完全なる分離
来栖工房から帰って来て五日後。
工房から連絡を貰った俺は完成したアンドロイドを受け取り、帰宅していた。
「へぇー凄い! こんなに人間そっくりに出来るんだね!」
「…………」
「あれ? 会話はしてくれないの?」
「戦闘用だから無駄な機能は搭載してないんだってさ」
追従モードで俺の後ろに着いて来るアンドロイドを見て、妹がはしゃぐ。母も興味深そうにしている。
「早速ダンジョンに行ってリュドミラを移して来るよ」
「リュドミラさんはそのまま帰っちゃうの?」
「いや、身体を慣らさないとだし、魔力も回復しないとだから、数日は居候させてくれだって」
「息子の恩人だから、いつまでだって居てくれて構わないのよ」
『……お気持ちだけ貰っておきます』
というわけで、早速神蔵ダンジョンに訪れた。
土曜日の昼過ぎ、という事もあって人が多い。俺は普段、朝から夜まで潜っているからこの時間の協会は新鮮だ。
「あ! ヒーローが来たぞ!」
自動ドアを入ると、そんな声が聞こえて思わず振り返る。
そこにはリュドミラそっくりのアンドロイドが澄まし顔で佇んでいる。
「お前が……ヒーローだったのか……!」
「…………」
「バカな事やってないでさっさとこっち来なさい」
簡単な会話機能くらい搭載してくれてもよかったのに、と悔しがる俺の腕を引っ張ったのはリカだ。
会うのは工房戦後の夜会以来だ。
というのも、年明け早々に来栖工房へ行ったり、その後は親戚の家に遠出したり、忙しかったのだ。
その為、協会に来たのは今年初めて。
「お! あんちゃん工房戦凄かったな! 俺ぁずっと応援してたんだからな!」
工房戦の事はやはり話題になっており、ロビーの人達から注目を集める。
そして勿論、その優勝賞品であるアンドロイドにも目が行く。
「あれが優勝賞品か……人間そっくりだな」
「え。可愛いんだけど! あれってリュートさんのタイプなのかな?」
『ふふ、私の外見がタイプだったのですか? 六百年前に出会えれば純粋なお付き合いが出来たのに、残念です』
最後変なのが混ざっていたけど、皆んなアンドロイドの事を認識した様子。
沢山の視線を浴びつつロビーの奥に行くと、アスカとケイ、それからミドリが座っていた。
「お、注目の人が来たじゃねぇか! いやぁ、アタイも工房戦見に行きたかったんだけどな、急遽実家に帰らなきゃだったんだ。でも家でちゃんと応援してたぜ!」
「はは、ありがとうございます」
「リュートさん! あけおめことよろです!」
「あけおめ」
ケイとミドリに返事しつつ、アスカの方を向く。
「アスカさんもお久しぶりです」
「あ、あぁ……久しぶりだな」
俺から露骨に目を逸らしたのが気になったが、今はこんな所で油を売ってる場合じゃない。
「それじゃ、俺はダンジョンに――」
「アンタにちゃんとお礼する為に待ってたのよ!」
俺の言葉に被せて何かを言い出すリカ。
「お礼?」と聞き返すと、ドヤ顔でポケットから紙切れを取り出した。
「宣言通りに優勝した報酬と言ってもいいかしら。ハイ、これ、温泉旅行のチケットよ。ここにいる四人は当然行くとして、後何人か誘ってもいいわよ! そうだ、また舞ちゃん誘いなさいよ、あの子中々いい子――」
そういえば、配信中にレイジに喧嘩を売って、ネットで騒がれてたんだっけ。そこでリカ推薦の俺がレイジに勝ち、そのまま優勝まで行ったから、あの時の話題は忘却の彼方となり、リカは炎上を免れたのか。
報酬の理由に納得しつつ、しかし首を振る。
「お誘いはありがたいのですが、遠慮しておきます」
断られると思っていなかったのか、リカは目を丸くする。
「な、なんで!? 何が不満なの!?」
「いや、不満とかじゃなくて……。実は、アンドロイドが手に入った事ですし、このダンジョンの深層まで潜ってみようと思ってるんです。その為に色々慣らしておきたいから、これから忙しくなります」
『…………私の事は後回しでも構いませんよ?』
気遣ってくれるリュドミラには悪いけど、俺が深層まで潜る事を知らしめるいい機会だ、利用させて貰う。
「おい、聞いたか? 優勝者が最高到達層を更新するかもよ」
誰かが囁いたその言葉を皮切りに、周囲の席が賑やかになる。
工房戦優勝者がどこまで行けるのか、という好奇心。
ソロでもチーム攻略者を超えられるんじゃないか、という期待。
そんな話題で盛り上がる場を壊すつもりはない様で、リカは苦い表情で言った。
「そう……なら、しょうがないわね。アンドロイドとの連携も磨かないとでしょうし」
「はい。では失礼します」
これでいい。
リュドミラを異世界に帰すという事は、アンドロイドを失うという事。
何故失ったのか。それを問われた時の理由付けとして、「深層へ潜っていたから」と答えるつもりなので、今の内に俺が深層へ潜る準備をしていると知らしめるのは悪い事じゃない。
だから、俺が深層に行く事は確定しているのだ。
ロビーから出てダンジョンに潜り、人気が無くなった場所でリュドミラが言った。
『私が帰った後も、君にはこの世界での生活がある。ならば仲間と親交を深めるのは必要な事だと思うのですが』
仲間? 違う、俺の仲間はこの世界にはいない。
もう、二度と会う事は――いや、考えるのはよそう。
リュドミラの言いたい事はわかる。
「そう、俺にはこの世界での生活があるんだ。だからこそ、理由付けは必要なんだよ。工房戦優勝者がダンジョンの浅い階層でアンドロイドを破壊された、なんて話したら不審がられるだろ?」
『……まぁ、君の選択に口を出す権利は……私にはありませんからね』
リュドミラはこの世界に俺の仲間を作りたいのだろう。
しかしそれは余計なお節介。人付き合いには適切な距離があり、それは当人にしかわからないものだ。
『この辺りでいいでしょう。そろそろお願い出来ますか?』
場所はダンジョンの二十五階層。ここで魂の移動を行えとリュドミラは言う。
「こんな浅い所で時空魔法が使えるのか?」
『もっと深くまで行きたい所ですが……私も君も大量の魔力を消費します。帰りの事を考えれば、この辺にしておくべきでしょう』
時空魔法を使うリュドミラはともかく、俺もか。
魔道具の発動に、それほどの魔力が必要という事だろう。
『ではそろそろ、お願いします』
俺はポーチから水晶を取り出し、アンドロイドに「停止」と命令する。
『君の魔力をこの水晶に、ありったけ流し込んで下さい』
言われた通りにすると、魔道具の術式に吸い取られる様な感覚があった。
吸い取るだけ吸い取って、しかし術式は全く満たされていない様子。
『もっとです』
頭がクラクラして来るけど、ようやく手応えがあった。
魔力に反応して水晶が光を帯びていく。
『今です! アンドロイドに埋め込んで下さい」
その言葉と同時に、水晶を持った右手ごと、アンドロイドの胸に突き刺した。
はたから見ればエグい光景だろう。
抉られたアンドロイドの胸からはオイルが漏れ、中の金属部分が露出している。
そして、俺の中から何かが移動して行くような感覚。
魔力欠乏による虚脱感と、身体の一部を失った様な喪失感。
それらに耐え切れずよろめいた俺を、アンドロイドが――いや、リュドミラが支えてくれる。
「お疲れ様でした。これで君は自由ですよ」
そう言って微笑むリュドミラを見ながら、俺は意識を失った。
⭐︎
『――に――――』
真っ白い空間で、誰かが話してる。
『さい――来――』
静かな空間に、男の声だけが響いている。
俺に向かって、話してる。
『最深部に――来い』
有無を言わさぬその言葉に恐怖し、瞬時に覚醒して起き上がる――
「ぅがっ!?」
勢いよく起き上がったせいで、俺の顔を覗き込んでいたリュドミラと額をぶつける。
彼女の胸に穴はなく、既に時空魔法で自らのボディを修復したらしい。
「痛い……お前石頭かよ……」
「失礼ですね。頑丈に作ったのは工房の人達ですよ……ところで、うなされていた様でしたが……大丈夫ですか?」
そうだ、あの声はなんだ?
最深部に来い、という言葉。ただの夢なら無視でいいけど……
「きっとただの夢だな。気にしなくていい」
「……? まぁ、それなら良いのですが。君の身体の方はどうですか?」
魔力欠乏の怠さに加えて、肉体の力まで吸い取られた様な虚脱感がある。よって――
「歩きたくない。まだ寝てたい」
「ふふ、ダンジョンから出てからにして下さい。帰りは私がお守りしますので」
「心強いボディガードだな」
軽口を叩きながらも、俺はひしひしと感じていた。
この少女の圧倒的な強さを。
完全なる分離を果たし、他人として目の前に存在するリュドミラを見て、思い知った。
彼女は目が回るほどの魔力を体内に秘めている。
そして、その膨大な魔力を全て掌握している。
きっと、幼き頃の彼女みたいに魔法を暴走させる事などない。
自分の意思で、瞬きの間に魔法を放つ事すら可能だろう。
それこそ、気が付いたら炎に飲まれていた、なんて事態も容易く起こせる筈だ。
俺はとんでもない奴の手助けをしてしまったのだろうか。
そんな考えが過ぎるけど、どんな力を持っていても彼女は俺の恩人なのだ。
後悔はしない。
「では行きましょう。君の家族にも改めて挨拶しなければなりませんし」
それから、リュドミラは宣言通りに俺を守りながら階層を上がって行き、浅い層まで戻って来た。
人の気配がして、リュドミラはアンドロイドのふりを――俺に着いて来るだけの機械人形になりきる。
「お? リュートじゃねーか! 珍しく遅くまで潜ってたな」
この男勝りの喋り方はケイだ。隣にアスカもいる。
「アンドロイドの性能を確かめてたらつい熱中しちゃって。急いで帰ります」
そう言って早足ですれ違おうとして――
「……? なんだかやけに、力無い足取りだな。大丈夫か?」
俺の歩き方を見て不審に思ったらしいアスカに呼び止められる。
流石だな。
自分では隠してるつもりでも、歩き方一つで体調を見破られてしまうとは。
「まぁ、最近忙しかったので。休み休み調子を取り戻していきますよ」
そう言い訳をして立ち去ろうとするが、再び声を掛けられる。
「深層に潜ると言っていたが、一人で行くつもりか?」
「いえ、アンドロイドと一緒ですよ」
「……それは一人と同じだ」
そりゃそうか。アンドロイドはあくまで道具だし。
「私も、連れて行ってくれないか?」
「……え?」
唐突な言葉に困惑する。
心配してくれてるのだろうか。
「別に最深部まで行くつもりはありません。これ以上は危険と判断したら、即撤退します」
他人の事まで気を配れるアスカに感心しつつ断るが、彼女は首を振った。
「そうじゃないんだ。もっと人を、いや、私を頼って欲しいんだ。君はいつも一人だろう? 君がいくら強くとも、仲間は必要な筈だ」
その言葉に、自分の中のどこかが冷たくなっていく感じがした。
「確かに俺に頼れる仲間はいませんね」
「そうか、なら私を――」
「でも、それで構いません。俺がソロでダンジョンに潜っているのは、俺がそうしたいからです」
ハッキリと拒絶して、二人に背を向ける。
もう何も言ってこない。
これでいい。
俺の仲間はアイツらだけだ。
もう二度と会うことは出来ない。
時と共に薄れて行く記憶でしかない。
或いは、触れれば消えてしまう程に脆くて儚い、泡沫の夢だったのかもしれない。
だからこそ、丁寧に守り続ける。
この胸の空洞を、別の何かで埋める事など許さない。
我ながら女々しいものだ。
けど、仕方ない。
それ程までに大事だったのだから。