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「こうしてお会いするのは初めてですね。異世界の凄い魔法使い、リュドミラと申します」


 夜、ダンジョンから帰った俺は、早速家族にリュドミラを紹介した。

『凄い魔法使い』というのは、邪神と明かせないから仕方なく名乗った称号だ。


「え、うそ、え、え?」


 やはり信じていなかった妹は驚き、


「初めまして。息子を助けてくれた事、改めて感謝します」


 母は丁寧に挨拶する。


「お気になさらないで下さい。私の方こそリュート君に救われた身ですので」


 救ったと言うより、強制的に取り憑かれただけだ。


「そうだ、リュドミラさんは食事は出来るの?」


「いえ、この身体にそういった機能はないので……。魔素、或いは電気で活動するようです」


 そういえば、ダンジョンの外にいる時は魔素が極薄の為、充電しないと動かないって言ってたっけ。


「え、じゃあダンジョンの中なら無限に動けるの?」


 驚きが収まった舞が質問する。


「はい、体内の吸魔石が周囲の魔素を取り込み、魔力に変換してこの身体の活動エネルギーとなっているのです」


「でもそれって、身体が動く分のエネルギーでしょ? 魔法を使う程沢山の魔素を吸収出来るの?」


「へぇ、詳しいな」


 妹の博識ぶりに感心した。

 吸魔石が魔素を吸収する効率はそれ程高くない。

 だから舞の言う通り、アンドロイドが機体を動かす分のエネルギーしか取り込めないのだ。

 ただし、リュドミラの魂が宿っているなら話は別。


「私には超回復という固有魔法が……まぁ、魂に刻まれた特殊能力みたいなものがあるんです。そのお陰で、魔力に困る事はありません」


「へぇ……本当に凄い魔法使いなんだね」



 和やかに話す家族とリュドミラを見て、少し安堵する。

 俺がリュドミラと対面した時に抱いた畏怖を、二人は感じなかった様だ。

 まぁ、当然か。二人は戦士じゃない。強者の気配などわからないだろう。



 その後暫く談笑してた家族達だが、夜も遅いのでそれぞれ自室に戻った。


「私はリビングで充電器と繋がってますので……あ、そうだ。君のゲーム機を貸してくれませんか? ずっとやってみたかったんですよね」


 ゲームか。昔はずっとやってたけど、異世界から戻って来てから一度もやってないな。


「お前は寝ないのか?」


 部屋から持って来た携帯ゲーム機を渡しながら質問する。


「睡眠や休息を取らなくても、エネルギーさえあれば動けますからね。ただまぁ、私自身が疲れた時は、少し眠る……いえ、アンドロイドの自動追従モードに行動を任せるかもしれません」


 なるほど、機械の身体になってもリュドミラは疲れを感じたり、人間っぽい所が残ってるんだな。


「君も今日は疲れたでしょう? ゆっくり休んで下さい」


「そうだな……じゃあ、お休み」


「お休みなさい、また明日」






 ⭐︎






 私がプレイしたかったのは、魔王が勇者を倒すゲーム。

 人間の領土を滅ぼし、勇者を倒せばクリアです。

 いきなり王都を攻撃して勇者を呼び寄せてもいいのですが、それでは勝てません。最初は小さな村を破壊し、そこから経験を積みながら大きな街を、そして最後に王都を破壊し勇者を殺す。これが王道でしょう。


「主人公の名前はリュドミラでいいでしょう。感情移入が大事ですからね」


 さて。名前を決めたらオープニングが流れるのですが……


「リュート君の記憶で見てるんですよね……」


 オープニングどころか、エンディングまで知っています。数年前の彼は完全クリアしてましたから。

 それでも、私自身がプレイしたくてこのゲームを始めたわけですが……


「丁度いいタイミングです。オートモードにして置いておいて……やるべき事を済ませてしまいましょう」


 ゲーム機をテーブルに置き、自分の首後ろに挿さっていた充電コードを抜く。

 静かに廊下を出て、リュート君の部屋をそっと覗く。

 どうやらぐっすり眠っている様子。

 当然でしょう、彼は魂の欠片を切り離したのですから。

 本日使用した術は、以前シフティが使ったものと同じ。その疲労度を考えれば、朝まで起きないでしょうね。


 私は彼の部屋から離れ、向かい側の部屋のドアをノックします。


「……ん?」


 気配でわかってましたが、ちゃんと起きてますね。

 不思議そうな様子でドアを開けたのは、リュート君の妹の舞さんです。


「あれ、リュドミラちゃん? どうしたの?」


「少しお話ししたくて。中に入っても?」


「え、うん! 歓迎だよ! なんだか妹が出来たみたい!」


 妹ですか……。私の方が何百歳も年上なのですが、それは言わないでおきましょうか。


 可愛らしい女の子の部屋のベッドに、タブレット端末が置いてありました。

 画面にはダンジョン配信者の動画が流れています。


「えへへ、眠れない時、動画を観ながら寝落ちするのがクセになっちゃってて……」


「いいと思いますよ、不健康そうではありますが」


「うっ……体に良くないのはわかってるんだよ……」


 こうして話してるとよくわかります。

 この子は普通の少女です。

 リュート君みたいに捻くれてないし、彼らのお母さんの様に勘が鋭いわけでもない。

 弱さを抱えた普通の少女。

 だからこそ付け入る隙がある。


「それで、どしたの? なんか話したい事があったんだよね?」


 部屋に入り、舞さんの向かいに座ります。


「はい。私が異世界に帰った後の話をしておきたくて」


 不思議そうな顔で私を見る舞さんに、ゆっくりと問い掛ける。


「リュート君は、何故ミドリさんを助けたと思いますか?」


 異世界に帰った後の話と言いながら、口にするのは過去の話。

 舞さんはキョトンとした顔で私を見ます。が、私がこれ以上何も言わない為、質問の答えを考え、口にしました。


「えっと……お兄ちゃんが優しいから?」


「そうですね。リュート君は優しくて、思慮深い人です。ですが、優しさでミドリさんを助けるつもりなら、探索者として復帰する様に促す事はしないでしょう。覚えていますか? 彼はわざわざ、やる必要もないのに、ミドリさんをコラプトゴートと戦わせたんですよ?」


 舞さんが理解出来る速度で、ゆっくり語り掛ける。


「あ、そっか。そうだよね、私もあの時ビックリしたんだよ。冷たい口調で発破かけて、ミドリちゃんを戦わせるなんて……なんか、お兄ちゃんらしくないなって思った」


「そう、敵を倒してミドリさんを連れ帰って来るだけでいいのに、彼は探索者を減らさない為にミドリさんの心を救った。では、何故探索者を減らしたくないのでしょうか?」


「え? それは……」


「あぁ、そういえばアスカさん達を神蔵に呼んだのもリュート君ですよ。彼女達は別の地に移る事も考えていたのですが、リュート君が神蔵に来て欲しいと伝えたのです。彼は何故、この地に探索者を……優秀な探索者を集めているのでしょうね?」


 疑問を投げ掛け、思考を集中させる。

 しかしそれが終らない内に新たな情報を提供し、更なる疑問を与え、思考する脳に負荷をかける。

 彼女が万全の状態なら直ぐに回復したでしょう。

 しかし今は深夜で、舞さんは夜更かし中。

 日中の疲労が蓄積した脳は容易く根を上げ、安易に答えを求める。

 わからない。教えてくれ。

 疑問を提示した私に対して、答えを求める。


 そうして私の言葉を受け入れる準備が出来た舞さんに、望み通り答えを与える。



「――それは、リュート君がこの地を去るつもりだから。自分の代わりに貴女達を守ってくれる存在を欲しているのです」


「――っ!」


 驚愕。悲哀。

 それは私の言葉を鵜呑みにしたから生まれた感情。

 しかし次に舞さんの表情を変えたのは、不信感。


「……お兄ちゃんは、もうどこにも行かないって言ったよ。その約束を破る事になるとしたら、他の誰かに連れ去られる事だと思う。リュドミラちゃん、貴女がそうするつもりなの?」


 敵意すら混じる視線を受けて、思わず感心しました。

 的外れな予想ではありますが、冷静な思考能力を取り戻したのはリュート君に対する信頼があるからでしょう。

 それを壊すのは難しい。

 精神に干渉する黒魔法を使えば容易でしょうが、リュート君の身内を害さない契約を交わした為、それは出来ません。

 ですが、種を蒔いておく事は出来ます。


「まさか! 私はリュート君にこの世界で暮らして欲しいと、心から思ってます」


「……じゃあ、お兄ちゃんが自分の意思で異世界に行きたがるって、そう言いたいの?」


「その通りです」


 断言した後、舞さんが口を開く前に続ける。


「貴女のお母さんは気付いている様ですが、舞さんは気付かないのですか? リュート君が偶に、異世界を思い出して寂しそうな表情をしてる事に」


「――っ」


 舞さんは辛そうに目を逸らしました。

 そう、彼女は気付いていたのです。気付いているのに、今みたいに目を逸らし続けていたのです。


「いつまで都合の悪い現実から逃げ続けるつもりですか? このままでは、リュート君はこの世界から消えてしまいますよ?」


「――やめてよ! さっきからなんなの! お兄ちゃんの事何も知らないクセに、わかった様な事ばかり――」



「――知ってますよ? 私は誰よりも彼の事を知っている」


 作り物の掌で、舞さんの頬に触れる。

 冷たい感触にビクリとしてから、か弱い少女は私の目を見る。


「貴女こそ知っているんですか? リュート君が迷宮に落ちてから誰と出会い、どんな戦いを乗り越えて来たのか。その中で助け合った仲間に対して、どれだけ厚い信頼と好意を寄せているのか」


 舞さんは何も言い返せない。


「私は全部知っています。彼の中で彼を見続けていたから。彼の記憶も思考も感情も、全て私と共にあったから。……そして、全部知ってる私が断言します――彼は異世界に舞い戻るつもりだ、と」


「…………」


 すっかり黙り込んでしまった舞さんは、今は何を考えているのでしょう。

 きっと自分を安心させる為に、リュート君がいなくならない根拠を必死に探しているのでしょう。


 だけどそれは見つからない。


 それを理解したのでしょう。

 舞さんの表情は目に見えて暗くなりました。



 そこで、私は場所を移動しました。

 舞さんの正面から、隣に。

 寄り添うように座ります。


「大丈夫」


 出来るだけ優しく、子どもを安心させる様に。

 そっと、口にします。


「大丈夫ですよ、私はそれを阻止する為に舞さんに会いに来たのですから」


「え……?」


 顔を上げた彼女の目は希望を求めていました。

 ならば惜しみなく与えましょう。


「リュート君がここを去ると言ったら、こう言って下さい――――」


 私は言葉を与えました。

 優しくて弱いリュート君を丸め込む為の、魔法の言葉を。


「で、でも、それってズルいんじゃ……」


 舞さんの瞳が揺れる。

 少なからず兄を傷付ける事になる。それを忌避する反面、兄にここを去って欲しくないという強い願望も持ち合わせている。

 だから、迷ってる。揺れ動いている。

 そんな状態の彼女なら、どちらに堕とすのも容易い事。


「お願いです、舞さん。私は彼に安全なこの地で暮らして欲しいんです。何故なら、彼の幸福を心から願っているから。危険な異世界では幸せになれませんから」


 私は俯きながら、縋る様に舞さんを頼ります。

 彼女の黒い瞳は、吸い込まれるように私の目を見る。


 そう、貴女がズルい言葉を言ったとしても、それは貴女の責任じゃない。

 私が願ったから、貴女が応える。たったそれだけの事。罪の意識を持つ必要はありません。


 こんなのは言い訳に過ぎない。

 けれど、それでいい。

 言い訳一つで彼女は堕ちる。

 それ程までに弱り切っている。



「……わかったよ、リュドミラちゃん。私、お兄ちゃんが異世界に戻ろうとしたら、ちゃんと引き留めるよ」


 そう言った舞さんは、仄暗い笑顔を浮かべました。







 やるべき事を終えた私は、リビングに戻って再びゲーム機を手に持ちます。

 既にオープニングを終えてチュートリアルが始まっている。

 ささっと終らせて早速村を滅ぼそうとしたところで、リビングにお母さんが入って来ました。


「なんだか、昔の竜斗を見てるみたい」


 そう言った彼女は優しい笑みで、ゲーム機に熱中する私を見ました。

 ……正直言うと、私はこの人が苦手です。

 子供達に無償の愛を振り撒く、優しくて強い、母性溢れる人。

 他人である私にまで優しい彼女を見てると、私を育ててくれたイザベラおばさんを思い出します。


「ねぇ、リュドミラさん。貴女はどうして竜斗をこの世界に残したいの?」


 台所でコップに水を注ぎながら、お母さんは質問しました。

 私と舞さんの話を聞いていたのでしょうか?

 いえ、盗み聞きされてる気配はありませんでした。

 ならば持ち前の勘の鋭さか。

 私が答えないでいると、彼女は提案しました。


「貴女もこの家で暮らさない?」


「え…………」


 それはリュート君にも提案された、魅力的な誘い。


「お誘いは嬉しいのですが、私は戻ってやるべき事があるので」


「それって、そんなに重要な事?」


 重要……えぇ、もちろん重要です。

 私の中には、未だ消えない憎しみが宿っている。

 私を利用した勇者達に、グラモス王を殺した人間達に、復讐したい。

 そして、それら憎き人間のいない世界で、本当の調和を実現してみせたい。

 調和が実現すれば、暗黒大陸など必要ないでしょう。

 姿形が違う皆がエルゼア大陸で暮らす事になる。

 その世界が訪れれば、私は自分の正しさを証明出来る。

 グラモス王もフィオナも、そしてリュート君も、私を認めるでしょう。


 それが私の目指す未来。


「決意は固いみたいね……」


 私の答えを察したのか、お母さんはそれ以上誘って来ませんでした。


 ですが、自室に戻る前に私の正面に来て、言いました。


「リュドミラさん、一つだけ忠告しておくわね」


 忠告?

 一体何の事でしょう。


「人は誰しも弱いままじゃいられない。成長して行くものよ」


 彼女の目は優しい。

 話し方も忠告と言うより、諭すようなものです。

 そんな慈愛に満ちたお母さんは――



「全てが貴女の思い通りになると、思わない方がいいわ」



 ――そう言って自室に戻って行きました。



 私は暫く呆然としていました。


 あれはなんだったのか。

 脅し?

 いや、それにしては優しさに満ち溢れていた。

 助言?

 それにしては鋭く、恐ろしい……

 恐ろしい?

 私は何を怖がっているのか。

 たかが四十年程度しか生きていない人間に、なんの力も持たない人間に、私が恐怖していると?

 ……あり得ませんね。


 思考を放棄し、ゲームを再開します。



 やり始めると面白いもので、経験を重ねる度に主人公は強くなり、序盤では倒せなかった敵もどんどん倒せるようになって行く。

 私は思いのままに、色んな村を、街を、破壊し尽くしました。

 そして、最後に訪れたのは王都です。


「割と簡単なゲームでしたね。まぁ、ストーリーを飛ばしたから時間短縮出来た部分もありますが」


 すっかりクリアした気分で、最後の戦いに臨みます……が。


「……? 負けてしまいましたね。レベルは充分なのに……選択を誤ったのでしょうか」


 リュート君がどうやって攻略していたかまでは、覚えてません。


「もう一度、ロードして途中から……」


 攻略サイトも見るつもりはないので、自力で頑張ります。


「…………」


 しかし何度やっても、私は勇者に勝てず。


 朝が来てもクリア目前で止まったまま。


 私がここに滞在してる期間でクリア出来るのでしょうか。


 言い知れぬ不安に苛まれたまま、私はゲーム機を片付けました。




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