夜会
決勝戦でアスカに勝利し、無事優勝出来た。
工房戦の前日までは、優勝賞品さえ手に入ればいいと思っていた。
しかし人々の歓声や対戦相手の情熱にあてられて、思いがけず俺自身も熱くなってしまった。
有り体に言えば楽しかったのだ。
現在は閉会式を終えて会場を移り、工房戦出場者と関係者が集う夜会の最中だ。
優勝賞品である戦闘用アンドロイドは後日引き渡しとなる――いや、正確にはそのベータ版を貸し出されて細々とした調整を行ってから、後日完成版を渡してくれるそうだ。
「俺達の戦うべき相手は魔物であり、工房戦での勝利に意味はありません。それでも、この経験はダンジョンでも活かせると思います。貴重な機会を設けて下さった運営の皆様や支援者の方々。それから、工房戦に参加し、共に闘志をぶつけ合った探索者達。皆様に感謝を」
優勝者として挨拶を終え、壁際のテーブルに向かう。端っこが居心地良いのだ。
しかし今日の俺は目立ってしまう。立食パーティという事もあり、参加者達はフラッと俺の元へ来て一言二言喋っていく。
参加者以外にマスコミも来ており、後日取材させて欲しいと言われたが、キッパリ断った。
どうやら俺がダンジョンで過ごしていた時の事も聞きたかったらしいが、俺が露骨に嫌な顔をすると、近くにいた探索者協会のお偉いさんが助けてくれた。
「今後もああいうのにしつこくされたら、協会に訴えると言えばいいよ。探索者協会はあらゆる勢力に味方されているから、彼らも敵に回したくないんだよ」
そう言って微笑むイケオジにお礼を言ってると、背後から青髪のイケメンがやって来た。
「優勝者であるにも関わらず、勝利に意味は無いと断言しやがるか。俺よりよっぽど嫌味な奴だな」
俺の挨拶を蒸し返して嫌味を言うレイジだが、彼と一緒に来たアスカが反論する。
「いや、彼の姿勢は探索者として素晴らしいものだ。競い合い、互いを高め合うのは大事な事だが、倒すべきは探索者ではなく魔物だ。それを今一度認識させてくれる良い挨拶だったよ」
アスカにそう言われると安心する。彼女が探索者としての模範であると、俺も認識しつつあるのかもしれない。
「ハイ、捕まえたー!」
三人で話してる所に、ご機嫌な様子で入って来たのは実況のムック。昨日も絡まれた通り、俺とレイジに話があるそうだ。
「皆んな決勝戦の凄まじさに気を取られて一回戦目の熱狂を忘れてしまってる様だけど、俺は覚えてる! 君ら二人、新たなライバルとして――」
饒舌に語ろうとするムックの口を塞いだのは、レイジの冷たい声。
「――ライバル?」
声だけでなく、瞳の温度も下がった様に感じる。
「この際だからハッキリ言わせて貰う。俺は今日の試合を見て、コイツの事が大嫌いになった。この世の何よりもムカつく野郎だ」
そう言って俺を視線で示したレイジ。そこで初めて俺の事を言ってるのだと理解して唖然とする。
人からここまで嫌われたのは初めてかもしれない。しかも、俺がレイジをそれ程嫌いじゃないと認識したばかりだというのに。
俺達が何も言えずにいると、彼は「ふん」と鼻を鳴らして去って行った。
「え、えっと……ゴメンネ? 俺のせいで気まずくしちゃったみたいだ」
ムックの謝罪に首を振る。
「いえ、嫌われたのはムックさんのせいではありませんし」
「しかし妙だな。昨日の君達の戦いではなく、今日の戦いを見て、嫌いになったのか。私達の試合の事だろうが……理由がわからないな」
確かに、レイジを倒した際に恨まれるのなら理解出来る。
しかし観戦中に嫌いになるってどういう事だ?
その後、気まずい空気を吹き飛ばす様にムックが饒舌に語り、その途中でリカもやって来て、最終的には明るく夜会を終える事が出来た。
帰り道、電車を乗り継いでどうにか終電に乗り込んだ。
時折、こちらを見てヒソヒソと話す人がいたけど、特に何か言われる事はなかった。
『工房戦優勝者として、早くも知れ渡ってしまった様ですね』
電車を降りて駅からの帰り道、リュドミラから話しかけて来る。
「まぁいいさ、欲しい物は手に入るんだ」
『その事で幾つか要望を伝えて頂きたいのです』
リュドミラの望みを聞きながら帰路を辿る。
望みと言っても、外見の事ばかりだ。今日工房の人から「見た目は好きに出来るけど?」と聞かれたから、リュドミラは自分の特徴を事細かに言って来た。
後でそのまま伝えれば良いだろう。
『それと、君のポーチの奥に拳大の水晶が入ってます。それをアンドロイドの中に埋め込んで欲しいのです』
ポーチを漁ってみると、確かにあった。俺の身体を乗っ取っている時に用意したのだろうか。
『それは魂の器。巫術の術式を刻んだ魔道具です。それがないと無生命体に乗り込む事は出来ませんので』
「なるほど、工房の人に渡しとけばいいかな?」
『それはやめておいた方がいいでしょう。この世界の人々の技術力は凄まじいものです。もしもこの魔道具の術式が解析されたら、君には疑いの目が向けられます。なので、完成版を受け取った後、君自身で埋め込むべきです』
「それもそうか……。でも俺は機械に詳しく無いから、分解したら直せないぞ?」
『ご安心を。魔道具を埋め込んでさえくれれば、私が時空魔法で機械の状態を巻き戻します』
「そっか、その手があったか……」
魔法というのは、本当に無茶苦茶だ。
時間を戻すなんて、手から炎を出したりするよりもよっぽど信じられないというか、現実味がない。
「……ふと気になったんだけどさ、大いなる意志ってなんなんだ? グラモスとアルフレッドの戦いの時、禁術を使ったら介入してくる、みたいな感じで話してたけど……」
禁術については、異世界で読んだグレゴリー著の『奇異な魔術』という本で知った。
時空、輪廻、夢境。これに干渉する魔法の事だ。
「でもお前は異世界で時間を巻き戻しても大いなる意志に飲まれなかった。時空を超えてこの世界に来た時も、なんともなかった。もしかして時空魔法は禁術じゃない? そうだとしても、そんなぽんぽん使ってたらマズいんじゃないか?」
『……いえ。時空魔法は禁術です。ですが、どうやらこちらの世界は大いなる意志の観測対象外の様ですので、君が心配する事はありませんよ』
観測対象外?
つまりこっちの世界には大いなる意志とかいう神的存在はいないって事か?
「じゃあ、異世界ではどうなんだ? なんでお前が時空魔法を使った時は、あの黒いのが来なかったんだ?」
『禁術を使えば直ちに現れる、というわけでもないようです。私にもよくわからないのですが、我慢の限界みたいな感じじゃないですか?』
我慢の限界、か。
子供っぽい例えだけど、なんかしっくり来た。
「禁術の中でも、罪の大きさはバラバラって事か。輪廻に干渉したら即死刑! 時空魔法くらいなら、ちょっとは許すけどやり過ぎたら死刑! みたいな」
『そうそう、そんな感じです。ただ、唯一夢境だけは観測出来ないとかって話ですが……まぁ、これはいいでしょう。私も君も夢境に干渉する魔法は使えないのですから』
「俺は禁術の一つも使えないけどな」
俺もミーシャも、禁術に類する固有魔法を持っている。しかしただの人である俺達にはその本当の力を扱えない。
『……そうでしたね』
なんだ、今の間は?
まぁいい。いま最も大事なのは――
『異世界に帰った後、私が禁術を使って大いなる意志を呼び出さないか、心配してるのですね? でしたらご安心下さい、使うとしても君達の仲間が居ない場所で使いますよ。そうですね……最果ての荒野が決戦地として良いでしょうか』
最果ての荒野か。
確か、大陸の遥か西にある、広い荒地だ。そこならあの黒いのが来ても、他の人を巻き込む心配は少ないだろう。
でも……
「使わないって選択はないのかよ……」
『流石に、フィオナ相手に縛りプレイをするのは無謀ですよ』
縛りプレイって……随分とこっちの世界に染まって来たな。
それ以上は何も話さずに、家に帰った。
俺に許されるのは仲間の安否を心配する事だけで、リュドミラの事についてどうこう言う資格はないのだ。
玄関のドアを開けると、深夜一時だというのに妹がハイテンションで迎えてくれた。
「お兄ちゃんホントに強いんだね! 全部観てたよ、ちょーカッコ良かった!」
騒ぐ妹の声を聞いて、母も廊下に出て来た。
「おかえり。これでリュドミラさんの件もなんとかなるんだね?」
妹は俺の中にリュドミラがいる事について半信半疑な様子だが、母は完全に信じており、よくリュドミラの話題を出す。
「うん、年明けに来栖工房に行って色々調整して貰うから、もう少し忙しいけど」
「えっ、来栖工房ってよくわかんないけど超凄い工房じゃん!」
妹の認識の通り、探索者じゃなくても名前くらいは知ってる、都内の有名な工房だ。
「そっか。でも年末年始は休めるんだね? なら家でゆっくりしなさい。おばあちゃんにも挨拶しに行かないと」
まぁ……正月くらい休んでもいいか。
……正月か。
そういえばあっちの世界でも年明けを祝う風習があるんだっけ。
どんな感じで祝うのだろうか。
一度くらい経験してみたかったな。
そんな無益な事を考えてると、母の視線に気付いた。
昔の、精神を病んでいた俺を心配してたあの時と、同じ目だ。
それが居心地が悪くなった俺は、笑って誤魔化した。