収めておくか」


 そう言いながら俺はその階層の全体を撮影した。

 とはいえ、一般的なセーフエリアと同じく、草原と湖、いくつかの木が生えているくらいだが。


「しかしセーフエリアが五十一階層となると……最深部は百近くあるかもしれません」


 リュドミラの何気ない呟きにドキリとする。

「最深部に来い」と言ったあの声を思い出した。


「最深部ってさ……何かあるのかな?」


 曖昧な疑問に対して、リュドミラは不思議そうな表情をする。


「迷宮なら魔道具や鉱石、宝石の類がありますけど……。迷宮の中で死んだ冒険者の装備やらが高濃度の魔素と共に変異し、迷宮のあちこちに散らばる。その宝を目当てに冒険者が入り、また死んで……そんなサイクルで成り立ってますから」


 そう、宝があるだけだ。そしてそれはダンジョンも同じ。

 俺はもう、大金を稼ぐ必要はない。宝などいらないのだ。

 だからあの声に従う必要はない。









 ダンジョンに潜ってから四日目。

 七十階層。

 ボスであるグリフォンを討伐した俺の元へ、「お疲れ様です」とリュドミラが歩いて来る。


「魔素がかなり濃くなって来ましたし、ここまでで十分ですよ」


 とうとう別れの時が来てしまったのだ。


「もっと深くまで行かなくていいのか?」


「私が帰った後、君はソロで戻らなくてはならないのですよ? しかも二週間という期限付きで。この辺りが限界でしょう」


 それもそうか。

 納得と同時に寂しさが押し寄せて来る。


「大丈夫ですよ。何も心配いりません」


 そうだ、心配はいらない。

 リュドミラは仲間達を傷付けないと約束したし、俺はこの世界で平穏に生きていける。


 これで全て元通り。

 在るべき場所に戻るのだ。



「リュート君。君を私達の戦いに巻き込んでしまい申し訳ありませんでした。私がこんな事を言うのは許されないかもしれませんが、それでも……私は楽しかったですよ。君といられて」


 リュドミラはその言葉を最後に、魔力を練り始める。

 俺も何か言いたかった。

 しかし言葉が出ない。


 さようなら?

 お元気で?

 頑張れ?


 どれも違う気がする。


 悩んでる間にリュドミラは時空魔法を発動し、宙に黒い渦が出現した。


「それでは……どうかお元気で。私の分まで幸福でいて下さい」




 黒い渦に入っていくリュドミラの背に、俺は結局何も言う事が出来なかった。


 渦は閉じる。


 二つの世界が完全に分たれたかの如く、時空の歪みは消失した。


 俺は暫く、その場に立ち尽くしていた。




 これで…………。


 これでいいんだ。



 俺に出来る事など何もない。




 ならば――――




 ――せめて祈ろう。



 どうか俺の仲間達が、リュドミラが、あの世界の人々が、悔いのない一生を過ごせる事を。



 そして――――




 ――俺がこの未練を、いつか断ち切れる日が来る事を。






六章「静かな隣人」完

幕間を挟んだ後、七章に入ります

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