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巻き込まれただけの高校生、冒険者になる  作者: 木下美月
第六章 静かな隣人

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決勝戦

今回は視点移動があります

 

 遂にここまで来た。

 最初は優勝賞品にしか興味無かったが、ここに来るまでに何度か戦いを経て、色んな探索者を知って、中々貴重な体験だったと今では満足感を感じてる。


 ただ、それもついに終わりを迎える。


「決勝戦という場で君と戦える事、嬉しく思うよ」


 闘技場で向かい合ったアスカは、いつもの様にそっと微笑む。


「俺も、この時を楽しみにしてました」


 それ以上の言葉は交わさず、お互いに構える。

 盛り上がる観客も、喧しい実況も、全てを切り離して相手と向かい合う。


 そして、審判の合図と共にアスカは前に傾いた。

 いや、アスカの動き出しに審判が合わせたのかもしれない。そう思えるほど完璧なタイミングで彼女は前へと進んだのだ。


 姿勢を低くしたまま滑る様に地面を移動し、間合いに入った所で刀を抜いた。居合斬りだ。

 見惚れるほど美しい型ではあるが、その技を向けられている身としては冷汗ものだ。


 二歩下がって刀をやり過ごす。

 相手は更に一歩、大きく踏み込み、返す刀で俺の首を狙う。

 殺す気か? なんて野暮な事は言わない。

 この刀が俺に届かない事を、彼女はわかっているのだ。


 腰を落として頭上を刀が通り過ぎるのを確認し、こちらも前に踏み出す。

 剣は持ってない。俺の剣じゃアスカに手も足も出ない事はわかっているから。


 だから拳を突き出す。

 アスカが無手に対しても強いのは、前の試合で確認している。

 それでも、戦えないとは思わない。

 俺の格闘技はゴブ太に教わったものだから。


 左手の義手と、氷の籠手で覆われた右の拳。

 それでアスカの刀と打ち合い、時には受け流され、躱され。

 流石と言うべきか、剣と拳の応酬の中で、アスカは自分が有利になる様に俺を動かそうとしてくる。

 前の手合わせでも感じたが、こちらの攻撃を受け止めるよりも、受け流す事に長けている様だ。


 俺は全てに対処出来る程優れていないから、不利になり次第即座に離脱を試みる。

 しかし、俺が高速でその場から飛び去っても、アスカは執念深く追いかけて来る。


 やはり、俺と遠距離戦をしたくないのだろう。


 良い判断だと思う。

 自分の得意なフィールドで敵と戦うのは定石だ。

 実際、近距離で戦い続けてる今、俺には勝ち筋が見えない。

 何をしても、まともな一撃が入る気がしないのだ。


 だから、俺も自分の得意なフィールドを作るとしよう。

 その為の準備を、動き回りながらしていたのだから。






 ⭐︎






 勝てる。

 何度か打ち合いを重ねる中でそう思った。

 相手を侮っているわけじゃない。

 寧ろ感心している。

 以前本人にも言ったことがあるが、力強くて速い動きは、魔物と戦う上で強力な武器となる。彼はそれを持っている。


 しかし。

 人は学び、技術を体得するものだ。

 その中には、力を受け流す技や、相手の力を利用して反撃を行う技もある。私はそれを持っている。

 それを持つ私は、彼の天敵になり得る。


 故に勝てると、そう思った。


 いや、焦ってはならない。

 刀は流れるように振れと、お祖父様は言っていた。

 水が流れる様に、或いは木の葉が風に揺蕩う様に。

 私は今まで、それで勝って来た。

 レイジには何度か負けたが、奴とは刀で打ち合ってすらいない。例外だ。


 とにかく、このままでいい。

 私が自然体であるのに対して、リュートはギリギリの戦いを続けている。

 紙一重で躱し、籠手でガードし、時には退避する。

 小さなミスを一つでも誘えれば、私の刀は届く。

 その時が来れば終わりだ。



 そう、思っていたのに。



「時間切れです」


 刀を義手の前腕で受け止めた彼はそう言った。

 相手がレイジであれば、言葉で惑わそうとしているのかと疑う所だが、リュートはそんな事しないだろう。


 なら、どういう意味か。


 それを問おうと思った時、違和感に気付いた。

 周囲に漂う冷気と、水が染み込んだ土の床。

 まさか、彼が動き回っていたのは私から逃げる為だけでなく、闘技場のあちこちを濡らすためだったのか?


 気付いた時にはもう遅く、彼の体を中心に膨大な魔力が放出される。

 それは濡れた床に浸透し、その水分を凍りつかせ、そこから更に氷の厚みは増していく。


 咄嗟に飛び退いた私は氷に飲まれる事を逃れたが、着地した地面はまるで氷原。

 闘技場全体が氷で覆い尽くされ、更にあちこちから氷の木が生えている。

 戦いの最中でなければ、この大規模な魔法を讃えただろう。この景色を楽しんだかもしれない。

 しかし――。


氷の森(アイスフォレスト)、なんてどうでしょう」


 呑気に技名を考える彼は楽しそうだ。


「安直だな……」


 私も笑ってみせるが、自分の頬を冷汗が伝うのを感じた。


「まだ続けますか?」


「……ふっ、舐められたものだ。会場の飾り付けを行っただけで勝ったつもりか?」


 強がってみるが、これが単なる飾りじゃない事くらいわかっている。

 氷の固有魔法を扱う彼の魔力は、今もこの床全体に張り巡らされている。つまり――


「――っ!」


 想像通り、足元から氷の棘が突き出した。

 まるで以前彼らと共に戦った、ブラキリアを相手にしているみたいだ。


「なら、キッチリ決着をつけましょうか」


 そう言って笑った彼から、膨大な魔力が押し流されてくる。

 それは彼の足を伝って氷の床に流れ、私の元に辿り着いた所で具現化する。


 攻撃自体はシンプルなものだ。しかしその発生速度と正確性が尋常ではない。


 バックステップで棘を避け、避けた場所に迫る棘を刀で斬り落とし、再び地面から射出された棘を横に避け、氷の木から伸びた枝を斬り落とす。


 恐ろしいものだ。

 床だけでなく、あの木まで操作可能なのか。

 正しく闘技場全体が彼の射程となり、気を抜いた瞬間に勝敗が決まる。


 手も足も出ない。


 いや、でも……。


 お祖父様は言っていた。刀は流れるように振れと。それだけでお前なら大体の奴に勝てる、と。

 だが、こうも言っていた。

 それでも勝てない奴がいたら、泥臭く足掻くのも悪くねぇ、と。


 良いのだろうか。


 みっともなく抗って、意地汚く勝ちに縋っても。


 ――いや、良い悪いじゃない。


 私はまだ戦いたい。

 この勝負に、どうしようもなく高揚感を感じてしまっているのだ。


 だから、足掻こう。

 格上の相手に喰らい付こう。



 決意と共に脇差を抜いた。

 私の流派に二刀は無い。

 しかし彼の手数に対応するには、こちらも使えるものを全て使わなくてはならない。


 体内の魔力を左手に流しつつ、脇差を振るった。

 そこから放たれた風の刃は、氷の木を両断した。


「やっと固有魔法を使う気になったんですね」


 どうやら彼は知っていた様だな。私が風の固有魔法を使える事を。


「まだ満足に扱えない故に、実戦で使う事はなかったのだが……」


 そう、本来ならもっと練習して、上手く制御出来るようになってから扱うつもりだった。

 だが――


「不完全でもみっともなくても、全力で抗うと決めたんだ」


 所詮はただの試合だ、本気になる必要はない。そう言う人もいるだろう。私だってそう思った事がある。

 何せ、私達探索者のやるべき事は、魔物と戦う事なのだ。同じ探索者同士で優劣をつける事に価値はない。


 それでも、彼に勝ちたいと思った。

 かつてお祖父様を打ち負かす事ばかり考えていた、あの頃の童心が今、蘇った様な気持ちなんだ。




 私の本気が伝わったのか、彼は獰猛な笑みを浮かべた。

 凶暴な肉食獣に睨まれた様な恐怖を感じつつも、彼が本気で私の相手をしてくれるつもりなんだと察して嬉しくなる。

 以前原初のダンジョンで手合わせした時は、どうも戦いに集中していなかった様子だったから。


「――行きますよ」



 そう言って右手を前に出したリュートは、この工房戦で何度も見た氷槍を射出する。

 そして同時に、背後から氷の枝が伸びて私に迫る。


「同時操作可能なのか……!」


 床に着いた足先だけでなく、普段通り手先からも魔法を放つとは思わなかった。なんて器用なんだ。


 槍は避け、枝は右の刀で斬り落とす。

 だが安心は出来ない。

 即座にその場を飛び退いて地面から飛び出した棘を避けつつ、彼の元に走る――


 ――その時、天井が暗くなった。


 いつの間にか私の背後には氷の大樹が生まれており、そこから伸びる太い枝が、私の頭上で影を作っていたのだ。


 マズイと直感すると同時に、頭上の枝から氷の礫が降り注いだ。

 一瞬、風魔法で押し返そうかと考えた。だが、風魔法は効果範囲を広げるほど威力が弱まる。広範囲に降り注ぐ礫を押し返すのは不可能だろう。


 仕方なく足を止めて、頭上に向けて両手の刀を振った。

 型など意識せず、物量を手数で対処する為、我武者羅に振って振って振り続けた。


 刀を振り続ける腕がどんどん重くなる。

 だけど、これは逆にチャンスなんじゃないか。

 この攻撃が終わった時、疲弊した私には隙が生まれる――と、彼は考えるだろう。

 故に余裕綽々で次の攻撃に移る筈だ。もしかしたらそこで決めに入るかもしれない。

 だから私も、今の内に準備を進める。

 腕は重いが、極限状態で刀を振る修行だってして来たのだ。私ならやれる。

 それよりも、魔力を練るんだ。

 集中して、大技を放つ為の――






 降り注ぐ氷の礫が止まった。

 氷の大樹は痩せ細っており、枝はなくなっていた。氷の枝を礫に変換して全て落とし切ったのだ。


 今だ。


 リュートは三発の氷弾を連続して放った。そのスピードは今までのものを凌駕している。

 やはりここで仕留めに来たか。

 だが、私は終わらない。


「――はぁぁあっ!」


 腕に込めた魔力を右手の刀に乗せ、一斉に解き放つ。

 具現化するのは風の刃。

 ありったけの魔力を込めた魔法を、リュート――ではなく、闘技場の床に向けて放った。


 巨大な風刃が床に刺さり、そのまま表面の氷を抉り取るようにして前へ進む。まるで竜巻が瓦礫を巻き上げる様にして、闘技場を覆っていた氷は砕け、そして剥がれる。

 途中、彼が放った氷弾すらも飲み込み、そのまま彼すらも飲み込もうとする。


 だがリュートは慌てた様子もなくその場で大きくジャンプし、床で起きている災害を簡単にやり過ごす。


 まぁ、想像通りだ。

 彼なら私の練度の低い魔法程度、防ぐか躱すくらい出来ると思っていた。


 だからこそ床を狙ったのだ。


 私の正面から向こう側、風の刃が通り過ぎた場所は氷が剥がされている。割合にして、闘技場の半分程か。

 そして、その場でジャンプしたリュートが地面に着地した時、そこには既に氷がない。


 彼のフィールドは私が破壊した。


 ここだ。


 彼が再び自分のフィールドを展開する前に。


 この一瞬で蹴りをつける。


 型も姿勢も意識せず、速度だけを意識して床を蹴る。

 もう私を阻む物はない。

 相手はたった今着地した。

 無防備な肉体に向かって、

 刀の峰を彼に向けて、構える。

 この一撃ならば届く。

 そう信じて、肉薄して――




「お見事」


 その言葉と共に、リュートの姿が消えた。

 そして、私の鳩尾に何かが刺さる。

 拳だ。

 彼の右拳に打たれ、私の身体は大きく後方へ飛んだ。


「かは――っ」


 そこでようやく自分の愚かさに気付いた。

 彼の力強さと速さは素晴らしい武器だと、自分で褒めていたじゃないか。

 それなのに、技を捨てて速さで挑んでしまった。焦ってしまったのだ。

 だから一撃を喰らった。


 闘技場の端から端まで飛ばされて、背中を何かに打ち付けて止まる。

 大丈夫、まだ身体は動く。

 一撃もらっただけだ。

 そう自分を励ましながら足を前に踏み出そうとして――


 ――トン、と床を踏み鳴らす音が聞こえた。


 それと同時に正面に氷の棘が現れる。


 ……そうか。

 端まで飛ばされたという事は、私は氷に覆われた地に押し戻されてしまったのか。

 となると、私の背を受け止めたのは氷の木か。

 そして、たった今氷の床を踏み締めた彼は、私の周囲に張り巡らせた魔力を一斉に具現化した。


 足元、腕の下、首横に脇腹。

 無数の氷棘が飛び出して、私をその場に縫い付ける。

 手足を動かそうにも、氷棘が邪魔して関節を曲げる事すら出来ない。


 そんな私に、リュートは手をピストルの形にして向けた。

 そして指先に氷の弾丸を作る。


「まだ続けますか?」


 少し前に聞いたセリフだな。


 だが一つ違うのは、私がこれ以上ない程の充足感に満たされている事。


「降参だ……楽しかったよ」


 その瞬間、観客席で大歓声が湧き上がる。

 パレードの様に紙吹雪が舞い、過去一番の盛り上がりを見せた。


「魔法、修行中って割には上手いじゃないですか。今後はどんどん使って慣らした方が良いと思いますよ」


「それは、アドバイスか?」


 彼が敗者にしていると噂のアドバイス。私にもしてくれるんだな。


「えぇ、期待してますから」


 そう言って笑った彼を見て、不思議と胸が熱くなった。




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