人造人間
正月は家族でゆっくりと過ごした。
やる事がなかったので、なんだかずっと食べてた気がする。やっぱりこっちの世界は美味い物が多すぎて困る。
そして三ヶ日が過ぎた今日、俺は再び都内に来ていた。
場所は来栖工房の応接室。
責任者の方と契約書を前に、話を聞いていた。
「なるほど、優勝賞品をアンドロイドにしたのは、優勝者の戦い方を人工知能に学習させる為でしたか」
契約書には、俺と共にダンジョンに潜るベータ版アンドロイドに、俺の戦闘を学習させ、そのデータを今後来栖工房が使用する事を許可させる様な文言が書いてあった。
「あぁ、工房戦で優勝するくらいの実力者からデータを取れれば、間違いなく傑作になるだろうからね」
包み隠さずに教えてくれる。その飄々とした態度からは、「貴重な物をやるんだから少しくらい協力してくれてもいいだろう?」といった意志が感じられる。
「戦闘データを取るのは最初だけですか? 製品完成後も知らない間にデータを取られてたりするんでしょうか」
「いいや、最初だけだ。そもそも君に渡す予定のアンドロイドは純粋な戦闘用だ。近距離特化の頑丈型で、前衛で戦うのに適している。余計な機能を搭載すればその分ボディが大きくなり、機動も低下する。だからデータを取るには別の機械が必要になるんだ」
「そうでしたか。ところで、近距離特化の物を用意して頂けるそうですが、それ以外にもあるんですか?」
「そりゃ勿論。海外では既に、サポート型のアンドロイドが普及している。これは戦闘能力こそないが、索敵や休憩中の警戒要員として役立っている。盾を持たせれば囮くらいは出来るし、瞳に撮影用カメラを埋め込んだ製品もある。これは配信者に結構売れてるそうだ」
「遠距離攻撃型は?」
「それは難しいんだ……。と言っても技術的な問題ではなく、事故を起こした時の責任がね。ほら、機械が正確な射撃を行ったとしても、そこに人間が割り込む可能性だってあるだろう?」
「あぁ、なるほど」
でも責任問題さえなければ、作れるのか。
「いつか、探索者の仕事はアンドロイドに取られてしまいますね」
危険な仕事を機械任せに出来るのは良い事だと思う。けどそう思う反面、今探索者として生活している人々から仕事を奪うのは酷だと思う。俺だって、探索者を辞めたら出来る仕事がない。
「それは理想だね。しかし現実には責任やら経済的な問題が絡んで来るから、探索者に関して言えば、それは難しいかもしれない」
その後、雑談はそこそこにして、俺は戦闘型アンドロイドについての説明を受けた。
高度な会話は出来ないが、指示を聞いて理解し、返事が出来るそうだ。理解出来ない指示なら、わからないと返事するらしい。
そして、その指示が無いと動かないそうだ。
とは言っても、具体的に何かを言う必要はない。
戦闘か逃走か、追従させるか先行させるか。
「まぁ、習うより慣れろだね。君なら平気だと思うけど、戦闘中はアンドロイドに近付かない方がいい。人を傷付けない様にプログラムされてるけど、躱しようのない事故はあり得る」
という事で、早速来栖工房が所有するダンジョンの一階層に降りた。
そこで対面する。
白い人工毛髪を肩まで伸ばし、合成樹脂で作られた紅色の瞳を持つ少女――の様な人造人間に。
『ふむ……中々私らしくなりましたね』
当然だ、リュドミラの要望通り伝えたのだから。但し、身長は生前より少し大きい。ボディはこれ以上小さく出来なかったそうだ。
「外見は満足してくれたかな?」
「え、えぇ。本物の人間みたいですね」
彼はリュドミラの姿を、俺の趣味とでも思っているのだろう。何も知らないのだから当然ではあるが……複雑だ。
そんな俺の心境を知らずに、工房の人はどんどん設定を進めて行く。
アンドロイドに俺の姿を読み込ませて、更に声も覚えさせる。
そしてそれを第一優先の命令者として登録する。
「はじめまして、マスター。めいれいを、どうぞ」
「おぉ……」
カタコトの人工音声だが、ちゃんと喋った。
「試しに追従モードと言ってみてくれ」
「追従モード」
「了解」
言われた通りにして、ダンジョンの一階層を歩き回る。
すると、アンドロイドは正確に二メートルの距離を保って着いて来る。
「登録は問題無いようだね。早速下の階層に降りてみようか。今ドローンを用意するから、その映像を見ながら私が指示を出すよ」
というわけで、二階層に降りる。
「探索、戦闘モード」と指示したアンドロイドを前に歩かせ、俺は後ろで見学だ。
「マスター、どちらに、すすみますか?」
別れ道で一度、アンドロイドが停止する。
『君の好きに探索してくれていいよ』
ヘッドセットから聞こえた声に頷きつつ、「右」と短く答える。
「了解」
アンドロイドは俺の指示通りに進んで行き、その後少し歩くと敵の気配がした。
それとほぼ同時に――
「ふたつの、生体反応をかくにん。戦闘を、かいしします」
「へぇ、索敵能力が高いんですね」
「いってるいみが、理解できませんでした」
「…………」
『すまない、行動実行宣言の後に喋ると、命令と認識してしまうんだ』
なるほど、なら宣言の後に「待て」と言えば戦闘を回避させる事も可能なのか。
俺の言ってる事が理解出来なかったアンドロイドはそのまま生体反応に向かって行き、そこで二体のグレーウルフと接敵した。
先ずは一体が飛び掛かり、それをアンドロイドは自分の腕で受け止めた。
腕には防御用の籠手が装着されており、人間そっくりに作られた人工皮膚が傷付く事はない。
だが、今の攻撃は避けられたのでは?
その後の戦闘でも、アンドロイドは全ての攻撃を受けつつ、敵が無防備になった所に拳を叩き付ける。
いや、叩き付ける、なんて生温い表現じゃ足りないくらいの馬力で、敵の骨を粉砕する。
それを何度か続け、危なげなく勝利する。
「戦闘しゅうりょう。探索にもどります」
その後も暫くアンドロイドに戦わせて、大体の性能は把握した。
少なくとも十階層未満なら優秀なお供となるだろう。
だがそれ以降になると……
「敵の攻撃を全て受けるのがよくありませんね。強敵の攻撃を耐える程の頑丈さは、流石に無いようですし」
『それは難しい問題なんだ。というのも、アンドロイドが敵の攻撃を躱した所為で人間が死んでしまったら一大事だからね。アンドロイドは人に危害を加えてはいけないし、危害を加え得るモノを無視出来ない。そういう風にプログラムしなきゃいけないんだ』
なるほど。
アンドロイドは頼れる仲間にはなれない。代わりに、絶対に裏切らない盾になる。
これが有用か無用かは、使い手次第だろう。
『さて、そろそろ君の戦闘データをとらせてくれるかな? さっき渡したリュックサックの機械と繋いでくれればいいから』
俺は事前に受けた説明通りに、アンドロイドが背負う箱型の機械から伸びたケーブルを、アンドロイドの首の後ろに繋いだ。
「――学習モードに移行します」
すると流暢に宣言を行った後、アンドロイドは俺の後方に下がって大人しくなった。
「えっと、これで普段通り戦えばいいんですよね?」
『あぁ、さっきも言ったけど、学習モード中はアンドロイドが無防備になる。生半可な攻撃では壊れないけど、護衛の動きも学ばせたいからちゃんと守ってくれ』
「わかりました」
それから、暫くの間俺は探索しつつ、戦闘を行った。
アンドロイドは追従モードの時と同じ様に、ただ黙って着いて来て、瞳の中のレンズで俺を凝視し続けていた。
十階層まで降りた所で「そろそろ戻って来てくれ」と指示を受け、言われた通り帰還した。
「いやぁ、非常に有益な時間だったよ。君の戦闘はアンドロイドだけでなく、僕にも学びを与えてくれた。色々と調整するけど一週間以内に必ず連絡するから、そしたら取りに来てくれ。あ、そうそう。もしかしたら今後、この件とは関係無しに戦闘データを取らせて貰いたいって、依頼を出すかもしれない。その時は受けて欲しいな。勿論報酬は沢山出すよ」
早口で捲し立てる工房の人に引き気味に返事をしつつ、工房を後にした。
正直言って、アンドロイドの性能は微妙だ。俺には必要ない。
しかしリュドミラがこの機体に乗り移り、ちゃんと会話出来るのは楽しみだ。
これで妹もリュドミラの存在を信じられる事だろう。